ピザ屋のキャンペーンは期間限定
ある土曜日のことである。
日比谷先輩がどうしてもピザパーティがしたいと言い出して、半ば強引にトリルの面々は我が家に集められた。宅配ピザを二枚頼むともう一枚無料で付いてくるキャンペーン中だそうだ。
調べると、期限は来月半ばまで。
じゃあ今度でよくね?
しかし先輩はどうしても今週がいいと言って聞かなかった。
俺はたまたま暇だったから別に良いけど、智誇や萌美は先約があったのに多少の用事ならズラして来てくれと圧をかけられていた。
ピザパーティのために。
理不尽だが、台風のようなものだと思って諦めるしかない。日比谷先輩はそういう人である。
主犯の女は誰よりも先に来て居間に居座り、メンバーはその後智誇、萌美、英輔さんの順でまばらにやってきた。
全員揃ったところで注文するピザを選び、先輩はピザチェーンに電話をする。
宅配のお兄さんが来るまでの間、先輩への抗議を含んだ微妙な空気が流れていた。
しかし当の本人は「悪いね」と一度言ったきり、悪びれる様子もなくずっとスマホを気にしていた。
机にMサイズのピザ二枚とSサイズのピザ一枚が並び、それをみんなで摘まみだしたあたりでピリピリとした空気も緩和されてきた。ジャンクなカロリーは偉大だ。
調子よく食べ進めていたもののだんだんと進みが遅くなり、チーズが完全に冷え固まった頃、最後の一枚が半分残った。
ピザ処理のじゃんけん大会の途中で着信を受けた日比谷先輩は場を制し、なにやら敬語で話を始めた。
居間で。
仕方なく俺たちは黙って先輩の通話が終わるのを待つ。
長くなるならちょっと出て話してきたらいいのに。
口を尖らせた萌美と視線が交差する。
先輩は少しうろうろした後、自撮り棒を取り出して耳に当てていたスマホをセットした。
画面に一瞬映る俺たちのしらけた顔。
え、ちょっと、なにしてんすか。
慌てる俺たちに先輩は指をさし画面を見ろと言う。
なんで?
スピーカーに切り替わったスマホから通話相手の男の声が聞こえてきて、俺たちの注意が向いているのを確認すると日比谷先輩は「お願いします」と言った。
「あ~、あの私、ハギテレビ、アカペラ甲子園製作委員会の林と申します」
え?
「トリルさんですが……。おめでとうございます。本大会出場決定です!」
一瞬間があって、
「えぇ!? やったぁ! すごいすごいすごぉぉい!」
「ヤバあぁぁぁい! ヤバいってぇぇぇぇぇ!」
「よっしゃあぁぁぁ!」
つんざくような歓声が居間に轟き、理解が遅れてやってきた。本大会決定ってことは、本大会決定ってことなんだ。マジか! ヤバくね! まってくれ奇跡過ぎる!
勢い余ってハイタッチを交わす俺たちをインカメが映った小窓で見ながら、日比谷先輩は満足げな笑みを浮かべる。
「日比谷さんはあまり驚かないんですね?」
「いや、なんとなく察するじゃないですか。メンバーを集めてビデオ通話できますか? って言われたら。あ、受かるんだろうなって」
今日無理やり集められたのはそういうことらしい。
いや、本当に人が悪い。
言ってくれよ。
危うく嫌いになりかけましたよ。
先輩としては、まぁ運営面を配慮したのかもしれないけどさ。
しかしまさかだ。
まさか本当にアカペラ甲子園の本大会に出られるなんて。
それも最初の挑戦で、最後の年に。
夢物語だ。
今、頬を叩いて痛みがなくても仕方がない。でも痛い。やったぜ、ひゃっほーう!
さっきの通話の様子は放送で使うかもしれない。
そう言われたが俺はカットになる気がした。ちょっとテンションが上がりすぎた。と思う。というかカットしてほしい。
本大会決定が通達されたあとは流れで個人へのインタビューというか質問を受けた。
普通に質問に混じってそんなの聞くのかとぎょっとするのもあって、俺と日比谷先輩は特に恋愛系の内容を掘り下げられた。
『藤元さんは、正直日比谷さんがいるという部分で大学を選びませんでしたか?』
うるせぇやい。
違うしなんだあの質問は。
絶対途中からおもしろがってただろあのスタッフ。
最後には、本大会までの流れの説明がなされた。
俺たちの脳細胞は興奮で沸騰していたのでもちろん半分も頭に入ってこなかったが。
添付のPDFを元に再現すると、たしかこんな感じ。
本大会は約一か月後の平日に二日間行われ、初日に予選ブロックがあり、そこで勝ち残れば二日目に決勝となる。またそれまでの間に一度、本大会で流すバンドの紹介VTRのための収録が大学で行われる予定だ。
本大会前日は品川のホテルにて宿泊、決勝に残ればさらにもう一泊することになる。
そしてこれが現在俺たちの懸案事項にして悩みの種なのだが、予選ブロックで歌う曲は変更になる。しかも少し懐かしめの曲でとオーダーも付いた。映像審査、地区予選で歌った『アンコール』は、決勝に残った場合の演目になる。
つまりはあと一か月で仕上げないといけない方を、必ず先に披露しなければならない。
冷静に考えるとヤバいよな、時間が。
果たして間に合うのか。
だがこのときの俺は、言われてみれば確かに二曲必要だったなと思った程度で、もう全く浮ついていたと言わざるを得ない。
残りの一か月間、借金取りに追われるような切羽詰まった日々になっていくというのに。




