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第81話  聖光騎士団VS新月教団  ②




SIDE:とある軽薄な治癒師



 およそ一〇〇年ぶりに入った【刻死樹海】の内部は、相変わらず濃密な燐気で満たされていた。


 死体があれば即座にアンデッドへと変貌し、ただ息をしているだけで正気を削り取ってくる魔の森に、部隊の誰もが緊張感を高めているのがわかった。


 ここに現れる通常の魔物ならば俺たちの敵ではない。


 問題なのは環境だ。


 愛しのエスメラルダ隊長のように体内魔素を完全統制できる一握りの強者ならば燐気の影響を無効化できると聞くが、俺たちのように魔力制御の甘い者は森の中にいるだけで正常な判断能力を失ってしまうだろう。


 うちは班長のハンクが体内魔素を完全統制できるからまだマシだが、自分自身と他の班員の精神状態には常に気を配る必要がありそうだった。



「相変わらず酷い場所だぜ……」



 思わず愚痴を零すと、後ろを歩くウェイドが青い顔をして訊ねてきた。



「先輩たちは、前にもこの森に来たことがあるんですよね? ……その時はどうやって生きて帰ったんですか?」



 すでに燐気の影響を受けつつある後輩に、俺は短くアドバイスする。



「見習い、自分に【浄化】をかけろ」


「え? ……あ、はい!」



 そこでようやく自身の不調に気づいたのか、聖なる光に包まれたウェイドは顔色を元に戻した。



「わかったか? この森はこうやって進むんだ……まあ、世の中には団員全員に体内魔素を完全統制させて突き進んだキチ◯イたちもいるらしいけどな……」



 少数精鋭で知られるうちの隊でもできないことをやってのけるとは……あそこの領の住人は本当に頭がイカレてやがる。


 いったいどんな荒行をやっているんだか……。


 そうして先ほど迂回してきた小さな領地のことを思い出して進んで行くと、後ろで面倒見の良い魔術師のアーウィンが新人教育をはじめた。



「こういった燐気の多い環境下で生まれ育った魔物はの、大抵の場合は神聖気に弱いと相場が決まっておるのじゃ。だから我ら聖騎士にとって相性自体はそれほど悪くないのじゃよ」



 古老の助言を真剣に聞く見習いに、最後尾からバーンズとメリッシュが補足を入れる。



「武具には常に神聖気を通しておくことだ。それだけでかなり戦闘が楽になる」


「そうそう、こんな風に……ねっ!」



 そして斬込み番のメリッシュが放った剣技は、樹上からウェイドへと襲いかかったゴブリンアサシンを両断した。



「……あ、ありがとうございます…………」



 まったく気配を察知できなかったのか再び青ざめる見習いを、メリッシュは斬撃の余韻で恍惚としながら励ました。



「まあ、何事も慣れですよ。最初は大怪我のひとつやふたつすることもあるでしょうが、うちの班にはハンクさんとマイクさんがいるからご安心ください」



 二人は落ちた手足を生やすこともできるんですよ、とメリッシュが余計なことを言ったせいで、さらに見習いが青ざめてしまったが……この森を探索する限り【欠損治癒】が必要となる可能性は高かった。



「その時は手足を拾っておいてくれ、それだけでも神聖気の消費がかなり抑えられる」



 少し前にエストランドを探っていたやつらが目玉をくり抜かれる事件が多発したが……あの時は欠損治癒の使いすぎで血反吐を撒き散らすことになったからな……。


 エスメラルダ隊長やハンクなんかは涼しい顔をして治してしまうのだが、部位欠損を治すのがギリギリな俺にとって神聖気の節約は死活問題だった。


 そして襲い来る魔物を倒しながら『手足が落ちたら拾う』『ハラワタが溢れたら浄化を使ってから戻す』と、激戦を生き残るための知恵を顔色が土気色になった見習いに指導しながら進んで行くと、やがて隊列の先にいるやつらが騒ぎはじめた。



「――何だあれはっ!?」



 エスメラルダ隊長は相変わらず襲い来る魔物の群れを蹴散らして進んでいるようだが、その後ろにいる一班から三班の連中が動揺して隊列を乱している。



「チッ……これだから王都のボンボンは……」



 三番隊の副長は三人いるのだが、隊長の補佐とかいう名目で副長の座についた一班から三班の頭はお偉いさんの縁者から選出されていた。


 今も魔物の処理を隊長や古参の班員たちに任せきりにしてやがるし、まったくいけ好かない連中だ。


 混乱によって前列が取りこぼし、量を増した魔物を処理しながら先へ先へと進む。


 治癒師と言われてはいるが、俺はハンクに次いで治癒系統の魔法を使えるというだけで、どちらかと言えば近接戦闘のほうが得意だった。


 ハンク、俺、ウェイドは聖騎士の基本装備であるラウンドシールドと剣を持ち流れてくる魔物を各個撃破し、剣だけを持つメリッシュが遊撃、そして大盾持ちのバーンズが魔術師のアーウィンを守り、呪文の詠唱が終わったところで魔物の小さな群れをアーウィンの放った炎が薙ぎ払った。



「――四班整列っ!」



 ハンクの号令に班員たちは即座に隊列を整え、先ほどまでと変わらぬ速度で進軍を続ける。


 そしてそこから一〇〇メートルほど進むと、前列が混乱した原因が俺たちにも見えた。



「おいおい……マジでなんだこりゃ?」



 そこにあったのは、赤い壁。


 まるで卵を半分に切ったような半球状の形をした赤い壁が、森の中に唐突に現れていた。


 エスメラルダ隊長も前列の班も壁の前で歩みを止めており、そこに追いついたところで見習いが素直な疑問を口にした。



「……さっきまでこんな壁ありましたか? これほどの大きさなら、もっと前から見えたはずだと思うのですが?」



 確かに森の中は木々で視界が悪いとは言え、これだけの巨大な壁が急に現れるのは不自然だった。



「ふむ……新種の隠蔽結界かの?」



 アーウィンの呟きに、仲間たちの警戒心が高まる。


 つまりこの先にはこれほどの大規模な結界を張れる力を持った何者かが潜んでいるということだ。


 そしてそいつは間違いなく【聖剣の担い手】かその仲間で……残念ながら俺たちはあまり歓迎されていないことが読み取れた。



「なんて悍ましい結界だ……見ているだけで心が掻き乱される……」



 これほど凶悪な気配を放つ結界を張る者が、聖騎士を歓迎するなんてことはあり得ないだろう。


 俺の呟きに珍しくハンクが軽口を叩く。



「いや……そんなことはないんじゃないか? わりと歓迎されている気がするぞ? ほら、『こっちへおいで……こっちへおいで……』って聞こえるだろう?」


「? お前、そういう怖いの好きだったか?」



 相棒にそんな趣味があるとは知らなかったが、どうやらこいつは指揮官として着実に成長しているらしい。


 クソ真面目な班長の冗談に、仲間たちの緊張が緩むのがわかった。



「いやいやいやっ! これで『歓迎』はないですよ!」


「うむ! どう見ても悪意の塊にしか見えんわい!」


「……班長が冗談を言うとは……嵐の前触れか何かか?」


「人というものは不老種になっても変わるものなのですねぇ……」



 互いに目配せして笑い出す仲間たちに、恥ずかしかったのかハンクは俯いた。



「……そう落ち込むなプニプニ……私はお前に悪意が無いとわかっているから…………」



 その呟きは小さすぎて聞き取れなかったが……指揮官として努力を続ける相棒の姿に、俺は微笑ましい気持ちになる。



「落ち込むな、相棒! 今のは良い気遣いだったぞ!」


「む……」



 小声で褒めると、少し不満そうに唸りながらもハンクは顔を上げた。


 まったく今ので満足できないとは……こいつはどれだけ爆笑を取りたかったんだか……。


 しかし班の雰囲気は良くなったので、次に隊長がどう動くか落ち着いて見守っていると、愛しのエスメラルダ隊長はいつもの如くただ真っ直ぐに突き進んだ。



「お前たち、少し下がっていろ……」



 そう言って赤い壁の前に立ち、偉大な聖騎士は拳に強大な神聖気を集めはじめる。


 そして小さな太陽のように輝く拳を赤い壁に叩きつけると、壁は心地よい音を立てて呆気なく砕けた。



「うおっ……!?」



 軍隊が通り抜けるには十分な大きさの穴を空けた壁の向こうには、巨大な湖とドス黒い雨雲が渦巻く空があり、吹き付ける強烈な風雨に俺たちは顔を守って後ずさる。



「ハハッ! 班長が冗談なんて言うから本当に荒れてきやがった!」



 その光景に大盾を傘にしたバーンズが豪快に笑い、続けて前から困惑した叫びが響いてきた。



「隊長っ!?」


「お待ちくださいっ! 隊長っ!!」



 雨の中で眼を凝らすと、ひとり湖の上を大きく跳躍して飛び越える隊長と、その後ろで困惑する副長たちの姿が見えた。


 やれやれ……隊長の独断専行は今にはじまったことじゃないだろうに……この程度で慌てふためいてんじゃねえよ……。


 クソの役にも立たない副長たちに代わって、いつものように冷静沈着な相棒が声を張る。



「――総員っ! 今すぐ嵐の中に入れっ! 結界が閉じるぞっ!」



 ハンクが言う通り、よく見ると砕けた結界は少しずつその赤い膜を修復しはじめていた。


 隊長をひとりにしないためにも、古参の班が副長たちの班を押し込むように結界の内部へと入り、背後で赤い結界が完全に閉じる。



「き、貴様っ!? 勝手に指示を出すなっ!」



 一班の指揮官である副長がハンクに向かって怒声を放ったが、まともな聖騎士たちはみんな無視した。



「やれやれ……こう風の音が煩くては何も聞こえんわい……」



 上官の言葉を無視したことを正当化するように、飄々と白ひげを撫でながらアーウィンが風雨を防ぐ結界を張って一時しのぎの休憩場所を作る。


 古老の気遣いで風雨が止むと、すぐにハンクの元へと副長たちが詰め寄ってきた。


 副長たちは口々にやれ『越権行為』だの『懲戒処分』だのと喚き立てるが、ハンクが「ならば今後の全体指揮を頼みます」と返すと、すぐに気まずそうに押し黙って隅の方へと引っ込んだ。


 ……やつらは口だけは立派なくせに、責任ある立場を任されることが怖いのだ。


 当てにならない副長たちのことは捨て置いて、古参の班長たちがハンクの元へと集まってくる。



「どうする? 追うか?」


「そりゃあ追うしかないだろう」


「まったく……聖剣に目がくらんで駆け出すとは、俺たちの姫様はとんだジャジャ馬だぜ……」


「そこが魅力的なんだけどな!」



 気安く談笑をはじめた班長たちは、最後に顎に手を当てて考え込むハンクへと視線を集め、相棒が口を開くのを静かに待った。


 戦友たちの期待を集めた相棒は、冷静沈着に隊長を追いかけるための最適解を告げる。



「……準備に時間はかかるが、各班の魔術師たちに【氷結魔術】を使わせよう。隊長のように湖を飛び越えるわけにはいかないが、歩いて渡るくらいなら私たちにもできるはずだ」



 途中で魔力が尽きたら重装備の俺たちは水に沈むことになりそうだが……そんなことを気にするような弱卒は古参の中にはいなかった。



「魔術師はアーウィンのところに今すぐ集まれ!」



 すぐに班長のひとりが号令をかけて、最も信頼される古老のもとに魔術師たちが集まってくる。



「あー……嫌じゃ、嫌じゃ……氷結系は制御が面倒なんじゃよ……」



 ブツクサ言いながらもさっそく球体魔法陣を描きはじめたアーウィンに、他の魔術師たちも苦笑しながら手伝いに参加した。


 うちの古老は優秀だから、おそらく二、三時間もすれば湖を渡る準備が整うだろう。


 魔術が組み上がるまでの空き時間に、俺たちは周囲を警戒しながらも最後の休息を取る。


 エスメラルダ隊長が走り出したということは、ここから先には激戦が待っているだろうから、休める時に休んでおくのが生き残るコツだった。


 休憩中に副長たちが撤退とかなんとか騒いでいたが、聖剣と隊長を置いてこの場所を去ろうとする聖騎士などひとりもいない。


 やがて二時間ほどの時が流れて魔術師たちの準備が終わりに近づいたころ、嵐の向こうでまばゆい聖光が煌めいて、エスメラルダ隊長が戦いはじめたことがわかった。



「……ん?」



 今のは幻覚だろうか?


 嵐の向こうが光った時に、ほんの一瞬だけ、山のように巨大な何かが見えた気がしたのだが……それはすぐに形を失って闇の中に消えてしまう。


 ……これが本物の幻覚ならばまだマシなのだが……規格外の赤い結界といい、周囲の天候を無視して荒れ狂う意味不明な嵐といい……俺たちには想像もつかない異常事態がこの場所で起こっていることだけは確かだった。



「こいつはキツい戦いになりそうだな」



 となりで休む相棒に話しかけると、自分の影を見つめて集中していたハンクは顔を上げて嵐の先を見つめる。



「案ずるな、私たちには必ず、素晴らしい未来が待っている」



 そう力強く断言する相棒の横顔は、間違いなく誰よりも頼りになる指揮官のそれで、



「ハッ! お前にしちゃあ珍しく楽観的じゃねえか!」



 さらなる成長を続けるハンクの勇ましさに、俺たちは未知の領域へと進む覚悟を決める。



「――行こう」



 そして相棒の短い号令に呼応して、総数三〇〇を超える聖騎士が嵐の湖を渡りはじめた。






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― 新着の感想 ―
ハンク憑かれてるから(メアリーに)…。
34話時点で仕込みは終わってたのか!
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