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第82話 聖光騎士団VS新月教団  ③




SIDE:とある軽薄な治癒師



 嵐の湖を行軍した感想は『最悪』の一言だった。


 荒れ狂う波を魔術で凍らせて歩くため、とにかく足場が悪く、風に足を取られれば重い鎧を着込んだまま水に落ちて生存が絶望的になる。


 滑りやすい足元に何度か見習いが転びそうになったが、仲間たちと支え合うことでどうにか水死することは避けられた。



「おいっ! さっきみたいに風を止めることはできないのか!?」



 お守りの班員たちに介助されながら前を行く副長のひとりがアーウィンに向かって叫ぶが、制御の難しい【氷結魔術】に集中している魔術師たちはその声を黙殺する。


 そして1キロほどの距離を進んだところで、嵐の向こうに対岸の景色が見えてきた。



「あれは……街ですか?」



 ウェイドが言う通り、そこにあったのは間違いなく立派な街だった。


 王都や交易都市で見るような石造りの建物が対岸に隙間なく並び、それが緩やかな傾斜に沿って奥へ奥へとどこまでも続いている。


 そのあまりの街の規模に盾持ちのバーンズがみんなの気持ちを代弁した。



「……いや、いくらなんでもデカすぎるだろ!?」



 魔境の中に下手な王都よりも巨大な街を造る?


 いったい何をどうすればそんな奇跡を起こせるんだ……?


 驚きを通り越して、いっそ呆れた感情を誰もが抱き、そうこうしているうちに魔術師たちが造った氷の道が対岸まで到達する。


 すでに隊長が暴れているはずだから、俺たちは姿を隠す気もなく上陸した。


 そのままゾロゾロと街中に踏み入れた俺たちは地面を踏めたことにひとまず安堵して、続けて建物や石畳に触れて魔境に現れた謎の街を観察していく。



「幻覚……じゃないよな? ちゃんと硬いし、ちゃんと冷たい……」



 建物に触れた感想を俺が呟くと、近くで同じように観察していたアーウィンが顔色を青くした。



「――っ!? このような規模まで育ったというのかっ!??」


「……なにかわかったのか?」



 器用に声を押し殺して叫ぶ古老のほうに振り向くと、アーウィンは土気色にまで血の気の引いた顔にびっしりと冷や汗を流していた。



「……これは【呪譚の古家(ホラーハウス)】じゃ……生きた迷宮がここまで成長しおった……」


「「「っ!!?」」」



 その推測に俺たちも揃って顔色を無くす。


 聖騎士という職業柄、呪いに弱い【呪詛(カース)】系の魔物を討伐することが多い俺たちにとって、アーウィンの言葉は絶望的なものだった。


 魔境と生体迷宮の組み合わせ……それもこれほどの大きさの規模となると、引き起こされる魔物の【大氾濫(スタンピード)】は大陸全土を呑み込む規模になるだろう。



「だ、だけどおかしいですよっ!? それならどうしてこんなに魔物が少ないんですか!? 普通のホラーハウスには魔物がびっしり蠢いているものでしょう!?」



 最悪の現実を否定するように新入りも声を潜めて叫び、斬込み番のメリッシュが静かに続けた。



「……ウェイドさんの言う通り、なにかの間違いではありませんか? カース系の魔物は日光に弱いものですし、森の樹高を越えて成長することはあり得ないはずでは?」



 しかし壁に向かって【浄化】をかけていたアーウィンは弱々しく首を振り、さらなる絶望を俺たちへと告げてくる。



「……わからんか? それはつまりここに管理人がいるということじゃ……本能的に魔物を生み出す迷宮を抑え、呪詛に神聖気を克服させる理不尽をやってのける……強大な管理人が……」



 俺たちの常識を越えたその解説に、バーンズが乾いた声を出した。



「……【神格者】か」



 それは長く生きた不老種たちが使う俗称だ。


 世間一般では神の血を引く【半神】こそがこの世の最大戦力とされているが、現実世界には一人で一軍にも匹敵する【半神級】よりもさらに上の強者が存在している。


 たった一人で世界のバランスすらも崩しかねない『神に匹敵する者』。


 それは俺たちが仕える【星詠の巫女】様や、神戦紀の最前線を生き抜いた【鮮血皇女】のような人智を超越した怪物たちのことだった。


 俺たちはつまり……そんな怪物の腹の中に迷い込んだということか……。


 絶望的な状況に誰もが黙り込む中、ハンクだけが冷静に現実と向かい合う。



「ならば今後は班ごとに行動したほうがいいだろう。もしも全体行動中に隊長クラスの格上と出くわせば、我々は一瞬で全滅することになる」



 その方針にアーウィンも同意した。



「うむ、もとより犠牲は覚悟のうえ……誰かひとりがこの地に隠された聖剣を回収すれば、それが我らの勝利じゃ」



 なんなら敵の情報を得て隊長に伝えるだけでもよい、と続ける古老にバーンズが肩を竦める。



「ま、隊長なら必ず生きて帰るだろうからな。そんじゃこれからは隊長との合流を目指しつつ……合流が無理なら情報を集めて【声送り】すりゃいいのか?」



 そしてその問いにハンクが頷こうとしたところで、これまで静かにしていた副長のひとりが感情を爆発させた。



「――ふざけるなっ! そのような特攻作戦にこの私を参加させる気かっ!」



 ……確かこいつはどこぞの大神官の息子だったか?


 三番隊の副長を務めれば箔が付くからという理由で、大した実力もないのに派遣されてきたアホだったはずだ。


 他二人の副長もその意見に同意しているのか、彼らも来た道へと足を向けた。



「私たちは先に帰還する! そもそもエスメラルダが最優先とするべき護衛を放棄するなど、この地は何かがおかしいのだっ!」


「我々は巫女様の加護で守られているはずなのに……いったい契約はどうなっているっ!?」


「おいっ! 貴様らも帰ってから裁かれたくなければ俺たちの護衛に参加しろっ! このままだと命令無視による除名処分は免れんぞっ!」



 できれば危険地帯で無駄に大声を出すのはやめてほしいのだが……。


 三人の副長は口々に文句を吐き捨てて湖へと歩いて行くが、今回ばかりは愛想が尽きたのか、彼らの護衛の班員たちすらついて行かなかった。



「? ……なんで俺たちはやつらに従っていたんだ?」



 それどころか首を傾げ、これまで護衛していたことに疑問まで抱く始末……。


 怒りに任せて文句を言いつづける副長たちは、誰も護衛が付いてきていないことにも気づかず、そのまま湖へと歩き続けた。



「……あいつらどうやって帰るつもりなんですかね?」



 氷が残っている湖を渡るくらいならばともかく、副長だけでは樹海を越えられないと判断したウェイドが呆れた目を向けたが、誰もその方法を気にする者はいなかった。



「放っておけ、やつらが死んだところで誰も困らん」



 アーウィンが的確な指示を出し、俺もそれに頷いた。


 しばらく俺たちは雨霧の向こうへと去っていく副長たちに生暖かい視線を送っていたが、やつらが凍った湖を渡りはじめたあたりで完全に姿が見えなくなって気にするのをやめた。



「……ん? 今、悲鳴が聞こえませんでしたか?」



 耳の良いメリッシュがそんなことを言うが、バーンズが豪快に笑い飛ばす。



「ハッ! どうせ足を滑らせて湖に落ちたんだろ!」



 とてもあり得そうな予想に聖騎士たちが軽く笑い声を上げて、



「……いえ、そのような水音はしなかったのですが……?」



 メリッシュの小さな疑問は流された。


 その呟きを近くで聞いていた俺は念のために確認しようとするが、メリッシュへと話しかける前にハンクが口を開く。



「それでは予定通り、今後は班ごとに別れて行動しよう。各班は隊長との合流を目指しつつ、聖剣とその担い手を探して動くように」



 静かな号令に他の班長たちは返事をせず行動で応えた。


 声を発さず、迅速に班員たちを纏め上げ、街中へと散っていく聖騎士たち。


 まあ、ここに来てだいぶ騒いだからな……人智を越えた怪物が潜んでいるならば一刻も早くこの場所から離れたほうが得策か……。


 俺も『軍事行動』から『班行動』へと思考を切り替えて、悲鳴のことはいったん忘れておく。


 たとえ副長たちが何かの襲撃によって消されたのだとしても相手が遥か格上の怪物ならば、俺たちが持つ能力と知識では消えた原因を理解すらできない可能性が高かった。


 ならば今やるべきことは、とにかく聖剣を目指して行動を起こすことだ。


 聖剣を回収するのがベストだが、格上相手にそれは望み薄だろう。


 しかし三百人いるうちの誰かがその場所まで辿りつけば、あとは命を燃やして神聖気を爆発させる聖光騎士団独自の連絡手段で、隊長へと情報を伝えることができる。



「命を捨てるぞっ!」


「「「応っ!」」」



 そしてハンクの号令で死兵となる覚悟を決めた俺たちは、他の班がどこも入らなかった路地へと隊列を組んで走り込んだ。


 豪雨の中、やけに生活感がある街並みが視界の端を流れていく。


 家の軒先に飾られた花々。


 路地の間に張られた洗濯紐。


 色とりどりの商品だけが並ぶ道端の屋台。


 人気はまったく無いのにそんなものが残されているのは酷く奇妙で……思わず周囲の光景に気を取られていた俺は三つ目の角を曲がったところで、そんな街並みの中に浮かぶ赤い文字を見つけた。



『おいかけっこ』



 最初は子供の落書きを再現したのかと気にもとめなかったが、角を曲がるたびに赤い文字は増えていき、



『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』



 ……やがて嫌でも目に付くようになる。



『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『のこり287』『おいかけっこ』



 そしてハンクがもうひとつ角を曲がると、そこにはびっしりと壁に赤い血文字が書かれた路地があった。



『おいかけっこ』『おいかけっこ』『のこり283』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『のこり275』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『のこり268』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『おいかけっこ』『のこり254』……――。



 路地を走り抜ける間にも壁に書かれた数字が少しずつ減っていき、その悪趣味な演出にバーンズが乾いた笑いを零した。



「ハハッ……どうやらこっちの動きは筒抜けみたいだな!」


「笑ってる場合ですかっ! どんどん赤く染まっていきますよ!? どうするんですかこれぇっ!?」



 悲鳴を上げながらも必死で走り続ける見習いの横で、アーウィンが壁の文字について考察する。



「血文字ということは……吸血鬼の一派かのう?」


「いいですねぇ、吸血鬼! 彼らは斬りごたえがあるのですよ!」


「女吸血鬼は美人だしなっ!」



 メリッシュの軽口に俺も明るく返し、クソ真面目なハンクが次の一手を判断する。



「突入するぞっ!」



 そして路地が血文字で真っ赤に染まる直前で、ハンクは近場にある建物の扉を蹴破って内部へと侵入した。


 部屋の中には家具が無く、その先には闇と無数の通路だけが続いていた。


 建物に入ったことで雨の音が遠くなり……全員が侵入したところで入口の扉が勝手に閉まる。


 バタン…………。


 と不吉な音が背後で響いて、



「……【呪譚の古家(ホラーハウス)】に入るとか……正気ですか?」



 急に訪れた静寂の中でウェイドが震える声で正論を言ったが、古参連中は誰も死地に迷い込んだことを気にしなかった。



「巣穴の奥に入らなければ宝は見つからないものですよ?」



 肩をすくめるメリッシュに俺も続く。



「つーかさ、吸血鬼に血で囲まれるよりかはこっちのほうがマシだろ?」



 やつらにとっての血液は武器そのものだから、ハンクの判断は最適と言えた。


 長い白ひげに付いた水滴を絞りながらアーウィンが全員に【暗視】の補助魔法をかける。



「まあ、誘い込まれたのは確かじゃが……どう見てもあの血文字は避けたほうが賢明――むぐっ!??」



 話の途中で変な声を出した古老のほうへと振り向くと、



「「「っ!?」」」



 そこには『見えない何か』に首を掴まれて、宙に浮かぶアーウィンの姿があった。



「チッ!」



 俺は咄嗟に光球を放って吸血鬼が潜伏に使う影を払おうとするが、その光はすぐに握り潰される。


 暗視で確保された視界の中に、光が消えた場所からモコモコした腕が浮かび上がり……徐々に全身から透明の膜を落としたそれの姿に鳥肌が立った。


 ……モキュッ?


 姿を隠す魔法が消えたことを不思議そうに眺めるそいつは、子供が書いた落書きみたいな笑顔から十数本の腕が生えた怪物で……暗闇の中で天井に張り付いてアーウィンを宙吊りにしていた。



「――っ!? うわああああああああっ!!?」



 その禍々しい姿にウェイドが取り乱して【聖なる矢】を乱発するが、邪悪な者に効果のある神聖魔法をそいつはものともせずニコニコ笑っている。


 剣で斬るべきか、さらに上位の神聖魔法を試すべきか。


 俺が咄嗟に迷ったところで、



「――馬鹿者っ!! さっさと進めいっ!!!」



 しかし首の肉を引き千切って怪物の束縛から一瞬逃れた古老の叫びが、俺たちに仲間を見捨てることを選択させた。



「バーンズ! メリッシュ!」



 ハンクの短い指示で取り乱すウェイドの身体を体格のいい二人がムリヤリ担ぎ上げて、長い暗闇が続く不気味な回廊へと俺たちは走り込む。


 すぐに後ろで神聖気の波動が爆発して、俺たちの頭に『吸血鬼』という単語が浮かび上がった。


 アーウィンが心臓を自爆させて隊長へと声を送ったのだ。



「くそっ……ぜったい聖剣まで辿りつくからなっ!」



 バーンズが背後へと叫んだが……もう返事は聞こえない。


 恩師を失った悲しみに胸が張り裂けそうになったが、俺は仲間たちへと檄を飛ばす。



「っ! 止まるなっ! 走り続けろっ!!」



 アーウィンが残してくれた【暗視】のおかげで視界は確保できたが、最も頼りになる古老を失った現実が、暗闇以上に俺たちの心へと重くのしかかった。


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超絶ホラー!! 騎士団全員トラウマ確定ですね。
ホラーハウスの面目躍如...
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