第69話 はじめて(?)のチート
SIDE:ノエル
リドリーちゃんに豪雨を降らせてもらった翌日。
谷に水が溜まるのを見守りつつゴリアテの頂上にある別荘で宿泊していた私は、窓から差し込む朝日を受けて爽やかな気持ちで目を覚ました。
空が晴れているということは、わずか一晩で谷に水が溜まったということだろうか?
日の高さからしてだいぶ寝過ごしてしまったみたいだが、昨夜は実に充実した時間を過ごしていたから仕方がない。
新たな眷属の飼育環境を整えたあと、私は夜遅くまでゴリアテの能力を細部まで確認していたのだ。
どうも地下にあるゴリアテの核に触れることで城全体の操作を行うことができるらしく、使用できる細かい機能を確認していたら、ついつい夢中になりすぎて夜ふかしをしてしまった。
ゴリアテの核に触れて使える機能はお城の中を監視したり、遠隔でトラップを発動したり、壁や部屋の位置を動かしたりと数多く存在しており、他にも時間をかけて会話することで新たな眷属が持つ能力について細かく把握することができた。
聞き取り調査の結果を簡潔にまとめるなら、ゴリアテが持つ主な能力は【幻想体生成】【眷属増殖】【複製創造】の三つである。
前者の二つは昨日の探検でも目にした能力で、【幻想体生成】は魔力を用いて城の本体を造り、【眷属増殖】はその名の通りゴリアテが取り込んだ眷属を増やすことができるらしい。
そしてまだ見ぬ能力【複製創造】は、見本となる物を元に物質の完全なコピーを作ることができるようで、こちらの能力で創造された複製品は【幻想体】とは違ってゴリアテの本体から離しても消えないのだとか。
ゴリアテが創り出す幻想体や眷属は、本体であるコアから離すと魔力を供給しない限り数時間から数日で消滅してしまうらしいが、【複製創造】で生み出した物質は魔力によって作られた偽物ではなく本物の物質なのだ。
つまりはとても商売に使えそうな能力である。
まあ、これまでに学んだ知識から考えるに、こちらの世界でもE=mc²は適用されている感じだから、たとえこの森に流れる膨大な燐気を使ったとしても生み出せる物質は雀の涙ほどだろうけれど。
物質を創造するためには途方もないエネルギーが必要なのだ。
しかし拠点システムを使って不労所得を作れそうなのは嬉しい情報である。
この力で宝石のひとつでも作ることができれば、かなり家計の助けになるだろう。
今日はちょっとそのあたりを研究してみようかな……と、私は自分の胴体に抱き着くアイリスといっしょにベッドから抜け出し、彼女を引きずって窓へと歩み寄った。
最近のアイリスは寝たフリを続ければ抱き着いていても私が文句を言わないことを学習しているため、今日みたいに母様との修行が無い日は無理矢理ベッドから引っぱり出さないと永遠に目を開けてくれないのだ。
貴族令嬢をズルズル引きずるシュールな目覚めは優雅さに欠けるけれど、しかし相手が絶世の美少女ならばそれもまた悪くはなかった。
「ほらアイリス、見てごらん? 窓の外はよく晴れていて素敵な景色だよ?」
狸寝入りを続ける婚約者へと私が起床を促すと、抜け目の無い彼女は自分の顔が最も良く映える角度に朝日を当てて白銀のまつ毛を持ち上げる。
「……おはよう、ノエル。あなたの鎖骨より素敵な景色なんて存在しないけれど……確かに綺麗な雲海ね……」
アイリスが持つ晴れ渡った空よりも美しい蒼い瞳に私の心は天上へと昇り、
「それを言うなら君のほうこそ――」
そしてすぐに現実へと引き戻された。
「――――うんかい?」
改めてゴリアテの頂上から見渡した窓の外には、青空の下に見事な雲海が広がっていた。
◆◆◆
確かに母様はこう言っていた。
『この手の迷宮は地形に沿って成長していくものだ。侵食先に山や谷のような地形や他の魔物の生息地があれば、本能的にそこを避けようとする』
と。
その言葉の中にはゴリアテが『成長を止める』なんて言葉は一言も含まれておらず、母様が言う通りに私の眷属は境界に沿って横方向への侵食を止めたが……しかしちゃんと成長自体は続けていたらしい。
それはもうグングンと天を穿つレベルで。
どうしよう……雲の下にある城下街を見るのがとっても怖い。
いや、雲を貫いていくつかの尖塔が雲海の上まで出てきているし、正確に言えばもう見えているのだが……一晩で摩天楼ができるなんて誰が思うだろうか?
吸血鬼の身体は呼吸を必要としないから、酸素が薄いことにも気づかなかったよ……。
やっちまった現実に硬直する私の肩に、アイリスが頭を乗せて嘆息する。
「ここまでくると逆に冷静になれるわね……ほら見て、地平の上にエストランド領が見えるわ」
「わあ、ほんとだ……ここから150キロ以上も離れているはずなのに……」
つまりそこから算出されるゴリアテの高さは……と優秀な頭脳が反射的に計算しそうになって、私は即座に脳裏に浮かんだ三角関数を消去した。
……世の中には知らないほうが幸せなこともたくさんあるのだ。
リドリーちゃんが範囲を限定して雨を振らせてくれているため、雲海はゴリアテの周りにしか発生しておらず、地平の上には小さくエストランド領の家々が見えている。
試しに目に魔力を集中させて視力を上げてみると、ちょうど家の裏庭からこちらを見ていた父様と目が合って……私は静かに自分の影へと指示を出した。
「……メアリー、『光学迷彩』」
ぷるっ!
たちまち昨日造った谷の中から赤い血潮の壁が立ち上がり、半球体のドームをゴリアテの周りに形成して外界から巨大な城の姿を覆い隠す。
ドームの内側には外界の可視光線をそのまま反映してもらうようにお願いすると、ちょうど裏庭で父様が泡を吹いて倒れるところが確認できた。
「哀れメルキオル……亡くすには惜しいやつじゃった……」
いつの間にか起きてきたシャルさんがその様子に黙祷を捧げるが、吸血鬼は胃に穴が空いたくらいでは死なないからやめてほしい。
いっそのこと父様にも【忘却薬】を盛ったらどうかと私は考えたが、すぐに母様が倒れた父様を嬉々として回収しに来たので、あとは可愛い奥さんに夫の介抱は任せるとしよう。
あの尻尾の振り具合だと確実に介抱を名目にしてイチャイチャするだろうから、しばらくは家に帰らないほうがいいかもしれない。
うちの親は子供を3人つくってもまだラブラブなのだ。
そんな両親の様子を遠くから観察していると、続けて裏庭にリドリーちゃんが現れて、疲れた顔をした彼女はこちらへと手信号で何かを伝えてくる。
えっと……なになに?
『修行……キツイ……救済……希望……』
……主人を休憩のために使おうとは見下げたメイドさんである。
しかしリドリーちゃんの顔色は今にも死にそうなほど白くなっていたため、私は昼過ぎくらいに彼女を呼び出す旨をメアリー経由で伝えてあげた。
主人が専属メイドを招集すれば、流石にお仕置き中でも修行は中断されるだろう。
こちらに向かって深々と頭を下げるリドリーちゃんの礼は、これまで見た中で最も洗練されていた。
「才能がありすぎるというのも大変ね……」
その姿を見たアイリスが哀れみの目を送っていたが、母様との修行を涼しい顔でこなしている彼女もたいがい天才の部類だと思う。
今日は母様が父様とリドリーちゃんの相手に夢中になっているから免除されているようだが、彼女と母様の修行は常人の私ならば即死するような激しいものなのだ。
そして身近な女性陣の才能に私が軽く憧憬の念を抱いていると、ゴリアテが、ズゴゴゴゴ……、と小さな音を立てて少しずつ高さを上げて行くのが感じ取れた。
「あっ!? ちょっ!??」
いけません! いけませんっ!
これ以上大きくなったらオルタナの街からも見えちゃうからいけませんっ!!!
メアリーによる『光学迷彩』はまだ開発段階だから、雨や強風などの天候不良があるとすぐに解除されてしまうのだ。
慌てた私はゴリアテへと成長を抑えるように思念を飛ばすが、やはりそのあたりは不随意で行われている変化らしく、ゴリアテは困惑した鳴き声を上げる。
ボ、ボアアアアァ……。
なんでも昨夜からゴリアテへと流れ込むエネルギー量が爆増していて、成長を止めるどころか加速させなければコアが弾けそうなのだとか……。
「爆発しそうってどういうこと!?」
予想外の報告にアイリスとシャルさんを連れてコアルームへと転移して、激しく光り輝くコアへと触って魔力の流れを確認してみると、膨大な量の情報が頭の中へと流れ込んできた。
ふむふむ……どうやらゴリアテの主なエネルギー源は『龍脈から吸収する魔力』と『森に漂う燐気』と『太陽光から吸収する神聖気』、そして『森に住まう生物が垂れ流す魔力』なのだが……確かに昨夜から最後の『森に住まう生物が垂れ流す魔力』が爆増していた。
というか私たちが垂れ流す魔力も吸収されているらしく、急成長の主な原因は寝ている間に私たちが垂れ流したエネルギーらしい。
私、アイリス、シャルさん……そして谷に水が溜まったことで眠りについた大量のメアリーが、ゴリアテへと質の高い魔力を供給している。
「なんか巨大な魔力炉みたいになってる……」
特にメアリーが垂れ流す魔力量が凄まじいことになっていて、ゴリアテの【幻想体生成】が止まらない。
コ、コアアアア!
どうやら新入りのこの子は私たちを叩き起こすのが申し訳ないと考えて、ひとりで問題解決に取り組もうと頑張ってしまったらしい。
ゴリアテのコアは回収した魔力をメアリーへと返して循環させることを試みていたみたいだが、大量の魔力を注がれたメアリーの細胞が活性化して、さらに魔力を生み出すインフレスパイラルが発生していた。
「……次からは普通に起こしてくれていいからね?」
コアアアァ……。
申し訳なさそうに鳴くゴリアテコア。
むしろ爆発しそうなら早めに相談してくれと念を押し、私は増えすぎた魔力の消費方法を考える。
最もてっとり早い方法は魔力を【眷属増殖】にも回して消費することだが、それをするとヤバい人形が爆増してしまうので精神衛生的によろしくないだろう。
「ここは【複製創造】を試してみたらどうかしら?」
いっしょに昨夜の検証を行っていたアイリスの提案に私も同意する。
「そうだね。創造系の魔法はエネルギーコストが悪いことで有名だし、ちょうどいいから使ってみよっか?」
さっそく【複製創造】を使用する機会が訪れたので、私は最初に試そうと思っていた『金貨』を取り出してゴリアテの魔核へと近づける。
コア!
私の手から受け取った金貨を呑み込んだコアは、すぐに増えすぎた魔力を【複製創造】の回路へと回し、となりのボス部屋で複製された金貨が出現するように設定をしてくれた。
すぐさまゴリアテの魔核から発せられる激しい光が消えて、集まり過ぎていたエネルギーが消費されたことがよくわかる。
アインシュタインが発表した相対性理論によれば物質の創造にはとてつもないエネルギーが必要なはずだから、これでゴリアテの過剰エネルギー問題も解決だろう。
あとは金貨の一枚でも生成されて不労所得をゲットできれば吉である。
そんな小市民じみた欲望を私が夢想していると、となりのボス部屋から、ジャララララ、とジャックポットをぶちまけたような音がして、
「……とても嫌な予感がするわ…………」
「……奇遇だね、アイリス……僕も不吉な幻聴が聞こえたんだ…………」
青白くなった顔を見合わせた私とアイリスは同時に動いた。
両開きのドアを二人で勢い良く開けると、そこには天井にメアリーが巣をつくるボスエリアが広がっていて……
「……あ、あれ? おかしいな……創造魔法はコスパ最悪って教わったんだけど?」
見下ろした先には黒い床を覆い尽くすほどの黄金がぶちまけられていた。
「……ざっと数えただけでも数十万枚はあるわよ?」
いちおう父様とセレスさんから教わったことだから創造魔法の知識に関しては間違いないと思うのだけど……今も壊れた速度で降り積もる金貨が現実と知識の乖離を証明している。
そして『どうしてこうなった?』と首を傾げる私たち二人に、バカを見る目をしたシャルさんが冷静にツッコミをくれた。
「いや……主君は大量に【創世神の血】を飲んでいるのじゃから……【創造魔法】の適性もアホほど高いに決まっとるじゃろ……」
「「ああっ…………」」
そして同時にポンと手を叩いた私とアイリスは、この金貨をどうしたものかと二人で頭を抱えた。