第6話 『あれ?俺が上司だったよね・・?』
「ごめんって!本当ごめん!!とりあえず俺が今淹れるから!!」
「別にまず水を飲んでるから良い。早急に場所と淹れ方を教えて来い。3秒以内に行け。ぶん殴るぞ」
「はい!!行ってきまーす!!サチコちゃん行くよっ!」
「サチエです」
主人の飲み物をどこで用意するのかもわからなかったサチエ。楓が内線で椿を呼び出して説教を始めた。そして、今すぐに教えてこいとの事だった。
「そうだったね!飲み物ね!ごめんごめん!俺もうっかりしてたわー!」
「今までの大学生の方もお茶入れを?」
「1番最初に教えてたねぇ〜!ほら!サチコちゃんはもう一ヶ月は家にいるわけだからさ!なんか前からいるからパントリーの場所とか中身とか知ってるって勝手に思っちゃってさぁ〜!!」
「清掃員はコーヒーや紅茶は淹れませんよ」
「確かに」
話しながら屋敷の廊下を歩く。・・・歩く。・・・歩く。
「遠くないですか?」
「ねー!本当にね!」
自宅では数歩歩けばガスコンロ。ヤカンもすぐ近くにあり、後ろを向いて棚をあければ紅茶があるサチエの家とはわかっているけど規模が違いすぎる。これじゃぁ丁度いい温度と時間で紅茶を淹れたとして、部屋に戻るまでの時間も計算しなくちゃいけないじゃないかとサチエは少々面倒だと思った。頼む。主人の好みがコーヒーであってくれ。・・・コーヒーでも面倒だ。サイフォンコーヒーだったら逃げてしまおうかと思考を巡らす。
「さ!ここがパントリーだよ!!賞味期限の長い乾物もここに一緒にあるからね!頼まれた人のその日の好みを聞いて一緒にお菓子と出してあげて!よし、じゃあコーヒーを淹れようか。楓はいつもブラックコーヒーだよ」
ブラックコーヒーなら付属アイテムが少ない!!砂糖もミルクも不要!!ラッキー!と一瞬思ったサチエだったが
「さっき、楓さんは『喉の調子が悪い』って言ってました。コーヒーでいいんですか?」
「え?なんで?飲み物だからなんでもよくない?嗜好品だし」
「風邪の可能性とかはないんですか?あの方はサイボーグ並みにずっとお元気な方ですか?」
「人並みに風邪ひく事もあった・・・かな?でもかなり少ないし、体調悪くてもいつもと同じように勉強も外出も会食も行くような奴だしなぁ〜」
「ハーブティーとかありませんか?」
「えー!いきなり言われてもなぁ〜?!あるかなー?触った記憶ないよ。ちょっと探してみようか」
「あ、でもコーヒーも一緒に持っていきましょう。ご本人に選んで貰いましょう」
「はーい!・・・あれ?俺が上司だったよね・・?」
椿とサチエでコーヒーや茶葉が入っている棚をくまなく探す。
「大体コーヒーか紅茶か緑茶しか飲まないからなぁ〜あいつら。一人だけコーラが大好きな奴いるけどアイツはもう例外だしあんまりこの家帰ってこないし!前に頼んだとしてももしかしたら期限が切れてるかもしれないなぁ〜。ここ最近メイドが頻繁に変わってその手続きとか初期の対応で本当に忙しくてさ!!ってか恋愛禁止!接触禁止だって言ってるのにみんな携番とか聞いちゃうからさぁ〜!」
「あ、ありましたよ」
「本当?!?やったじゃん!てか俺の話一つでも聞いてた?」
「期限大丈夫そうです。ギリギリ最後の一杯ですね」
「うん。聞いてないね。わかった」
———こぽぽぽ・・・
コーヒーはカップに、ハーブティーはポットに入れて台車に乗せた。そしてタイヤを転がしながら主人の部屋へと戻る。
二つのカップを目の前に出され、一瞬思考停止したかのような顔をした楓。
「では、私たちはこの辺で。他に何か御用がございましたら呼んでください。私も内線の子機を支給されました。番号は23番です。では失礼いたしました」
言いながら、サチエは先ほど楓の部屋にくる間に椿から『そういえば!』と手渡された子機を見せた。掃除も片付けも飲み物の給仕も済んだのである。サチエのこの部屋での仕事は終わりだ。
「ってことで!楓そんな感じだから!なんか急に忙しくなったんだろ?俺たちは呼ばれたら顔出すスタイルにするから!じゃっ!」
そう言って嵐のような二人が部屋から去っていった。
楓は部屋に置かれた台車を見た。なぜ飲み物が二つあるのかわからなかったが、普段通りコーヒーに手をつけた。そして、書類を見ながらコーヒーを完飲し、もうだいぶ粗熱が取れたであろうハーブティーのポットに手を伸ばした。
普段飲まないハーブティーだ。香りはとても良い。しかし味の想像があまりできない。
新人メイドが突然持ってきたハーブティーになんとなく興味をそそられて飲んだ。
「・・・やはりハーブティーは美味しくはないな」
味はともかく、効能が良かったのか、向こう3時間は勉強予定だった楓はソファで寝てしまった。
・・・———
「楓、あのハーブティー飲んだらしいんだよ!夜に片づけに入ったらポット全部空になってた!しかもなんなら早い時間に寝落ちしたみたいだね!!あいつ睡眠時間短い奴だから寝てくれて良かったよ!って言っても全然睡眠負債返せてないけどね!!で?俺ずっと一緒にいたのにいつ睡眠薬盛ったの?!」
「今日の掃除行ってきます」
執事室で喋っている椿に対して、サチエは部屋を出ていこうとする。
出勤したことを執事室まで来て報告をしたのだ。もし廊下で椿に会えば執事室にくるのは不要である。
「ちょちょちょ!!まだ話の途中だからね!!」
「盛ってません」
「冗談だよ!!わかってるって!!でね、あいつ寝落ちした翌日は肌も綺麗だし何か調子良さそうだったんだけど、あれからかなり情報詰め込んだりプレッシャーかけられてるんだよね。みるみる体調急降下っぽいんだよ」
「プレッシャー掛けられてるって・・・別に上の方もかけてるつもりはないんじゃないんですか?そもそも神部グループ自体がデカすぎて重いんです。肩の荷が重いどころの規模じゃないでしょう。肩を起点として全身の骨が粉砕する規模ですよ」
「サチコちゃん超面白い!」
「行ってきま」
「まだだって!!アイツかなり苛立ちがすごいんだって!!サチコちゃんはあの日から顔合わせてないから知らないだろうけど!!今日はもう楓は部屋にいるんだよ!行かなくていいから!!まじアイツ鬼の形相だよ?!年上の俺がマジでビビるからねっ?!」
「・・・それって職務放棄ですよ。私は私の仕事をするまでです。ご心配ありがとうございます。でもその心配は私よりも楓さんに向けてください。私は私です。何も変わりません」
「え?どういうこと・・・?えっちょ!サチコちゃん?!」
・・・———
サチエは執事室を出て、楓の部屋ではなくパントリーへと寄った。コーヒーと、何かハーブティーがあればまた淹れようと考えたのだ。ハーブティーは効能がある。種類によって内容は異なるが。
「(だからと言って、そんなに効きが良いとも思えない。もちろん個人差によるが。おばあちゃんが言ってた。体が弱ってる時に効き易い事もあると。普段から寝不足なのであれば効果的面だったのも納得だ。つまり、楓さんの体は弱っている可能性があると言うこと・・・)」
きっと、メイドというのは主人の健康と幸せのために頑張る仕事なのだろう。多分。と自分の中で綺麗にまとめたサチエは、付き合いの浅い突然主人とされた同級生の男子高校生に何ができるかと考えた。
ハーブティーくらいしか思い浮かばなかった。それは、サチエが祖母や母から教わったことだった。
「ッチ!これしかないか。まぁいい。淹れるか」
この間のハーブティーは使い切ってしまった。パントリーをくまなく探してようやく見つけたハーブティー。このハーブティーもポット一個分ギリギリ分だ。思わず舌打ちが出た。
サチエは紅茶ポットに温かいお湯を入れ、まずは温めから始めた。
———コンコン
「入れ」
刺々しい主人の声を聞いたサチエは、あぁ、聞いていた通りだな。なんて思いながら声をかけて入室した。
主人がいるローテーブルの近くに台車を置き、サチエは普段通りの仕事を始める。
サチエはあまり気にしないが、他のメイドなら空気の重さに耐えられないほどである。
ガリッガリガリ
室内には、主人がペンを走らせる音が響く。走り書くようなその音から苛立ちを感じ取れるほどに、サチエは少し同情をした。
あぁ、同じ高校生なのにこの人はなんて大変なのだろうと。
そんな空気の中双方がそれぞれ仕事をしていたら途端に部屋の扉が乱暴に開いた。
あまりの乱暴さに、サチエは自分の上長が乱入してきたと確信を持ち、そのうるささに注意をしようと入口を見たその時だった。
「楓!!お前この間の企画書にまだ目を通してないのか!!」
見ず知らずのおっさんがいた。




