体験入部に行ってきた結果
新学期、新歓期の誰が誰かわからんなる空気感を感じて貰えれば幸いです!
久しぶりのアカペラは、それはもう楽しかった。
『私たちとアカペラを一緒にやってみませんか』という謳い文句に寄せられて集まった新入生は、いくつかのグループに分けられ先輩方に混じって合唱をした。
だいたい七人一グループで、新入生は二、三人の編成。アカペラにしては少し多い方になる。おそらくは初心者をフォローするためだったと思うけど。
俺のグループは新入生三人(俺含む)に加えて会長さん、コミュ強の江藤先輩、ゆるそうな古川先輩とボイパの与田先輩の七人。俺は高校に引き続きベースを担当させてもらった。
未経験者が新入生のほとんどを占める中、経験者である俺はおもしろがってもらえ、お褒めの言葉を頂戴するだけではなくその後晩飯に連れて行ってもらえることになった。
東横線終点の渋谷駅を出て、先輩二人に付いてチェーンの大衆居酒屋へ入店。
ここ最近の新歓ラッシュで、未成年ながら居酒屋を出入りすることにも慣れ始めていた。
俺はあまり年齢確認をしてもらえないので自己申告をすると、先輩方は真面目だね、と笑っていた。
先輩方はアルコールを注文していた。
会長さんは三十分で三杯目だ。お酒は強いらしい。彼女は二十歳にしては童顔なので俺を差し置いて年確を食らっていたのだが、人は見た目によらないな。
「ヤスヒロ君、どうだった? 今日、楽しかった?」
「超楽しかったです! やっぱり大学生は一味違うなと思いました」
抱いていた感想を正直に言う。
簡単に言うとうまかった。技術があった。
今日のメンバーは別に普段から合わせているわけではない、いわば急造の仮バンドらしかったのに、当然のように形になっていた。しかも半分はペーペーの一年生。母校のアカペラ部ではこうはいかなかったと思う。
「それは良かった。経験者って聞いて、舐められないようにしないとって思ってて」
「いえいえそんな。高校生の三年間なんて、大学生の二か月くらいの濃さだと思います」
会長とその隣に座る江藤先輩は、いやいやさすがに言い過ぎでしょと手をゆらゆらさせながら笑う。
いやいや割とマジっすよ。二か月はちょっと盛ったかもですけど。
「まぁでもアカペラの大会は大体大学生のだし、モチベ上がらないとかあるのかもな」
「たぶんほんとにそうです!」
俺は江藤先輩に同意する。
日本の主要なアカペラ大会イベントの『JAM』、『アカペラスピリッツ』、『KAJa!』、そしてハギテレビ主催の『アカペラ甲子園』を含めてそのどれもが大学生の大会になっている。
参加資格のない高校のアカペラ部の活動は地元の催しや学祭での発表が主でそれはそれで楽しいのだが、良くも悪くもゆるい。競技シーンが全てだとは思わないけども、やっぱりそういうのがあってこそうまくなりたいと思える部分があると思うんだよな。
「わかったようなこと言ってるけど、こいつ大学でもほぼ喋りに来てるだけだよ」
「おい瑞樹、別にいいじゃんかよ、俺みたいなエンジョイ勢がいても」
会長が江藤先輩に小さく毒を吐くのを聞いて笑いながら、俺はそういえば会長の下の名前って瑞樹だったっけなんて考えていた。
「アヴィーロは他に迷ってるサークルとかあんの?」
枝豆をつまみながら江藤先輩。
ちなみにアヴィーロというのは名前の康宏と、世界的なアカペラグループ『Hexatonix』のベース担当『Avie』の名前をもじったあだ名だ。今日付いた。Hexatonixは初めてアカペラを聞いたグループだし、Avieを目標に練習していた時期もあったので、個人的に嬉しいネーミングだったりする。
「ここの活動次第ですけど、演劇サークルとか、放送サークルとかはめっちゃ誘ってもらったんで、興味はありますね」
「なるほどね、アナウンスとか向いてそうだよな。声的に」
「でもうちには入るんだよね?」
会長が不敵な笑みを浮かべ、俺も真似をする。
「はい、もちろんです。迷ってるっていうのは兼部するかどうかです」
「お、有望株じゃん。やったな瑞樹。じゃあ次の新歓ライブも見に来るだろ?」
「絶対に行きます!」
もう入会書書いとく? どうしましょう。とガチャガチャやっているところに追加注文の品が運ばれてきて、元々狭いテーブルは更に埋まった。江藤先輩の味付玉子と俺の釜飯が新たにスペースを取る。なので一本残っていた焼き鳥を消化して皿を空け、代わりに回収してもらった。
会長から受け取った入会書をみて、ふと思ったことを口にする。
「というか皆さん、レタス、レタスって呼んでるの面白いですよね」
「あぁ、うちのサークル名ね? 正しくは『Let us』なんだけどねぇ、皆面白がって流れで読むから、誰もちゃんと発音しないのよね」
呆れたような諦めたような口ぶりの会長だった。
「初めて聞いたとき緑の丸いアレしか浮かんでこないよな」
「ほんとそれです。てか、そう言ってますよね」
英語で「一緒に」とかの意味だろうが。でも現状は、日本語の野菜。体験会でも流暢な日本語が飛び交っていた。先輩がそう言うもんだから新入生も真似をして、そうやって代々『レタス』呼びは続いているんだろう。
「どうせならもっとかわいい名前が良かったよね~」
「じゃあ、『パプリカ』とか?」
江藤さんが茶目っ気たっぷりに提案する。そしてまた野菜だった。
「かわいい? それ」
「アヴィーロ、良い声で言ってみ」
「Paprika」
江藤先輩のフリに応えると、ジョッキを傾けていた会長がフフッと笑みを溢した。
笑わせどころを見つけ、キラリと目を光らせた江藤先輩が畳み掛ける。
俺も付いていく。
「やっぱキャベツがいいか」
「Cabbage」
「誤差じゃん」
「シーザーサラダとかでもアリか」
「Caesar Salad」
俺たちの波状攻撃に会長はたまらず口内のハイボールを噴き出す。
「ちょ、マジやめてって」
「Cho,Majiyahmaytette」
「おぉぉい! フジモトォ! 私のこといじってんなぁーッ! これで入会しなかったら許さないからなぁぁ!」
ほんと最悪っ、とおしぼりで口元とテーブルを拭く会長。
爆笑する男二人。
ただ内心、ちょっとふざけすぎたかなと罪悪感を覚えていた俺は罪滅ぼしではないものの、その場で入会書類を記入し手渡した。
多少勢いになったけど、元々入るつもりだったし。
「うむ、よろしい」
会長は記入内容に目を通すと、足元の黒いレザーバックにしまい込んだ。
「おい、洋一氏、酒が進んでないぞ。飲めよ」
憂さ晴らしをするみたいに、ほんのり顔が赤くなった会長が江藤先輩に絡む。意外とこのサークルは体育会気質なのかもしれない。
江藤先輩がしぶしぶ残り半分を飲み干すと、会長は満足げに手を叩き、再び自分のジョッキをあおりはじめた。淡黄色の液体は会長の喉を通過していく。とすん、と再びテーブルに置かれたときにはカサが数センチほどになっていた。
江藤先輩は苦笑いしながら、
「お前ほんと酒好きだよな」
「好きだね。うちでも一、二を争うかもね」
「いつも真穂に飲み負けてるから二番だな」
「いや次は勝つし、見てろ」
三年生二人のやり取りを見ながら、俺も早くそっち側に行きたいと思った。
あと一年。
新入生の中には新歓の雰囲気に飲まれて飲酒をしている未成年もいるのかもしれないけど、俺はそういうトコは、きっちりすべきだと思う派だから今は飲まない。今は。
あ、でも俺がお酒で豹変するタイプだったら今後も自粛することになるかもなぁ。
「そういえば先輩方は飲み過ぎて記憶なくなったりしますか?」
「あー、まぁバカみたいな飲み方しないとそれはないかなぁ」
「と、言いながら瑞樹は年二回くらい記憶飛ばしてるけどな」
「合宿と忘年会はバカ飲みしちゃうよね」
俺も来年はバカ飲みとかしているのだろうか。
その後しばらく履修登録やら最寄り駅やらの話をしていると、会長が、
「えーすけがまだ飲みやってるなら来るってさ」
時刻は二十時、サークルが解散してから二時間ほど経過したところだ。
「あれ、与田先輩帰ったんじゃないんですか?」
古川先輩と一緒に井の頭線の方にいったと思うんだけど。
「彼女送ってたんだろ。あいつら付き合ってるからさ」
江藤先輩からカミングアウトが飛び出したのに会長もすました顔で頷いているだけだった。
別に口が滑った訳でもないらしい。公認ってやつか。大学の恋愛というのは思ったよりオープンらしい。
「サークル内恋愛とか隠さないんですね」
「別に普通だからなぁ。まぁ大学もこんだけ人いるけどさ、知り合わなきゃ恋愛できない訳じゃん。だから結局サークル内が多くなるんだよな。次にバイトかな。同じ学科なんて何百人もいるし逆に接点なんてできないよな」
「まぁあの二人の場合は、ちょっとオープン過ぎるよね」
「薫ちゃんは嘘つけないしな」
今日の一日だけだが一緒に練習してみた感じ、確かにそんな気がする。
古川先輩はふわふわした雰囲気で、考えてることがそのまま口に出てそうなタイプの人だった印象。
「先輩方はどうなんですか? 恋人とか」
「俺はなんていうか、付き合うかどうかって人がいる感じかな。瑞樹は一年のときアレあったよな、アレ」
「……。」
「おい、どうした瑞樹」
「いやさぁ、ちょっとさぁぁぁ! 聞いてよぉぉ」
何気なくした質問がタイムリーに地雷だったようで、しばらくは会長の愚痴の噴火が続いた。
数日前に熱愛報道が出た男性アイドルが会長の推しだったらしく、相当ショックだったようだ。
これがガチ恋勢というやつなんだろうか……。
「おっす、お疲れぇ! お、ウホッ。まだアヴィーロいんじゃん」
一品料理が乗っていた皿は全て回収され皆で小鉢の塩キャベツをつまんでいると、スンとした油の匂いとともに与田先輩が颯爽と現れた。
与田先輩は鼻筋がスラっとしてよく日に焼けた、勢いのいい青年といった感じで、中学の頃の俺だと関わらなかっただろうタイプの人かもしれない、と少し思う。
全開の陽のオーラを浴びながら、俺はテンションを合わせて返事をする。
「そのウホッていうのやめてくださいよぉ」
与田先輩はドスンと隣の席に座り、肩を組んでくる。会って早々距離が近いっす。
「いいじゃねぇか、あ、アレやってくれよ。良い声のやつ」
「えぇ~。まぁ、はい」
ウンと喉を鳴らして、低く響く声を出す準備をして、言う。
「麒麟です」
ダァッハッハッ、と与田先輩のバカ笑いが店内の雑踏を切り裂く。
ある芸人が漫才の最初にやる、コンビ名をただ良い声で言うという掴みボケの丸パクリで俺は別に麒麟でもなんでもないんだけど、気に入ってもらえるならなんでも良かった。
このサークルに入ればきっと楽しい学生生活になる。
活動が始まるのが待ち遠しい。