第67話 ゴリアテ探検 ③
SIDE:ノエル
母様からの指摘に慌てて地上に転移すると、そこには都会的な街ができていた。
城から伸びる大通りの左右に整然と並ぶ高層建築物。
その一階部分には商店を設置できるテナントのような場所まで設置されているが、今はただ無人の部屋が置かれているだけで、ときどき奇妙な人形たちが屋根や壁の上を音も立てずに巡回している。
まるで数兆円を費やしたゴーストタウンのようなその有り様に、私は思わず低い声を出した。
「……ゴリアテ?」
こちとら田舎でのスローライフを目指しているのに『なにを勝手に開発してるんだ』という私の静かな怒りに、眷属は最初に見た時よりも大きくなった城を震わせる。
ボ、ボアアアァ…………。
「え? ……これって自動で成長しちゃってるの?」
ボア!
ゴリアテの説明によると、どこかの誰かがコアへと無駄に魔力を注ぎまくったせいで、成長能力が飛躍的に向上してしまったらしい。
「……ま、まあ……そういうことなら仕方ないよね……誰にでも失敗ってあるものだから……」
私の苦しい言い訳に、お城からジト目が突き刺さる。
……ごめんて。
まさかの罪の押し付けに、私は心の底から反省した。
ボアァ……。
思念で謝るとすぐに許してくれるゴリアテが優しい。
そして私が眷属と和解したところで、ひとりで転移した私の後を追ってきたアイリスたちも合流し、地上にできた城下街を目の当たりにする。
「……たったの数時間でずいぶん大きくなったわね?」
城の周囲を見渡して愕然とするアイリスに、私は自分の失敗を隠蔽した。
「……いや、なんか森の土が合ってたみたいで」
「……そんな野菜みたいな感じで成長するの?」
まあシャルさんの話によれば地面の下を流れる龍脈とかいうのから魔力を吸っているみたいなので、似たようなものではあるだろう。
私の眷属だからか太陽光からもエネルギーを吸収している気配がするし、ゴリアテの成長が早いのは自然の力ということで押し通そうと思う。
「こ、ここらへんは燐気も濃いからね。ゴリアテには理想の環境なんじゃないかな?」
私の適当な解説に、アイリスに抱えられたシャルさんが同調してくれる。
「まあ、こういう魔物は生まれた場所と最も相性が良いからな。特にこやつはなぜかこの森の主という自覚があるみたいじゃから、放っておけば森を全て呑み込むまで成長を続けるじゃろう」
まさかの情報に私は愕然とした。
「…………マジで?」
「うむ!」
確認すると元気良く肯定するシャルさん。
彼女は城がでかくなることを楽しんでいるみたいだが、三度の飯より大自然を愛する私にとっては冗談ではなかった。
いやいやいや、それはちょっと困りますよ?
せっかく田舎でスローライフを始める準備が整ってきたというのに、この森を完全に侵食するまでゴリアテが大きくなったら……エストランド領が大都会になってしまうじゃないか!
「……成長って無理矢理にでも止められるかな?」
ボ、ボァ…………。
ダメ元で確認すると、ゴリアテからは『無理です……』と悲しそうな思念が返ってくる。
人間が自分の成長を止められないように、ゴリアテもまた自身の成長は制御できないらしい。
失楽園の危機に困った私はアイリスの後を追ってきた最強の保護者に泣きつくことにした。
「母様っ! 助けてっ!」
「む?」
ポフッと下腹に抱き着く子供を優しく受け止めてくれた母様は、冷静にこちらの希望を確認してくれる。
「なんだ……やはりお前は田舎のほうが好きだったのか?」
「はい! 今のままのエストランド領が一番です!」
都市開発は断固反対する所存である。
そんな子供の言葉を聞いた母様は、嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。
「ふっ……故郷を愛する子供というのは可愛いものだな……」
そして愛する故郷を開発の波から守るため、真剣な眼差しを向ける私に母様はアドバイスをくれる。
「それなら街の周りに『境界』を作るといい」
「魔法で巨大な結界を張るとかですか?」
そんなことでいいのかと首を傾げる私に、母様はもっと単純なことだと知識を授けてくれる。
「この手の迷宮は地形に沿って成長していくものだ。侵食先に山や谷のような地形や他の魔物の生息地があれば、本能的にそこを避けようとする」
「あー……つまり、侵食を止めたいなら地形をイジればいいと?」
「うむ、今のお前ならばそれくらい可能だろう?」
確かに今の私なら地形を変えることくらいは簡単だった。
小さい頃から続けている修行の成果もあって、最近では影の中で常に血液を動かしていても消費しきれないほどの魔力が有り余っているし、なによりこの森に漂う膨大な【燐気】を操れば地殻変動でも余裕である。
「……しかしそれは流石に父様から怒られるのでは?」
恐る恐る確認すると、母様は格好良く微笑んでサムズアップする。
「そんな小さなことは気にするな。私が小さいころも山を一つ二つぶった斬って、周りの大人たちから激怒されたものだ」
……怒られるのは確定なんですね?
だけど母様が促したからにはフォローしてくれるのだろうし、力を開放する許可を得た私も親指を立ててニヒルに笑った。
「わかりました……それなら全力で地形をぶっ壊します!」
向かい合って微笑む親子の美しい姿に、アイリスとシャルさんが震えた声を出す。
「……あの二人からとてつもなく血の繋がりを感じるわ」
「……うむ、イカれ具合がそっくりじゃ」
子供の教育を終えた母様は踵を返してメアリーにゲートを作らせる。
「それじゃあ私はそろそろ帰るぞ? 色々と消化不良だったから、この気持ちの高ぶりをリドリーと戦って解消しなければならん」
「はい! 商人さんの案内ありがとうございました!」
よほど接客でストレスが溜まっていたのか、殺る気を漲らせる母様の向こうにリドリーちゃんの泣き顔が見えた気がしたけれど、彼女ならきっと無事に生き抜いてくれるだろう。
そして後ろ手に手を振りながらゲートの向こうへと消えて行く母様を見送ったところで、私はさっそくアドバイス通りに地形を変える方法を考える。
山を作るのは土の生成に無駄に魔力を使いそうだから、やるとしたら谷だ。
ゴリアテの周りにグルっと谷を作れば森の侵食を止められるだろう。
使用する魔法も初歩的な土魔法でいいから簡単である。
と、ある程度の計画を頭の中でまとめたところで、私はもうひとつ素晴らしいアイデアを思いついた。
「そうだ! ついでにメアリーのお家も造ろうか? 谷の底をお家にすれば、ゴリアテに入りきらなかった体も休めるでしょ!」
ぷるっ! ぷるっ!
私の提案に影から出てきて喜びを表現するメアリー。
ゴリアテの中にはメアリーの体の1%すら入らなかったから、谷を利用して住環境の改善を測れば、『地形』だけでなく『他の魔物の生息地』という境界も作れて侵食の抑制に効果的だろう。
「メアリーは密閉された空間が好きみたいだけど……それって水の底とかでもいいのかな?」
ぷるっ!
嬉しそうに肯定してくれるあたり、水底もけっこう好きらしい。
それならば谷を掘って、メアリーを谷底に入れて、その上から水を注げば完璧である。
単純な構造だからメンテナンスも要らないし、メアリーの増殖に合わせて拡張も可能な住み家ができそうだ。
ゴリアテの成長制御とメアリーの住居問題。
二つの問題を一手に片付けてしまう素晴らしいアイデアの誕生に、私は自分の優秀な頭脳の冴えに感謝した。
ふっ、やはり私は天才だったということか。
問題があるとすれば土魔法を掛ける範囲がとてつもなく広い点だが……それに関しても過去の経験から私は解決策を思い付いていた。
「……ねえ、ノエル? 谷を掘る作業は私とシャルでやりましょうか?」
気を使ったアイリスがそんな提案をしてくれるけれど、心配には及ばない。
私も少しは吸血鬼として成長しているのだ。
「大丈夫だよ、アイリス。谷を作る方法ならちゃんと考えがあるから」
アイリスとシャルさんに任せると斬撃による直線的な谷が出来上がってしまうし、今回は私が自分で作業したほうがいいだろう。
婚約者をジェスチャーで押し留めた私は、続けて空間魔法を使ってゴリアテの遥か頭上へと転移する。
見渡す限りの森とその中にある真円形の街を見下ろした私は、余裕を持って眷属が成長できるよう大きめに谷を作るラインを設定し、ゴリアテを中心に直径およそ50キロの真円を頭の中で設計した。
「メアリー、モード『戦術形態』――」
続けて発した私の指示に呼応して、森の影という影から赤い液体が噴出し、空へと巨大な魔法陣を描いていく。
土魔法の魔法式を宿したその赤い円には、表面に無数の目玉が浮かんでおり、かつて魔女が魔法の発動体として使っていたその魔眼は私が定めた対象である大地へと一斉に視線を向けた。
これぞ私が眷属といっしょに戦うために考案した新技術。
その名も――
「――【夜魔の饗宴】」
この技は私が有り余る魔力と燐気を供給し、メアリーが陣の構築と眼球の統括をサポートし、イビルアイが無数の瞳で対象を捉える魔法戦術だ。
……いちおう私の必殺技として作ったこれを土木作業で初めてお披露目することになるとは思わなかったけれど、むしろ田舎者にはピッタリの使い道だろう。
ド派手な爆炎魔法とかを使用して地上に火の海を降らせるとかっこいいのだが、今回使用したのは土魔法なので、やたらと禍々しい見た目の魔法陣がもたらすのは私が指定した範囲に穴を掘る効果だけである。
急速に大地が削られていくため震度3くらいの地震は起きているが、我ながら悲しいほどに地味な魔法の使い方をしてしまった。
「……超広範囲殲滅魔法の開発って……いちおう人類国家共通の禁忌なのだけれど……」
「……主君に関しては今さらじゃろ」
「……それもそうね」
やがてゴリアテを中心に円形の谷が出来上がり、底が見えないほどに掘り進めたことに私は満足して血液操作でゆっくり地上へと降りていく。
谷の幅はとりあえず1.5キロくらいにしといたから、これでしばらくはメアリーも住居に困らないだろう。
地上に戻ると遠い目をしたアイリスたちがいて、優しい彼女は私の魔法を褒め称えてくれる。
「とても強そうだったわ……常人が間近で見たらそれだけで廃人になりそうなくらい」
アイリスったらお世辞が上手いんだから!
「ありがとう。アイリスも空とか背後に魔法陣を浮かべたい時は好きに使っていいからね?」
「え、ええ…………」
ぷるっ! ぷるっ!
自慢して飛び跳ねるメアリーがかわいい。
あまりメアリーの機能を自由に使わせてしまうと父様がうるさいから、この技は私のパーティーメンバーのみ使用可能としておこう。
ついでに『ご飯ですよ』もパーティー限定機能に指定して、村人たちへの通知メッセージをメアリーに送ってもらう。
もともと『ご飯ですよ』は私とリドリーちゃんしか使っていなかったから、特に反対意見も無く設定の変更は完了した。
これで父様の胃痛の種も少しはマシになるだろう。
『――ノエルくん? この連絡機能はいつ作ったのかな?』
返ってきた血文字のメッセージを私は既読スルーし、代わりにメールの悪魔を召喚しておく。
『――Hi This is the Mary-send program at――』
最初の部分以外は適当な英文になってしまったが、どうせこちらの世界でアルファベットは使われていないから関係ない。
大切なのは上手く届かなかったという雰囲気である。
この悪魔の文字列には送り主を諦めさせる魔法の効果が宿っているのだ。
相手にメッセージが届かなかった時の定型文として『メールの悪魔』機能を新実装し、私はメッセージのやり取りを一方的に終了させた。
これを強制発動させるのは私だけの専用機能に設定しておこう。
いわゆる開発者特権というやつである。
そしてまた新たな力を手に入れた私は空中に浮かべた血文字をかき消して、背後で見守る仲間たちへと声をかけた。
「それじゃあ完成した谷に水を入れる方法を考えようか? 近くに川があるといいんだけど……」
「……水路を切り開くなら私が担当するわ……流石に義父様の精神状態が心配だから」
「……妾も手伝うのじゃ、主君はしばらく休んでいるといい」
作業疲れを心配してくれる二人の気遣いがありがたい。
色々とトラブルはあったものの、ゴリアテの探検も無事に終わったし、明日からは商売のことに集中しようかな?
次回はリドリー回です。