第79話 戦況把握と戦闘準備
SIDE:ノエル
アイリスのおかげで危機を脱した私は、安全性の高いゴリアテのコアルームへと避難した。
「あー、怖かった……ゴリアテは大丈夫?」
地上にあるお城の半分を吹き飛ばされた眷属に確認すると、ゆるキャラみたいな顔のついたコアは元気に鳴き声を上げる。
コア!
ふむ……どうやら幻想体を消し飛ばされただけなので、ゴリアテにはそれほどダメージがなかったらしい。
ひとまず眷属も無事だったことに安堵して、私は護衛のために連れてきたメアリーをゴリアテコアへと接続させた。
「アイリスから他の侵入者を捕獲するように言われたけれど……そんなに森に人が入って来ているのかな?」
ゴリアテの内部監視機能と秘密基地内部を徘徊するイビルアイの視界をメアリーの『モニター』機能で表示してもらうと、ちょうど先日造った湖の上をたくさんの人が渡ってくるところが映し出された。
「うわ……ほんとに団体さんが来てるよ……」
女騎士さんと似たようなデザインの装備を纏い、湖を魔法で凍らせて歩いてくる大人たち。
「この人たちは何者なのかな? オルタナで見かけた気はするけれど?」
そんな疑問を私が零すと、ソファになってドリンクや軽いオヤツを並べてくれていたメアリーが彼らの正体を教えてくれた。
ぷるっ!
「……え? アイリスが目をつけていた【創世神の血】回収係の人? あの人たちを捕まえて仕事を任せるってこと?」
ぷるっ! ぷるっ!
ふむふむ……どうやらメアリーによると、これから『仕事の勧誘』と『序列の決定』を行うらしい。
つまりこれは【新月教団】の求人活動ということだろうか?
秘密結社の運営面に関してはアイリスに丸投げしているけれど、ずいぶん変わった求人のやり方をするものである。
「労働者を生け捕りにするって……本当にそれでいいのかな?」
普通は面接とかするものじゃない?
アイリスからもらった指示を思い出して私が遠い目になると、メアリーが不思議そうに震えた。
ぷるっ?
「ああ、うん……確かに弱者が強者に従うのは自然なことだけど……うちの組織ってそんな原始的な感じで行くの?」
ぷるっ!
単純な構造のほうが強いから!
と、力説するメアリーに、私は凄まじい説得力を覚えた。
「なるほど……シンプル・イズ・ベストってことか!」
つまり【新月教団】は完全な序列制度によって管理されるようだ。
強きが弱きを従え、弱者に発言権はない地獄のスタイルで行くらしい。
……ダークネス企業かな?
それでアイリスは秘密基地に招き入れた団体さんの中でも最強の女騎士さんを力で捻じ伏せて、我々の配下にしようとしているのだとメアリーが教えてくれた。
流石は異世界人……思考形態が完全に戦闘民族である。
「ま、まあ、うちの組織はリドリーがトップだから上の序列は問題ないと思うけど……それだと僕が最底辺になっちゃわない?」
創設メンバーとして追放されそうなルールへの不安を表明すると、メアリーは力強く震えた。
ぷるっ!!!
眷属の力は主人の力だから。
その嬉しい思念に私の目頭が熱くなる。
「ふっ……わかったよ、メアリー……そういうことならあの新入り候補たちに、僕の力を見せてやろうじゃないか!」
湖からここまで五〇キロ以上も離れているし、メアリーの力を借りれるならば女騎士さんよりも弱そうな侵入者の生け捕りなんて楽勝である。
コアァ…………。
主従で茶番を演じる私とメアリーに『湖底の先輩がパクっとやれば一瞬で終わるのでは……』とゴリアテコアが正論を言ってくるけれど、先ほど抱いた敗北感によって私は少しだけ意地悪になっていた。
「いいかい、ゴリアテ? 力による従属には『恐怖』が必要不可欠なんだよ?」
私がリドリーちゃんに躾けられているように、上位者への恐れが組織に規律をもたらすのだ。
特に彼らは信仰心が厚いみたいだから、私を攫わないように厳しく躾けなければならなかった。
……コ、コアァ…………。
そこっ! 非人道的とか思わない!
魔王城のくせにそんな言葉どこで覚えたの!
女騎士さんに『両眼』を見られてしまった以上、これは絶対に必要な処置なんだからねっ!
……というか私も怖い思いをしたのだから、彼らにも同じ思いをしてもらうのが筋というものだろう。
圧倒的な力に捻じ伏せられる恐怖。
それを共有する仲間を私の繊細な心が求めていた。
「ふっふっふっ……大丈夫だよ、無駄に傷つけたりなんてしないから……僕はただ、この気持ちを共有する友達がほしいだけなんだ……」
この能力差が激しい異世界において私の周りには強者しかいないから、フィアンセやメイドさんよりも弱い男の愚痴を聞いてくれる仲間を私は求めていた。
……あの騎士さんたちは女騎士さんよりも弱いみたいだし……きっと私の良い話し相手になってくれるだろう。
そして地獄の亡者のような思考を終えた私は、戦況を正確に把握するために複数の『モニター』をメアリーに用意してもらう。
どれどれ……アイリスは大丈夫だろうか?
女騎士さんとタイマンを張りに行ったフィアンセを心配して該当するモニターを覗き込むと、そこでは激しい閃光を撒き散らしながら、二つの人影が高速戦闘を繰り広げていた。
剣と斧の衝突で森の木々が薙ぎ倒され、早くも荒れ地と化した大地から無数の光の柱が夜空に向かって伸びる。
才能豊かなアイリスはあの年で女騎士さんと互角に戦えているみたいだが……私の目には若干押されているようにも見えた。
「メアリー、今はアイリスを最優先で助けてあげてね?」
ぷるっ!
私が持つ戦力の中でも最強の眷属にお願いすると、メアリーは力強く震えてくれる。
この子がいれば最悪逃げることくらいはできるだろう。
「あとはリドリーがいれば安心なんだけど……」
あの戦いに私が参加しても足手まといにしかならないため、アイリスを手伝う手段としてリドリーちゃんの派遣を考えたのだが……私は専属メイドの様子を映したモニターをチラリと目にして嘆息する。
「なんでこのタイミングで覚醒してるかな……」
映像の中のリドリーちゃんは真紅に変色させた瞳と髪を煌々と輝かせ、とても嬉しそうに嗤っていた。
めくれ上がった鋭い岩盤の上に立ち、燃え盛る大地を見下ろして、夜空と双月を背に圧倒的強者のオーラを放つリドリーちゃん。
彼女が見下ろす先には、母様にマーサさん、セレスさんにイザベラさんにアリアさんと、エストランド領の中でも指折りの実力者たちが陣形を組んでおり……まるで大魔王に立ち向かう勇者パーティーのように研ぎ澄まされた殺気を放っていた。
できれば女騎士さんの対応だけは母様かリドリーちゃんあたりに手伝って欲しかったんだけど……。
「いちおう訊くけど、アレを止めるのは無理だよね?」
ぷるっ……。
「そうだね……そっちのほうが難易度高いよね……」
ほんと、なんでうちの家族は大事な時に本気で遊んでいるのかな?
母様たちもやけに良い笑顔をしているし、あれが修行の名を借りた高度な遊びなのは間違いない。
子供がピンチの時に楽しんでいる大人たちにジト目を向けて、私はこの状況を自分たちの力だけでどうにかするしかないと覚悟を決める。
唯一まともな父様も日頃の心労がたたってベッドでスライムみたいになっているし、大人たちの助けは期待しないほうがよさそうだった。
……まあ、父様に関してはだいたい私のせいなんですけどね。
今後はイタズラもほどほどにしておこう。
と、何度目になるかわからない反省をして、私は数百人の騎士たちが映った正面のモニターへと視線を戻す。
そこではちょうど未来のトモダチたちが湖を渡り終えたところで、城下街を攻略するために隊列を組み直していた。
「んふふふふっ……行きはよいよい、帰りは怖い……」
いいかい、メアリー?
もしも彼らが湖を渡って逃げようとしたら……全力で捕まえるんだよ?
――ぷるっ!
湖の中に潜むすべてのメアリーに指令が行き届いたことを確認して、私は自ら眷属たちに指示を出す体制を整えた。
メアリーにイビルアイ、ゴリアテとリドリードールたち。
総数にして軽く万を超える戦力で、たったの300人程度を迎え打つのは卑怯でしかないけれど……私はもともと性格が悪いのだ。
侵入者の中に母様クラスの強者がいればまた話は変わってくるのだが、彼らは初級ダンジョンにやってきた新米騎士なのか、引率の女騎士さん以外はそれほど強くなさそうだから、これから始まる戦いは単なる蹂躙になるだろう。
しかしいくら勝ち確だからといっても油断をしてはいけない。
たとえ相手がうちの村人よりも弱そうな新米騎士と言っても、中には隠れた強者が混ざっているかもしれないし、ひとりずつ、懇切丁寧に、彼らを捕まえるのだ。
そんな注意事項を眷属全員に送信して、私は秘密結社の吸血鬼らしく宣言する。
「――さあ、鬼ごっこをはじめよう。ここが誰の土地なのか、愚かな人間どもに教育してやるんだ」
今こそ我らの狩り場に侵入してきた人間たちに、圧倒的な恐怖というものを教えてやろう。
田舎の私有地に勝手に入ると酷い目に遭うと相場が決まっているのだ。
そして母様たちに影響されて『全力で遊んで良し!』と私が命じると、眷属たちから大量に嬉しそうな思念が返ってきた。
――アソブ?
――アソブッ! アソブッ!!
――……アソンデ……イイノ?
「いいよー」
うちの子たち、ちょっと見た目と言動がホラーだけど……根は優しいから傷つけないでね?
書籍化情報が解禁されたので、ご報告させていただきます!
田舎暮らしの吸血鬼 1巻
2025年6月25日にオーバーラップノベルス様より発売予定です!
イラストは黒井ススム先生に担当していただいております!
私もノエルたちのスローライフ(?)を気合いを入れて書いておりますので、発売の際には手に取っていただけましたら幸いです!