8 Side 伊吹 山で拾った令嬢
「旦那様、遊馬家についてご報告が」
伊吹の部屋は屋敷の最上階にある拾い和室であった。執務室を兼ねているため文机や資料がずらっと並んだ本棚などが並んでいる。時刻は午後三時、太陽は少し傾き風は暖かくなっている。山の中の獣たちが夜を迎える準備を始める頃だ。
「紬、それより鏡花の様子は?」
「鏡花さんはやっとお休みになりましたよ。しばらく不安げに部屋の中を歩き回っていましたが……お夕食はお部屋で雑炊のようなお腹に優しいものが良いとご希望をされていました」
「あぁ、よかった。それでは報告を」
「はい、旦那様」
紬は遊馬家について報告を始めた。三國という華族の分家であることやその地域では名家として知られ、住民からの信頼も厚い事。そして、遊馬家には姉妹がおりその長女が鏡花、次女はすみれ。鏡花はつい一週間前に堂上家の三男である慶と結婚していたこと。
「堂上家か。貴族院でよく発言をしている華族だな。俺も見たことがある」
「えぇ、ですが慶は跡取りではなく三男ですから婿養子に出されたようですね。このことで堂上家は遊馬家と繋がりを持ちさらに力を強めたかと。そして……」
紬は珍しく言い淀むと一呼吸置いてから
「慶は、本日鏡花さんとの離縁し先ほど妹のすみれと結婚をしました」
「先ほどって、鏡花が山に捨てられたのは今日の午前中のことだぞ? 何がなんでも早すぎる。それに、鏡花のご両親は? 娘のことを探しに来てすらいないじゃないか」
伊吹が怒りのあまり文机を両手でバンと叩いた。
「カラスたちの報告によると、慶とすみれは鏡花は『逃げ出した』と説明をしたようですね。行方不明になった、死んだと言えば遊馬家の当主も探す他ありませんから。遊馬家は堂上家への建前もある以上、長女が結婚から直ぐに逃げたとなれば直ぐに代わりの妹を妻にするしかない……といったところでしょうか」
「待てよ、ではそもそもなぜ鏡花にあんなことを?」
「それは……まだ調査中でございます。鏡花さんがあの場所に捨てられた時、近くに馬車があったことで鳥たちが蹴散らされてしまい話を聞いていた者が少ないのです」
「引き続き、動向を探ってくれ。鏡花が人攫いか何かにあってここへ辿り着いたのかと思ったら……まさか家のものたちは彼女を探そうとすらしてないとは」
「かしこまりました。まずは、鏡花さんの心を優先すべきかと」
「そうだな、頼んだぞ」
紬が部屋から出ていくと、伊吹はもう一度文机を叩いた。沸々と心の中に憤りが湧いてくる。遊馬家の全員が鏡花のことをなんとも思っていないように感じたからだ。
彼女は、裕福な生まれであるはずなのにまるで「こんな美味しい料理は初めてだ」みたいな顔をしていたし、何か両親からも厳しく躾けられていたようなそんなことを言っていた事が伊吹はとても気になっていた。
(華族の令嬢なんて皆、家事などやる気もなくわがままで高慢なのがほとんどだ。鏡花だけが異質すぎる。彼女の目はまるで奴隷のように扱われた使用人みたいだ)
「訳ありだと思ってはいたが……彼女はそうとう酷い目にあって来たのだな。俺がここで幸せにしないと」
と意気込んだが、鏡花は趣味もなければ食事の好き嫌いもない。女性は「自分の好きなもの」を贈られれば喜ぶことは知っているが彼女にはそれがない。好きなものがないのだ。その上、自分の気持ちを話すことですら時間がかかってしまう。
どのように接するべきなのか、伊吹は頭を悩ませた。
「うむ、とりあえず様子を見るか」
伊吹は、先ほど泣きながら食事をしていた鏡花を思い出した。彼女は恐ろしく美しい所作で、食べながら無表情から涙をこぼしていた。それから取り繕うような愛想笑いをして伊吹に気を遣っていた。本当は何も食べたくなんかなかっただろうに、無理して食べて……
(一体、彼女はどういう生活を強いられていたんだ)
食べることが「幸せの一つ」である伊吹にとっては想像もできない事であった。痛々しい鏡花を見て伊吹は彼女をどうにか助けなければと必死で考える事した。