第5話 『え?"お茶犬"知りません?』
【神部グループ】
社会人ともなれば、一度は聞いたことがあるこの名前。そう、日本で有名な企業だ。
親族経営で有名な神部グループだが、身内贔屓ではなく、本当に後継たちは必死になってその地位を獲得しているのだ。
不動産経営、宿泊施設、飲食店、洋菓子、和菓子、雑貨、精密機械・・・生活の至る所に【神部】が関与している。
そんな一族の人間の一部が住む屋敷に、高校一年生の秋 幸枝は清掃係からメイドとして働く事になった。
「サチコちゃんさ・・・っ!!まずは、このまま・・・・。ククク・・・楓の世話を1週間して慣れてもらうね・・!で、慣れてきたら二人目ねっ!!・・・全部で10人くらい居たと思うんだけど、とりあえず基本は・・・楓中心で良いから・・・っ!他のメイドが・・っ!!決まるまでっ・・・!」
「すみません、笑うか説明するかどっちかにしてもらって良いですか?」
・・・———
先ほど、廊下で行われた楓とサチエのやりとりを見ていた椿は面白くて笑いが止まらない。
執事室で話をしている今、2人以外誰もいない為不審がられることはない。が、サチエは非常に呆れている。
「いやぁーーー!!楓にあんな態度する人なんて今まで居なかったからもう本当斬新?!新鮮?!面白くて?!大体あいつが怒ってないんだからそりゃびっくりだよね?!いつもならめっちゃくちゃ怒るんだけど?!」
「よくわかりませんが、笑いが収まったならお仕事の話の続きをお願いします」
「なんで?!こんな楽しい話なのにっ?!」
「椿さんからしたらそうかもしれませんが、私は楓さんの事あまり知らないのでなんとも」
「あはははははっ!!」
「今のどこに笑う要素が?」
「充分あるでしょっ!!てかさっきから気になってたんだけどそのボールペンについてるキャラクターってなに?めっちゃ気になるんだけど」
「え?"お茶犬"知りません?あ、高級茶葉しかなさそうですよね、このお屋敷」
「屋敷から出る事もあるからっ!!」
「ってことで、楓は部活動も何もしない人間だから大体17時までには屋敷に帰ってくる。部活よりも帰ってきて会社の話とかしなくちゃいけないからね。サチコちゃんはその前に出勤できるから出迎えは問題ないね。鞄受け取って、ジャケットも受け取る。制服のスラックスは楓が着替えたらハンガーにかけて置いて。で、三日に一回クリーニングだから」
「はい」
「あ!で、そこに楓の夏服があるから持って行ってクローゼットに掛けて置いて!」
「はい」
「その他の日常のルーティーンとしては、部屋の掃除と整理整頓と換気ね。一応屋敷全体で空調は24時間365日行ってるけど、部屋の場所によって日当たりが違うから適温とされる温度と違う部屋がある。楓の部屋は割と陽が当たるから夏と冬、それぞれ気候に合わせて窓の開け閉めと換気よろしく」
「はい、でも夏までに新しいメイドを早く雇ってくださいね。募集の進捗は今どんな感じですか?」
「あ、はい。募集要項の見直しが終わって、今ネットや書面の募集媒体に再度掲載するところです」
「掲載開始や販売、配布の開始日はいつですか?」
「多分・・・7月の頭!」
「今6月になったばっかりですよ?そんなにかかるんですか?・・・女子大生を狙いうならその時期だと大学も試験期間じゃないんですか?そんな期間にバイト探します?」
「・・・確かに」
「可能なら1週間でも掲載をずらしたほうが『あぁ、試験終わった!夏休みからバイトしよう!今から探そう!』の女子大生を狙えるのでは?まぁ、ずっと掲載し続けるなら良いですけど、”新着”の枠からは外れますよね。何度も新着として改めて情報載せられるなら良いですけど」
「・・・すみません、書面は1週間のみ、ネットは初回掲載分のみなのでどちらも1週間遅らせて・・・ってえっ?あれ?俺が上司だったよね?!でも言ってることなんか納得しちゃうんだけど?!」
「じゃあ、部屋の掃除と換気しに行ってきます。終わったら戻ってきます」
「あれっ?!楓もこんな感じだったの?!えっ?!」
立場が逆転したと言うことより、サチエの言っていることに妙に納得してしまう自分が居たことに椿は驚いていた。
・・・———
———ガチャリ
サチエは楓の自室に入った。換気と掃除を始める。
窓を開けて、手持ちの埃取りのモップで綺麗にしていく。机、窓の格子、ベッドはサチエが整えるまでもなくはじめから綺麗に整えられている。
部屋の家具はガラスのローテーブル。テーブルの片面に大きな皮のソファ。大きい本棚が二つ。勉強机として使っているであろう机は、学生が使うには不釣り合いのデスクだ。良い大人が書斎を作る時にでも購入しそうなデザインだ。そしてキングサイズのベッド。金持ちの家にはどこの部屋にもありそうだがテレビはない。代わりに低めの棚の上にコンポが一台置いてあった。しかし、近くに置いてある数枚のCDはクラシックだった。
さらにはMDも置いてあったが、きっと中身もクラシックだろうなとサチエは思った。どれも角がしっかり揃えられて置いていた。
「(やはり御坊ちゃまであるからして、躾はしっかりとされていんだろうな。自分で全部片付けている。部屋も参考書がメインだ。これが男子高校生の自室なのだろうか・・・)いや、そんなわけあるか。実はもう一部屋あるのでは?」
「ない。俺の部屋はここだけだ」
「・・・お戻りになられたのですね」
「俺の部屋だからな。唯一の」
「ご趣味ないんですか?」
「勉強だ」
「マジか(そうでしたか)。あ、すみません間違えました」
「お前こそ守銭奴らしいじゃないか」
「それは趣味ではありません。趣味は裁縫です」
「見たままだな(そうか)」
「建前が出てますよ」
「すまない、お前もさっき同じ事しただろう」
そう言いながら、まるで悪びれた感じもなく楓はガラステーブルに乗っていた参考書を手に取った。
「さっき決まったが、俺は明日から忙しくなる。課される事を増やされるらしい。椿から、1週間お前が俺につくと言われたが、ほとんど部屋にもいなければ要望もない。今日も掃除だけで十分だ。他の奴の世話をしてくれ」
「そうですか。かしこまりました」
サチエはそう言ってそのまま掃除を続けた。ものが少ない為、非常に掃除がしやすい。いちいち手に雑貨などを持って拭く手間がない。
そして、楓はソファに座り、参考書の下にピッタリと揃えておいたために存在がわからなかった書類を見始めた。サチエが後ろを移動しながら盗み見たその書類の内容は、何かの契約書のコピーだった。ちゃんと『COPY』と記された青い印が捺されていた。
全体を掃除し、部屋の温度に変化が大きくでなさそうなタイミングで窓も閉めた。寒いや暑いも言われていない。この主人は何か少しでも不具合があったら言うだろう。
そのまま、クローゼットを開き、一旦シワにならない為にと適当な場所に掛けて置いた制服をわかりやすいようにと端に掛けた。
「(・・・男子高校生のクローゼットなんて勝手に開けて良いのだろうか。下着のパンツはここにはないのだろうか。見られても気にしないのだろうか。ずっと幼少期からメイドに見られてきたのだろうか?と言うか子供の時から付いてたメイドは大学生だったのだろうか?乳母っていないのだろうか?そもそもずっと自分の部屋にメイドとはいえ他人が出入り———)」
「おい」
「はい、なんでしょう」
自身の脳に雑念が溢れまくるサチエ。それを遮るように主人から声をかけられた。一瞬、この流れで『パンツはどこに格納されてるんですか?』と聞いてしまおうかとも思ったが、万が一セクハラだの何だのと他のメイドと同じ扱いをされたらクビだ。せっかくの高時給を逃してたまるかと思い下着の所在の探究心は一瞬で押し殺した。
「悪い、飲み物を用意してくれ。喉の調子が悪い」
「・・・はい?」
そうだ。一応、仕事始めだから言われた仕事だけやればと思っていたサチエ。
「・・・そうですね。メイドって、主人にお茶入れたりめちゃくちゃすごい色の高級菓子を持ってくるのが一般的なメイドでしたね。あぁ私、メイドでしたね」
「何が言いたい」
「どこでお茶入れるのか知りません」
「お前本当にメイドやる気あったのか?」




