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第66話  ゴリアテ探検 ②





SIDE:ノエル



 複雑怪奇な迷宮を抜けてゴリアテの地下へと降りると、そこは無数の呪具が蠢く拷問場になっていた。


 やたらとイカツイ形状の金属製品が並ぶ空間に、少年ハートを刺激された私とシャルさんは瞳を輝かせる。



「「おお~~~っ!」」



 どうしてこういう道具というのは男心を魅了するのだろうか?


 べつに誰かを拷問したいとか、人を傷つける欲求は私には無いのだが、日常生活で見慣れない道具というのはただそれだけで目を引く何かがあった。


 天井から鎖で吊り下げられた死体もゴリアテの魔力で創られた飾りだし、まるで悪趣味な美術館を訪れたような心地である。


 見た目とは裏腹にクリーンな地下室をただひとり冷静なアイリスがゆっくりと眺めて、ゴリアテの装飾について考察する。



「ふむ……どうやらこの子の内装は魔女の家を基準にしているみたいね」



 確かにアイリスが言う通り、ゴリアテの内装にはただの家だったころの秘密基地の面影が残っていた。


 地上部分はアイリスが希望した神殿っぽい雰囲気だったし、地下にはシャルさんの家具と私のコレクションが複製されている。


 つまり納屋があった場所のほうに行けば、そこにはリドリーちゃんが模様替えした人形ハウスがあるわけで……



「「…………」」



 同時にその可能性に気づいた私とアイリスは、地下空間に付けられた巨大な扉からそっと目を逸らした。


 私の記憶が正しければ、確かあの扉があった位置には納屋の地下へと続く隠し通路があったはずである。


 そしてどうにか頭に描いてしまった想像をかき消そうとしていると、無情にも巨大な扉が重い音とともに開け放たれて、そこから整然と列をなした人形の群れが現れた。



 モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、 モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、モキュッ、 モキュッ、モキュッ、モキュッ――



 カースウェポンで武装し、足並み揃えて行進してくる【魔児奇魑人形(リドリードール)】たち。


 彼らは私たちの前を通りすぎる時になると、同時にこちらへと首を向けて、行進したまま綺麗に敬礼してみせた。



 モ~~~ッ、モキュッ!


『『『モキュッ!』』』



 先頭に立つ個体が号令をかけるあたり、なかなかどうして芸が細かい。


 きっとこれから私の指示通り、城内の警備に向かうのだろう。


 リドリーちゃんの影響で高度な身体制御能力と社会性を有しているのか、そのまま彼らは一糸乱れぬ動きで私たちの前を通り過ぎて行った。



「「…………」」



 すーーー、はーーー。


 その直視しがたい光景に、私とアイリスは阿吽の呼吸で『見なかったことにする』を選択した。


 呼吸の要らない私たちに深呼吸をさせるとは、相変わらず恐ろしい人形たちである。



「あ! あっちにまだ地下へと降りる階段があるよ!」


「ほんとね! 気になるからさっそく調べてみましょう!」



 そして私たちが早足で移動を開始すると、空気を読まないシャルさんが呟いた。



「千は超えとったな」



 シャラップ!


 そして凶悪な呪物が量産されている現実から目を背けて、私たちは更にゴリアテの地下へと歩みを進める。


 石造りの階段の先はまたしても迷宮となっており、そこには呪物化した拷問器具たちが徘徊していたが、罠の種類などは地上と大差なかった。


 強いて言えば拘束系のトラップが多いくらいだ。


 そしてゴリアテから送られてくる脳内地図を頼りに地下へ地下へと潜って行くと、やがて我々はその終点にひとつの堅牢な扉で守られた部屋を見つけた。



「ここで最後かしら?」


「あと二部屋だね。たぶんこっちは隠しダンジョンって感じなのかな? 最奥部にはゴリアテの核があるみたい」



 脳内マップを参照しながら私が扉を開けると、その先にはだだっ広い部屋があり、奥へと進む私たちの足取りに合わせて太い柱に掲げられた松明が点灯していった。


 おそらくここは核を守るボス部屋なのだろう。


 誰もいないボス部屋というのは寂しいものがあるので、私は影に潜む筆頭眷属にボスの代わりをお願いしておく。



「とりあえずメアリーが部屋の守護者をしてくれる? もしも倒せない敵が来たらゴリアテの核を持って逃げちゃっていいから」


 ぷるっ!



 命だいじに、が私たちの基本方針である。


 核を取ったらお城がどうなるのかは謎だが、影に潜れて転移魔法も使えるメアリーなら無事に生還してくれることだろう。



「……おお、流石は主君……絶望の与え方が悪魔を超えているのじゃ……」



 そして壁と床と天井一面にメアリーが張り付いて、とっておきの魔眼を部屋中に配置する様子を眺めながら、私たちはようやく城の最奥部へと到達する。


 重い鋼鉄製の扉を押し開けると、そこには8畳くらいの小さな部屋と、部屋の中心に台座に乗った水晶玉が置かれており、ゆるキャラみたいな顔のある水晶玉が私たちの来訪を出迎えてくれた。



 こあああああぁ!


「かわいいわね」


「かわいい」


「かわいいのじゃ」


 こあ?



 ゴツい外殻とは違ってかわいい鳴き声を上げるゴリアテの核に、私たちは群がってそのツルツルボディを撫で回す。



 こあああぁ……。



 気持ちよさそうにゆるフワな顔を弛緩させる様子は庇護欲をそそるものがあり、私はさっそく新たな眷属に餌付けしたくなった。



「この子は何を食べるのかな? お肉って感じじゃないよね?」


「いえ、迷宮種なら何でも吸収できると思うけれど……好き嫌いとかあるのかしら?」



 首を傾げる私とアイリスに、シャルさんがアドバイスをくれる。



「こやつに餌付けの必要は無いと思うぞ? 上の体も大部分は魔力で構成されておったから、餌を与えなくても大気中や地脈の魔力を吸い上げて勝手に成長していくじゃろう」


「「へー」」



 ときどき博識になるシャルさんに、私たちはゴリアテの核を撫でながら餌付けを諦める。



「……今以上に大きくなったらマズいよね?」


「……ええ、どこまで巨大化するかわからないもの」



 この手で餌を与えられないのは残念だけど、ペットに餌を与えすぎると良くないということを、私たちはメアリーという先例で理解していた。


 こちらの世界の生物はエンドレスで巨大化していくから、餌のあげすぎには注意が必要なのだ。


 そして賢い私たちが核から手を引っ込めると同時、ボスルームの扉が勢いよく開いて、そこから男の人を担いだ母様が現れた。



「――アイリスはいるかっ!?」



 珍しく慌てた様子の母様に、アイリスがすぐに走り寄る。



「はい、義母様。なにか御用ですか?」



 愛弟子の姿を見た母様はホッと嘆息して、肩に担いだ男の人を床へと下ろした。



「ああ、よかった……実はすぐに回復魔法をかけてもらいたいやつがいてな」


「状態は?」



 迅速に対応するアイリスへと、母様も端的に要点を伝える。



「下顎粉砕、眼球破裂、心停止といったところだ」


「心臓はまだ止まっているのですか?」


「いや、二、三発殴ったらまた動き出したが……このままだとまたすぐに止まるだろう」



 治療に必要な情報を確認しながら、アイリスは手際良く急患の身体を触診していく。



「……アバラも数本逝ってそうですね……折れた骨が臓器に刺さっていないといいのですが」


「……ちょっと切り開いてみるか? 久しぶりにやったせいで上手く加減ができなかったようだ……」



 そう言ってナイフを構える母様に、アイリスが頷く。



「ついでに頭蓋のほうもお願いします。脳の損傷を確認しておきたいので」



 見た感じ、男の人は下顎にいいのをもらっているみたいなので、頭蓋骨の中身を心配するアイリスに、しかし母様は服を切り裂きながら脳味噌シェイクを否定した。



「そちらはおそらく大丈夫だ。顎にアッパーカットを食らったあと、一度は自分の足で起き上がっていたからな」


「……なにがあったんですか?」



 流石に気になって私が訊ねると、母様は遠い目になって経緯を教えてくれる。



「実は……お前が望んだ商人がうちの領にやってきて――」


「「あっ!?」」



 冒頭部分を聞いた私とアイリスは揃って失敗を悟った。


 ヤバ……商人さんが来ること完全に忘れていたよ……。


 いや、こちらの世界にはスマホが無いから、相手を待たせることはよくあることなのだが、しかし問題なのは『母様が商人の接客をしている』ということで……その後の経緯を聞いた私たちは思わず天を仰いだ。



「――メルもマーサたちも忙しそうだったから、仕方なく私が案内を買って出たのだが……こいつが思った以上に弱くてな…………まさか人形の一撃でやられるとは……」



 ……母様は接客が引くほど下手なのだ。


 彼女に迎えられて無事で帰る商人がいたら、それはもはや奇跡と言っていい。



「……こいつ、持ってないのじゃ」



 タイミングの悪い商人さんの不運をシャルさんが憐れむ。



「いや、まったく。あの程度の拳でやられるとは情けない……」



 やれやれ、と肩をすくめる母様の背後へと視線を向けると、そこでは一体の人形が申し訳無さそうに縮こまっており、その体は商人さんの返り血で染まっていた。



「……それで、その子が致命傷を負わせちゃったんですか?」



 状況を見て私が判断すると、しかし人形は慌てて首を激しく横に振る。


 モキュモキュと冤罪を主張する邪悪な人形を、母様は冷静に擁護した。



「いや、下顎を粉砕したのはこいつだが、致命傷を負わせたのはメアリーだ」


「ええ!?」



 ぷ、ぷる…………。


 そして母様の影から申し訳なさそうに這い出てくるメアリー。


 縮こまる赤いプルプルを撫でながら、母様はその後の顛末を教えてくれた。



「人形の一撃が決まったあと、私はそこらで探検を中止しようと思ったのだが……意識を取り戻したこの男が抜け道を探すとかなんとか言って……メアリーが眠る部屋の扉を開けてしまったんだ……」



 そこから寝起きのメアリーが思わず強めに魔眼を発動させてしまって、商人さんの目玉がパンッてなったらしい。



「…………持ってないのじゃ」



 そうだね。


 これはもうメアリーというより、この人の運が悪いよね?


 だけど私はいちおう主人として眷属を叱っておく。



「……次からは人様の目玉を破裂させないように気をつけるんだよ?」


 ……ぷるっ。



 うんうん。


 賢いうちの子はちゃんと反省しているみたいだから、これで良し。


 メアリーは眼球を集めるのが好きだし、これで同じ失敗を繰り返すことはないはずだ。


 残る問題は商人さんのほうだけど……こういうトラブルの時には父様が作った【忘却薬】を使用していいことになっているため、森に入ってからの記憶を消しておけば大丈夫だろう。


 私はメアリーに確認して消去するべき時間を割り出し、高価な魔法薬の分量を慎重に計算する。



「母様、これ」


「うむ」



 そしてメアリーに取り寄せてもらった薬を母様に渡すと、肺の無事を確かめていた母様は、ついでに胃袋まで切り開いて商人さんの消化管に薬液を入れた。



「閉じます」



 最後にアイリスが回復魔法で肉体の損傷を治して、私が流れ出た血液を体内に戻せば、傷害事件の後始末は完璧である。



 ……こ、こあああぁ…………。



 新入りのゴリアテには引かれてしまったが、我が家ではよくあることなので早く慣れたほうがいいと思う。


 痛々しい記憶を無くせて商人さんも幸せ、犯罪の証拠を無くせて私たちも幸せ。


 これこそみんな幸せになれる最善の方法なのだ。



「あとは適当な部屋で休ませてあげて?」



 ゴリアテの中には空室がたくさんあるので、メアリーに頼んで気絶している商人さんを運んでもらう。


 薬の副作用でしばらくは目を覚まさないと思うけれど、こちらの世界の住人は頑丈だから点滴とかをしなくても死にはしないだろう。


 都合の悪い現実は揉み消されたのだ。


 ……だけど商人さんが目を覚ましたら優しく接してあげよう。


 と、私たちがそんなことを思いながら被害者を見送ったところで、気を取り直した母様が話題を変えてくる。



「ところでノエルはずいぶん大きな街を作ったのだな? お前は田舎を気に入っていると思っていたが……本当は都会で暮らしたかったのか?」


「? 街ってなんですか?」



 まったく身に覚えのない話に私が聞き返すと、母様は不思議そうな顔をして上を指差した。



「いや、地上が王都みたいになっているのだが……気づいて無かったのか?」



 ………………なんですって?








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― 新着の感想 ―
証拠隠滅の方法もさることながら、よくあることなのが衝撃じゃよ? お父様ズはそんなもんの後処理させられてるんですね? あと、生まれたばかりのゴリアテちゃんのほうが常識あるってどういうことよ?(笑) …
コア「こああああぁ」 好きw
忘却薬を血液に直接投与じゃなくて良かったwww 城の探索の間に城下町って生えたのかな…。
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