第8話 『じゃがりこを持って参ります』
ズン・・・———ズン・・・———
「ちょっとサチコちゃん!!あれ本当にスポーツ飲料なの?!」
「似たものです。毒味と味見はしました。似たようなのが欲しいならポカリスウェット買ってください」
サチエが楓の自室に急ぐ。急ぐと言っても早歩きだ。それを追いかけながら椿が話す。
「ポカリ・・・あぁ!!あの有名なやつね!で、今どこ向かってんの?もう次の奴の部屋の掃除でも掛かるの?」
「いえ、楓さんに寝てもらいます」
「寝てって・・・いやぁ流石に夜中にちょっとは仮眠取ったと思うけどね」
「多分寝てません」
「え?なんで?」
「服が変わってません。食事に手をつけたかどうか、皿を見て料理長がわからないって言ったみたいです。あと、部屋の物がほとんど動いてませんでした。私が今日部屋に行ったのは15時半と早い時間でした。日当たりの良いあの部屋で電気をつけるには少し早いです。多分昨日の晩から消してないんですよ。憶測ですけど」
淡々と楓が寝ていないであろう理由を説明するサチエ。
「いや、だって今日平日だろ?学校・・・」
「行かなかったんじゃないですか?他の方が学校に連絡してるかもしれませんね。例えば執事長が個別に頼まれて電話したとか」
「寝てないとかやばくね?」
「だから寝てもらいに行くんですよ」
「え?!あの悪魔に?!魔王にそんな事言うの?!危ないって!辞めなって?!」
———ゴンッッゴン!!
椿が止めに入ったのは非常に遅いタイミングであり、すでに楓の部屋の前まで来ていた。サチエは椿が止めるのを無視して扉についた丸い輪っかを掴んで叩きつけた。
「失礼致します」
そして部屋の主人の返答も聞かずに扉を開けた。
「どいつもこいつも好き勝手言いやがってっ———!!!」
開けた扉の向こうから聞こえてきたのは楓の怒号だった。気が立っている。立っている所ではない。あの高級なローテーブルを蹴っ飛ばしていた。
「・・・なんの用だ・・・?」
部屋に入ってきた二人に当然気づく。普段から鋭いその目をさらに細めて睨みを効かせた目で振り返った。
「ほらサチコちゃん魔王降臨してるよ!!やばいって!!」
椿の第二の静止を振り切ってサチエは楓の前に行く。
「寝てください。今すぐに」
「は?」
「貴方の為です。寝てください。昨日寝てませんよね」
「寝てないがお前には関係ない。やることが多いんだ。出ていけ」
「はい!!今すぐn」
「いいえ、出ていきません。寝てください。今暴力を振るったのが何よりの証拠です。体だにガタが来ているんです。今このタイミングで体調を壊したら、あのハゲおやじにまた何か言われますよ」
「何もわからないお前は黙ってろ!!」
「黙るので寝てください」
「———っ!!」
ああ言えばこう言うとサチエは引かない。楓の怒りはとうに頂点に到達している。
「体が資本です」
「っぶ!!」
小太りなサチエが”体が資本です”なんて言うものだから、椿は笑ってしまった。甘い1リットルの紅茶を飲んで、お菓子を食べている自分は大丈夫なのかと考えているのだろうとサチエは悟ったが特に突っ込まない。その嘲笑いには慣れているからだ。
「世界で1番自分が大変だって思ってませんか?」
少し間をおいて話し出したサチエの言葉に、その場の男性二人が凍りついた。
椿は、サチエが言ってはいけない言葉を言ってしまったと驚き。
楓は、言葉通りではないが、近いニュアンスの事を思いながらここ数日生活をしていた。
つまり、図星のように思えたからだ。
「確かに同じ年頃であなたと同じ程忙しい人は少ないと思います。でも、忙しいだけで、明日食べるものがないとか、生きていくのに最低限のお金を持ってないっていう人とは違いますよね。
楓さんは確かに大変だと思いますが、他の人が大変じゃないわけじゃないんです」
「他の奴と一緒にするな。抱えているものが違うんだ」
「それですよ。他と一緒にするなってご自身で言ってるでしょ?人の大変さは比べ物にならないってわかってるんですよね?比べちゃいけないんです。だから貴方も自分が大変で他人が大変じゃなさそうに見えても比べちゃいけないんです」
「何が言いたい?」
「”人と比べて自分の時間が少ない、負担が大きい、解決策がない”とか思ってるのではないですか?忙しくてイライラしている時は、楽しそうな人を見ると腹が立つんです。頑張りすぎてる証拠です。だから他の人を見たくなくて、特に楽しそうにしている同級生を見たくなくて今日学校に行かなかったんじゃないですか?まぁその書類に向き合わなくちゃいけないから時間がないのも事実なんでしょうけど」
「あのオヤジが言ってた事をお前だって聞いてただろう?!俺は今後、何万人もの社員を動かさなくてはならない!!その従業員の家族である何百人もの生活が掛かってるんだ!!」
「今からそんなんだと保てないですよ」
「保たせ続けるんだよ」
「無理です」
「ちょっと!サチコちゃん一旦戻ろう!!他の奴の部屋掃除しようよ!!その前に一回休憩しよっか?!今したけど多分休憩足りてない感じだよね?!」
椿が仲裁に入るがなんの意味もない。昨日は書類としか向き合っていなかった楓はサチエの目を。サチエも楓しか見ていない。近くにいるのに椿は蚊帳の外だ。
「あなた1人で頑張りすぎなんですよ。頑張り過ぎて、自分のことを蔑ろにすると人はイライラするって言ってます。うちの祖母がですけど。だって、自分が苦しい思いして乗り越えたり、やっと形にしたものを、美味しいところだけ他人が持っていくなんてそれだけ聞いたら腹立ちますもんね。
色々考えて理想を現実にしたいのはわかります。でも、それって貴方が、全部1人でやった場合の話ですよね?貴方以外は貴方じゃないんです。
例えば、今どんな経営学や会社の事をやってるのか知りませんけど、最高で3億円儲かるプランがあったとします。でも、3億稼ぐプランをどんな人でもできるプランを作ったと思っても、実際それを問題なく実行できるのは従業員や作業員が全員楓さんだった場合です。
実際は楓さんだけじゃないんです。つまり、思い通り3億稼ぐのはこの時点で難しいんです。
でも、2億5000万円稼げたらノルマだとしましょう。
でも、貴方の中では3億のプランが出来てしまったから、3億じゃないと納得出来ないんです。無理なのに。失敗してを繰り返すものなんです。最初から完璧なんて目指さないでください」
「それを可能に、現実に、完璧に実現させるのが経営者だ!!」
「いえ、違います。実現させて成し遂げるのは”全従業員”です。貴方だけじゃあまりません。貴方の頭の中だけじゃありません。
どんなに最高のプランを作ったって、実働は貴方ではない。貴方は労働者ではなく経営者なのだから」
「だから労働者の気持ちも考えて」
「いいんですよ。そんな事考えなくて」
「「は?」」
「私たち労働者の気持ちなんて考えなくていいんです。そんなものは労働者本人が考えればいいんです。なんですか労働者一人一人の気持ちを考える?どこの神様ですか?私たちは人間です。自分のことだけ考えればいいんです」
「サチコちゃん?!そういう話の流れ?!」
「椿うるさい。メイド、続けろ」
「ダメでしょ?!お前自分でも言ってたじゃん!?従業員とかその身内の何百万人の生活が掛かってるって?!サチコちゃんも何言ってんの?!ウチの理念から外れるんだけど?!」
「サチエです。人生なんて、全員自己責任なんです。私の高校選びも他人からすれば失敗でしょう。入学してすぐに上履きを切られる惨事ですから。でも私はそれでいいんです。いや、厳密には良くないんですけど、どうでも良いんです。
”自分で決めた進学先で、たまたまそのような事態になっただけ”です。
これ、私のせいでも、上履き切った性格ブスたちでも、学校も誰も悪くないんです」
「嘘だよ!!それは切ったやつが100悪いっしょ?!」
「・・・続けろ、サチエ」
楓はニヤリと笑った。目の前のメイドに急に興味をそそられた。いや、多分初日から興味はあったのだろうが目の前の重圧に潰されてそれどころではなかった。『やはり興味をそそるだけあったな』と自分を押し潰した圧を簡単にどかそうとしているメイドに続きを求めた。そして、初めてこの時彼女の名前を呼んだ。
「じゃあ、ここからは勤務外なので、一旦タイムカードを切ってきます」
「良いってサチコちゃん。主人が話せって言ってるんだからこれも業務みたいなもんだよ」
「あと、談話にはお菓子が必要ですね」
「そこっ?!」
「じゃがりこを持って参ります」




