アカペラ甲子園前夜
いよいよアカペラ甲子園本大会の収録を前日に控えた七月二十日。水曜日。
実習で遅くなる英輔さんを除いた俺たち四人は、渋谷のスタジオに集まって小一時間ほど練習をし、その足でキャリーケースを引いて品川駅へ向かった。
改札を出ると、思ったよりも早く実習が終わったという英輔さんが先に待っていた。
テレビ局が用意してくれたビジネスホテルにチェックインしたのが十八時半。
隣り合った三つのツインルームには俺と英輔さん、萌美と智誇、日比谷先輩の組み合わせで部屋を割り、先輩の部屋に集まって今度は英輔さんも一緒に三十分だけ練習をし、その後近くのファミレスへ晩飯を食べに行った。
日比谷先輩がドリンクバーに行ってなかなか戻ってこないなぁと思っていたら、同じくアカペラ甲子園の出場者らしい学生と喋りこんでいたので、俺はメロンソーダを諦めて水を汲み、隣を素通りした。たぶん彼らも一緒のホテルだろう。
途中コンビニに寄って物を買い、ホテルに戻ると時刻は二十一時になっていた。
しばらくしてまた、日比谷先輩の部屋、825号室に五人集まる。
シャワーを終えたメンバーはみんな館内着に着替えていた。というより、女子がそれで揃っていたので俺と英輔さんも合わせるべく出直してきた。館内着は薄い生地で薄茶色の、ボタンで止めるシャツのようなタイプ。どうせなら浴衣型がよかったのに。
小声で二曲を一度だけ通して、
「それじゃあ、いよいよ明日だね。ここまで来たらできることをやるだけさ。楽しもう。今日まで頑張った僕たちに乾杯!」
二つ並んだベッドの上に座って、紙パックのジュースで乾杯をする。
英輔さんはお酒を飲みたがったが明日が本番という理由で誰からも許されなかった。
大人しく牛乳のストローを啜っている。
「ついに、ほんとに明日なんですね。今日寝れるかなぁ」
萌美は困ったような笑顔を浮かべながら、不安を吐露する。
「あら、もえちゃん。もしかして遠足とか修学旅行の前日は寝れんかったタイプの人?」
「遠足は大丈夫だけど、修学旅行の前の日はなかなか寝れなかったかも……あはは」
言われて、萌美が行きの新幹線の騒がしい中爆睡していたことを思い出す。
おかげで京都までの数時間はかなり暇だったな。
「そういえば寝る前に牛乳を飲むと寝やすくなるって話だよ」
「もっと早く言ってくださいよぉ」
日比谷先輩の情報は時すでに遅しだ。
萌美は握ったリンゴジュースを眺めた後、英輔さんの持ってる紙パックのパッケージを見て、
「あっ、与田先輩牛乳……。ってことは」
「いや俺は余裕で寝れるけど」
英輔さんはちょうど空になった牛乳パックをゴミ箱に放り込む。
「裏切り者ぉぉぉぉ……」
「ふふっ。まぁ今は忘れようよ。明日のことは明日の自分に任せればいいさ」
「無理ですよぉ」なんて言いながら萌美は智誇に寄りかかった。
智誇はよしよしと萌美の頭をなでる。親かよ。
日比谷先輩はなにやらキャリーをガサゴソすると、中からトランプを引っ張り出してきた。
「せっかくだし大富豪でもやるかい?」
前々からみんなでやろうと思ってたのだろうか、先輩が機嫌よくトランプを荷物に詰めるところを想像するとちょっと面白い。
ちなみにキャリーの合間から使用済みっぽい紫の下着がチラっと見えたがだからなんだって話ですよねぇ。
夜のホテルで大富豪だなんて、マジで修学旅行中みたいな気がした。
途中までずっと智誇が大富豪をキープしていたが、最後の最後に都落ちして終わった。
日付が変わって部屋を出ると、丁度廊下の奥の方の扉も開いて中から四人出てきた。
彼らもまた、手を振り挨拶を交わしている。
同じ大学生、考えることは一緒らしかった。




