新歓合宿一日目Z
夕食になると食堂には長テーブルが三列現れ、思ったより豪勢なすきやき御膳が並んだ。
どこに座るかは自由。
とはいえ自然と学年や男女で分かれていくわけだが、不運にも男子専用テーブルと化した一列に収まらなかった三名は女子に囲まれ、肩身が狭そうにしていた。
ただ食が進むと満腹になった女性陣から頼りにされ、箸移しで残り物をよそわれていたので結果満更でもなかったのかもしれない。こっちは小鍋ごと渡されあとよろしくだったのと比べると。
入浴後は自由時間ということなので風呂を出た人から順に、宴会場のような顔になった食堂へ集まっていく。
女子は風呂が長い上に(俺の偏見)人数も多く、男子が全員食堂に揃ってもまだ半分といった感じだった。
だが残念なことじゃない。
むしろ良い。
風呂上がりの、普段見ないようなラフな格好で髪に薄く湿りを残した所謂マジックタイムの女子が数分おきにやってくるのを、男達は江藤先輩を筆頭に黄土色の歓声を飛ばして迎え入れていた。
人が増えるといくつか小さなグループに分かれていく。
始めは比較的各学年が混ざりあっていたものの、上級生がお酒を飲み回しだすと年齢上お酒が飲めない新入生や一部の二年生が逃げるように固まっていった。
まぁ新入生の中にも先輩たちに混じって酒盛りに参加している人もいたけどな。彼らはちゃんと成人してるんだろうか?
未成年組が誰かが持ってきたボードゲームで遊んでいるうちに、酔いつぶれた先輩方が搬出され始め、夜に弱そうな人たちがぽつぽつ部屋に戻り始めた頃、時刻は零時を回っていた。
新入生はまだ大半が残っている。もう寝た人や上級生に混ざっている人以外は輪を作って雑談中。
女子のすっぴんや珍しい眼鏡姿に感じる、夜の雰囲気。
当然元カノジョ達の姿もあるものの、関わりすぎないそこそこの距離を保っていた。
萌美は俺の対角線というか直径の位置で眠そうな女の子を膝に座らせ、智誇は四つ左で胡坐をかいている。
徐々に打ち解けてきたのか、だんだんとパーソナルな話題も混じりだしてきた。
「いやいや、年上の兄貴とかそんなええもんちゃうって。麻友もそう思うやろ? やんな、ほらほらぁ!」
中心にいるのは智誇だ。
智誇はおもしろいことを言うし空気を読むのがうまい。そこに『関西人』というおしゃべりなイメージも相まって、みんなが彼女に話を振るから自然にそうなっていた。
薄まっていた関西弁は、先週帰省したせいか再インストールされている。
そして合宿の夜のお約束なのか、結局は恋バナに収束していく。
二人が居合わせる場でのそれは少し危険信号だが、口止めしているし大丈夫だと思いたい。
というかよく考えたら、俺が寝た後に「秘密だよ」とか言って、ポロっと事故が起こるのが怖い……。
今日は最後まで起きる覚悟をした方がいいかもな。
「ちこちゃんはどうなの? 今まで好きな人とかいなかったの?」
当然、智誇にも回答順は回ってくる。
「私は……まぁ。高校の時にちょっとって感じやけど。かおりんみたいに話せるような感じじゃないかなぁ」
よかった。ぼかしてくれて。
「神楽さんはどうなん? 今まで付き合ってた人とかおらんの?」
曖昧に受け流し、細かく追及される前に素早くパスを回す。場の空気を下げないための良いやり方だ。パスの先が萌美じゃなかったらもっとよかったのに。
萌美は突然自分に回ってきたことに驚いていた。
しかし膝に抱えた女の子(たしか鈴木さん)にも激しく興味を向けられているのもあって、言葉を選びながら話し始めた。
「んー中学の時に一人、だけどアレだよ、若気の至りというか、周りの雰囲気に流されてノリでみたいな感じだから~」
はい、どうもみなさん。萌美の若気の至りです。
「あるよね~、そういうの。今思うと……みたいなの。ちなみにどんな人だったの?」
「いやなんか細かいことぐちぐち言ってくるやつだった」
こいつ、秘密協定を盾に言いたい放題だ。
俺はムカつきながら愛想笑いをつくる。
コラおい、そういうとこだぞ。お前が気の利かないことするから俺が注意、それこそぐちぐち言いたくなるんだよ。
今はワザとやってんだろうけど。
その後も投げかけられる関心に萌美はいちいち返答していった。
「じゃあ喧嘩別れとか?」
「いや~。喧嘩もあったけど、クラス変わっちゃって、自然消滅? みたいな」
「どのくらい続いたの?」
「ん~、半年ぐらいだったかな、あんま覚えてないや。あは」
「なんて呼ばれてたの?」
「私は『もえきち』って呼ばれたりしてた。今思うと恥ずかしいね」
萌美は空いた右手で顔をパタパタと仰ぐ。血色のいい顔はさらに紅潮している。
というか、皆笑ってるけどそんなに変ですか? 『もえきち』
あぁなんかこっちまで体温が上がってきた。
「なんか私ばっかりずるくない? ちこちゃんも言ってよ。高校の時の話?」
「うわ、返ってきよった」
「そりゃそうだよ。私も喋ったんだから、ちこちゃんも言わないと不公平だよ」
じゃれる二人。
攻守が交代して、萌美がべらべらと喋ったこの流れでは、答えないわけにはいかない空気になっている。
智誇は観念したように、
「まぁ、高校のときに先輩と付き合ってたかな。一年くらい」
「えっ、先輩っていいよね! なんて呼び合ってたの?」
「私はちぃって呼ばれてた。元カレはその……ピロティって……」
恥ずかしそうにパジャマのボタンをいじくる智誇。
なんか成り立ち不明の呼称が代表に選出されていた。たぶん俺の本名からめいっぱい遠いものを選んでくれたっぽい。おかげで記憶にない。
「どんな人どんな人?」
「あんまり言いたくはないんやけど……、あ、でもなぁ、テスト勉強とか教えてくれたよ。私勉強嫌いやったんやけど、今の大学いけたんその人のおかげかもしれんなぁ」
智誇はパーソナルな情報を避ける。一個上とか部活一緒とかいうと危ないもんな。
萌美は青春っぽいエピソードに目を輝かせて、
「えぇ~、めっちゃ良い人じゃん。いいなぁ~私もそんな人と付き合いたかった」
いやそんな人と付き合ってたが?
俺なんだが?
そう言い放ってやったら萌美はどんな反応をするだろうと妄想しつつ、皆に合わせて「絶対良い人だね」と実質自画自賛しておいた。
これでまさか俺のことだとは夢にも思わないだろう。バレたらキツいけど。
やがて「これ以上は勘弁して〜」と追及封じの呪文を口にして智誇のターンは終了。
そこからはまた順に回っていく。
ウチの慶豊大生は意外だが、だいたい一人いたことがあるかないかだった。そうなると俺は数としては多い部類になってしまうので余計にバレたくないなと思った。
そして迎えた俺のターン。
「藤元は?」
「まぁ、一応いたことはあるよ」
その後、人数についての言及は無かった。
まぁ俺程度のヤツならいて一人だろうと思うよな。
なんかちょっとモヤモヤするけどまぁ、今回は助かった。
「写真とかないの? 見たいなぁ」
「まぁ見た目はわりとよかったかも……。写真は前のスマホにしか入ってないな」
俺の世事に萌美と智誇はご満悦の様子。
もしやさっき俺もあんなしたり顔になってたのだろうか。
というか智誇はともかく萌美、他人のことディスっといてよくその顔できるなオイ。
あたりさわりのない答えで質問をかわすと、皆からこいつからはどうせ大した経験してないんだろうなぁと諦観が漂い、俺のターンのエンドフェイズが近づいてきたところにいや、いったいどうしてなぜなのか、酒の臭気をまとった日比谷先輩が乱入してきた。
「やぁやぁ君たちぃ、なんのはなしぃ~?」
空けられた空間に座る日比谷先輩。
まさか居座る気?
見る限り酔ってはいなさそうだがテンションは高かった。雪のように白い肌はほんのり赤く染まっている。
この人、飲んでるな。
先輩が元居たグループの方ではのびている会長が介抱されていた。
「恋バナしてんすよ、こいつの元カノどんな人だったのか聞いてます」
隣の男が俺を指さし流れを説明する。
「へぇ、おもしろそうだね~」
不敵な笑みを浮かべる先輩。
「なんか見た目は良かったとかいってたんすよ」
それを聞いた日比谷先輩は腰に手を当て、ふふんと鼻を鳴らす。
あ、ヤバ、
「それは当然だよ。何を隠そう、康宏の元カノというはこの僕なんだからね」
おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!
一同驚愕。
制止する間も無かった。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
いやでもまだ「嘘です冗談です」で済む、済ませてくれ。
祈る思いで先輩の方をみると、先輩は時間差でやってしまったことに気付き自分でも驚いたのか、重力で目と口を大きく開けたはにわみたいな顔をしていた。ギギギと首が回転しこっちを向く。
ダメだ。この反応で嘘ですは無理だ。マジの反応だ。
カクつきながら手をちょいと前に出した。
ごめんってか。
盆水盆に返らずですよ、もう。
そして円周の向かい側には同じく声も出せずにはにわと化してる女子が二人。萌美と智誇である。
えっ。元カノ私、えっ……。そんな感じ。
「マジ!? ほんとなんですか?」
「えっ衝撃カミングアウトじゃない? うそでしょ!?」
「いつですか!?」
「何がきっかけで付き合ったんですか!?」
各々から疑問の声が飛び交う。たじろぐ日比谷先輩。顔からは色が引いている。
「え、いや、その……高校の時にね……」
先輩はチラチラとこっちを見ながら狼狽える。
どうしようじゃないっすよ。もう遅いんですよ。
そんな中智誇がゆっくり手を挙げるとスーと場は静まった。
あーぁ。
「え、私もその人と付き合ってたんですけど、えっ?」
「「はぁー?」」
驚く声のトーンが一段階上がり和音みたいになっていた。
みんなギャグマンガみたいな顔になってきた。萌美に関しては表情が溶けている。
ドミノが倒れたナァ!
「え、浮気?」
なワケあるか!!
「いや、被ってないって。日比谷先輩は高二で、智誇の方……も学年は高二か、付き合いだしたの……」
弁明失敗。
「被ってんじゃん」
「違うんだって引っ越す前と、引っ越し後なんだって」
「でも新歓食事会のときは、ちこちゃんとも日比谷先輩とも初対面の感じ出してたよね」
一足先に感情を取り戻した萌美が口を挟む。自分も同じ境遇だというのに素知らぬ顔で俺に矛先を向ける。
お前人狼強そうだなぁぁ!
「いやそら互いに面識がない元カノが、『三人』並んでたら言わんだろ」
「え、待って。三!? 二人じゃなくて!?」
俺はここまで来たらどうでもよくなっていた。もうバレたし!
萌美についても、またいつか地味ぃな知られ方をして地味ぃにいじられるぐらいなら今暴露した方が気持ちがいい。
「あ、萌美が言ってた元カレってのも、俺のことです」
「「はぁぁぁぁ!?」」
今度は和音の修正をしてきた。タイミングもバッチリだ。さすがアカペラサークルってドアホゥ!
萌美は一瞬鋭い目つきを飛ばしてきたが(知るか)その後はみんなのノリに合わせて笑う。
「そうなの、実はね!」
ハァァァ! いっそ清々しい。心の中の俺が制汗剤のCMのように裸で水しぶきを浴びている。悩んだ意味なかったぁ! はっはっはっは。
これで全ての爆弾が処理された。無事に。
無事じゃねぇよ!
爆弾解除じゃなくて暴発アンド誘爆だよ!
異様な盛り上がりを見せるこちらに興味を示した先輩達も野次馬的に集まってくる。
「え、じゃあお前が……」
そうだよ。俺がピロティだよ。そうだよな? 『ち~ぃ?』
黒目がぎょろりと動き、我に返ると智誇は怒ったようなノリで、
「あ、ちょい、その呼び方すんなって。てかほじくられたくないんちゃうんかい! せっかくぼかして話したってたのにぃ!」
「そうだけど、もうこの人が言っちゃったんだから無理だろどう考えても!」
「それは申し訳ないと思ってるよ。口が滑るってこういう事なんだね。人生初の失態だ」
困ったように頭を抱え、そのまま髪を流す先輩。Tシャツ越しに張りだされた胸が強調される。やはりGくらいですかねぇ。
「まぁでも言わんといて欲しいって言うてたほんまの意味がわかったわ、これは言いたくないわなぁ」
「そうだね……。ごめんね康宏。君の浮気を暴露した形になってしまって……」
「だから浮気ではないんですって! 一番よく知ってるでしょあなた!」
それから先は予見していた通りの展開になった。
根掘り葉掘りだ。
マジで。
興味のモンスターと化したサークル員によって、文字通り何から何までほじくり返された。
「きっかけは? 何年続いたの? どっちから告白したの? キスはしたの? 何で別れたの?」などよくそんなに思い付くよねと感心するほどあらゆる質問が飛んできた。
答えにくいものは空気が悪くならない程度にかわしつつも、大体は話すことになった。
というか俺が話さなくてもこいつらが喋りやがったからな。いいんか、あなた方。半分自傷行為でしょうに。恥ずかしくないんか。あぁでもダメージは俺の三分の一か、畜生!
俺の経歴年表が埋まって浮気疑惑は晴れたものの、追及は続く。
「初デートはどこ行ったの?」
もう覚えてない。
「貰ったものとかってどうしたの?」
全部まだ持ってるよ。
「次のカノジョができても元カノとは連絡とるんですか?」
聞くなそんなこと!
そして俺が四月から恐れていたことがとうとう明るみに出る。
「久しぶりに再会して変わったなって思った?」
「よく喋るようになったなと思った。食事会のときとか。中学の時とキャラ変わったよね」
「まぁ確かに、いかにも大学生っぽくなったね」
ハイ。大学デビューがバレました。
でも食事会の時は違うんだアレはごまかす為にって全然聞いてないねぇ。そうだねぇ皆、他人の黒歴史は面白いよねぇ。はいはいはい。
「まぁ私はイメージそこまで変わらんかなぁ」
智誇さん、ありがとう。今はあなたが菩薩に見えます。
「ただ太ったよな」
こいつ。
見事に上げてオトされた。笑いのための方便だとしても刺さるものがある。あと太ったのはあなたもですからね。
そこからはもう、ネタに走り始めた元カノ達の暴露大会となった。
手始めに俺の性癖がバレた。
藤元康宏はカノジョの体操服姿が好きである、と。
いやバレたというよりも今成立したというのが正しい。
確かに日比谷先輩の学校ジャージ姿を見て、萌えますねとは言ったことはある。汗を吸った智誇の体操服が良い匂いしたのも、萌美の服装の中で一番可愛く見えたのが体操服だったのも事実ではあるけど俺は決してそういうつもりではなかった。絶対に。
それに加えて体育祭のときのツーショットである。体操服姿の元カノの隣でピースを作る俺はどうしてかな、二割増しの笑顔に見えた。何がそんなに嬉しいんだよ俺。繰り返すがそんなつもりはなかった。マジで。
違うと言っても状況証拠の連打に叶うはずもなく、かくして俺に体操服フェチという新たな属性が追加された。
今日の寝巻体操服じゃなくてごめんねじゃないんですよ日比谷先輩。
「当時のラインとか残ってないの?」と露骨な黒歴史狙いの女子が出てくると、萌美と日比谷先輩は首を横に振ったが、
「私は残ってるよ」と智誇。
画面をスクロールして朗読を始める。
もういいよ、ウケるならなんでも。
『今日は満月が凄く大きく見えるね。俺の中でもちぃの存在がどんどんおっきくなってるよ、あの月みたいに。でもちぃは月じゃなくて、太陽かな。なんて(笑)。会いたいな。会ってまた、にゃんにゃんしよう』
爆笑である。
いや痛ったいマジで。二人の世界に浸ってる感がキツイ、特に『にゃんにゃんしよう』が。特に『にゃんにゃんしよう』がヤバい。バカすぎる。
友達の家に泊まったとき送らされたやつだった。
男子のしょうもない、カノジョにイチャイチャメッセ送って反応みようぜというほんとにしょうもないノリのヤツ。
やめとけばよかったなぁこうなるなら。
というか、智誇もその後『ヒロ先輩を私の惑星に任命します』とか『ちぃも早く会いたいニャン』とか似たようなのを返してきたくせに、それは言わないとか。セコイだろ。
ならばと、俺が晒してやろうにもラインには履歴が残ってなかった。
反撃はかすめる程度で撃墜される。「そんなん言ってませーん」の一言で。
くそぉ、智誇のやつ、わかっててやってるな。
またバレンタインの話になれば、日比谷先輩によって、萌美のくれたバレンタインが手作りじゃなかったのを愚痴っていた事がついに本人に知られることとなり、元々低かっただろう萌美からの好感度はさらに下がった。
一度非難は俺に向いたものの、渡されたのが十円のチロルチョコだったことを明かすと矛先は一転して萌美のほうを向いた。
「えぇ!? これ私がダメなの?」
「中学生で初彼女だったら期待しちゃうよねぇ普通」
そう、期待しました。
彼氏にチロルはないよ。風情がない。風情が。
そしてどこからそんな話になったのか、
「確か修学旅行の写真、私が映ってるやつも買ってたよね……。ビックリしたなぁ」
「付き合う前も、会った日は僕でヌイてたって言ってたよね」
と、かなりのパワーのエピソードが飛び出し始め、いよいよ笑いで収まる話のネタが尽きてきた頃、ようやく解散となった。
もう朝四時だよ……。
部屋に戻ると隣から壁越しにいびきが聞こえてくる中、三人分の布団が敷かれたままの姿で俺たちを待っていた。
マジで自分の部屋とか関係なかったな……。
布団に潜りやっと安眠の構えに入った俺に声を掛けてきたのは、同級生の吉谷。
「俺は面白かったけど、なんつーか、お前も大変だったな」
あ、なんかちょっとウルっときた。
ありがとう。良いやつだ吉谷。あいつらヤバくね、マジで。全部言いよるやん。明日どうなるんだ俺、しんどいなぁ。
吉谷に溜まった感情鬱憤憂鬱をぶちまけ、ようやく眠ることができた。
最後にあいつらの当時の胸のカップ数だけ暴露してやったわ、ざまぁみろ。
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