第11話 『”あゆ”が出てるやつです』
「楓さんがこの忙しさの中でも楽しそうにされており、じいやは嬉しいです。サチエさん、どうもありがとうございます」
執事室で、サチエは執事長のじいやに感謝されていた。
なんでも、楓の雰囲気が少しばかり変わったと屋敷の中で噂になっているからだ。実際、先日までと変わって、睡眠も食事も取るようになって顔色も体調も格段によくなった。そして、顔つきも余裕が出てきた。
「私は何もしてません。スポーツドリンクみたいなの作って持って行っただけです。あぁ、でも昨日は広島焼きを作れと無理難題を言われましたね。あ、勝手に食事を持っていった事は内緒で。おかげで、昨日からもうお一方分のお部屋の担当を増やそうとしたのにできませんでした。今日から行います」
「よろしくお願いします。で、今日からどなたのお部屋を増やすのですか?」
「えっと、双葉さん、桔梗さん、櫻さん、この中のどなたかお部屋にいらした方から挨拶して始めようかと」
「では、じいやも初回はご一緒します」
「え、助かります。ありがとうございます。椿さんなんてなんかもう全部丸投げだったので」
「あぁ、まあ彼の良いところでもあり、悪いところの一つですね」
「ねぇ、それ、俺のいないところで言ってくれない?」
「「いらっしゃったんですね」」
「それいじめでしょ!!」
執事室の空気はいつも明るい。人が二人以上いればほとんどの時間、漫才のようなものが繰り広げられている。
———コンッコン
「入る。俺だ。執事長、ちょっと相談が・・・」
楓が入ってきた。
「はい、今からサチエさんが他の方のお部屋掃除に初めて行かれますので付き添いに10分かかります。その後でもよろしいですか?」
「かまわないが、誰の部屋だ?・・・別によくないか?他の奴は」
「フォッフォ。サチエさんの時間を取られてしまうのが惜しいのですね」
「まぁ、簡単に言うとそうなるな」
「うわぁ・・・本当人が変わったかのような返答っ!!絶対先週だったら怒ってたよ!更にもし俺が言ってたら多分スネを蹴られてたよ!!」
「よくわかってるな。で、誰からだ?」
「双葉さん、桔梗さん、櫻さんのどなたかです。今日はいらした方のお部屋からですが、最終的には皆様方のお部屋全て担当して頂きます」
「皆様とは・・・?え?まさか」
「はい、楓さんと同じ、平成元年生まれの方全員です」
「それは多くないか」
「サチエさんなら大丈夫ですよきっと」
「・・・まぁ、他の者は別に毎日でなくて良い。俺の部屋には俺がいなくても入室して構わないから毎日入るようにしておけ」
「おぉ、サチエさんへの信頼がすごいですね!」
「ねぇっ?!俺はっ?!」
・・・———
結局、あの後全員の部屋を回ったものの誰も居なかった為、パントリーの整理整頓を始めたサチエ。
そして、今は休憩を挟んでいる。いつもの休憩室で楽しみのお菓子を食べる。
「えーーー!!その飲み物なに?桃味なの?天然水?桃の香りだけの水?どっちなの?」
「桃の天然水ですけど。TV見ません?CMでもめちゃくちゃやってるじゃないですか。”あゆ”が出てるやつです。
・・・コンビニとかスーパーとか行かないんですか?」
日常生活で目にする事が多い商品を、神部の・・・と言うか椿は知らない事が多い。
「知らない!ドラマ録画してみるけどCM飛ばすし!それ一口頂戴!!」
「私が口つけて飲んでるんです!!あげるわけないでしょう!!」
「俺気にしないから!!」
「私が嫌なんです!!その後飲みたくないですから!!」
「うそでしょ!?初めてそんな事言われたっ!!」
「休憩頂きました戻りますっ」
サチエは早急に休憩室を去り、パントリーに戻った。そこに、先ほどまで居なかったのに今は誰かがいる。
長身で、髪の襟足が少し長いメガネをかけた男性だ。
パントリーには従業員しか基本入らない。まだ会ったことのない従業員だろうか。サチエが『お疲れ様です』と声を掛けようとした時、相手の男性の着ている服が目に入った。
楓と色違いの制服だ。つまり、学生だ。
「・・・こんにちは。初めまして。メイドのサチエと申します。何かご準備致しますか?」
多分、自分が今後部屋を担当する誰かである可能性が高い。同い年なら100%今後関わるのだ。新しいメイドが見つかるまでの話だが。
「あぁ!初めまして!そうかそうか、君が噂のメイドかぁー!」
「(ウワサのメイド・・・?まずい、なんかしくじったか?いや、別に問題行動はしてない。ちょっと自分の意見を言い過ぎたけど楓さんも今は私に良くしてくれてる。違う、良くしてるのは私の方だ。広島焼き作らされたもんな。まぁ心の壁的なものを少し取り払って貰えた感はある。じゃあ誰だろう。椿さんは多分誰にでもあんな感じだから私のことをわざわざ誰かに言う必要はない。もし報告するとしても執事長のじいやさんくらいだろう、それなら私だって直接じいやさんと話しているわけで、執事室内で話は完結するはず。仕事は真面目に取り組んでるし間違えは誰にでもある。この間間違えたのだって楓さんのコーヒーの蒸らし時間をちょっと長めにしてしまったくらいだ。じゃあなんでわざわざこの人の耳に入るほどのウワサ・・・っていうかこの人誰?)」
「・・・っ!!ごめっ!ごめん!名乗ってなかったっ・・・!!くくっ!俺、神部 双葉って言いますっ!」
「あぁ!今日辺りからお部屋の担当をする予定でした!・・・あれ、でも頂いた写真だとメガネ掛けてなかったのでわからなかったです。今日はたまたまメガネだったんですか?というか、何をそんなに笑ってるんですか?」
「ッハー!ごめんごめん、なんか思いっきり色んな事考えてる感じで百面相してたからさぁ!あぁ、高校入ってからはほとんどメガネだからね。中学まではコンタクト入れてたりしたけどちょっと今面倒でね。目を良く使うから疲れちゃうんだ。よく見えるしメガネのフレームがどこかにぶつかる事もないから楽だけど、長時間つけちゃうと本当に疲れちゃうからね」
「(わかる!私もアニメの録画を一気見すると目が疲れる・・・!中学の時にコンタクトを買ってはみたものの一瞬で辞めた!!)」
「でしょ?!夢中になって同じ距離を見てる時はいいんだけどね〜!」
「わかります。(見終わった後、遠く見ると凄いぼやけてたりピントスピードが合わないんだよなぁ)」
「あぁ、わかる、別にちょっと経つと治るんだけどね。俺もピントスピードに関してはメガメでも同じ現象はあるんだけど、やっぱりコンタクトはってなんか思っちゃってさー」
「ん?」
「え?どうしたの?」
「(私、ピントスピードの事口に出したっけか?)」
「あ、えっと———っ」
サチエは不審に思った。同じ視力の悪く、コンタクトをちょっと経験したという同志なのだから、意見が噛み合うこともあるだろう。でも今のはちょっとなんか・・・うまく言い表せないが心の中に綺麗に落ちきらない謎のわだかまりが残った。まさか———サチエは一つの仮説が浮かんだ。
「(この人、人の心が読める・・・エスパーだったり・・・?)」
そう思った瞬間、二人しかいないパントリーの中の空気が変わった。凍りついたとさえサチエは感じた。サチエは頭を働かせた。桃の天然水という糖分をしこたま飲んだのだ。脳みその糖分補給は万全だ。吸収にはもう少しかかるだろうがまぁ良いと考え、次に切り出す言葉を間違えてはならない。思考を読まれているなら気をつけなければならない、どうする、どうする、どうする———
「そうだ、俺の部屋も担当してくれるんでしょ?一緒に行こうよ!」
「・・・はい、よろしくお願いします」
先ほどの凍りつきがなんともない風に話しかけられた。
「(”人の心が読める”というのは考え過ぎだったかな)」
サチエは一瞬身構えたが肩の力を抜いた。双葉もそのサチエの様子を見て、一緒に部屋に行こうと誘い、廊下を歩き始めた。
軽くサチエの身の上話を双葉にして、自己を知ってもらったサチエ。そして、双葉がそのまま会話を続けたのだが。
「で、今はなんのアニメを一気見してるの?」
サチエは再び凍りついた。先ほど確かにアニメを見すぎて目が疲れると思った。
思ったがしかし口には絶対に出していない。なぜならこれはサチエの密かな楽しみであり、同志と確証を得ない限りは決してアニメの事は口に出さないと決めているからだ。
つまり
「やっぱりエスパーっ!!知られてしまったからにはココでっ———!!」
「ごめん!!ごめん!!ちょっとまって説明するからぁーーーーー!!!!!」
戦闘体勢を取ったサチエに双葉が両手を上げて降参の意を示した。




