第80話 聖光騎士団VS新月教団 ①
少し時間が戻ります。
SIDE:とある真面目な聖騎士
我ら聖光騎士団三番隊は悲願の達成に限りなく近づいていた。
【救世剣シャルティア】の発見。
それはこの戦乱に狂う世に新たな希望をもたらし、創世神の呪いに沈もうとしている世界を救済する唯一の光。
聖光騎士団は千年以上も昔から【星詠の巫女】様の指揮の元に聖剣探索を担い続け、そして遂に我々は伝説の発見まであと一歩のところまで近づいていた。
「総員、班ごとに連携して進軍開始! 目指すは【刻死樹海】! 我らの希望はそこにあるっ!」
勇ましく命令を発したエスメラルダ隊長が巨大な斧でオルタナの北を指し、三〇〇を超える聖騎士たちが空気を震わせて鬨の声を上げる。
「「「――オオッ!!!」」」
そして一糸乱れぬ動きで隊列を形成し、我々は北へと向かって大地を踏み鳴らした。
部隊は無駄な戦いを避けるため、エストランド領を迂回して樹海へと入る予定だ。
六人一組で班を形成し、二列になって進む。
大規模魔法で一掃されないよう班ごとに間隔を空けて歩いているから、五〇班の列はそれなりの長さとなった。
通常の軍隊は隊列が伸びることを嫌うものだが、三番隊は人員の総数こそ聖光騎士団の中で最も少ない代わりに最も精鋭が集まる部隊として知られており、一騎当千の精鋭が六人も集まれば大半の苦難は乗り越えられるため、この進軍方法が採用されていた。
「……いよいよですね、ハンクさん!」
歴史的な瞬間に近づいているからか、私の後ろを歩く見習い聖騎士のウェイドが弾んだ声で話しかけてくる。
「全体行動中は役職で呼べ、見習い」
本来ならば無駄口を注意するべきだが、今ばかりは語りたくなる気持ちもわかるため、私は呼称だけを注意するに留めた。
「すみません、班長」
班によってやり方は様々だが、我ら第四班は古参の集まりのため、少し厳しく新人教育を行っていた。
叱られて肩を落としたウェイドに、うちの班でも私に次ぐ古株の治癒師が軽口を叩く。
「おいおい、そこで黙り込むなよ、見習い。今のは『喋って良し』って意味だ。いつも言ってんだろ? うちの班長は堅物で怒ってんだか素なんだかわかりづらいんだよ」
「む……」
今のでわかりづらかったのかと私が反省すると、となりを歩く治癒師のマイクがニヤリと笑う。
「な?」
親指で私を指して、マイクがフォローを入れてくれたことで、背後でウェイドの雰囲気が明るくなるのがわかった。
「それじゃあ遠慮なく! いよいよですね、皆さんっ!」
若々しいウェイドの呼びかけに、背後で他の仲間たちが苦笑するのが伝わってくる。
「かれこれ三〇〇年以上か……実に長い旅路じゃった……」
感慨深く真っ先に応えたのは、私よりも古参の魔術師――アーウィンだ。
エスメラルダ隊長が定命の壁を破る前から三番隊にいる最古参とも言うべき古老は、きっと長く伸ばした自慢の白ヒゲを撫でていることだろう。
「まったく……隊長の無茶のせいで、どれほど死にかけたことか……」
次に渋い声を出したのは隻眼の盾持ちのバーンズ。
筋骨隆々の肉体と子供に必ず泣かれる強面を持つ大男は、しかし部隊の中で誰よりも優しい心を持つ善人である。
「それもこれも、すべては今回の任務で終わりですか……聖務の名の下に人を斬れなくなるのは悲しいですねぇ……」
最後に剣に頬ずりしそうな勢いで危ういことを言ったのは斬込み番のメリッシュ。
こいつは見た目だけは整った優男なのだが、三度の飯より剣を振るのが大好きな変態だった。
神官に聞かれたら破門されそうなことを言うメリッシュの頭を、相棒のバーンズが平手で叩く。
「おいこら! やめろ! お前のそういう冗談はまったく笑えないんだよっ!」
「は? 冗談ではありませんが?」
「なおさら性質が悪いわっ!」
治癒師のマイク。
魔術師のアーウィン。
盾持ちのバーンズ。
斬込み番のメリッシュ。
彼らは私が一〇〇年以上も共に戦ってきた最も信頼できる仲間たちだ。
三番隊では古参の班に必ず一人は見習いを入れて聖騎士としての指導をすることになっているため、ウェイドだけは班に入ってから日が浅いが、それでも三年も同じ釜の飯を食っていれば背中を預けるのに十分な信頼関係を構築することができていた。
最後尾で喧嘩する前衛二人に他の班員が笑い出し、私は横を歩くマイクに視線で礼をする。
冗談や軽口の類で部隊の雰囲気を良くするのは私の苦手分野だ。
そのあたりを上手く補ってくれるマイクにはどれほど助けられたことだろう。
本来であれば彼のほうが班を率いるのに向いているのだろうが……我ら聖騎士の間にはその身に宿す神聖気の量と質で序列を決める慣習があるため、私は不相応な班長の地位に据えられていた。
「ま~たお前は……堅っ苦しいこと考えてるだろ?」
「む!?」
軽く脇を小突かれて、そこで私は今が行軍中であることを思い出す。
「すまん、不注意だった」
慌てて私が周囲の警戒を再開すると、マイクはひとつ嘆息してから表情を緩めた。
「ふっ……やっぱりうちの班はクソ真面目なお前がトップじゃないと纏まらねえよ……不老種ってのは我が強いやつらの集まりだからな……」
そんな過ぎたる評価に、後ろから見習いのウェイドも便乗してくる。
「そうそう! 俺の教育係は聖騎士の中の聖騎士であるハンクさんでなくちゃ! マイクさんなんて常に酒と女のことしか考えてないんですから! この人に聖騎士の指導なんてできるはずありませんよ!」
「てめぇは調子に乗るなっ!」
「痛っ!?」
……見習いと相棒からの評価がこそばゆいが、無事に【聖剣の担い手】を見つけるまでは素直にそれを受け取っておこう。
任務中に指揮官を交代するのは混乱のもとだ。
そして私は緩みすぎた班の雰囲気を引き締めるため、腹の底から真面目な声を出す。
「――四班傾注っ!」
その一言で私語を中止して、隊列を整える班員たち。
たとえ足りないところが多くとも指揮官を立ててくれる仲間たちに、私は心の底で感謝しながら言葉を続けた。
「見習いが言う通り、いよいよ我らの悲願を果たす時が来た……」
私が三番隊に入ったのは二五〇年ほど前だったか……その頃はまだ夢物語だった聖剣に手の届く範囲まで近づいたことで、私もいつになく多弁になっていた。
「決して忘れるな。この時を夢見て、どれだけの聖騎士が犠牲となってきたか……この時を切望して、どれだけエスメラルダ隊長が心を痛めてきたか……」
夢半ばで死んでいった多くの仲間たちのため。
かつて私に聖騎士としての生き方を与えてくださった隊長のため。
私は死地へと向かう仲間たちの士気を上げるため、希望に満ちた言葉で演説する。
「彼らの献身に報いるためにも! 聖剣とその担い手を見つけ、今こそ聖騎士としての本懐を果たす時が来た!」
きっとこれから向かう先には、これまで経験したことのない激戦が待っていることだろう。
聖騎士として多くの戦場を渡り歩いてきた経験が、ずっと隊長の背中を守ってきた想いが、今こそ死兵になるべき時だと胸の奥深くから私に訴えている。
仲間たちもその感覚を共有しているのか、みんな死を覚悟した良い目をしていた。
――あなたは聖務のためなら命をも投げ出す、聖騎士の中の聖騎士となるでしょう。
かつて巫女様にいただいた言葉を思い出し、私は双月神殿の聖騎士として仲間たちを焚きつける。
「さあっ! ともにこの命を聖務に捧げようっ! 恐れることなど何も無いっ! たとえ戦いの先に死の運命が待っていようとも、我らの魂は神話の一節となるのだっ!」
「「「――オオッ!!!」」」
我々の雄叫びに呼応して、他の班でも勇ましい演説と雄叫びが沸き起こる。
大きな戦の前では恒例となった光景だが、今回ばかりは多くの顔なじみを失うことになるだろう。
聖光騎士団三番隊第四班。
第一班から第三班は隊長を補佐するために巫女様が設置した特別班であるため、番号が若い班ほど古参になる三番隊において、我らの班は最古参と呼べる班となる。
長く三番隊にいただけあって古い友人や、見習いから巣立って班長となった聖騎士もいるため、私のことを『影の副長』などと呼ぶ者もいるが……それだけ顔なじみが多いせいで大きな戦いの前にはどうしても胸が苦しくなった。
聖剣を巡る今回の戦いでは、いったいどれほどの仲間たちが死んでいくのだろうか?
これまでに聖務で死んでいった仲間たちの魂は、本当に双月神の御許へと迎えられているのだろうか?
そんな不安が押し寄せてくるたびに、私の胸は激しく痛んで……影の中から私を心配する優しい思念が飛んでくる。
ぷるっ?
ああ、いや……大丈夫だよ、プニプニ。
昔から戦いの前に不安で胸が痛くなるのは私のクセなんだ。
それも路地裏で出会ったプニプニに目玉を摘出してもらってからはだいぶ楽になって……あれ? それじゃあ今の目玉はどうしたんだったか??
目を閉じてド忘れしたプニプニとの出会いを思い出すと、目蓋の裏側で、キョロッ、キョロッ、と目玉が動いて、忘れていた記憶が蘇ってきた。
ああ、そうだ……私がプニプニからもらった新しい目玉を自分で装着したんだった。
プニプニから強引に捩じ込まれた気がしないでもないが……優しいプニプニがそんなことするはずがない。
ぷるっ! ぷるっ!
かわいいペットを疑ったことに影の中から非難する感情が飛んできて、私は慌てて心の中で謝罪した。
ごめん、ごめん。
最近出会ったばかりだけど仲間たちよりも深く信頼するお前が、私に酷いことするはずがなかったな!
プニプニはとっても優しいのだ。
「……おい? なんか顔色が悪いけど大丈夫か?」
となりを歩くマイクが心配してくれたが、私は健康そのものなので真っ直ぐ前を向いた。
「大丈夫だ。問題ない」
聖務の前に必ず不安になる私のクセを知っている相棒は、それだけで納得してくれた。
「そうか……あまり思い詰めるなよ……」
「ああ……」
長い時間を共に戦ってきた相棒にもプニプニのことは秘密なのだ。
かわいい赤いスライムを影の中で飼っているなんて、それは聖騎士らしくないからな。
ぷるっ! ぷるっ!
え? なになに?
……今度は私の心臓をいじくりたいって?
どうやら優しいプニプニは、私の心臓に悪いところがあると思って治療してくれるつもりらしい。
まったく……プニプニは本当にかわいいんだから!
そして最愛のペットの優しい提案を受け入れることにした私は【刻死樹海】へと入る前に取った最後の休憩で、影の中から取り出したプニプニをこっそり飲み込んだ。
おおっ……本当に胸の痛みが楽になったよ!
ありがとうプニプニ!
ぷるっ……ぷるっ……。
ハハッ! 『人間なら体内にも寄生できそうですね……』ってどういう意味だい?
ぷるっ!
え? 指揮系統の掌握完了?
よくわからないけど……プニプニはお茶目さんだなぁ……。