勇者の呪い
心臓の音が頭の中まで激しく鳴り響いてくる。こんな感覚は生まれて初めての経験だ。
俺は今リリス・アストリアと2人浴室に倒れ込んでいる。
決して俺が無理やり押し倒した訳ではない。成り行きでそうなっただけなのだが……
リリス・アストリアから漏れる吐息。
乱れたタオルと半裸の火照った身体。
潤んだ青い瞳。
ほのかに香る、石鹸と女性の甘い香り。
そして太股の合間から覗かせる純白の下着。
思わず変な気を起こしてしまいそうな程いい女じゃないか。
くそっ。
静まれ俺の相棒っ!
今はそれどころじゃないだろう!
俺は何かを喋ろうとしたリリスの口を無理やり手で塞いで黙らせる。これ以上騒がれたらまずい。
(リリス!今は静かにしろ!バレたいのか)
(――っ)
理解したのかリリス・アストリアは無言で首を横に振る。と同時に部屋に寮生が何人か入ってくる。
俺もこの状況を上手く切り抜けれるか分からない。【失敗】それはリリスにとっては望んでいないことだろう。
「おいアルトっ!!何か悲鳴が聞こえたが何かあったのか?」
この声はルークか。駆けつけた寮生の中に親友がいた事でかなり希望がみえてきた気がした。
「ルークか。悪い。シャワーを浴びようとしたらデカい虫がいて、そのまま流してやろうとしたら襲ってきやがってな。それで思わず叫んじまった」
「何だよ。くっだらねーなぁ! でもお前そんな虫嫌いだったか?子供の頃は虫いっぱい取ってたじゃねぇか。しかも何か女みたいな声で叫んで」
「くだらなくはないだろう?それに裸でいきなり襲われたら女みたいな声も出ることもあるだろう?」
「いや、ねーよ。 デカい体してどこからそんな女みたいな声が出るんだよ。気持ちわりぃ奴だな」
「ごちゃごちゃうるさい奴だな。 でもまぁ、まだちょっと不安だからよルーク、一緒にシャワーでも入っていかないか?気持ちいいぞ」
「入るわけないだろっ!男二人で一つのシャワーとかそっちのが虫より気持ち悪いわ。無事ならもう俺達は戻るぞ!」
そんなやり取りをしていたら寮生達は安心したのか部屋に戻っていく。変に詮索されなくてよかった。
取りあえず助かった。ルークには貸しが出来たが、どこかで返すとしよう。
後はこの状況をどうするかだが………
俺はリリス・アストリアを見るが押し黙ったままだ。
俺は態勢を半分起こしリリス・アストリアに背を向ける。これ以上見ていたら俺がおかしくなりそうだからだ。
「その……大丈夫だったか?」
「…………ああ」
リリスは口を開いたがそれ以上の事は喋らなかった。何を考えているのだろうか。さっきまでの冷めた口調も罵声も飛んではこなかった。
これ以上いても今度はリリスを湯冷めさせても悪いと思い、俺は立ち上がろうとするがリリス・アストリアの重い口が開き、俺にゆっくりと話しかけてきたのだった。
「何故……私を助けた」
………。
何故?
普通の奴だったら別に助けようと、見捨てようとどちらでもよかった。自分に利がない相手にここまでする必要なんて確かにない。
でも、俺は初めてリリス・アストリアを見た時に薄々女ではないのかと思ったのだ。
今まで生きてきて女に魅力を感じた事のなかった俺がリリスを見た瞬間、目を奪われたからだ。おそらく一人の女として見えたからだ。
これでコイツが本当に男だったら俺がヤバい奴だったかもしれないが。
あと……一つ分かる事があった。
「お前が必死だったからだ」
「………どういう意味だ?」
「間仕切りで自分を見れなくしたのも、必要以上に話そうとしないのも、風呂の時間変えたのも俺に女と悟らせない為だろう」
「………」
「女ではなく男として入学してきたのも何か事情があっての事だろ?」
もしかしたら傲慢に振る舞い周りを遠ざけようとしていたのも、自分を女と気づかせない為だったかもしれない。だとしたら本当のリリス・アストリアは
「……そう。私が女と悟らせない為」
リリスが語りだした青眼の勇者というのは俺が想像していたよりも遥かに重い話だった。
「本来勇者は全て男の姓を受けた者しか継承され産まれてこない。魔王が倒されてから300年ずっとそうだった。だが私は勇者として継承され女として姓を受けた……」
なるほど…。勇者の血筋は本来男しか産まれてこないか。にわかに信じ難いが、歴史が確かにそう語っているのも事実だ。
だがリリスはそうじやなかったのか。
「父上には女として産まれた私を、勇者の血を汚したと過剰に責め続け、本当に男のように育てた。
そんな私は、物心も付く前からどうして女に産まれてしまったんだろうとずっと考えていた。
そして5歳になったある日、私は本当に男の様に生き勇者の血筋に泥を塗らないよう生きると決めたんだ。
女のリリィという名も捨てリリスにし、 可愛い人形も、好きだったキラキラ光るアクセサリーもみんな捨て、毎日……毎日朝から晩まで本当に血の滲む剣の練習をこの日まで続けてきたんだ……。
だが、私は落ちこぼれだったんだ。勇者の血を継承しておきながら歴代の勇者の力を半分も扱えていない。
何をやっても褒められず、叱られてばかりだった。
私が女だから、私が女として生まれてきたせいで歴代の勇者達が残した偉業も名誉も何もかも全て台無しにしてしまうんだっ。
……色々な物を犠牲にして、我慢してやってきても、それでも何もかもが足りないんだ。
そんな私が……何も成し遂げれない私が本当に情けなくてたまらない」
顔を見れば分かる。物心つく前から、俺が何も考えずに子供の頃呑気に遊んでいたよりも更にずっと前から、勇者という重圧に耐えていたのだろう。
平民の俺には何にでもなれる選択肢がある。
だが勇者は生まれながらにして勇者という選択肢しかない。
女として生まれ、勇者の血を父親に否定され。女としてまともな人生も決めさせてもらえないとは、もはやこれは勇者の呪いだ。
リリスは泣きながら、そして何かを諦めたかの様に力なく答えた。
「でももう終わりだ。 お前は私の秘密を知った」
は……?
リリス・アストリアは何を言っているのだろうか?秘密を知ったから、それに全て終わりとは何の事だ。
「お前は私に対価を望んでいるのだろう?」
対価とは何の話だ?勇者の事を考えていたのに突拍子過ぎて考えが追いついてこない。
「秘密をバラさない代わりに莫大な金でも要求するつもりだろう?
金なら私はこれでもそれなりにに持っている。危険地区の討伐を何度もこなしてきているからな。
足りなければ何年かかけても払うつもりだ。
だから頼む。この事は一生黙っておいてくれ」
あぁ……なるほど。
俺がリリスに弱みを握ったからバラさない代わりに対価を求めていると……
「いや、金なら持っている」
「――っ」
そう俺が言うと、リリスは顔を背け震えながら弱々しく呟いた。
「なら……こんな私の身体でもいいなら好きにするがいい。まだ誰の物にもなっていない。……処女だ。
だが、するなら1回だけで許してほしい……」
そういい、リリス・アストリアは涙ながらに目を静かに閉じ、覚悟を決めたかのようにはだけたタオルを静かに開いたのだ。
元A級冒険者のおっさん少女を拾う。〜アイテムボックス持ちのエルフ少女と一緒に王都で自由気ままにスローライフ〜
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