新歓合宿二日目
翌朝、朝飯だなんだと吉谷に叩き起こされ食堂に向かうと、俺の遍歴は既にサークル中の知るところとなっていて、謎の拍手喝采で迎えられた。
昨晩居合わせなかった人たちからはあいさつ代わりの総ツッコミを食らった結果、生ハム二枚と玉子焼きしか食べられずに俺の朝食は終わった。
超ショック。
ごちそうさまの後、萌美や智誇も疲れた顔をしていたのでおそらく同じ目に遭っていたんだと思う。
あと同級生のちゃらい二人組(俺の中でちゃらいずと呼ぶことにした)からは師匠、師匠とふざけて崇められることになった。
そしてまぁ当然だが、午前の練習中も例の話からスタートした。それこそ萌美と同じ仮バンドなわけで。むしろいじられない方がおかしい。
「萌美ちゃんと藤元君、昔付き合ってたんだってね。私ビックリしちゃったよ」
十二時を過ぎる前に寝ていたという古川先輩は、朝食中にソレを耳にしてお茶を溢したらしい。食堂の畳にはそれらしきシミがまだ残っている。拭いてないのかもしれない(そんなわけはない)。
「言ってくれたらよかったのになぁ。もぉ……。気をつかったんだから。二人が全然仲良くならなかったからさぁ~」
会長はジト目でガックリうなだれ、相浦先輩も「それな」と首肯し笑った。
「すみません、なんて喋っていいかわかんなかったので……」
正直、萌美と俺をなんとか関わらせようと、気を遣われている気はした。だけど萌美にその気がなさそうでどうしようもなかったんだよなぁ。
「そうだったんですか、すみません……」
萌美は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべていた。
それを見た会長は慌てて、
「いやいや謝ることじゃないんだけどね。心配したって話。というか、ヤスヒロ君って意外にモテるんだねぇ」
「いや違いますって、萌美とはほんと周りの空気とかもあっただけですし。それにほら、アカペラって男貴重だし、同じバンド組んだりしたら自然と仲良くなるじゃないですか」
言い訳を並べる。
良い男キャラは俺には荷が重過ぎる。
「まぁ確かにな。古川もそれで与田と付き合ったわけだしな」と市原さん 。
「私のことはいいじゃないですかぁ」
急に会話の矢印が刺さってきた古川先輩はとたんに赤くなり、バタバタと誤魔化すように腕を振るう。
いいぞ、そのまま古川先輩の話をしましょう! 俺はその方がありがたい。古川先輩には申し訳ないけど。
でもすぐに話題は戻ってきて、
「つか藤元君、日比谷さんと付き合ってたのマジ? 大変だったでしょ、アレ」
言って、相浦先輩が口角を上げながら肩を突いてくる。
『アレ』って。
言われ様に笑う。大学でもエキセントリックビューティーっぷりはやはり健在らしかった。
ただ日比谷先輩の正確な現在の立場が未知数なのでどう扱っていいか悩んでいると、
「そろそろ今日の練習、頑張ろう! ね、ね!」
古川先輩が気を遣ってくれたのか単に流れ弾を恐れたのか話を流していき、一旦そこで終わった。
結局、午前練の半分くらいは喋ってたような気がする。
俺は睡眠不足のせいか、あまり練習にも集中できなかった。
耳も冴えなかったし、瞼は隙を見て降りようとしてくる中、畳と昨日のアルコールが混ざった匂いが頭の中を充満していた。
午後は発表会だ。サークル員一同は別棟の音楽ホールに赴く。
俺だけじゃなく昨日遅くまではしゃいでた人間は特に、食後の副交感神経にもやられて目をこすり、あくびを隠さなくなっていた。空気が眠い。
誰かのスニーカーを寄せて自分の靴を靴箱に置き、ホールに入る。
音楽ホールというより大きな部屋という印象だけど。
百帖だというフローリングの床に置かれた一台のピアノが唯一の音楽ホール要素だった。
隅に積まれていた畳をステージに見立てて並べ、サークル員は皆太陽の方を向く向日葵のようにして座った。
くじ引きで場当たり的に決まった順番で、合宿の即席バンドが練習の成果を披露していく。
涼しい空気をため込んでいたホールは、だんだん皆の体温と日光で温まっていった。
ベースとボイパのためのマイクが二本という簡単な音響だが、室内を包むように歌声が広がる。
和やかなムードにのまれたのか清水さんが船を漕ぎ始めると、会長は笑って顎で指した。
起こしてあげてとのことなので肩をたたく。
彼女の首が持ち上がりゆっくりと振り返る。無理やり開いた目は線のように細い。
昨晩は頑張って起きてたんだろうなぁ。
丁度出番が終わり戻ってきた智誇に「寝てたやろ」と絡まれていた。
仮バンドが一通り終わると、普段から活動しているバンドがいくつか曲を披露してくれる。歓迎に加えこのくらいを目指せよというメッセージなのかもしれない。
日比谷先輩の三年生バンドの後に市原さんの四年生バンドと、レベルの高いバンドが続いた。
迫力のある抑揚、重厚なコーラス、しっかりと揃ったリズム。
すごいなぁ。
気が付いたら、そうこぼしていた。
「そりゃうまいでしょ、アカスピ決勝残ってるんだもん」
聞こえていたらしく、相浦先輩が教えてくれた。
「私がこのサークル入ったの、あの人たちの演奏聞いたからなんだ。日吉の新歓の時にさ、簡易ステージで歌っててさ。ビックリしちゃった」
「たしかにスゲェってなりますね」
「でしょ。最後だし、市原さんたちには甲子園の本大会いってほしいんだよね」
相浦先輩は自分のことのように嬉しそうに語った。
薄くシャドウを引いた目じりが下がる。
彼らを見つめる瞳から、憧れというのか思慕というのか、そんな感情が零れていた。
気持ちはわかる。
美しいアカペラは溶け合うような一体感が官能的に脳を飽和させるのだ。
俺もこれから誰かと声を合わせて、あんなふうな演奏をできるようになって、大会にも出て、できれば後輩からも尊敬されてみたい。そう思った。
東京へ向かう高速道路を走る車内は驚くほど静かで、聞こえる音は走行音だけだった。
バスに乗り込んで即寝した俺は途中で目が覚めた。
隣の吉谷と同じように、見渡す限りみんな爆睡していた。日比谷先輩の横顔が夕日に照らされている。右肩の方へ首が曲がってて、アレは起きたら絶対痛いやつ。
途中のインターチェンジで降りたのもほんの八人かそこらで、他のメンバーは乗り降りしてもピクリともしなかった。
せっかくだからとその生き残りの謎メンバーで写真を撮り、その一枚をラインのホーム画面に設定した。
こうして俺の波乱の新歓合宿は幕を閉じた。
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