プロローグ
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「堂上家の御令息を婿に迎えられるなんて、これで我が遊馬家も安泰だ!」
遊馬家は、三國家という華族の分家で規模は小さいがその地域では「名家」として知られている。遊馬家の五代目当主・遊馬周蔵には二人の娘がいた。長女の鏡花と次女で末娘のすみれ。鏡花とすみれは勤勉で大人しい姉と愛想よく人に愛される才能を持った美しい妹で、遊馬家は彼女たちを家を大きくするための道具として育て上げた。
勤勉で真面目な姉・鏡花は遊馬家を守っていくために婿をとり、愛想よく誰にでも愛される才能を持った美しい妹はより良い華族の嫁に。そんな未来図を当主の周蔵は描いていた。
そんな折、堂上家の三男・堂上慶と鏡花の見合い話があがり、思いのほかすぐにそれが決まった。堂上家は貴族院でも発言権があり多くの領地を持つことで知られていて、三國家の本家からも羨ましがられるような存在であった。
「鏡花、お前を真面目に勤勉に厳しく躾けてよかった。さぁ、今日はたくさん食べなさい」
「鏡花、よく頑張ったわね。これからは、遊馬家次期当主の妻として今まで通り誠実に生きるのよ。まずは、男の子を身籠ること」
「そうだな、鏡花の次の仕事はなるべく早く男の子を身籠ることだ。そのためにはそんなに痩せていてはダメだな。なぁ、久子」
周蔵は妻・久子に笑いかけると久子は厳しい表情のまま鏡花が皿の上の肉を切る様子を見守った。そして、少しでも音が鳴るとパシンと鏡花の腕を叩いた。
「痛っ」
「鏡花、そのような作法で遊馬家の当主の妻が務まるとお思い? 貴女は、すみれと違って美しさも愛想もないのだから所作くらい美しくないと。堂上家に会わせる顔がないわ」
鏡花は、そっとナイフを滑らせ肉を切る。母親の厳しい視線を受けながら小さく切った肉を口に入れる。咀嚼をし、飲み込む。それの繰り返し。一方で、鏡花の向かいに座っているすみれは好きな大きさに切った肉を美味しそうに頬張ってニコニコと微笑んだ。
「鏡花にもすみれのような可愛さがあればね」
鏡花は、そんなことを言われるのにはすっかり慣れてしまっていて「そうですね」と機械のように答えた。
「お姉さまったら、食事くらい美味しく楽しく食べましょうよ。せっかく、お父様がお姉さまのために奮発してくださったのに。ほら、大きなお口で食べるとこんなに美味しいのよ」
すみれは、にっこりと笑って見せたが鏡花は愛想笑いをするだけで答えなかった。
「そうだぞ、鏡花。慶くんはさまざまな御令嬢と噂のあった色男。お前のような地味な娘が選んでもらえたのは奇跡のようなこと。彼に見合う女性になるため、少しはすみれを見習いなさい。そうじゃないと、男児を産んだ途端用済みになって悲しい思いをすることになるぞ」
「貴方、あんまり鏡花を甘やかさないでくださいな。この子には愛想なんて小さい頃からないのですもの。それに、この子のお役目は後継ぎの出産と教育ですよ」
「まぁまぁ、いいじゃないか久子。明日から、慶くんがこちらに来るんだから君もそうカリカリした顔ばかり見せるんじゃないよ。いいね」
すみれは少し嘲笑が含まれたような視線を鏡花に向けた。鏡花は暗い瞳のまま、黙々と食事を続けていた。
「お姉さまとお婿さんはどちらに?」
「安心しなさい。次期当主とはいえまだ私たちが存命のうちは離れで暮らしてもらうことになる。すみれ、お前は部屋を移動せずこのまま母屋で暮らしなさい」
鏡花は少しホッとしたが表情には出さないようにする。やっとこの堅苦しく姉妹での扱いの差がある家庭から距離を置けるのだ。堂上慶は「女好き」の噂とは違い、穏やかで優しい男だったと鏡花は思っている。おそらく、彼が令嬢たちをつまみ食いしたのではなく、令嬢たちの方から彼に言い寄っていたのではないかと思うほどであった。
「ごちそうさまでした」
鏡花はフォークとナイフを置いて、ゆっくりと口元を拭った。
「鏡花、食べ終わったなら後片付けをなさい。ほら、お父様の食器を片付けて」
「はい、お母様」
どうして、妹は家事をしなくてもいいのだろう? どうして私ばかり厳しく躾けられるのだろう。そんな疑問を抱くことはもうなくなっていた。父と母が納得する相手と結婚をして遊馬家の後継ぎを産めば少しは自分を認めてくれるのかもしれない。
そんな淡い期待を抱くほかなかった。
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