第7話 『リプトンミルクティーです』
「お前がさっさと承認しないから俺の会社の企画の進行が止まってるじゃないか!!だから子供にさせるなんて馬鹿な事は辞めろと会長にあれほど言ったのに!!孫だから贔屓されているのだろうが貴様には到底無理な話だ!!さっさとなんとかしろ!!」
禿げかけた見知らぬおっさんが部屋に乱入してそのまま罵声を吐き続けている。
その後ろからバタバタと数人の足音が聞こえた。屋敷の床は絨毯だ。音は吸収されるから鳴りにくい。それなのに音が聞こえるのだ。
「取締役!!落ち着いて下さい!お気持ちはわかりますがまだ時間はあります!別にまだそこまで急がなくても大丈夫な案件です!!」
メガネをかけた”いかにも男性秘書”と他数名がやってきた。しかし、誰一人部屋の中には入らずに、”取締役”と呼ばれた禿げかけたおっさんを宥めている。
「なんとか言え!!謝罪をしろ!!ふざけるなこんな子供に何がわかる!!お前も出来ないと言えばいいだろう!!大人の真似をしてみたいならまず神部と関係のない他の会社で一から自分の力でアルバイトでもしてこい!!そんなごく一般的な事もしたことがない奴が何十万人の気持ちや状況を理解して、何百万人の生活の責任を負える訳ないんだよ!!」
怒号が止まらない。サチエはその光景を目にして何も言わない。
「(私は空気、私は空気、AIR、AIR・・・)」
そう、自分が出る幕ではないと思っているからだ。
「(しかしっ———!!!)」
さて、ここは楓の自室だ。憤慨しているどこかの取締役以外は弁えているのか部屋には入らない。なので怒号は止まらない。目の前で中年男性が騒いでいるのにサチエの主人は全く動じない。なんなら鬱陶しそうな顔を惜しむ事なく出している。この事態をどうするかと部屋の前にいる取締役側の人間の烏合の衆。その間からやっと人が部屋に入ってきた。
「楓っ!!おい!小父さん!もう辞めた方が良いって!!」
椿がやってきた。サチエが持たされた内線子機で椿に連絡を入れたのだ。サチエが喋らずともこの怒号を聞いて状況を把握し飛んできたのだ。そして楓と取締役の間に入った。
「この落ちぶれが!!椿、お前も邪魔をするのか?!貴様など後継候補を自ら辞退した救いようのない生き恥晒———」
ダンッ!!!!!
喋っていた取締役が一瞬で一回転をして投げ飛ばされた。
「そこまでに致しましょう。これ以上はじいやが許しませんぞ・・・」
投げたのはまさかの老人・・・そう、サチエの清掃員のアルバイト面接を行った”執事風のおじいさん”こと、正真正銘の執事長である。
取締役も、自分より年上であり、この屋敷の従業員を牛耳る執事長に投げ飛ばされたとあってはこれ以上は何も言えない。次に何か口答えをすればこれ以上の仕打ちがあるやもしれない。失礼します! と、上長の回収にきた秘書を含む従業員に連れ出されていった。
「さて、老体を労わるので部屋に戻ります」
役目を終えた途端、執事長はさっと戻った。夢かと思うほどの回収劇だった。
「あー、えっとー。サチコちゃんもびっくりしたでしょ?一旦執事室に戻ろう?」
「はい、ハーブティーをカップに注いだら戻ります」
その間も、部屋の主は書類以外と目を合わせなかった。
・・・———
「ハーブティーだけがっ!!楓に!!気を許してもらえてる事実!!」
翌日。またも楓はハーブティーを飲んだらしい。ポットに入った分全てだった。
「むしろコーヒー残してたよ!なんでかな!!そして!昨日ハーブティーを飲んだけど今日は凄く機嫌が悪そうだったよ!!おまけに顔色も最悪だ!あれはもう悪魔だねサチコちゃん近寄らない方が良いよ!!」
「今日の仕事行ってきます」
「わかった!行くのは止めないがまずその前に話がある!!楓の他にも面倒見てもらいたい奴らの情報共有だから!仕事の話だからまだ部屋から出ないでっ!!」
既に回れ右をしており、部屋から出る気満々だったサチエを止めて椿が仕事の話をしだす。
「とりあえず、楓は今なんか追い込み中だかなんだかで忙しいから他の人を見てよ!!で、この写真とフロアマップ見て!!」
椿から手渡された写真には、三人の同年代と思われる男の子が写っていた。背景には中学校の卒業式と書いてある。割と最近だ。
「左から、神部 双葉、神部 桔梗、神部 櫻。楓と同じように神部家の生まれで、まぁ副社長だとか、秘書だとかなんかその辺のポストになりそうな奴ら」
「説明雑すぎじゃないですか?」
「こいつら生まれた時から一緒だから情報って言っても悪口しか出てこないし」
「性格悪すぎじゃないですか?」
「双葉は身長デカくてうらやましくてムカつくし、桔梗はただの完璧人間でうらやましくてムカつくし、櫻も結局おとなしくて完璧人間でうらやましくてムカつくし」
「全部妬みなんですね」
「こんな完璧な奴らと年が近かったら、頑張って会社の後継やろうとか思わないって!!接してけば絶対にわかるってば!もう頑張るのが馬鹿らしくなるからねっ!」
「まぁ、私は神部家の生まれではないのでその辺はわかりませんが、椿さんのように潔く別の道を生きるっていうのはとてもいいと思います。好感持てますね。で、この方達の部屋を楓さんと同じように換気や掃除やクリーニングを定期的または毎日行えばいいんですね?畏まりました。部屋は今頂いたフロアマップで確認します。今日から様子見て順次行います。ですが、まずは楓さんから優先ですよね。では行ってきます」
いうが早いかサチエは早々に執事室を出て行った。
「え?俺、今、好感持てるって言われた・・?誉められたってコトッ?!」
・・・ーーー
今日も今日とて主人の楓は機嫌が悪かった。サチエはいつも通りの仕事をして一旦休憩室にやってきた。飲み物は一応コーヒーを持って行った。もうハーブティーは無いが、注文を頼むかどうかを考えて辞めた。
「(たまたまあったから淹れさせてもらっただけだったし、私はただのアルバイトだ。主人から要望がない限りは注文に加えてもらうことはしない。あまり深入りするのはやめよう。大体新しいアルバイトのメイドが入ったら私は清掃員に戻るんだ。ハーブティーを注文したとて私以外淹れる人間がいないだろう)」
そう思いながら、紙パックのミルクティーを飲む。買うと店員さんがストローをつけてくれる。10代、20代の女性たちは今このミルクティーをよく飲んでいる。
「あら!サチエちゃんお久しぶり!あ!それ娘も好きでよく飲んでたわぁ〜!」
「・・・!佐藤さん!」
パートの佐藤さんだ。少し顔を合わせなかっただけなのに久しぶりに感じる。
「メイド服可愛いわね〜!やっぱり女の子は可愛くて良いわね〜!うちの孫は男の子だからこういう可愛い服着させられないからちょっと残念だわぁ〜!そういえば、大変だったらしいじゃないの!傘下の会社?の取締役が乗り込んできたんですって?!」
「佐藤さん情報が早いですね。そうなんです。たまたまその場に居合わせてしまいました。でも、楓さんはどこ吹く風でしたよ」
「・・・そう。最近、楓さん食事をまともに摂らないみたいでねぇ。それでそんなことあったからか余計に食べなくなっちゃったのかしら。昨日のご飯なんて手をつけたのかどうかすらわからないって料理長が言ってたわぁ」
「食事、摂ってないんですか・・・?」
「みたいなのよぉ〜!それにあまり寝てもないみたいだし?!ずっと神部の仕事に齧り付いてるみたい!いくら若いって言っても流石に無理があるわよねぇ。お金持ちも大変だわぁ」
寝てない、食べてない。これはまずい。サチエはそう思い休憩室の椅子から立った。先ほど楓の部屋に行った時、おかしいと思った。
「(昨日と同じ服。怒鳴り込んできた取締役・・・多分、楓さんは昨日のあの一件からずっとあのままだ)」
サチエが飲みかけのパックミルクティーを持ち立ち上がった。と同時に休憩室の扉が開いた。
「ねぇ、サチコちゃん!!楓の部屋に謎のポットがあったんだけど?!ハーブティーってもう無かったはずだよね?!あれ何?!?」
椿だった。
「水と、塩と、砂糖です」
「何それ!!」
「あら椿さん!つまり、スポーツ飲料と同じって事ですよ!」
「スポーツ飲料・・・?そんな簡単に作れるの?!」
「流石サチエちゃんねぇ〜!で、それがどうしたんです?」
「・・・全部飲んでた。コーヒーだって飲まなかったのに。だから次は何飲ませたんだって思って・・・てか、サチコちゃん何その飲み物っ?!」
「リプトンミルクティーです」
「わかってるけど1リットルって持ち歩くものなの?!」




