合宿明け合宿明けの日々
久しぶりの講義には遅刻することになった。
二限のスペイン語。
存在を忘れていた訳でも電車の遅延でもない。シンプルな寝坊だった。
結果、出席の時間に間に合わずに欠席扱いになった。
まぁいいか……、まぁいい……。前期十五回中、四回までは休んでも単位は貰えるはずだから……、そう思うことにした。
「どうだったよ。美少女達とのドキドキおうちデートの日々は」
五十嵐には事情を話し、出席確認が緩い科目の代返を頼んでいた。俺が五十嵐の代返することもあるのでお互い様である。
ちなみにスペイン語は代返が効かない。無念。
「デートなもんかあれが……。まぁ疲れたよ。なんとか間に合ったって感じかな」
「バンドメンバーの写真とかないのか? 気になるんだけど」
「いやぁ、まだ結成して浅いし、写真はまだないわ」
嘘は言っていない。結成してからは写真は撮っていない。
「じゃあ撮ったら見せてくれよな」
「まぁ覚えてたらな」
なんとなく俺は、五十嵐には見せたくないなぁと思った。なぜなら紹介してくれとか面倒なこと言いだしそうで面倒だから。
締切当日の昼過ぎには、日比谷先輩からアカペラ甲子園応募完了の連絡が来た。
証拠のスクリーンショットと一緒に完成した動画のURLも張られていた。
すぐに見た。
アカペラ作品でよくある分割画面の中で、皆が動いている。動画で見る自分の顔には微妙な気分になるけど、いやそれより肝心なのは音楽の方だ。
明らかに、録音より綺麗な和音になっていた。どうやったのかは知らないが、先輩が音程等を修正したらしい。
すごくそれっぽい。
というか完全に実力を盛ってるぞこれは。
つい笑ってしまい、レスポンスをする。
【これは詐欺じゃないですかww?】
【日比谷先輩:いいじゃないかw。地区予選までに現実にすればw】
もっともだが、できればいいですねぇ。できますかねぇ。
甘い考えかも知れないけど、この仕上がりなら動画審査はマジで通る気がしてきた。
同日の全体会ではアカペラ甲子園の話題がちらほら上っていた。
聞こえてきた話によると、このサークルからも最低七バンドとそれなりの数が応募しているようだ。
だが同級生には当事者はほとんどいなかった。
そりゃそうだよな。新歓直後の所属バンドもあるかないかのこのタイミングで、無理やり応募した俺たちの方がイレギュラーだと思う。
だからこそ同級生からは注目を集めた。そもそも先週俺とその元カノ達が同時に休んだことも怪しまれていたらしい。
「だからいなかったんだ。一週間でよくできたね、すごい。楽譜はどうしたの?」
清水さんや吉谷と先週の出来事について話していると、
「よぉ師匠、萌美ちゃんから動画見してもらったわ。甲子園目指すらしいじゃん」
ちゃらいずが話しかけてきた。
喋るのは新歓合宿以来だ。
苦手意識からか、つい身構えてしまう。伝わってバレてなけりゃいいけど。
「おぉ、そうなんだよ」
「羨ましいぞ師匠。日比谷先輩とも一つ屋根の下だなんてさ」
「頑張ってくれよな。応援してるわ同級生として」
二人は口々に言う。会話のテンポが速すぎてどっちに反応していいのかわからない。
「てかさ、今度みんなで同期会しようかってさっき萌美ちゃんとも言ってたんだけど、みんな行こうぜ」
話がもう切り替わった。
というかこれが本題っぽい。
話してた、というから萌美は了承したんだろう。
「バイトない日だったら行けると思うわ」
「日程はこれから決めるから。二人はどう?」
「あ、もちろんお酒なしのただの晩飯だよ」
言い淀む清水さんの顔色をみて、ちゃらいずの『α』である片桐はそう付け加えた。
「来月ならたぶん行けると思う」と吉谷。
「みんなが行くなら私も行きます」と清水さん。
俺と二人の言質を取ると満足したちゃらいずは「おけ、じゃあまた連絡するわ」と言い残して去っていった。
夕立のような人達だ。
今度は智誇達女子の集まりに突撃し同様に勧誘している。
「ごめん、清水さん、それでなんの話だったっけ?」
「藤元さん、もう上がって大丈夫ですよ」
机の拭き掃除を終えると社員さんから勤務の終了が告げられた。
定刻までまだ少しあるが、平日の夕方は客足も少なくなるため、早めにあがらせてもらえる事がある。
バックヤードへ引っ込むと、入れ替わりになる五時から十時の組の二人が制服でスタンバイしていた。晩のラッシュ時は増員するようにシフトが組まれているっぽい。
俺が戻ってきたのを認めると、中年の女性パートさんはホールに出て行く。
「あ、藤元さん今から帰りっすか?」
先週の俺のシフトを埋めてくれた恩人、茅野の方は出勤時間ギリギリまで行かないつもりらしい。現在バイト先では唯一の後輩である。高二の男子。
「そうだよ。朝イチから今まで。あー疲れた」
「お疲れっす」
「今日から三連勤だとさ。明日は夕方だけだけど、土曜日も昼夜で。来週も三連勤だし」
茅野は愛想良く笑いながら、
「急に変わってくれって言うからですよ。こっちも大変だったんですから。一個マジで入れないところは牧原先輩が入ってくれましたし」
牧原とは茅野の一つ上のJKだ。
確かにバイト先のグループラインでそんなやりとりを見た覚えがある。
次会った時にはお礼を言おう。
「いや、マジごめんと思ってる。でもその分アカペラは良い感じになったよ」
「俺は中間テスト終わってたんでまぁ良いんですけどね。というか、ちゃんと決勝残ってくださいよ」
「いや、それは保証できない」
えぇーとぼやく茅野。普通にいけないわ。
「あ、焼肉いつ行きます? それと、牧原先輩も一緒にいいすか?」
「え、なんで増えてんの」
「奢ってもらうこと言ったら、私も行きたいって」
「はぁ。わかったよ。慶豊ボーイに任せとけ。今度予定決めよう」
「やったぁ! 言いましたよ? 牧原先輩には僕から連絡しときますね。約束ですよ?」
「約束するって。だからそろそろホール行けよ、もう一分過ぎてるぞ」
「ほんとに約束ですよ! 破ったら罰金ですからね?」
しつこく念を押してくる茅野の背中を見送る。
しかし破ったら罰金ってか。反故にされてもその罰金で焼肉にはいけるってわけか。よくできてんなぁ。
さて、焼肉の奢り二人分で、今日の給料は消えることが確定した。
まぁしょうがない。




