追いライン
家に帰ってからは凄まじい気疲れで折れるように布団に倒れ込んだ。
驚きを通り越して呆れる。
こんなことある?
同じ学校で何人とも付き合ってたら鉢合わせる事もあると思うけどさ、違うのに。全員接点ないはずだったのに。マジかこれ、さすがにヤバいだろ。
明日が日曜日で良かったと心の底から思う。授業があっても行けるわけない。
電気も付けたまま布団と同化している間にスマホがピロンピロン鳴っていた。
「藤元君、大学デビューだったのね、ひどいわ。さようなら」とでも言われているのだろう。
しばらく昼寝するオットセイの物真似としけこみ、放り投げっぱなしのスマホにやっとのことで手を伸ばし確認する。
ラインの通知が複数。
メッセージの送り主三人の名前を見て、俺のスーパーコンピューターはタスクオーバーで強制終了した。
その夜、俺は彼女ら、いや元カノジョらの連絡を俺は全て無視した。
次の日の夕方にようやく気力が回復し、未読のまま放置していたメッセージの返信のために寝すぎて逆にぼんやりする頭をひねった。
元カノジョらも案外暇なようで 、返ってくるまでのスパンはだいたい十分と空かなかった。
萌美から昨日来ていたメッセージの内容は、
【神楽萌美:藤元、アカペラサークルに入るの?】
というただの確認だったけども、どうしても俺は「一緒のサークルはごめんだ」的な負のエネルギーを感じてしまっていた。
【もう入会届出した】
俺は先に入会の意志が固いことを伝える。
【神楽萌美:え、マジ……】
【神楽萌美:私も入ろうと思ってたんだけど】
だからなんだよ。
【神楽萌美:めっちゃ顔合わせることになるじゃん】
俺だって望んではないよ。再会するとも思ってなかったし。
【学部一緒だったらどうせ顔は合わせるだろ】
【神楽萌美:余計にってこと】
【語学のクラスは?】
【神楽萌美:フランス語だから『カ』】
【だったらまだマシか、俺はスペイン語で『ツ』だから】
【神楽萌美:まぁそれはわかったけど】
【神楽萌美:変なこと言わないでね。私変な見られ方したくないから】
うわぁ、先に言われた。
言わないでくれと頼もうとしていたのは俺もなので願ったりなのに、先に言われるだけでどうも不服な気持ちになる。
【そっちこそ余計なこと言わないでくれよ】
【神楽萌美:わかってるよ】
そして次。
正直これがだるくなった一番の原因だったりするのだが。
【日比谷先輩:ねぇ康宏。もしかして僕のこと追いかけてきたのかなwww?】
これが視界に入り、昨日俺はそっと電源を落としたのだった。
【たまたまです。たまたま。先輩が慶豊にいるなんて知りませんでしたから】
先輩はタイムラインへの投稿はしてなかったし、ライン以外のSNSは知らない。
【日比谷先輩:へぇ~、たまたま浪人してまで慶豊に入学して、たまたま大学でもアカペラやろうとして、たまたまうちのサークルきたんだ。へぇ~】
ウザァい。
【三年経ってめんどくさくなりましたね先輩】
【日比谷先輩:君もなんだかテンション高くなってたようだけど?】
それは指摘しないで欲しかった……。
【日比谷先輩:で、結局君はうちに入るのかな?】
【先輩が余計なこと言わなければ、入ります】
【日比谷先輩:余計なことって何?】
【高校の時のことですよ】
【日比谷先輩:どうしてさ? この僕と付き合ってただなんて名誉なことじゃないか。箔が付いてると思ってほしいな】
相変わらず凄い自信だ。
【変な目立ち方したくないんですよ。】
【日比谷先輩:有名になれていいじゃないか】
【嫌です】
【日比谷先輩:はいはい。わかったよ。二人の秘密にしてあげるけど、その代わりに毎月口止め料を納めるようにね】
なんかヤバい揺すり方してくるんですけどこの人。
【入るのやめようかな】
【日比谷先輩:冗談だよwwwまぁでも君が元気にしててよかったよ。なにより転校先でもアカペラを続けてくれていたことが、僕は嬉しいよ】
先輩の『嬉しい』が心にぷすっと刺さる。
【まぁ、転校先の学校に部がたまたまあったので】
【日比谷先輩:珍しいね】
【運が良かったです】
本当はいくつかあった公立高校の中から、アカペラ部があるという理由で転校先を選んだのだが、それは黙っておいた。
そのあともしばらくやり取りを続けていると、先輩には今彼氏がいるということが判明した。
だったら最初から言う気なんてなかったんじゃないかなこの人。
あぁ無駄な時間だった。
【ちこ:慶豊受かってたんだね。おめでとう】
言われて、そういえば智誇に合格の連絡もしてなかったことに気付いた。
【ありがとう。智誇も修文院大受かってたとは。言ってくれたらよかったのに。てことは東京で一人暮らし?】
【ちこ:私は連絡待ってたんだけど。自分からは連絡しづらいし。ヤスヒロまた大学落ちてたらって思うと笑】
【ちこ:そうね。今目白で下宿してる】
【うわ、うるせー笑】
【ちこ:笑】
【ちこ:そっちは?】
【俺も一人暮らし】
【ちこ:そか】
【てか修文院にもアカペラサークルあるだろ? そっちいかないのか?】
【ちこ:あるし、体験にはいったよ。そこで知り合った友達に一緒にインカレいこって誘われてさ、慶豊のサークルどんなのか気になったから】
そういえば解散の後、誰かと一緒に帰ってた気がする。
【どうすんの?】
【ちこ:うーん、こっちに入ろうかな。日比谷先輩になんか熱烈に誘われたしドヤ】
あの人の勧誘がそんなに嬉しいのか。じゃあもしかすると日比谷先輩の元カレというのは本当に名誉なことなのかも……。
なんてな。アホか。
【こっち入っても付き合ってました的なこと言わないで欲しいんだよな】
【ちこ:なんで?】
【俺が元カノ連れてきたみたいになるだろ? きつくね、そんな新入生】
【ちこ:確かにきつい】
【ちこ:引く通り越して吐く笑】
【だろ、すまんがたのむわ】
すぐに『御意』と敬礼した犬のスタンプが送られてきた。今も使ってんだソレ。
【なぁ今更なんだが、タメ語だったっけ?】
そんな記憶はない。基本は敬語だったと思う。当時のトーク履歴は残ってないので、確かめられないけど。
【ちこ:それはなぁ~ 】
【ちこ:私大学一年なんだけど、ヤスヒロは?】
【慶豊大の一年だな】
【ちこ:そういうことよ】
【こういうときって前の関係の喋り方引き継ぐものなんじゃないの?】
【ちこ:隠したい言うたんそっちちゃうんか】
【はい】
【ちこ:浪人するんじゃなかったなぁ笑笑笑笑】
気が付くと外は暗くなっていて、俺は貴重な日曜日をぶっ潰したらしい。
だが何はともあれ、全員から過去の話はしないという約束を取り付けることには成功した。
反応を見るに、まだサークルの誰かに言ったということもなさそうだ。セーフ。