エピローグ
アカペラ甲子園を終えても感傷に浸る余裕はなかった。
なぜなら戻ってきたのが、テスト期間という戦場の真っ只中だからである。
単位を落とすと進級が危ない。
特に必修科目は絶対落としたくない。
そんなわけで、英輔さんを除いたトリルの面々は、すぐに勉強に追われる日々を送ることになった。
幸か不幸か、決勝のために空けておいた一日があって助かったと、ちょっと思った。
萌美は大学の図書館で度々見かけた。机の上には毎回、印刷した資料と一緒に毒々しい色のエナジードリンクが置かれていた。
智誇は智誇で、同じように自分の大学の図書館にこもっているだろう。履修登録を出したときの自分に文句を言いながらペンを走らす様子が容易に思い浮かぶ。
日比谷先輩は知らないが、どうせあの人のことだ。楽々テストを突破しているだろう。
つらかったのは、追試に回した二日分だけ、他の学生よりもテスト期間が長かったということ。
二十九日からは図書館の利用者が目に見えて減り、大学に出入りする学生がいても開放感が放射されていて、取り残されたように図書館に向かうのは精神的にしんどかった。
『レタス』の一年グループラインやその他SNSでも、お疲れとかテスト終わったとか飲み会だとかの投稿が一気に流れてきて、初めてミュート機能を使用した。
そんなこんなで、アカペラ甲子園の結果の守秘義務については守ったというより破る余裕もなかったというのが正しい感じだった。
トリルのメンバーが再び集合したのは結局、アカペラ甲子園の放送日。
日比谷先輩の発案により皆で囲む我が家のテーブルには、またしてもピザが所狭しと並べられている。
今度は持ち帰りで一枚無料だとかで、取りに行かされたのはもちろん俺。
「あの収録、ほんまにちゃんとあったんやなぁ」
「僕らの事前インタビュー、ほとんど使われてないね」
画面越しに映る自分たちを見るのは変な感じだ。不自然な笑みを浮かべている俺がそこにいた。自由にやれよ。もっと。
本番を目前にしたチューニングも、歌う前の静寂も、全てが終わった後だとまるで違って見える。まず緊張しないし。
曲の出来栄えも、ときどき顔をしかめつつ概ね満足いくものだった。
結果は知っているものの、何かの間違いで2点くらい加点されてて欲しいと願ってみた。
が、当然そんなことは起こらず、ちゃんと1点差で敗退していた。
萌美がまた「わたしのせいで〜っ」とぶり返す。
今度は泣きはしないけど。
「いや、君のせいじゃないと思うけどね。アカペラの点数って基本は横ばいになるけど、僕をアレンジャーって触れ込みで放送する以上、アレンジの点数を下げる訳にはいかなかったんだろう。その分、一番関係なさそうなボーカルがワリを食ったんじゃないかな」
日比谷先輩はマルゲリータの一切れをほおばりながら、あっけらかんといった。
萌美は目を丸くして振り向き、
「え、先輩、優しい、嘘……。全否定ババアって言ってごめんなさい。先輩は部分否定ババアでした」
喜びや感謝といった種類の感情がのった発言だが内容が酷い。
たじろぐ先輩。
爆笑する英輔さん。
笑いを我慢する智誇。
俺もオレンジジュースを噴き出しそうになった。
「そ、それは喜んでいいのかな……?」
「まぁ、強さで言うたら弱なってますよね」
「じゃあいいよ全否定ババアのままで。やっぱり萌美、君のせいだ」
「あ、ひどいこの人、鬼だ鬼ぃぃぃ」
どっと笑いあう。
良いメンバーだなと改めて思った。
こうしてネタにできるくらいにみんなで感情を消化できて。
でも。
俺はあの日の萌美が忘れられなかった。
テスト勉強をしている間もチラついていた。
俺は悔しがれるほど本気でやれていなかったんだと突きつけられた気がして。
目標にしていた甲子園の本大会に出場して、それで満足していた。
僅差でよかったなんて、この期に及んで体裁を気にした。
敗退しても当然くらいに思っていた。
大学生になったばっかだし、結成して日も浅いし、他バンドは練習する時間がもっとあっただろうし……、現実的に考えたら負ける確率の方が高いに決まってる。
そんな言い訳を並べて。
全てが終わった後に、自分が不完全燃焼だったことに気付かされた。
そんな自分が悔しかった。
未練が残った。
今もくすぶっている。他人の熱でただれた、醜い未練が。
断ち切るには、振り払うには、方法は一つしかない。
ここで終わらせたくないと、強く思った。
「俺、これからもこのメンバーで続けたいです。それで、アカスピかJAMとかに出ましょう。今回は時間がなくて敗退しましたけど、次はほんとに優勝狙いに行きたいです」
言うと、皆が俺を見ていた。
急な赤裸々発言、引かれただろうか?
曲中のブレイクのような、ぽかりとあいた静寂に。
まず反応したのは、俺を焚きつけた張本人。
「わ、私も、次は実力じゃないとか言われないくらい、ちゃんと結果を残したい。今日で解散ってなったら私、おばけになっちゃいそう」
「せやなぁ。私もこのメンバーでどこまで行けるか確かめてみたいわ。まほ先輩、与田先輩はどうですか?」
智誇も賛同してそう言うと、上級生二人は顔を目を合わせ、口の中のピザをもぐもぐして飲み込んだ。
「ふふ。後輩がそんなにやる気になっているのに、応えない訳にはいかないじゃないか。でも僕や英輔は来年就活だから、このメンバーでのチャンスはおそらく今年度いっぱいだよ。英輔もそれでいいかい?」
「まぁいいぜ。次が何かは知らねぇけど、時間もあるしもっといけんじゃね。あ、でも薫ともし別れたらわかんねぇわっつってッダッハッ」
一年トリオは「なんですかそれー」と不平を言う。
笑う英輔さん。
そんなつもりがないから言える冗談なんだろうけどさぁ。不安になるなぁ。
でもよかった。
なにはともあれまだ半年、このメンバーでアカペラできるようで、この時間は少しも無駄にしたくないと思った。
スマホの電源を押すと放送をみた友達からラインが来ていた。
通知は十七件。
五十嵐や茅野の他、高校の友達グループ、地元のメンツ、中には入学式で関わって以来の人もいた。
こんなの初めてだ。
驚いているのは俺だけではない。皆で沸き上がりながら、口々に溜まった通知の件数を報告し合う。
「私三十件だぁ~」
「私は四十件、すまんなヤスヒロ」
「俺も四十ぐらいだな」
「僕は八十件くらいかな、はぁー。また返事が面倒だなぁ」
なんか俺だけすごい少ない。
別にいいけどさ。皆友達多いな、別にいいけど。なんか謎に凹むわ。八十ってヤバイだろ八十って。
画面をスライドさせてトークルームを潜っていき、通知が付いているものの中で一番下の送り主に、つい息が止まった。
喉元が熱くなる。
潤み出す目をバレないように、空き手の指で、揉むように拭った。
【ゆき姉:テレビ見たよ。凄かった】
本当に久しぶりに届いた、姉からの返事。
なんでもいいか。
俺の声が、姉ちゃんに届いたのなら、それで。
最後まで読んでくれたあなた、本当にありがとうございました!
面白かったよと思ってくれたら、いいねや評価コメントしてくれると嬉しいです!
また、せっかくなのであとがきも読んでいってください!




