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最終話 虎尾家での生活

「おはようございます。鏡花さん」

「おはようございます! 鏡花さん!」


 紬と葉が朝起きてきた鏡花に元気に声をかけた。


「じゃなくて、奥様と呼んでも?」


 台所からは焼きたてのパンの香り、伊吹ももう起きているようで着々と朝食の準備が進められている。


「奥様……だなんて。いつも通りでいいです」

「でも、奥様になったことは本当ですよ。私たちの大事な奥様です」


 紬は冷静に言ったが彼女が少し嬉しそうなのが鏡花にも伝わった。

 

「でも、紬さん、葉。本当にありがとう。私の実家のことで色々と協力してくれたみたいで」


 紬は山であの日、鏡花が暴行を受けて山に置き去りにされた日の証言を集めた、紬は目撃していた化け狸の一族に協力を仰ぎ、一年分の食糧と交換で慶とすみれの蛮行を証言させた。そのことで、すみれと慶は真実を認めて、離縁することになった。

 その上、慶は黄金稼ぎのためにやっていた売春行為が甘煮家経由で堂上家にバレたことで帰る場所を失い、現在は堂上家の遠縁の農家で働き手として生きることとなったらしい。

 その際、可愛い女の子に化けた葉がおとりとして慶に近づいて、現行犯を逮捕したとのことだった。

 二人の悪事が公になったこと、甘煮家の通達により遊馬家は身分を返上することとなった。遊馬家本家は出身である地方の村へ戻ることとなり、身重の女を抱えて家族三人で田舎へ戻ると言うのはかなり厳しい罰になることだろう。


「鏡花! 早く食べよう」


 待ちきれなくなった伊吹が廊下に顔を出して鏡花を呼んだ。鏡花は「はい」と返事をして彼の元へと向かう。


「何を話していたんだ?」

「二人が、私を奥様と呼びたいって。慣れないわ」

「慣れないかもしれないが、事実だろう? 虎尾家の本邸で開いた披露宴じゃ一番綺麗だったんだから」


 ぶわっと顔を赤くした鏡花をみて伊吹は満足げに微笑んだ。本邸で行われた披露宴では五大華族たちや多くの妖が集まって大騒ぎだった。鏡花はそこにいる全員から歓迎され、褒められ大変だった。鏡花にとっては一生分、誰かから褒められたような気がした。


「さて、愛しの奥様。早く朝食を食べようぜ。それに、今日は久々に俺も休みなんだ。鏡花とゆっくり散歩でもしたいなと思ってさ」

「あの、それなら今日は山の方もお散歩してみませんか? 春になってきっとお花が綺麗ですよ」

「鏡花……でも山はまだ怖いって」

「いいえ、だって伊吹と皆さんが私が怖かったことすべて解決してくれたから……これからはこの虎尾家の山を素敵な思い出で埋め尽くしたいなって思ったの」


「そうか、じゃあ俺が好きな所にたくさん行こう。綺麗な桜が咲いているところとか、小川が流れてて小魚がいっぱいいるところ、あと可愛いウサギたちがいっぱいいる場所……行こう」

「伊吹はなんでも知っているのね」

「そりゃ、俺の山だもんよ。今は、鏡花のものでもあるし」


「旦那様、奥様を薪拾いに付き合わせるのはやめてくださいよ。大事なお体ですからね。旦那様の溺愛っぷりが前よりもずっと酷くなっていて私は心配です。奥様に無理をさせるんじゃないかって。ほどほどにしていただかないと」


 焼きたてのパンと卵料理を運んできた紬が伊吹に釘を刺すように言った。伊吹は少しショックを受けたようだが「そうだよな」と言いつつパンを受け取った。

 結婚をしてから、伊吹の溺愛っぷりは以前よりも大きくなっていた。鏡花は結婚すれば少し彼も落ちつくだろうと思っていたが、現実はその真逆で彼の溺愛っぷりはエスカレートするばかりだった。

 起きている間のほとんどは鏡花をつけまわしていたし、常にどこか触れていないと落ち着かないと言った様子でソワソワして不安そうな顔をするのだ。

 鏡花が「私のことなんて」と考える好きも与えないくらいの溺愛は鏡花の心をすぐに溶かしてしまった。


「でも、紬さん本邸のお仕事も本当に私でいいのかしら?」

「鏡花さんは、虎尾家の正妻ですから旦那様が本邸に行く際にはご同行をされて華族様たちへのご挨拶などお仕事がございますので……」

「そうね。私も伊吹の妻としてできることはやってみないといけないわね。紬さん、ありがとう。頑張ってみるわ」


 そう言った鏡花は以前の彼女とは全くの別人のようだった。幸せに触れ、自分を愛してくれる人が、人たちがいたことで彼女はもう自分自身を「ダメな人間だ」などと考えないようになった。それが彼女の人生における大きな一歩だといえる。


「まぁ、挨拶とかもいいけどさ。せっかくの新婚なんだし二人でどこか綺麗な場所に旅行とか行こうぜ。そうだなぁ、海が見える場所とか広くて二人っきりでのんびりできるような場所。鏡花はどんなところが好きだ?」


 伊吹は幸せそうに言った。そんな彼をみて鏡花は答える。


「伊吹と一緒ならどこでも好きですよ」


 特大のやり返しをくらった伊吹は真っ赤になって喉に詰まりかけたパンを水で流し込んだ。




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