女であること
おいおいおい。どうしてそうなる。俺はまだ何も言ってもないのに、何で勝手に一人で覚悟を決めて話を進めているんだ。
勿論下心はある。こんなにいい女を抱けるだけで男としてこれ以上ない誉だろう。
その証拠に俺の相棒はかつてないほど勃起している。ぎりぎり我慢はしているがズボンが張りすぎて痛いくらいだからな。
感情に身を任せ、欲望に呑まれて抱くのも一つの選択肢だろう。
ただ……もし今リリスを抱いたら。
おそらくリリスは死んでしまうかもしれない。
何もかも諦め、自分を捨てて。おそらく勇者すら投げ捨てて心が壊れて、廃人になって…。リリスは今そんな危うい雰囲気が漂っている。
何人もの廃人を俺はこの目で見てきた事があるから何となく分かる。
この選択を間違えばリリスは廃人になり死ぬ可能性が高い。
であれば、俺の考えは勿論決まっている。
こんな時に女に一生拭えない心の傷を背負わせるほど俺も馬鹿じゃない。
俺は精一杯我慢をしてシャツを脱いでリリスに掛けた。
くそっ。コイツが普通の女だったならば俺は絶対に抱いて童貞を捨てていただろうに。
そこだけが本当に惜しいところだ。
「はだけた身体をどうにかしろ。俺は誰にも話すつもりはない」
俺の言った事が余程信じられなかったのだろう。リリスは目を見開き俺に問いただした。
「何故だ? ……私にそんなに魅力がないのか? 確かにお前から見たら私なんて魅力的な身体には程遠いかもしれないが、これでも一応女だ。約束さえしてくれれば好きにしていいんだぞ……」
「お前は最高の女だよ。だが、俺は始めからお前に何も望んでないし、金も物も、何もいらないんだよ」
分からないといった顔をしたリリスの頭に俺はそっと手を伸ばし、気づいたら優しく撫でていた。本当に大切な物を扱うかのように。
「お前は偉いよ。本当に凄い奴だ。
小さい頃から世界を守るために大事な女の名前まで捨てて、何もかも背負い込んで生きてきたんだな。
そんな事、到底誰にも真似出来ない事だ」
「――っ」
俺はリリスのやってきた事を全力で肯定した。子供の頃の考えとはいえ、投げ出さずに立ち向かう姿勢。逃げ出さずに続けてきた勇気。それは勇者そのものだ。
そしてリリスは伏せて力なく言った。
「……私を認めてくれる存在は家族にもいなかった。だから……強くなるしかなかったんだ」
「ああ。それが一人で出来たお前は本当に凄いよ」
俺はリリスを引き寄せ強く抱きしめた。
今にも消えてなくなってしまいそうな程小さく見えるリリスを消えてしまわないように。今までしてきた事を俺だけは認めてやりたいと思った。
「何で……何でお前は最低な接し方をした私にそこまで優しくする?」
「お前を初めて見た時に、俺はリリスを美しくかっこいい勇者と思ったよ。
誰にも頼らず、群れない孤高の勇者だと」
「私が……孤高の勇者?」
「ずっと一人で自分の信念の為に、甘えず、妥協せず、周りがどれだけ否定しようと自分で解決するよう努力してきたんだろうと。だから最初は俺もそう思っていた」
「最初は……?だとしたら今は?」
「女だったよ。可愛いものが好きで、縫いぐるみが好きな普通の女だった」
「!!」
「我慢してたんだろ。本当は着てみたかった服を諦めて、可愛い縫いぐるみを捨てて、女としてやりたかった想いを全部子供の頃に置いてきた普通の女なんだ」
「そうでもしなければ勇者なんて……」
「いいんだよ大事な物を捨てなくても。 だから、俺の前だけでは何も捨てなくていい。我慢しなくていい」
「いい……のか? こんな駄目な私が、好きな事をして……」
「いいんだよ。 お前の好きな事をすれば」
「本当……に?」
「ああ。 遠慮なんてするな。誰にも言わんと約束する」
「――っ」
声にならなかったが、首を小さく縦に振りリリスは頷いた。
「今まで辛かったろ。だから今は泣きたいならいくらでも泣いたらいい。
女として着飾ったり可愛い物を集めたり、甘いものを食べたり、一緒に勉強したり。そんな普通の事をしたらいい」
本当は女としての性を全うしたかったのだろう。これまで我慢し続けた想いが、滝のように涙を流すリリスを見て俺はそう思った。
俺に出来ることはこの3年間の短い間だけだがリリスのやりたいことを叶えさせてやることくらいだ。
「リリィ。俺の前だけは何も背負わなくていい。女でいろ」
「――っ」
女として過ごしたかったリリス、いや、リリィは誰にも話せず、甘えず一人で生きてきたせいか、俺の前で一晩中泣いた。
―――――――――――――――――
そして翌朝
気持ちは分かってる。分かっているんだ。
自暴自棄になりかけた一人の女を俺は助けた。
ただそれだけの事。
だが……今、俺はどうなっている?
浴室から出たその後も、慰める為にリリィの頭を撫でていたまでは分かる。だが……
何でリリィが俺のベットで一緒に寝ている?
確か……朝方に泣き疲れて眠りかけたリリィを、最後はリリィのベットに寝かせた筈なのに。
いつの間にか俺のベットにいる……だと?
それとも俺の欲望がいつの間にかそうさせたのか? いや、本当に訳が分からん。
取りあえずなんとかこの状況をどうにかしなければ。 リリィが知らずに起きたら大変な事になる。
こいつの事だ。
「何私をベットに連れ込んでいるんだ! しかも、私の身体に何をしたぁ!」
と激昂した挙句にリリィに俺は殺されるかもしれん。
それはまずい。
本当に何で助けた筈の俺が、いつの間にか女を自分のベッドに連れ込んで窮地に立っているんだ。
「ん……」
俺が動揺して半身を起こしたせいだろう。
リリスも気付いて起きてきやがった。何も対策する前に、言い訳する考えすらまとまっていないのに。
万事休すか。
「アル……ト?」
「あ……ああ。 おはようリリス」
リリスはまだ今の状況に気付いていない? だが、俺はというと冷汗が止まらない。頭やら脇やら大変な事になっている。
「む〜……何でその呼び方をする」
「あっ、すまない。 リリィ」
「……うん」
この満足したような微笑みはなんだ? 昨日とはまるで別人じゃないか。
殺されないのか俺は、それに……
何雰囲気が変わった?
妙に優しい顔に、それに口調までおかしい。
「何? 何でアルトはそんな変な顔してるの?」
「い、いや。 妙に口調も女らしくなったなって……」
「だって………アルトが……俺の女になれって……その……嬉しかった」
……………
言ってねぇぇぇっ!!!
俺は俺の前では女のままでいいとは言ったが、俺の女になれとまでは言ってはいない。
「え、もしかしてこのベッドに入ったのも……?」
「う……うん。 アルトが甘えてもいいって言ったから…」
そう言ってリリスは顔を赤らめ、恥ずかしさを誤魔化すかのように毛布で自分の顔を隠す。
!!!
甘え方がおかしい!! それに付き合ってもいないのにいきなり朝ベットに女がいるのは心臓に悪い。
リリィの顔、優しい口調、俺を見る目……
滅茶苦茶女の顔になってるじゃないか。
まるで別人。それにとんでもなく可愛い。
それが、俺の彼女だと……
コイツはいずれ世界で活躍する身。俺なんかが毒牙にかけていいものなのか?
こんな平民上がりで何の変哲もない、特別なスキルも加護もない腕っぷしだけでやってきた俺に勇者のリリィと釣り合うものなのか?
「………ん?」
そういえば、俺の身体も違和感がある。
眠くない。全く眠くないのだ。
俺はステータスを確認する。何かがおかしいと思ったからだ。
職業 [剣士]
技
【追撃】
一撃が当たった後、二発目を追撃する。
【盾弾き】
直撃する瞬間に弾き、攻撃を強制解除する。ダメージ(小)
加護
【勇者の加護】
全能力値アップ(大)
【勇者の祝福】
状態異常無効
即死無効
何っ!!!
それは俺のステータスに新たな加護が追加されていたのだった。
元A級冒険者のおっさん少女を拾う。〜アイテムボックス持ちのエルフ少女と一緒に王都で自由気ままにスローライフ〜
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