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第72話  王家の密偵と世界の深淵





SIDE:ノエル



 遂にアイリスが呼び出してくれた商人さんと商談をする時が来た。


 やはり現代日本の記憶を持つ私が最も輝けるのは開発チート!


 優秀な頭脳に父様から習った錬金術の知識。


 そして前世から持ち越した豊富なアイデアさえあれば、もはや鬼に金棒を通り越して、リドリーちゃんにミョルニルハンマーってなものである。


 まあ、この子の場合は素手のほうが強そうだけどね。



「は~い、リドルリーナ商会長~。お着替えの時間ですよ~」


「……すやぁ…………」



 商談の準備を着々と進める私は、修行に疲れて爆睡しているリドリーちゃんの着替えをメアリーに任せて、自分はファントムの衣装に着替える。


 アーサーの格好にするべきか悩みに悩んだけれど、商談をするならファントムのほうが影の支配者っぽくて雰囲気が出るだろう。



 ……べつにイタズラが楽しくて暴走しているわけではないよ?



 変装した姿で商人さんと会うのは我が商会の経営担当であるアイリスの意見なのだ。


 私も最初は素顔を見せて取り引きしたほうがいいのではないかと思ったのだが、アイリスによるとリドルリーナ様の権威を高めるためには変装したほうがいいらしい。


 商談は相手に舐められたら終わり、って母様も言ってたし、子供の姿だとなにかと都合が悪いのだろう。


 そう……これは決して悪ノリでやっていることではないのだ。



「くっくっくっ……」



 そんな遊び心に突き動かされて着替えを終えた私は、商談の場に決めた【謁見の間】を見渡し、会場の細部を整えていく。



「あー……ゴリアテ? 三つある玉座の位置は変更ね? もっとたくさん階段を増やして、その中腹の踊り場に設置する感じで」


 ボア!


「そんで階段の天辺にはリドルリーナ様の玉座と御簾(みす)を追加ね?」


 ボアァ!



 ゴリアテの【幻想体生成】は内装くらいなら簡単にイジれるため、リドルリーナ様の権威を上げるためにも私たちは高所に座らせてもらうことにした。


 こちらの世界では貴族の権力が強いみたいだから、王族であるリドリーちゃんには聖帝十◯陵の天辺くらい高い場所に座してもらったほうがいいだろう。



「……すやぁ…………」



 そしてメアリーによって変装を施された巨乳妖艶神秘魔女さんを御簾の向こうへと鎮座させ、私自身は三つある玉座の真ん中へと腰かける。


 そしてファントムのパワーアーマーに肘を突かせ、なんとも偉そうな格好をさせたところで、



「あ……」



 私は小さな失敗に気がついた。


 ……ノリでリドルリーナ様の席を作ったのはいいけれど……他に三つもある玉座はどうしよう?


 もともとこの玉座は私とアイリスとリドリーちゃんのためにゴリアテが用意してくれた席だったのだが、リドリーちゃんが天上人になったせいで席がひとつ空いてしまった。


 二つに減らしてもらうという方法もあるけれど、偶数というのはちょっとバランスが悪い。


 この空席をどうしたものかと悩んだ私は、とりあえず抱えていた生首さんへと勧めてみる。



「そっちの席はシャルが使う?」



 私の右手側はアイリスが座りたがっていたので余った左側を勧めてみるが、しかしシャルさんはべつの場所へと目を向けた。



「いや、妾はそこがいいのじゃ……とうっ!」



 気合いとともにメアリーの力で跳び上がったシャルさんは、空中で剣の姿に変身して、私が座る玉座の背もたれへと垂直に突き刺さる。



「な? こっちのほうが格好良いじゃろ?」



 そして十字架のようになって無駄にペカーっと光を放つシャルさんに、私はファントムの親指を立てた。



「いいね! なんかすごく偉そうな感じになったよ!」



 特にシャルさんの上にいるリドルリーナ様の神々しさが半端ない。


 しかしこうなると本格的に左手側の玉座が空いてしまうので、仕方なく私は影の中から黄金のパワーアーマーを取り出した。



「それじゃあこっちはアーサーでいっか」



 商談相手は半ば身内みたいなものだから、アーサーとファントム、どちらの変装でもいいってアイリスも言ってたし、それなら両方とも使ってしまえばいいのだ。



「メアリー、あとはよろしくね?」


 ……ぷるっ。



 なぜか微妙に戸惑いつつも黄金鎧の内部へと入り、腕を組んで偉そうに座ってくれるメアリー。


 いちおうアーサーとファントムは宿命のライバルみたいな設定なのだが、リドルリーナ様の権威を高めるためならば肩を並べさせるのも悪くない。


 光と闇を統べる王女様とか……素敵だと思います。



「……すやぁ…………」



 そして完璧にリドルリーナ様の権力をコーディネートした私は、自前の魔力と燐気で謁見の間を満たし、少しでも強者に見えるように努力しながら商人さんが来るのを待った。





     ◆◆◆





SIDE:グランツ



 アイリス殿下が押し開けてくださった両開きの扉をくぐり、謁見の間へと足を踏み入れたところで、私の全身を激しい悪寒が駆け抜けた。


 漆黒の石材で作られた回廊と、金細工の施された赤い絨毯。


 ひと目見ただけで高級感が伝わってくる巨大な廊下の奥から凄まじい魔力が流れてくる。



「……う……ぁ…………」



 まるで千の龍が巣食うような濃密な魔力。


 その奔流にさらされた私は呼吸することすらできなくなり、空間ごと押し潰すような圧力に屈して片膝を突いた。


 回廊の先に、この世の深淵があることが本能的にわかる。


 燃え盛る炎に巻かれたのか、あるいは凍てつく氷海に放り込まれたのか。


 唐突な環境の変化で吐き気を催す私へと、涼しい顔をしたアイリス殿下が結界を張ってくださった。



「あー……ごめんなさい。彼ったら商談を前にして張り切っているみたい」



 たかが商談程度でこれほどの魔力を垂れ流すとは……殿下の婚約者とはいったい何者なのだろうか?


 結界のおかげで大量の冷や汗をかきながらも私は呼吸を再開させ、長い廊下の先で待つ怪物について思考を巡らせる。


 殿下が療養のためにエストランド領へと移住したころ、婚約者ができたという噂は確かにあった。



 死霊を好む冒険者を雇ったとか。


 乱心した国王が奴隷の子供をあてがったとか。


 メルキオル騎士爵が制作したゴーレムを婿にしたとか。



 しかしエストランド領に睨まれる危険を犯してまで十歳まで生きることはない【先祖返り】の婚約者について調べる者などいるはずもなく、その噂が貴族たちに注目されることはほとんどなかった。


 それがここに来てアイリス殿下が呪いを克服して生きていたとなれば……殿下の婚約者が今後のミストリア王国の命運を握る人物になることは確実だろう。


 降って湧いた国の存亡に関わる商談を前に、私は丹田に気合いを入れて立ち上がる。



「……失礼しました、アイリス様。結界は不要ですので、どうかお気遣いなく」



 私の本業は密偵で商人の仕事は隠れ蓑にすぎないが、それでも商談で舐められたら食い物にされることくらいは理解している。


 祖父母の代から仕えてきたミストリア王国を守るためにも、痩せ我慢をする私の心意気を、アイリス殿下は汲み取ってくださった。



「……そう? それなら頑張って」



 結界が解かれ、再び濃密な魔力の暴威が全身を襲うが、今度は膝を突いたりしない。


 ここで殿下の力を借りて婚約者殿の前に立ったとしても、取り引き相手として信頼してもらえないだろう。


 王国のために覚悟を決めた私は、まだ姿すら見えぬ商談相手の元へと歩みを進める。


 足を踏み出すたびに身体を包む魔力は密度を高め、数歩も進めば空間を湾曲させる力の渦によって、自分の足元すらも見えなくなった。


 それでも我武者羅に足を動かし続け、前へ前へと精神を擦り減らしながら進んで行くと、やがて神気を帯びた温かい光が私の瞼に当たる。



 ……どうやらあまりの恐怖で目を瞑っていたようだ。



 ようやく足元が見えない理由を理解して重い瞼を上げると、いつの間にか私は謁見の間の奥まで来ており、荘厳な回廊の終点にあった階段の上に英雄たちが座していた。


 彼らの姿を目にした私は瞠目した。


 向かって右手に座るのは黄金鎧を纏った大柄な騎士。


 オルタナの町ではもはや知らぬ者はいない稀代の英雄――アーサー・エストランド。


 彼がこの場にいるのは私の予想通りだった。


 殿下の婚約者として真っ先に思い浮かんだのは他ならぬアーサーだからだ。


 しかし予想外だったのは中央の玉座に座る黒ずくめの怪人物で、噂に聞いた風貌と違わぬその姿に、私の頭はかつてないほど混乱していた。


 全身を隠す漆黒の外套。


 意味深な首輪とそこから垂れる鋼鉄の鎖。


 そして玉座の上に神気を振りまく黄金の剣を掲げているのだから、すべての特徴がオルタナで噂されるもうひとりの英雄と合致した。



「――ようこそお出でくださった、商人殿」



 ――どうしてファントムがここにいるんだっ!!?



 国の暗部を混乱させている主要人物の登場に、最悪のシナリオが私の脳裏をよぎる。


 ……もしや我々の仕事が爆増している元凶は……殿下とその婚約者なのか?


 恐る恐るとなりの殿下へと視線を向けると、なぜか殿下は床に平伏して震えていた。



「……ぷっ……くっ…………や、やりすぎ……っ!」



 殿下の呟きは小さすぎて聞こえなかったが、額を床に擦りつける姿には喜悦に似た感情が見てとれる。


 婚約者に対して平服する性癖というのは王女の生態にないため、不思議に思って視線を玉座へ戻すと、そこで私はようやく玉座の上にさらなる階段が続いていることに気がついた。


 黄金の剣が発する強すぎる神気と設置された目隠しでわずかな影しか見えないが、アーサーとファントムが座る玉座のはるか高みに誰かが座っている。


 二人の英雄を従え、女神の正当な末裔である殿下まで平伏させるなど……いったい何者なのだろうか?



「……すやぁ…………」



 そうして私が目を凝らしていると、立ち上がってわざとらしく咳払いした殿下に注意された。



「ご、ごほんっ……頭が高いわよ」


「……失礼いたしました!」



 無礼を指摘され、慌てて殿下を真似して平伏すると、殿下がすかさず私を紹介してくださる。



「こちらは商人のグランツ。しがない行商人ではありますが、人脈に関しては確かなものを持っております」



 ファントムたちを通り越して至天の玉座へと敬語を使う殿下。



「グランツ? あなたもオルタナにいたならアーサーのことは知っているでしょう?」



 続けて私に取り引き相手の情報を与えようとしてくださる殿下に、私は平伏したまま頷いた。



「はい、ご高名はかねがね伺っております」


「それなら他二人のことを紹介するわね? まずは私の婚約者のファントムと――」



 婚約者のファントム!??



「――そして我らが秘密結社【新月教団】を率いる偉大なる()()――リドルリーナ・エミル・ミストリア様よ!」


「?!?」



 その紹介に、私の頭はかつてないほどの混沌に叩き落された。


 ファントムは女じゃないのか、とか。


 やはり【新月教団】は殿下の仕業だったのか、とか。


 いろいろと突っ込みたいところはあるけれど……とりあえずミストリア王国の密偵として王族の事情に精通した私の心は、ひとつの感情に支配された。


 リドルリーナ・エミル・ミストリア。


 いきなり知らない王族が出てくることは、王女の恋愛事情がアレなミストリア王国ではよくあることだからまだわかる。


 しかし『エミル』の姓が『王位継承権の無い王女』を示すミドルネームだと知っている私は、どうしても組織のトップに彼女がいることが納得できなかった。


 本来であれば国王と王位継承権第一位の王太子、そして最も女神の血が濃い王女だけが名乗ることを許される『セラ』の名を尊ぶことがミストリア王国の習わし……。


 リドルリーナ・『エミル』・ミストリア……。



 ――どうして貴様はアイリス殿下の上にいるんだっ!!?



「……すやぁ…………」







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― 新着の感想 ―
リドリーちゃん「あの…自分が一番知りたいです…」
常識(人?)がメアリーちゃんとゴリアテしかいない件について。 我々の仕事が爆増〜 おっ?一瞬で真実にたどり着いたね。だがしかし、累進式に増え続ける仕事をどうにかしないといけないという真実には気が付か…
悪ノリしすぎて滅茶苦茶な事になってて草
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