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第75話  商会と狂信者 前






SIDE:グランツ



 降って湧いた【新月教団】との商談から三日後。


 ファントムとアイリス殿下の指示に従い、オルタナの街で始めた【リドルリーナ商会】の活動は……我が目を疑う速度で順調に進んでいた。



「――商会長代理、となり街に支店を出す根回しが完了しました。こちらの書類に承認のサインをお願い致します」



 なぜか冒険者ギルドのサブマスが持ってきた各種書類に拒否権もなくサインさせられる。


 以前は抵抗したこともあったのだが、抵抗すると今も私の執務室で勝手に書類仕事する自称秘書たちがアーサーの素晴らしさについて延々と力説してくるため、私はすでに首を縦に振るかサインするだけの置き物と化していた。


 ……どうしてこうなった?


 これでも私はできるだけ商売の規模が小さくなるように頑張ったのに……――。





     ◆◆◆





 ――三日前。


 気がつくと私はオルタナの宿屋『鍋猫亭』でアーサー・エストランドに看病されていた。



『目が覚めたか?』



 記憶が確かならば私はアイリス殿下にエストランド領の宿へと案内していただいたはずなのだが……なぜか思い出そうとすると幸せな感情が込み上げてきて、アーサーに顔を覗き込まれた私は例の言葉を繰り返した。



「アカイトビラヲアケテハナラナイ! アカイトビラヲアケテハナラナイ! アカイトビラヲアケテハナラナイ!」


『うむ! どうやら無事みたいだな! その節は俺様の同胞がすまなかった!』



 なにをどう理解したらこんな状態を『無事』と書けるのか不明だが、本能が全力で詳細を訊ねることを拒絶した。


 エストランド領に潜り込んだ商人と密偵は無事ではすまないと聞いたことがあるが、どうやら私も例に漏れなかったらしい。



「……アーサー殿」


『ん?』



 ベッドから身体を起こした私は傍らに座る黄金騎士の善性を信じて向かい合う。



「ファントムはミストリア王国をどう思っているのでしょうか? 敵対の意思があるのか、それとも友好的な存在なのか……どうかあなたの考えを聞かせていただきたい!」



 婚約者のアイリス殿下には聞けなかったが私は彼の者の陰謀を心配していた。


 このような大規模な商売をはじめるならば、そこには何か深い計画が潜んでいるはずだ。


 その計画がミストリア王国に不利益となるものならば、私は命を賭してでも止めなければならなかった。


 私の真摯な思いが届いたのか、アーサー殿はしばし考えてから看板を掲げる。



『……あいつはこの国のことを気に入っている。正確に言えばエストランド領をだが、王国に関しても悪い感情は抱いていないだろう』



 真っ直ぐに伝えられたその文字列に私は肩から力を抜いた。



「そうですか……それを聞いて安心しました」



 恋人が王国に敵対感情を抱いていないなら、アイリス殿下が敵対することもないだろう。


 最大の懸念点を払拭した私は命令通りに商売を行う方向で動くことにする。



「ならばさっそく商会の立ち上げをいたしましょう! まずは書類を商業ギルドに持ち込んで、店を出すための場所を確保して……聖水を販売するならば神殿と交渉し、利権の調整もしなければなりませんね……これから忙しくなりますよ!」



 せっかくだからこの街で顔の利くアーサー殿に紹介状でも書いてもらおうと声をかけると、彼は珍しく申し訳なさそうな挙動で新たな看板を取り出した。



『……それについて、ちょうど相談しようと思っていたのだが…………』


「相談? アーサー殿が私に?」



 神算鬼謀の計略でオルタナの街を救った傑物の相談とはどんなものかと身構えると、彼は黄金の指先をモジモジさせて、膝の間に新たな看板を挟み込んだ。



『う、うむ……実はグランツ殿が寝ている間に書類だけでも出しておこうと思って商業ギルドに行ったのだが……』


「え…………」



 オルタナの街で絶大な人気を誇る英雄が自分で商業ギルドに行く。


 そんな悪い冗談が見えた気がした私は、もう一度看板に書かれた文字を読み直そうとして、



「「「アーサー様っ!!!」」」



 勢い良く扉を開けて入ってきた美女たちに行動を邪魔された。


 商業ギルドの制服に身を包み完璧なメイクをキメた美女たちは、生き生きとした表情で自分の持つ書類を天高く掲げる。



「大通り沿いにある一等地の店舗を確保しました!」


「冒険者ギルド横にある一等地の店舗を確保しました!」


「北門広場にある一等地の店舗を確保しました!」



 そして同時に自分の成果を叫んだ女たちは、となりにいる恋敵へとメンチを切った。



「「「あ゙あんっ!!?」」」



 ……なにこれ怖い。


 アーサー殿も同じことを思ったのか、



『ちょうどよかった! こちらリドルリーナ商会の【商会長代理】、グランツ殿だ! 商売のことは彼に一任しているから、細かいことは彼と相談してくれ!』



 そう書かれた看板を私に渡して、自分は窓から逃げ出してしまう。



『あとは任せたっ!』


「なっ!?」



 あの野郎……自分で起こした面倒事を押し付けやがった!


 その英雄らしからぬ姿に私が唖然としていると、目標が走り去ったことで真顔になった美女たちが私の座るベッドを囲んできた。



「それで? あんたはアーサー様とどういう関係なの?」


「彼の人気を利用して儲けようって魂胆じゃないでしょうねぇ?」


「事と次第によってはオルタナ全体を敵に回すわよ?」



 高圧的に尋問してくる美女たちに、私はただ正直に自分の立場を説明した。



「……じ、自分はアーサー殿から商会運営の委託を受けただけです」


「「「ふぅん…………」」」



 ……なにこれ怖い!?


 暗い目をした美女たちは、どこからともなく新たな書類を取り出して、私を鑑定するように見回してくる。



「――ダークエルフのグランツ。5年前に王都からオルタナを訪れ、西区の路地裏で冒険者向けの小規模商店を経営、ロドリゲス事件の少し前に経営悪化を理由に店をたたみ、それ以降は細々と日雇いの仕事で稼ぎながら恋人のシェリルと同居して暮らす」


「特に借金はないみたいだけど、なんかパッとしない経歴ねぇ……こんなんで本当にアーサー様の代理が務まるのかしら?」



 表向きの情報が完璧に把握されている……。



「まあ、おおかたシェリルちゃんがアーサー様に相談したんじゃない? うだつのあがらない恋人をどうにかしてほしいって」


「あり得る」


「あの方はお優しいから……こんなダメ男にも救いの手を差し伸べてくださるのね……」



 ひたすらアーサー殿を持ち上げて、散々に私を貶した美女たちは、続けて絶対零度の視線をこちらに向けてくる。



「「「それで? あんたはどの店舗を選ぶの?」」」



 そして突き出された三枚の書類に、私は毅然と立ち向かった。



「……できれば最初はもっと小規模な店舗からはじめたいのですが…………」


「「「あ゙あんっ!!?」」」



 なにこれ怖いっ!!?


 それからネチネチと繰り返された四面楚歌の説教に、私の心は二時間で折れた。





     ◆◆◆





 けっきょくリドルリーナ商会の店舗は大通り沿いの一等地を本店にして、冒険者ギルドの購買所と北門広場の露店に支店を出す方向で決着した。


 最初は美女たちが用意したすべての店舗を買い取る方向で話を進められそうになったが、ここまで規模を縮小させた自分の手腕を褒め称えたい……。



「ふぅん……商人としての才覚はまあまあね」


「まあ、腕前としては及第点といったところだけど、商会長代理としてなら認めてあげるわ」


「あんたなんで前の店を潰したの? もしかして幸薄い人?」



 口々に私を評価した美女たちが、議論を交わしながら作成した書類を纏めて部屋から出ていく。


 ……本当に恐ろしい人たちだった。


 彼女たちは商業ギルドでも指折りの現場指揮官に違いない。


 寝起きで与えられた厳しい訓練を受けたあとのような疲労感に、私はベッドの端で項垂れて不満を垂れ流す。



「……なんで雇ってもないのに、勝手に働いてるんだよ…………」



 従業員募集はまだかけてすらいないのに、あいつらぜったい従業員のつもりで動いてただろ……。


 恋する女の行動力に慄きながら、私も彼女たちを追って宿屋の一階へと向かう。


 長いこと議論して喉が乾いたから酒場で水でももらおう。


 そして階段を下りた私はそこにあった文字列に愕然とした。



『リドルリーナ商会・臨時作戦本部』



 そう大きく書かれた張り紙の前では冒険者ギルドのサブマスター、エレナ殿が仁王立ちしており、酒場のホールを慌ただしく行き交う数十人の美女たちに鋭く指示を飛ばしていた。



「いいこと? アーサー様が作ってくださった聖水は一滴たりとも無駄にするんじゃないわよっ! 我々の手で必要な人の元まで確実に届けるの!」


「「「はいっ!」」」


「転売しようとする商人がいたら私に言いなさい! 冒険者を率いて物理的に潰すから!」


「「「はいっ!」」」


「聖水班は呪詛の判別ができる治癒師を含んだ人員でチーム分け! 素材処理班はオルタナの職人に片っ端から声をかけて!」


「「「はいっ!」」」



 勝手に組織を形成して動こうとするエレナ殿に、私は恐る恐る説得を試みる。



「あの……給料も払っていないのに……こういうことをされるのは非常に困るのですが……」



 しかし瞳に狂気的な信仰の光を宿したエレナ殿は、私の苦言に美しい微笑みで応えた。



「あなたが商会長代理ね?」


「……グランツと申します」



 自己紹介するとエレナ殿は堂々と胸を張る。



「安心して、グランツさん。ここにいる女たちはみんなアーサー様に救われた者。私たちは最初から給料なんてもらう気はないし、ひとりの客として心の底からアーサー様の商売を応援したいだけだから!」


「あ、はい…………」



 その真っ直ぐすぎる笑顔に、私は即座に説得を諦めた。


 ホールで働く美女たちの心の声が言っている……。



『――邪魔をすれば殺す』と。



 その強烈なオーラに当てられた私は酒場のカウンターへと退避して、誰にも聞かれないように小さくリドルリーナ商会の運営方法に不満を零した。



「……客が勝手に商品を売るなよ…………」



 というかこれは『商売』ではなく…………新手の『宗教』では?



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― 新着の感想 ―
グランツさんいい人なのに本当に運が悪くて気の毒(^_^;) 大丈夫!命だけは保証されているから(笑) これからの人生が幸多からんことをお祈りします(^_^;)
こんな大変な職場に神族の末裔から圧かけられて逃げることもできずに拘束されてるだけじゃなく、一生物のトラウマを植え付けられたまま放置されてるのあまりにも面白すぎる
グランツさん 厳しい現実に負けないで!あなたは貴重な常識人枠なのよ?
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