第64話 ゴリアテ探検 ①
SIDE:ノエル
金切り声を上げながらドナドナされていくリドリーちゃんを見送ったあと。
お城の探検に燃える私たちが謁見の間からさらに下層へと降りてみると、そこは漆黒の廊下がどこまでも続く迷宮みたいな空間になっていた。
いや、これはもう『迷宮みたい』というより、完璧な迷宮なのだろう。
お城というのは外敵対策のために複雑な設計をしていると聞いたことがあるから、ゴリアテもそれに倣って入り組んだ造りになっているのかもしれない。
西洋のお城って中身はこんな感じなのかと納得していると、しかし私たちの中で最もお城と縁がありそうなアイリスが首を傾げた。
「ずいぶん変わった構造ね?」
「……そうなの?」
お城のスタンダードを知らない私が訊ねると、アイリスは疑問に思った部分を教えてくれる。
「普通のお城は謁見の間が入口の近くか外部にあるのよ。あそこは各国の要人を招く式典にも使われる場所だから、上にあると案内する間に内部構造を見られてしまうでしょう?」
「ああ、なるほど……」
ちゃんと防犯的な部分も考えて設計されているわけか……しかしそうなるとゴリアテの設計には不備があるということで……
「ねえ、ゴリアテ? このお城ってどういう思惑で設計されているの?」
私は主人として眷属へと確認を入れた。
もしかしたらお城にしかわからない深い理由があるのかもしれないし、ここは頭から否定せずに理由を確かめたほうがいいだろう。
『設計のコンセプト』とかいうめんどくさい説明を求められたゴリアテは、しかし嫌がることなく私の疑問に答えてくれる。
ボア、ボアアアアァ……。
「え……僕がイメージする『最強のお城』になった?」
ボアアアアァ……。
肯定の意を控えめに咆哮するお城に、私はその返答の意味をしばし考えて、
「……あっ」
すぐにひとつの可能性に思い至った。
「あー……」
下には長く険しい迷宮があって、その終点となる頂上に謁見の間がある。
そうだよ……この構造って……完全に『RPGの魔王城』じゃん……。
現実ではあり得ないラスボスと戦うためだけに作られたお城の登場に、私はこれをどうするべきかと思い悩んだが、しかしすぐに考えることがバカらしくなって思考を放棄した。
まあ、べつに誰かを招待する予定も無いし……このままでいっか。
私がゲーム好きだったばかりに『この世で最も謁見しにくいお城』が生み出されてしまったけれど、ここで誰かと待ち合わせする可能性なんてゼロだから問題無いのだ。
そもそもゴリアテは秘密基地だしね。
本物のお城と比較すること自体が間違っているのだろう。
「なにかわかったの?」
ひとりで百面相する私の顔をアイリスが覗き込んできたが、私は爽やかな笑顔で親指を立てた。
「大丈夫、大丈夫! ゴリアテはちょっと変わった造りをしているかもしれないけれど、防衛能力だけは折り紙付きだから!」
ボアアアアァ!
私の太鼓判にゴリアテも嬉しそうに咆哮する。
おかげで再び鼓膜が弾けたけれど、眷属に優しい私は血液操作で耳から血が垂れるのを抑えてあげた。
ぶるっ!! ぶるっ!!!
ボ、ボアアァ…………。
代わりにお城を叱ってくれる筆頭眷属の姿に、私たちはほっこりする。
「うふふ……見てノエル。メアリーったら後輩ができて張り切っているわ」
「うん、ゴリアテはちょっと抜けてるところがあるみたいだから、しっかり者のメアリーと相性が良いのかもね?」
「こら、メアリー。躾は大事じゃが、ここで殴るのはいかんぞ? 外にいる巨大なお前さんが城を殴ったら、中にいる妾たちまでペシャッとなるのじゃ」
ぶ、ぶるっ……。
シャルさんの静止で外に出てきた巨大メアリーは、恥ずかしそうにエアーズロックみたいな拳を城の影へと引っ込めた。
代わりに私の影から出てきた小さいメアリーがぷるぷる廊下を叩いている姿が微笑ましい。
うっかり私たちまで叩き潰しそうになるとは、メアリーも後輩の誕生でテンションが上がっているのだろう。
まあ、アイリスが得意な【空間障壁】は堅牢なので、質量が大きいだけの単純な攻撃なら余裕で受け止めていたと思うけれどね。
成長著しいアイリスの防御結界を真正面から抜けるのは、この世の法則ごとぶっ壊す母様の剣かリドリーちゃんの拳骨だけなのだ。
「みんな仲良くするんだよ? 新人いじめとかしちゃダメだからね?」
ぷるっ! ぷるっ!
ボアアアアァ!
キョロッ! キョロッ!
モキュッ!
声を掛けるとそれぞれに返事をしてくれる眷属たち。
「……もきゅ?」
しかし最後の聞き慣れない返事が気になって音のしたほうに振り向くと、そこでは不気味なフォルムをした人形の軍勢が私に向かって片手を上げていた。
モキュッ!
ついさっき苦戦した強敵の出現に、思わず私たちはドン引きした声を上げる。
「「「うわぁ……」」」
そんな微妙な反応をしてしまったせいか、人形たちは慌てた様子で動き出した。
モ、モキュッ!?
モキュッ、モキュッ!
モキュキュ~~~ッ!
バタバタと百を超える人形が走り回り、最終的には綺麗に整列して敬礼をする。
『『『モキュッ!』』』
……どうやら彼らに敵意は無いらしい。
見た目は相変わらず狂気に満ちた造形をしているけれど、その動きにはどことなくリドリーちゃんを彷彿とさせる愛らしさがあって、キモかわいい人形の群れに私たちは警戒を解いた。
「気のせいかしら……数が増えているように見えるのだけれど?」
「うん……さっきは30体くらいだったから……3倍以上に増えてるね……」
しかもバリエーションまで豊富になってるし……。
「フハハッ! いつの間にか軍隊が出来ておるわ!」
リドリーちゃんが居ても苦戦した人形の群れが急増している光景に、私は『もしも襲われたらメアリーのご飯にしよう』と決意を固めて様子を観察していく。
目玉が飛び出していたり、口から内蔵がハミ出していたり、なぜか腕だけが8本もあったりと、多彩なデザインで制作された人形の群れ。
「……楽にしていいよ?」
整然と並んだ姿勢が堅苦しかったから休息の許可を出すと、
モキュッ!
と直立不動から休めの姿勢になる人形たち。
……どうやら彼らはかなりの体育会系らしい。
念のためにゴリアテへと確認してみると、ゴリアテの眷属である彼らも私の配下として登録されているらしく、その現実に私は死んだ魚の目になって新たな眷属の名前を考えた。
やれやれ、これだからリドリーちゃんは……。
私のことを散々問題児扱いしてくるけれど、彼女もたいがい問題行動を起こしていると思う。
そんな頭のアレな制作者の名前を取って、私はこの人形たちを【魔児奇魑人形】と名付けることにした。
性能がぶっ壊れているこの人形たちにはピッタリの名前だろう。
「……君たちはゴリアテの中を守ってくれる? 防衛計画は好きに立てていいから」
こんなド田舎の森の奥地に人が入ってくることは滅多に無いだろうけれど、他に頼むことも無いので適当な指示を出すと、人形たちは嬉しそうに全力の敬礼を返してくれた。
『『『モキュッ!!!』』』
……さっきボコボコにされたばかりだけど……ちょっとかわいいかも。
吸血鬼は血で繋がる眷属に対して親近感を覚えてしまうものだけれど、ゴリアテの眷属であるこの子たちにも私は肉親の情を抱いているらしい。
「……あれだけで小さい国くらいなら落とせそうね」
「……リドリーと主君の合作じゃからな……凶悪さが乗算されておるのじゃろう……」
そしてモキュモキュと警備に散って行く人形たちを見送って、私はゴリアテの探索へと戻る。
魔王城を模しているだけあって、ゴリアテの内部には様々なトラップが設置されており、それらを見ていくだけでもかなり楽しかった。
天井が落ちてくる部屋とか、鉄球が転がってくる廊下とか、階下に繋がる落とし穴とか。
多彩だけどどこかで見たことのあるトラップの数々に、私は懐かしい気持ちになりながら探検を続ける。
いちおうゴリアテに頼めば罠を発動させないこともできるのだが、せっかくだから私たちは全ての罠を体験してみた。
「少し殺傷能力が低いのではないかしら? これでは難易度のバランスが悪いと思うわ」
壁から飛び出してきた数十本の毒矢を斬り捨てて、アイリスが涼しい顔でトラップの性能を評価する。
「うむ、この程度ではせいぜい『嫌がらせ』レベルじゃな。この城に暮らす魔物と比べて凶悪さが圧倒的に足りていないのじゃ」
床から突き出してきた槍に頭を貫かれながらシャルさんが言うが、彼女は脳味噌が空っぽだから本当に効果が無いのだろう。
そして私も天井から降り注いだ煮え油と火矢のコンボで燃やされながら、かわいい眷属にアドバイスを送る。
「もっとこう……爆発物とか設置できないの? 壁ごと吹き飛ばして侵入者を城外に追い出したほうが効率的でしょう?」
ちなみにゴリアテの罠や壁は魔力で構成されているみたいなので、破壊してもすぐに元へと戻るらしい。
ボ、ボア…………。
『しょ、精進します……』と落ち込む眷属を励まし、私たちがアトラクションを体験しながら進んで行くと、やがてひとつの部屋で変わったトラップを発見した。
部屋に入って扉を閉めると、自動で鍵がかかってプシューっと変な音がする。
「……なにこれ?」
しかしまったく体調に変化が無いので確認すると、ゴリアテはちょっと疲れたような様子で罠の種類を教えてくれた。
「ああ……空気を抜いて窒息させる部屋なのか……」
私たちはみんな呼吸を必要としていないから気づかなかったよ……。
吸血鬼である私は普段から呼吸をしていないし、シャルさんは剣だし、アイリスに関しては全身に巡らせた神聖気で常に血液を浄化しているとかで、べつに空気が無くても生存できる。
ボ……ボアア…………。
まったく罠の効かない私たちにゴリアテが落ち込んでしまったが、しかしこのトラップにはメアリーが大きな反応を見せた。
ぷるっ♪ ぷるっ♪
「……え? メアリーはこの部屋が気に入ったの?!」
驚いて私が確認すると、待ち切れないといった様子で影から飛び出してきて、部屋の中を満たしていくメアリー。
次々と影から湧き出てくる赤い血潮の津波に私たちが慌てて部屋の外に出ると、メアリーは室内を隙間なく満たし、内側から扉を閉めた。
ぷるぅ~~~♪
扉の向こうから届いてくる満足そうな思念に、私はかつてセレスさんから借りた本の内容を思い出した。
そういえば『闇に住まう生物とその飼育法』に、常闇に生きる種族は密閉された空間を好むと書いてあったような……。
そんな記述を思い出した私は、試しに浮かれる眷属へと提案してみる。
「……ここはメアリーの部屋にさせてもらう?」
ぷるっ!!!
影の中もメアリーは嫌いじゃないみたいだけど、それ以上にリラックスできる空間を見つけた様子である。
珍しく喜びの感情を爆発させる筆頭眷属に、普段からお世話になりまくっている私は、ゴリアテの廊下を撫で撫でしながらお願いした。
「それじゃあゴリアテ。罠用の部屋はぜんぶメアリーの寝室にしてくれる? この子にはいつも頑張ってもらってるから、少しでもご褒美をあげたいんだ」
ボアアアアァ!
先輩へのご褒美を快く手伝ってくれるゴリアテが優しい。
ぷるっ♪ ぷるっ♪
そんな依頼に喜んだメアリーが寝室の扉を開けて赤い触手を伸ばしてきて、音速で絡め取られた私は目玉が浮かぶ血潮の中へと引きずり込まれる。
「あははっ! くすぐったいよメアリーっ! そんなに震えちゃダメだってば!」
そうしてかわいい眷属と戯れる私の姿に、扉の前に残されたアイリスとシャルさんが乾いた感想を零した。
「……最凶のトラップが生まれたわね」
「……うむ、扉を開けたら終わりなのじゃ」