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まさかの新歓飲み会【後編】


「新入生の皆さん今日はレタスに来てくれてありがとうございます。今日は楽しんでいってください。かんぱーい」


 会長の音頭で店内が賑やかさを取り戻す。

 オレンジ色の照明も少し照度を増したような気がした。

 依然としてドキドキと動悸が激しい。

 楽しむ? 

 はぁ? 

 それどころじゃないねぇ!

 今日が終わるまでこの連鎖爆弾が爆発しないことを祈るばかりだねぇ絶対バレたくない。

 注文をいくらか通した後、この中で最年長であろう市原先輩が、「自己紹介をしようか」と切り出した。

 二回目の自己紹介。

 市原先輩は好きなアーティストや趣味など、さっきより詳細に語った。

 今まで付き合った人数は何人で~~、みたいな話がなくてマジ良かった。こういう時は一番最初の自己紹介に合わせがちになるんだから。

 市原先輩に倣って俺、江藤先輩と続く。無難に。

 名前と大学名学年学科、好きな歌手や趣味などなど。

 今度は誤解のないように本名まで申し上げた。  

 高校の三年間アカペラをやっていた事を伝えたら、日比谷先輩は形のいい唇を綻ばせた。

 頼むから探られるようなことをするのはやめてほしい。


 男性陣のターンが終了すると、次は向かいに並ぶ女性陣の番だ。てかこうも綺麗に分かれているとなんか合コンみたいだ、ってしたことないけどな!

「修文院大学一年の柏山智誇です。インカレなんですけど、よろしくお願いします」

 通路側に座ったO型おひつじ座の女子は、くせっ毛をいじくりながら続ける。

「高校はアカペラ部に所属してました。パートはコーラスをやってることが多かったです。好きなアーティストは髭男とか優里で、趣味はカラオケとかです」

 なんという大人しい自己紹介だ。誰だよこいつ。

 周りの目を気にしているのが伝わってくる。無難なことしか言わなかった。いやいいけど。

 格闘ゲームが趣味でみんなをボコボコにしてましたとかタバコの吸い殻をポイ捨てするやつが嫌いですとか言いそうなキャラなのに。

 それにあれだけコテコテだった関西弁も、細かい単語のイントネーション以外はなりを潜めている。

 もう別人なんじゃないのか。

 智誇と別れたのはもう一年前のことだ。

 よく見ると、田舎っぽい大味な化粧を施した薄い顔も、朱色のトレーナーに包まれたスポーティなボディもそんなに変わっちゃいない。ただ受験を経てちょっと肥えたかもなぁ。全体的に輪郭が丸くなっている気がするね。

 いやそれは俺もでしたぁッッ。

 形式的な拍手の後、隣に座る身長167センチの二十歳にターンが移る。

「僕の名前は日比谷真穂、慶豊大学法学部三年だね。『レタス』の副会長をしているよ。アカペラ歴は今年でもう六年になるかな。バンド内ではコーラスとアレンジをすることが多いね。趣味は古着屋を巡ること。好きなアーティストはリトグリとかバンドならX。洋楽も聞くかな。君たち一年生が『レタス』に入ってくれることを期待しているよ」

 クセが強い喋り方に、萌美はわかりやすく面食らっていた。

 気持ちはわかるぞお前ぇ。俺も最初は、現実にこんな喋り方する人いるのかって思ったよ。

 しかしその個性の強さは喋り方に留まらない。

 大学という、金髪や緑のグラデーション、ホワイト系まで髪色のバラエティに富んだ空間でも、圧倒的な異彩を放つドピンクの長髪は恐ろしいことに高校の頃から彼女のトレードマークだった。それを整った顔と透き通る白い肌で無理やり従属させている。滝麗高校では髪色に関する校則はなかったとはいえ、さすがにやめてくれという学校側の圧力も学業成績で黙らせていた。そして薄手のニットを内から押し上げている胸のソレは、Fだった当時よりさらに質量を増しているように見える。

 そんな端麗な容姿で不可解なことをするから、校内では残念美人として有名だった。

 ラインの返事が全て置き手紙で返ってきたこともあったし、同好会メンバー全員とちくわでポッキーゲームしようとしたこともあった。

 俺に対してはもっと強烈で、ダメだってのに何度も女子寮に連れ込まれたうえ、最後にはそれがバレて反省文を書くハメになった。そもそも関わるようになったのだって、入学してすぐの昼休みに先輩が突然クラスに入ってきてそのままアカペラ同好会に連行されたからだ。あれは唖然とした。新しいクラスメイトからも唖然とされた。

 さっきの感じ、智誇もまた日比谷先輩に目をつけられていそうだった。

 ご愁傷様である。

 拍手。

 次は最後の一人。慶豊大学商学部一年で、小岩女子高出身の十九歳、ピアノ歴は少なくとも五年以上、趣味はカラオケにドラマ鑑賞。最寄り駅は金町で駅から徒歩二十分の神楽萌美さんの番だ。

 萌美は自己紹介定型文を述べた後、こまごまと付け足していく。

 アカペラは初心者です。

 カラオケが好きでよくハモってました(知らんがな)。

 ほんのちょっとだけ歌を習ってたことがあります。

 好きなアーティストで挙げていた『ディーペラード』は某映画会社の公式アカペラグループで、周りのアカペラ人達に合わせたものをチョイスしていそうだ。進歩を感じる。


 初対面の儀式を終えた後は、話題を転々とした。

 俺としてはとにかく今日を何事もなく終えたい。

 市原先輩と日比谷先輩と江藤先輩が作る流れに合わせる。

 その間、例の件が何かの拍子にポロリするんじゃないかと、途中で市原先輩が電話を受けに席を立ってからは余計にヒヤヒヤしていた。

 江藤先輩がときどき顔をだす智誇の関西のイントネーションを捕まえると、出身地の話になった。

「あ、そうです。大阪じゃなくて、奈良県出身です。奈良の真ん中あたりの高田ってところが実家です。えっと……そこの」

「高田って大和高田?」

 智誇の言うのを頷きながら聞いていたが、目線が俺を向き、「そこの人は同じ高校で、というか元カレです」などと言われそうになったので慌てて口をはさんだ。

 他人行儀な言い草に智誇は眉をひそめて「そうです」と答える。

 あ、これ、おこですね。

 だが隠したいという意図は伝わっただろう。と油断していると、

「智誇ちゃんも奈良県出身か。アヴィーロも奈良って言ってたよな?」

 江藤先輩がまた共通点を掬い上げた。

 それも言ってたかぁぁ。

「出身というか、数年住んでたくらいで育ちは東京ですけどね」

 はいドゥーン。

 話を潰す俺の発言に空気は軽く死んだが、誤魔化すことには成功。

 しかし今度は日比谷先輩が俺の話を掘ってくる。

 別にいいのにぃ。

「ねぇねぇ、洋介、康宏、そのアヴィーロってなんだい?」

 ナチュラルに下の名前で呼ばれドキッとしたものの、みんなは特に引っかかってないっぽくて、日比谷先輩がそういうキャラでよかった。

「こいつのニックネームだよ、体験会の時に付けてさ。良い声だから」

「たしかに。良い声だもんねぇ。よかったねぇ。康宏」

 余計なこと言われそうになる前に口を挟む。

「先輩、せっかくなんで康宏じゃなくてアヴィーロって呼んでくださいよ」

 意訳「距離感近いんすよやめてください」

 伝わったかは知らんが先輩はおどけながら俺のあだ名を復唱した。

 萌美と智誇の二人は元カレのそぐわないテンションと押しの強さに少し引いたような笑いを浮かべている。

 マジでしんどいこの状況。

「あ、そうそうあれやってくれよ、イイ声のやつ」

 嚙み合わない空気に気を遣ってか、江藤先輩は与田先輩達にウケが良かったネタをやるよう振ってくださる。

 確かに普通の飲み会なら盛り上がるけど!

 でも先輩たぶんこいつらには逆効果です、先輩の高いコミュ力がアダになってます!

 一応のワンチャンスにかけて喉を整え、いく。

「麒麟です」


 はは。

 逝った。無事に。

 一瞬きょとんとされてから愛想笑いが返ってきた。

 あれ、そんな一発ネタやるようなキャラだったっけ? 

 そんな戸惑いの間だ。その上萌美に関しては普通に意味が分かっていなさそうだった。アァ、視線がいたーい……。

 これには江藤先輩も笑いでごまかしながら申し訳なさそうにしていた。

 すみません、違うんです。俺のせいなんです。

 額にさらに脂汗が吹き出す。

 腹の底から浮遊感がするような羞恥心に耐えていると、電話を終えた市原先輩が戻ってきて話は一気に流れていった。

 助かったぁ……。


 その後も日比谷先輩の口から二回ほど、こぼれ話が飛び出しそうなシーンがありその度に勢いでごまかした。

 周りからはそれはもう不審に思われたに違いない。

 空回りする俺を見て日比谷先輩は一人で笑っていたので、隠したいのを分かったうえでからかって楽しんでいるようだった。

 あぁ、もう!

 江藤先輩と市原先輩からは「キレイどころが目の前にいるからテンション上がってんのか」といじられたが違います! 元カノが目の前に揃ってテンション狂ってんすよ! 笑い事じゃねぇよ! 自分が経験してみろってんですよぉぉ!

 最終的に他の卓の人と席を入れ替える流れになって難を逃れたものの、動揺を引きずってその後誰と何を話したのか覚えていない。

 終わったわ。

 今日であいつは空気読めないやつだってなるに違いないんだ……。

 高校のときはモブだったのに大学で頑張っちゃったらしいって言われるに決まってるんだ……。

 あぁ~短かったなぁ俺の全盛期……。


 この日俺は、大学デビューの引退を決意した。


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