第85話 聖光騎士団VS新月教団 裏
SIDE:ノエル
おおぅ……なんかアイリスが凄いことになってる…………。
ゴリアテの最深部から戦いを見守っていた私は、アイリスと女騎士さんの激戦が映るモニターを前に唖然としていた。
赤い翼を生やして宙を縦横無尽に飛び回り、女騎士さんを力技で押し込む婚約者。
メアリー経由で大量の神聖気が欲しいと要望がきたから【創世の砕片】を使って燐気を神聖気に変換してみたんだけど……その力を使ってアイリスはさらに強さの壁を突破したらしい。
……いつの間にか燐気まで操れるようになっているし……やはり異世界人は戦闘民族である。
リドリーちゃんに続いて覚醒状態になったアイリスが身体能力のゴリ押しで戦闘を有利に進めていく。
剣の一振りで天を割り、踵落としで岩盤を砕いて、銀色の閃光が女騎士さんの周囲を飛び回る。
「おっ! おっ!? おお~~~っ!!?」
その様子を私が赤いソファでクッキーとコーラを片手に観戦していると、大量の神聖気でパワーアップしたアイリスがついに大技を放った。
影から飛び出たメアリーの体当たりで女騎士さんの巨体が空まで飛ばされ、銀色の残像を無数に発生させたアイリスが音速を越えた速さで連撃を浴びせる。
そのあまりにも格好いい婚約者の勇姿に、私も優秀な頭脳を高速回転させた。
「ふむ……この必殺技には超究武神覇ざ――いや、メアリーとの合体技だから【聖魔天翔斬】と名付けよう!」
見た目が完全に最強の必殺技だったので、思わずそのまんまなネーミングをしそうになったけれど、どうにか途中で軌道修正した。
あとでアイリスにも教えて放つ時に技名を叫ぶようにしてもらわないと……(使命感)。
修行の時に勝手に技名を付けたら母様は微妙な顔をしていたけれど、やっぱり格好いい技には格好いい名前が必要だと思うのだ!
そうして私が呑気に観戦しているうちに、ついに猛攻を防いでいた女騎士さんのガードをアイリスの剣がすり抜け、光り輝く剣が女騎士さんの心臓を貫いた。
「うわぁ……」
……あれは大丈夫なの?
女騎士さん普通に死んでない?
いや、まあアイリスは回復魔法のプロだから、すぐに治療すれば大丈夫だろうけど……胴体に心臓が消滅するほどの風穴を開けるのは私の心臓に悪いからやめてほしかった。
しかし仰向けに倒れた女騎士さんがスッキリした顔で『……ありがとう』とか言っているあたり……こちらの世界の就職活動も大変なのかもしれない。
読唇術を使えない私でも今のは雰囲気でわかったよ……。
私も大学生時代に就活のストレスで脳ミソぐちゃぐちゃになって、面接ですべてを出し切った後にあんな顔で「ありがとうございました」と言っていたから、きっと女騎士さんは巨大なストレスから解放されたのだろう。
よかったね……女騎士さん。
就職活動のプレッシャーって地獄のような苦しみだよね?
そりゃあ縁起の良い物にすがりたくなるわけである。
「……これで僕の眼のことは諦めてくれたかな?」
彼女にはうっかり両眼を見られてしまったけれど、今日からここで働くなら王都に連れ去ることは諦めてくれるだろう。
そして超ハードな面接を終えて無事に合格したらしい女騎士さんに、優しい笑顔を向けたアイリスが【創世の砕片】から降り注ぐ神聖気も使って全力の回復魔法を叩き込む。
あっという間にメアリーのモニターが真っ白に染まって、
「ふぃ~…………」
ひとまず危機を脱したと判断した私はそこで他のモニターへと視線を映した。
新米騎士さんたちの捕獲は順調に進んでいる。
彼らは私と同じで剣士の才能が無いらしく、早々に剣を投げ捨ててリドリードールを相手に死に物狂いで逃げ惑っていた。
そうそう……これぞ恐怖支配の通過儀礼……。
怒り狂ったリドリーちゃんに追いかけ回される時の私とアイリスもこんな感じだから、彼らとはとても仲良くやっていけそうな気がした。
涙と鼻水を垂れ流して逃げ惑う騎士さんたちに、私は生暖かい歓迎の言葉を送っておく。
「……【新月教団】へようこそ……今日からいっしょに頑張ろうね?」
本気で怒ったリドリーちゃんはリドリードールの万倍くらい怖いけれど……彼らがその姿を見ることがないよう祈るばかりである。
私とアイリスは毎日強くなっていくリドリーちゃんに少しずつ慣らされていったから彼女の殺気にも耐えられるけれど……常人がいきなりあれを食らったら心臓が止まるんじゃないかな?
だからリドリードールやメアリーで恐怖に慣らしてあげるのは、私なりの優しさでもあった。
頑張れ新米騎士たち……うちの組織では【恐怖耐性】がないと生きていけないから……。
続けて私は【新月教団】を統べる恐怖の化身とも言える獣人メイドが映ったモニターへと視線を向けて……激しく戦いながら笑うリドリーちゃんの姿に思わず目を覆う。
「……また強くなってるよ…………」
そこでは血まみれになった母様とリドリーちゃんが、互いの命を賭して踊る舞踏会を行っていた。
アイリスと女騎士さんの戦いが力と力のぶつかり合いなら、こちらは超絶技巧と超絶技巧の絡み合いといった感じだ。
ヌルヌルと水流のごとく動く二人は決して止まることなく必殺技の応酬を繰り返し、双月をスポットライトにして焼けた大地の上で激しく丁寧に技を繋げる。
母様以外のメンツは既にギブアップしているみたいだが、リドリーちゃんとの戦いで調子を上げた母様も、それはそれは楽しそうに死と隣り合わせの円舞曲を踊り狂っていた。
うわぁ……拳が掠っただけで母様の脇腹が消し飛んでる……。
そしてまた凶悪さを増した専属メイドの拳骨に私が恐怖していると、リドリーちゃんが放った手刀が母様の右肩を切り落として、母様の噛みつき攻撃がリドリーちゃんの喉を食い破った。
交差した二人は互いに背を向けて一瞬固まり、次の瞬間には喉から血を吹き出したリドリーちゃんが『見事……』とか言って倒れる。
「――アオオオオオーーーーーンッ!!!」
激戦を制した母様の雄叫びが遠く離れたゴリアテの地下まで響いてきた。
すべてのエネルギーを使い果たしたのか、【高速再生】を持つリドリーちゃんの傷が治る気配がないので、私は彼女の影に潜むメアリーに命じて重症者の身体を転移させる。
母様のほうは……自分でポーション使ってるから大丈夫か……。
そして転送されてきた血まみれのリドリーちゃんへと、私は慌てて治癒魔法を叩き込んだ。
「――【創世神の祝福】っ!!!」
ちょっとガチで死にそうになっていたから、アイリスのほうでいらなくなった神聖気もこちらに回して、赤い月を触媒にした全力全開の治療を行う。
「ぬぁあああああああああああああっ!?!?!?」
私の全力神聖魔法を受けて赤黒い雷を発生させ、みるみる回復していくリドリーちゃん。
シャルさん曰く、神聖気とは創世神の力。
つまり子供の頃に読み聞かせてもらった神話が正しいならば『世界と神々を創った力』。
その力の断片にはもちろん血液や肉体を創り出す機能も含まれているわけで……無事に欠けた肉体と血色を取り戻したリドリーちゃんは私へと力なく微笑んだ。
「……ありがとうございます、坊ちゃま……今のは真面目に死ぬかと思いました…………」
こうして死にそうになるたびに強くなるんだから、リドリーちゃんの種族はリス獣人ではなくサ◯ヤ人なのかもしれない。
まったく末恐ろしいメイドさんである。
「もー……リドリーは本当に手がかかるんだから…………」
小さい頃の意趣返しも込めて文句を言うと、それを聞いたリドリーちゃんは安心した顔をして眠ってしまった。
「…………すやぁ………………」
その寝顔に私は微笑んで、いつもみたいにこっそり『お疲れ様』のヒールをかけてあげる。
そうこうしているうちに新米騎士さんたちの捕獲が終了したらしく、メアリーが珍しく不満げな様子で影から現れた。
……ぷるっ。
「……どうしたの?」
ずいぶんと不機嫌な眷属に理由を訊くと、どうやら新米騎士さんのほとんどが簡単に捕まってしまって消化不良だったらしい。
他の眷属たちからも『すぐに終わっちゃった……』と不満な様子の思念がたくさん届いて、私は苦笑して新しい遊びを提案してあげた。
「それじゃあ今度はリドリーと鬼ごっこしようか? リドリーが相手なら思う存分に追いかけられるでしょう?」
ぷるっ! ぷるっ!
それなら全力を尽くせると思ったのか、嬉しそうに震えるメアリー。
リドリーちゃんの地獄の特訓が終わったら頼んであげると約束すると、遊び足りない眷属たちも納得してくれた。
そして『女騎士さんたちの襲撃』という、ちょっとしたピンチを乗り越えた私が手にしたコーラを飲み干すと、メアリーが赤い身体の中から鈍く光る金色の瞳を差し出してくる。
……ぷるっ。
「ん?」
また【多眼血操】で眷属化して欲しいのかと思ってそれを手に取るが、私はその眼に宿った異質な光が気になった。
「んん~……っ?」
……なんだこれ?
すごく気持ち悪い光を放ってる。
こちらを侵食しようとしてくるその光は私の眼が完全にレジストしてくれているが……その金眼からは全てを自分の支配下に置こうという強い意思が感じ取れた。
おそらくイビルアイのように既に支配された眼球なら問題ないと思うけれど、普通の眼でこれを見たら洗脳系の効果をかけられるんじゃないかな?
遺伝子に見える変質の特徴から言っても、この金眼は錬金術を使った複製品みたいだし……なんとも怪しい眼球だった。
「こんなものどこで拾ってきたの?」
私が訊ねるとメアリーは、ぷるっ、と震えて『副長が隠し持ってた』と教えてくれる。
その副長とやらは、なんでもこれを使って騎士たちを洗脳していたらしくて……それを聞いた私は異世界の労働環境にドン引きした。
「……こんな気持ち悪い眼を使って労働者を洗脳するなんて、こっちの世界の騎士団はダークネスすぎるでしょ……」
あ、いや……日本の社会も『身を粉にして働くのは尊い』みたいな洗脳教育で労働者を縛っているから似たようなものか……。
私もかつては終わらないサービス残業に心を削られたものだ……。
ほんと、あの日本に蔓延る残業を残業と思わない風潮みたいなものはなんなんだろうね?
こちらは善意で何時間も残業してあげているのに、上司から『今日は残業代一時間付けていいから』とか偉そうに言われた時には殺意を覚えたものである……。
働いた分はちゃんと給料出せよ。
最悪な記憶を思い出してイラッとした私は、メアリーから受け取った金眼の眷属化をやめて、八つ当たり気味に眼球の破壊を試みる。
「せやっ!」
むっ……くっ……けっこう硬いっ!
この眼球を創ったのはよほど優秀な錬金術師だったのか、これまた錬金術で複製された神聖気で眼球全体が保護されていたが、赤い月と化したメアリーの力を借りて本気を出せば、なんとか突破することができそうだった。
「……なにをしているの?」
女騎士さんを担いで戻ってきたアイリスが拳から赤黒い雷を撒き散らす私に首を傾げているけれど……彼女たちにこの眼を見せるのは悪影響しかないだろう。
「はあああああああああああっ!!!」
だから私はそのまま眼球を、ぷちゅっ、と握り潰した。
ふぅ……凄まじい激戦だったぜ…………。
アイリスやリドリーちゃんが繰り広げた死闘に比べて悲しくなるほど地味な戦いだったけれど、しかし不思議と達成感を得られた私はアイリスに親指を立てる。
「ちゃんと僕も戦ってみた!」
残念な戦闘力しかもたない私の強がりに、しかし優しいアイリスは全力の笑顔で応えてくれた。
「! ノエルったら……素敵っ!」
流石はアイリス。
もはやヨイショが女神の領域である。
そして女騎士さんを捨てて、私の胸に飛び込んでくる婚約者を抱きしめると、彼女はそこで我に返ってこの場に駆けつけてきた理由を教えてくれた。
「……ところで、さっきから赤い月がゴリアテの上空で激しく輝いているのだけれど……流石にあれはオルタナからも見えてしまうのではないかしら?」
……そういうことは抱きつく前に言おうか?




