合宿明けに、また合宿③
土曜になり、与田先輩が合流した。
ボイパがあるとそれだけでリズム面は格段に揃いやすくなった。
今日も曲を繰り返す中で、抑揚や細かい音符の切り方などを調整していく。
三日間の成果なのか、与田先輩は「結構いけてんじゃん」とか「やるなぁお前ら」とか褒めてくれたので、モチベ―ションは再度上昇の兆しを見せていた。
再生する録音データもそれなりに聞けるようになっていた。
でも歌っているときには気にならなかったのに、音程ズレてるなぁと感じる箇所はまだまだある。表現も不十分だし、明日でどれだけ正せるか。
練習後にクールダウンのリップトリル(息で唇を震わせるアレ)を四人揃ってやっていると、
「なにやってんだお前ら。ダハッ、バカみてぇウケんだけど」
与田先輩が面白がって動画を回し始めた。
「おい、真穂、マホ! こっち向けって、おい止めんなよ~」
「嫌だよ。見世物でやってるわけじゃないんだ」
先輩は次に、萌美にスマホを向ける。
「は~い、萌美ちゃんでーす。ぶるぶるしてま~す」
萌美は途中でリップトリルをやめ、
「先輩、恥ずかしいですよぉ」
「いいじゃんかわいいって」
その次は智誇。
「こっちは智誇ちゃんで~す」
「ブブブゥブル、ブゥゥブブルブブブルブルゥブブルルゥ(与田先輩、動画は有料ですよ)」
「ダッハッハッ、何言ってるか全然分かんねぇ」
そして次は俺の順、なのだが。
「康宏は……、別にいいか、男の変顔に興味ねぇわ」
ですよね~。
俺の六帖しかない部屋に男二人で寝るのは狭いと思った。
常夜灯に切り替えた薄暗い部屋の中で布団に転がって、与田先輩は珍しく真面目な内容の話をしてくれた。
入学する前の、与田先輩と日比谷先輩の一年間の話。
暇つぶしにボイパをやってSNSにショート動画を投稿していたら、それが日比谷先輩の目に留まり連れてこられたこと。与田先輩がインカレするにあたって、日比谷先輩が専門学校からでも参加できるようにルールを捻じ曲げたこと。それから今までの間、理想的なメンバーを求めてメンバーチェンジを繰り返していたこと。
新入生でやってきた俺たちに、日比谷先輩は喜んでいたらしい。
原石を見つけた、と。
そんな心に温水が注がれるような良い話をしていたはずなのに、男だからかなぁ、どこからか下の方にいってしまっていた。
「あいつらとはHした?」
男はしょうもない。
男から社会性の皮を剥いでいくと芯にはエロだけが残る。
「いいじゃないですかそんなこと。言いたくないですよ」
「お前言えよぉ、男同士じゃん隠す意味ねぇって。あ、てかこれバンドの存続かかってる質問だからな。俺も意味合い変わってくるからなマジで。ガチのヤツだから!」
段々声が大きくなる与田先輩。
窓を閉めててよかった。
閑静な金町の夜に、こんな下品な会話を垂れ流すわけにはいかない。
「えぇ~。そんな……。いや、まぁ、その……してないです。俺童貞なんで」
「はぁぁぁ!? 嘘だろ!? 信じらんねぇって!」
声がでかいですって!
向かいの和室にいますって本人達が!
「チ〇コ付いてねぇってそんなのサァ……」
これほんとに聞こえてないよな……。
「絶対そういう空気にもなるじゃん。中坊だった萌美ちゃんはともかく、真穂とか特によぉ。勃たねぇのかお前」
「勃ちますよ! じゃなくて与田先輩、もうちょっと声のボリューム落としてください。日比谷先輩は、あの人は高校の時寮だったんで、できないじゃないですか」
実際は家でなら……という話ではなかったけれど。
「じゃあ智誇ちゃんは? 奈良とかそれ以外することなくねぇか」
「万が一妊娠したら責任取れないじゃないですか、受験もあったし」
「ゴムつけりゃあよくね」
「付けても絶対じゃないじゃないですか」
「じゃあピルも飲んでもらえよ」
「俺の性欲のためにそこまでしてもらうのはちょっと……」
「かぁー、考えすぎだろ。俺のダチにゴム付けて妊娠したやつとかいねぇし大丈夫だろぉ」
耳を済ませても、扉の向こうからは物音は聞こえてこない。もう寝てると信じよう。
「キスはしたんだろ?」
「まぁ、それは一応、はい」
「じゃあおっぱいは?」
「まぁ……、萌美以外は」
「はぁぁぁ!? じゃあなおさら、そこから先いかない意味がわかんねぇ!」
再びボリュームのつまみが振り切れる与田先輩。
「声がでかいですってぇ!」
女性陣には切実に寝ていてほしい夜だった。
迎えた月曜日。収録をする日である。
日比谷先輩の拘りで、夕方から中野にあるスタジオを使うことになった。俺はそのまま家で録ると思っていたんだけど。
萌美は二限を受けに日吉へ行った。必修だそうだ。曲も一応のまとまりを得ていたしな。
俺も四限は必修ではあったが、面倒くさいのでサボることにした。
あと家主だし。
俺のいない間に暴れられたり、姉や俺の部屋に入られたりしても困るし、監視しとかないといけないし。というか、よく考えたらこっちの理由がメインだったわ、うん。
俺が昼まで怠惰を極めている間に、智誇と先輩はどこからか(多分ユニクロ)お揃いのTシャツを買ってきていた。萌美の分も合わせて三着。男の分はない。
白い生地だがそれがわからなくなるほどにコスモス、バラ、タンポポが全面に印刷された花柄で、とても目に騒がしい。
丈が長めでゆとりのあるTシャツの腰の部分で結び目を作ると、生地が肌に張り付いて胸やウエストに合わせて体のラインが浮き出る。そこで注目を集める作戦だそうだ。
首謀者はもちろん日比谷先輩。
よく従ってるなぁ。
智誇が言うには「臍まで出そうとしてはったけどさすがにそれは許してもらった」らしい。
どうせならそれを見たかった気もする。
アカペラレコーディング用だというスタジオは一風変わっていた。
まずレコーディングブースと、それをモニターするコントロールルームが一セットになっている。練習で使うスタジオは防音仕様の一部屋だけなので、なんか特別感があった。
それにマイクも違う。いつもの丸口のマイクではなく、歌手のレコーディング風景で見るような四角いメッシュのマイクで、丸いカバーも手前に付いていた。
こんな本格的なところに俺なんかが来ていいのか、と気圧されながらも録音は行われた。
まず全員で曲を数回通して良いテイクを選び、ニュアンスなどが気になる部分を個別で撮り直していく。
スタッフの人が簡単にバランスを整えたものを聞かせてもらうと、当たり前ではあるがスマホで録音したやつとは全然違った。一人ひとりの声がとてもクリアに聞こえる。
そして歌っている様子の動画を自撮りし、作業は完了。合宿もお開きとなった。
収録を終えた後も日比谷先輩はスタジオの人となにやら話をしていたが、あとは先輩が録音データを持ち帰りミックスというのをして、動画と合わせて提出をするだけだそうだ。
何はともあれ間に合った。
万歳。
出来もそこそこと言える。
バイトや授業をほっちらかした甲斐はあったなぁ。
久しぶりの一人の夜は、それはそれは快眠することができた。




