第3話『私の尊厳です』
「(またか)」
朝、学校に登校したサチエは、昇降口の自分の靴箱の扉を開けた。
別に上履きが入ってなかったわけじゃない。上履きはある。しかし、上履きの底がカッターで縦に切られていた。地味な嫌がらせをするなと思いながら、サチエはその底が切られた上履きを履いてみた。
「ギリ、イケる」
学校内は綺麗に清掃をされているし、トイレだって本当に昔ながらの小学校のトイレみたいに、掃除しっぱなしの水浸しではない。底が切れていたって尖ったモノさえ踏まなければ大丈夫だろうと毅然としている。
「(上履きかー、いくらだったかな。指定のメーカーの上履きじゃないといけないんだよな。2,000円はしなかったと思うんだけど)」
サチエは考えながら自分の制服のブレザーの内ポケットに入っている財布を取り出した。中身を見た。3,860円が入っていた。
「(よし、足りる!)」
明るい気持ちになったサチエはるんるんな気分で教室に向かった。
放課後、サチエは神部の屋敷に向かう前に上履きを買った。消費税込みで1,980円だった。上履きを買っても、ご飯とお菓子を買うお金があって良かったと思いその後コンビニへと駆け込んだ。買うのは高菜おにぎりと焼き鳥を一本。そしてこの間のグミとロイヤルミルクティーである。このあとの流れはいつも通り屋敷へと向かうだけである。
「ねぇ〜え〜!!なんでダメなのさ!メイドだよ?!」
「ちょっすみません。まだタイムカード切る前だしご飯食べてるんでどっか行ってもらえませんか?」
仕事前の楽しみの食事を邪魔されたサチエは大層迷惑そうに、そして直球で言った。
「だってみんな若い子は喜んでやるんだよ?!君だけなんでそんなに食いつきが悪いの?!」
「人と関わりたくないって言ってるじゃないですか」
「なんで?」
「え?わかりませんか?」
「え?わかんない」
キョトンとした顔で神部 椿に言われてしまったサチエ。サチエは意外だと思った。
「私、小学校から今まで、ブス、暗い、友達いなさそう、話つまらなさそうとかずっと言われてきたんです。小学校も、中学校も、それこそこの間入学したばかりの高校でもです。てっきり、私の容姿に対するイメージは、個人の差もなく全国統一されているいのだと思ってました。見えません?陰気でコミュニケーション取れなさそうな人間に」
「いや、俺の質問とかに逐一的確に答えてるじゃん。それのドコがコミュ障だって言うの?ツッコミも良いよね」
「ツッコミってなんですか。私で遊んでたんですか」
「それそれ、本当に暗かったりコミュ障だったらそんな風に返せないって。つまり、君は暗くもないし、コミュ障でもなければ、頭も良い。だからこそメイドに欲しいんだよ。絶対合うって」
「私、人によって態度変えないので、ご子息たちにもこんな感じですよ」
「んんーーー・・・」
「困りますでしょ?では、この話は無かった事に」
「ちょっと待って!!うーん・・・うーん」
唸りながらも何かを考え出した神部 椿をよそに、サチエは食べかけていた食事を再開した。高菜おにぎりは、高菜とご飯を混ぜてあるタイプだ。大きめに切られている高菜をシャキシャキと音を立てて実に美味しそうにサチエは 食べている。そして、焼き鳥と交互に食べる。焼き鳥は皮だ。
目の前でなんか唸っている男性がいるが、静かに食事ができていることにサチエは満足している。そして、ちょうど食べ終わる頃に、サチエの目の前でずっと唸っていた男が何かを決心したようだった。
「わかった!時給もっと高くする様に交渉する。君、最近入ったばっかりだから多分1,100円でしょ?1,500円で交渉するからぁ!」
サチエのメガネが光った様に見えた。
昨年上がった最低賃金は869円。しかしそもそも神部家の清掃業は1,100円とかなり良い。それなのに目の前の男はそれを更に大きく上回る1,500円を支払うと言うのだ。
「(私と跡取りたちに間違いが起こらないと確信している…だから勧めてくるんだな…。絶対に間違いが起こらない人材を確実に捕まえる為に高時給を提示する…その考え)」
「乗ったぁぁあああ!!!!!」
自分の見た目で何をどう判断されようが、サチエからしたらそんなことはどうでもいい。
それよりも、信じられない程の高時給になることの方が衝撃が大きかった。むしろ前者は慣れている為無傷に等しい。
「あ、でも、メイド服ないから今すぐはできない・・・どうしよう」
「会話一回一回ムカつく事言わないと気が済まないんですか」
結局、その3日後には大きいサイズのメイド服が納品され、サチエは清掃員からメイドへと職を変えたのである。
「はい!楓!紹介します!こちらは新しいメイドさんの、秋 幸・・・どっちだっけ?」
「”エ”です。サチエ。今日からメイドのサチエです。よろしくお願いいたします」
一人の学生に挨拶をした。サチエが屋敷に通うようになって何回か見かけた事があったが、面と向かった事はない。今が初めてである。
「サチエちゃんは、楓たちと同い年だから!家も割と近いらしいし、週5日入れるみたいだから!」
「神部 楓。何度か見かけたことがある。清掃員だったろ?」
「はい、この度、メイドの方に引き抜いて頂きました」
「・・・引き抜き?」
神部 楓が椿をじろっと睨みつけた。
「絶対大丈夫!OK!ノープロ!!絶対良い子だから!むしろプラスだから?!」
「何がだ。何でもいい。今まで俺たちがされてきた事はちゃんと共有しておけ。次に同じことがあったら椿・・・いくら身内だからってタダじゃ済まないからな」
「イエス!!ボスッツ!!」
身内とはいえ社会人が高校生相手に本当にびくついている。
「君も・・・嫌がることを言いたくはないが、決まりは守ってくれ。俺たちは他人と関わること自体あまりよく思ってないんだ。一線は絶対に超えないように」
そう無感情な表情で言うとすぐに踵を返して去っていった。
「あれですか。拗らせボーイですか」
「ぶっ!!!ぬはははははっはは!!そうかも!あーでも、あいつらの生い立ちを聞いたら仕方ないなって思うと思う。まぁ、俺が跡取りとか神部の会社に入らなかったのも似たような感じだし。とりあえず、何で一番最初にあいつを紹介したかって言うと、この神部の近い将来を背負う男だからだよ」
「・・?!つまりっ?!」
サチエの目の色が変わった。
「そう、社長だよ。おっと!まさかサチコちゃん、急に興味が湧いてきた?色恋は御法度だよ?」
「サチエです。興味湧きました。つまり、仕事を認めて頂けたらもっと時給が上がると・・・?」
「金かーい」
「それ以外に何が?」
「はいっ!と言うことで、晴れてメイドになったサチコちゃんは俺の直属の部下になります!」
椿の執務室。どでかい机に座っている椿が、目の前に立っているサチエに言った。そしてその後間が空くこと7秒。
「しまった!金に釣られて大事な事を見失っていた!!」
「何?大事なことって」
「私の尊厳です」
「俺の部下って尊厳が失われるわけ?」
「ま、とりあえず一番大事な人間の紹介が済んだからいいとして、それでも、この神部には沢山の学生がいます。でね?次期代表と言われるあの神部 楓と同い年の学生が実はわんさかいるんだよ。9人・・・10人いたかな?」
「神部家のベビーブームだったのですね」
「それそれ!本当あの世代だけばかみたいに多くて!俺なんて同い年一人も居ないからね!」
「居なくて良かったと思います。同い年の方がかわいそうに思えます」
「何で俺にそんなに当たりが強いの?!」
「なかなか名前を覚えて頂けてないので」
「マジか!!マジごめんサチコちゃん!」
「サチエです」




