第1話『ただの、メイドのサチエです。』
将来有望、容姿端麗、眉目秀麗の人材。日本の中でトップクラスの御家事業を営む【神部グループ】。神部グループの跡取りである子供世代。その子供世代が暮らす屋敷で、お金が必要な為アルバイトを始めた”サチエ”。近い年齢の未来を背負う彼ら、彼女らと、平々凡々な幸せを望むサチエの格差あるように見えて対等な間柄の物語。
柔らかい日差しが降り注ぐ季節。肌に当たった日差しは夏とは違い痛くなく心地が良い。
おまけに優しく吹く風も、少し冷たさを含んで気持ちが良い。
そんな日差しと風当たりの良い高台の居住区。1番奥にある広大な敷地。敷地内では草木も逞しく立派に育っている。色とりどりの花、剪定された木々が広がる、どこかの公園かと思うほどの広い庭は、庭師が毎日丁寧にお世話をして整えているからだ。
広い庭を持つ豪邸の門の近くでハーブを採取している1人の女性がいる。
彼女は156cmの身長に対して65kgの体重。
少し肥満だ。顔とて可愛いわけではない。しかしながら、彼女の母はモデルであり、愛用のスキンケア用品のお陰様で肌は小さい頃からツヤツヤのモチモチである。
雇い主は、全国に多種多様な事業を展開している大手企業がある。その企業は親族経営で有名だ。
【神部グループ】
企業の名前を知らずとも、展開している事業の名前は誰もが街中でよく目にする。一等地に自社ビルは勿論のこと、他にもコンビニエンスストアから高級ホテル、テーマパークスポンサー、レストラン、ファッション、洋菓子、老舗和菓子、人気スナック菓子、精密機械製造、ユニバーサルデザインの文具…と展開している事業はあげればキリがない。
そんな大企業の会長、社長等が住まう屋敷、豪邸の庭で、ハーブである"レモングラス"をハサミでザクザクと切っている彼女。
髪の毛は長めのおさげが2本。モデルの母が選んだ、ピンクゴールドの大きい丸型眼鏡を掛けている。化粧はしていない。可愛いとも、美人とも言い難い顔立ちだが、目は猫目で迫力がある。
そんな彼女に女子高校生の集団が近寄ってきた。
「あの、ここって、神部 楓君の自宅ですよね?」
7、8名の高級感漂う白い制服に身を包んだ小綺麗な女子高生たちが話しかけてきた。
話しかけられた彼女は思った。白い制服なんて、ミートソースパスタもカレーうどんも豪快に食べられない。なんて、窮屈な制服なのだろう。
「あの…?聞いてます?」
綺麗にふわふわに髪の毛を巻いて仕上げて、化粧もネイルもキラキラにして自信満々な女子高生達。しかし、質問に答えて貰えていない為か、少々むっとした顔でハーブを切っている彼女に再度話しかけた。
「あぁ、表札が出ているので、こちらが【神部家】です。が、神部家のどなたが住んでいるかはお答えする事が出来ません」
ザックザックとハーブを切りながら彼女は答えた。
その回答に女子高生達は一気に怒り出した。女子高生とは、自分達が何もかも正しく、無敵だと思っている人達もいる。
明らかにわかっていることでもあえて質問してきて、望む答えを得られなかったらこの様に憤慨してしまう。
(お嬢様育ちや、ヒエラルキー的なヤツで自分は"上"だと思っている人程そうな気がする。偏見だけど)
そう思いながら、門の内側にいる彼女は門の外から騒ぎだてる女子高生を構いもせずハーブを切り続ける。
「別に良いじゃない教えてくれたって!!??私達、楓くんと同じ学校よ?!制服見ればわかるでしょ?!
この家に出入りしてるって噂になってるんだから今更でしょ?!貴女使用人でしょ?!ねぇ、楓くん呼んできて貰いたいんだけど!」
ザクッザクッ
「何このブス!!シカトしてんだけど!ブスのくせに神戸家の使用人とか本当意味わかんないんだけど!!神部家もどうしてこんなの雇ってるのか意味わかんない!!アンタに無視されたって明日楓くんに言うから!!」
ザクッ…
「この事を誰かに言うのはおすすめ出来ません」
ハーブを切る手を止めて、女子高校生達の方を向いて言い放った。
「何?言われるとクビになるから?ここにきて保身に走ったよ!」
ケタケタと女子高校生たちが笑う。
良いところのお嬢様達…でも、やはり中身は現役高校生。少女漫画の様な言葉遣いのお嬢様はやはり存在しない。漫画は漫画である。
「いかなる理由であれ、私は"契約して頂いた"のです。つまり、選んでもらったのです。
選んだ側に文句を言う事になるのです。おすすめしません。あなた方の為です」
「はぁ?意味わかんないんだけど?」
後ろにいた女子高生が言う。
「でしたら結構です。とりあえず、屋敷の前で騒がれると困るのでお引き取り下さい」
「さっきから何なの?!あんたブスの使用人のくせに!!!」
1人の女子高生が言い放った後、ここには女性しかいないはずなのに、凛とした低い声が刺す様にその場に響いた。
「失礼だな」
ハーブを切る女性と門を間に挟み対立していたその後ろから、男性の声が聞こえた。
「神部くん!!」
「楓くん、帰ってなかったんだ!」
「神部くん!この人、私達の話し聞かないで無視するの!酷くない?!」
「侮辱罪だ。弁解の余地はないぞ。」
「えっ…」
女子高生たちは誰も答えられなくなった。
神部 楓。
神部グループの跡取り第一候補である。普段からニコニコする様な事はないが、紳士的振る舞いは出来る男子高校生である。
ぶっきらぼうに見えるが優しさも持ち合わせており眉目秀麗である故に学園でもとても人気が高い。
しつこく迫り来る女性にもスマートに対応できるこの男が『侮辱罪だ』と、冷たく言い放った事に、この場にいる女子高生全員が驚きと恐怖心を覚えた。
「この居住区には"神部家"以外、学園に通う生徒や関係者は誰1人として住んでない。
しかも、ここは高台の居住区の1番上だ。住人と配達員以外が入る事もほとんどない。
つまり、ここに誰が住んでいるかは誰かが"着いてこない限り"知り得ない事だ。誰かが俺を着けてきた訳だ。コレは立派な」
「楓さん、今日はお帰りが遅かったですね。会長がお待ちですよ」
神部楓の喋りが止まらない為、門の中の彼女がハーブを一旦ポケットにしまい、門を開けて中へと促した。
話を遮られた事に全く納得はいかないが、このように止めに入るという事は彼女からの”行き過ぎてる行為だ”と言う合図だと彼は受け取り、仕方なく神部楓は門に向かい自宅に入ろうとした。
女子高生たちの横を通り過ぎて少ししたところで立ち止まり、最後に一言放った。
「個人的な意見ではあるが、"使用人"と言う言葉は気に入らない。あと、他人の容姿に関する発言も気をつけろ」
そして門を通りその先の玄関までの長い道を歩いて行った。
普段はこのように人を咎めることなどしない神部楓に言われたこと、またその内容が、自分よりも容姿が劣っていると判断した女を庇うように言われた事に一人の女子生徒は恥ずかしさと悔しさで居ても立ってもいられなくなってしまった。
「なんで、あんたみたいなのが庇われて私たちが怒られなくちゃいけないのよ!!」
「っ!シッ!!!この距離なら聞こえてしまいます!2度目はありませんよ!」
またも女性に悪態をつくが、返ってくる反応は女子高生達の身を案じての言葉であった。
「オイ!!!!」
神部楓に聞こえてしまったのだろう。玄関付近から彼が大声で叫んだ。
「全員顔と名前は覚えてるからな!!もう言い逃れは出来ないぞ!!」
女子高生たちが、恐れ慄いた。見た事ない形相だ。
「だから言ったのに…。今日の件は不問にする様に言っておきますが、本当に次はないと思います。皆さん、気をつけて下さいね」
そう言って、神部楓の後を小走りで屋敷へ向かい始めた彼女に先ほどとは別の女子高生が言った。
「あんた、何なの?!神部くんがあんなに怒るなんて!」
振り返った女性は、両足を揃えて軽くお辞儀をした。
「ただの、メイドのサチエです」