結成したバンドは
合宿の次の日に、バイトなんて入れるんじゃなかった。
気付かなかったわけじゃない。普通にイケると思った。なぜ。俺はアホだ。
本音を言えば自主休校にしたかった。しかし残念ながら二限は英語、三限は会計学と少人数の必修科目だったせいで行くしかなかった。
授業の半分くらいは寝潰しながらそのまま四限も耐え、なんとか出席点を手にしたその後の労働。シフトはラストまで。つらい。
一晩寝ただけじゃ思ったよりも回復しなかった。
想像以上に疲れていたらしい。
一晩オールしただけじゃこんなに疲れないだろう。言わずもがな。精神的に死ぬほど疲労したからだ。そう、奴らのせいだ。
やっとのことでシフトが終わって脱いだ制服をロッカーに放り投げ、サークル一年のグループラインを見るとこんな会話が。
【片桐:誰かバンド組まない? 四人募集!】
一時間前に投稿されたソレには十件ほどの返事が来ていて、何人かは既にあるからと断りながらも希望者は集まったようで、あとは別グループでという運びになっていた。
え、みんなもうそんな感じ?
まだ新歓合宿が終わって翌日ですよね?
これはあれですかね、合宿中一緒にいた人と一緒にやろうねって約束してみたいな。
もしくはみんな個人ラインしてる感じ?
というか一年でベースでやってたのって俺ともう一人だけだったよな、そっちにみんな声掛けてるってことでは?
俺は「ベースどうする?」「藤元はやめとこうよ、元カノの話聞いたでしょバンドクラッシャーだよ」とか言われて避けられてそうだうわもう最悪。
まぁ、なんだこいつって思われるよなぁ……。
日比谷先輩が口を滑らせたせいだよもう。
帰宅すると、まさにその犯人からラインが来ていた。
謝罪か? とか思いながら開く。
【日比谷先輩:僕と組んでアカペラ甲子園を目指そうよ】
俺をやつす悪魔は一転、救世の天使に姿を変えた。
これは彼女なりの誠意か?
それとも普通に?
思えば高校生の頃、一緒に甲子園に出ようなんて口約束した気もするし、先輩はそれを覚えていて……?
とかちょっとセンチ入ってたら、他メンバーを聞くとふざけてるとしか思えなくなった。
リーダー日比谷先輩、ボイパに与田先輩、ベースに俺。あとは智誇に萌美だそうだ。
絶対面白がってるわコレ。
天使なわけがない、悪魔の高笑いが聞こえる。
てか智誇はいいとして萌美もよく了承したよな。
まぁいいよもう。ネタでも遊びでもいい。俺の答えはイエスだ。決まっているバンドが無いよりもずっといいし。
新たにグループが結成され、発足会と題して、明日皆で飯に行く運びとなった。
トークが進んでいくとネタ的な空気はなく、意外と真剣に『アカペラ甲子園』出場を目指そうみたいな雰囲気で、逆に肩を透かされた気分になった。
智誇とも「大会でたいね」って言ってたし、先輩としては真面目に人選した結果だったのかもしれない。
だとしたら、ふざけてると思って正直すまんかった。
これから頑張ろう。
皆でそう意気込み迎えた翌日の正午、現在開催中のアカペラ甲子園を最後に終了することが発表された。
発足会はお通夜に変更になった。
これは後から萌美に聞いた話だが、その落ち込み様ったら凄まじく、俺たちのいるファミリー席の一角がよどんで見えたらしい。周囲からは全員競馬で有り金溶かしただとか、株で失敗したとか、爆死した転売ヤー集団だとか噂されていたに違いない。
萌美も始めはドッキリかなにかかと思ったようだが、俺たちがあまりにもマジで意気消沈しているもんで、励ますのに苦労をしたとごちていた。
萌美がドリンクバーから戻ってくると、先ほどまでの和気藹々とした俺たちの姿は霧散していたんだと。各々がうつむき、明後日の方見ながら、「嘘だろ」「まじかよ」と呟くだけの抜け殻と化していたそう。
まぁこんな変貌してりゃドッキリかなにかだと思うよな。
でも俺たちにとっては、もたらされたソレは俺たちを絶望に叩きこむような凶報だった。
俺はアカペラ甲子園に参加することを大学でアカペラサークルに入る一番の動機にしていたし、たぶん智誇もそうだ。
日比谷先輩と与田先輩もそこを目指してここ半年調整していたという。
そして、今結成したバンドでは今夏の甲子園には明らかに間に合わないということを、数年アカペラをやってきている俺たちは瞬時に理解してしまったのだった。
「え、どしたの、なんかみんなめっちゃ落ち込んでません?」
事情を知らない萌美は冗談かと思い笑ったが、それどころではないメンバーはなんの反応も返さなかった。
「急すぎんだろ……」
俺の喉はようやく意味のある言葉を搾り出した。
「僕の予定では、今から始めて、冬の甲子園では活躍、優勝も目指せる算段だったんだ……。ふふ、今日で解散しようか……」
「そんなにですか!?」
「私なんのためにアカペラやってきたんやろ……」
「そこから疑うレベルなの!?」
「とりあえず今日の実習つかれた……」
「なんか一人関係ないこと言ってない!?」
萌美はなんとか盛り上げようと突っ込むように大きなリアクションを取るも、全て空振りに終わる。
元気だして、と智誇の肩を揺すってみるもスッと払いのけるのみ。
与田先輩に頼まれていたドリンクバーのコップを差し出すと、目線が動いただけでまた抜け殻に戻った。
あれこれ奔走しても一向に立ち直らない俺たちに萌美はいよいよ業を煮やしたようで、
「だぁあぁぁあ、もう! 今回で終わりっていうなら、今回のやつに懸けるしかないでしょ! やれることやりましょう? 落ち込むのはそれでダメだったときにしましょうよ!」
その訴えが鼓膜を揺らすと、四人の首だけが動いて、萌美に視線が集まる。機械みたいでちょっと怖かったらしい。
日比谷先輩は真意をうかがう。
「ほんとに?」
「え、はい、ほんとです!」
「君はいけると思う?」
今思うとあの人が他人の意見にすがるなんて珍しいよな。
もう見られないかもしれん。
「今まで結成数か月で本大会まで行ったバンドもあるんですよね? 私以外みんな経験者だし、これが先輩がいけると思って集めたメンバーなら、頑張ればチャンスあるんじゃないですか! 私にはわかりませんけど!」
「やってみる、でいいんだね?」
「だってそうじゃないですか」
それを聞いた日比谷先輩は目に光が戻って、運ばれてきてしばらくが経ったカチカチのピザを口に入れ、徐々に俺たちも再起動していった。
それからはなるようになった。と、思う。
最後にジュースでだがもう一度乾杯のようなものをしてそこで、そういえば今日発足会だったなと思い出したことを覚えている。
『やれることやりましょう』
萌美的にはとりあえず重苦しい空気を打破するための、何の気なしの発言だったらしいが、その言葉の重みを実感するのはまたしばらくしての話だ。




