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第7話  赤子VS新米侍女





 吸血鬼に転生してから半年が経った。


 まあ、こちらの世界の1年が365日かどうかはわからないから地球換算での半年だが、それだけの期間があれば赤子というのはスクスク成長するもので、もちろん天才児である私も劇的な進化を遂げている。


 まず身体能力だが、健康優良児である私はついに寝返りまでうてるようになった。


 これに関しては平均的な人間の子供よりやや早いくらいだが、私の身体は健やかに成長しているということだから喜ばしい。


 血液操作能力も順調に成長しており、現在では30個以上の血球を同時にビュンビュンできるようになっている。


 そして肝心の陽光耐性だが、毎日リドリーちゃんの目を盗んでは太陽光を浴びて血液をゴクゴクしていた結果、私はほんの少しだけ手応えを感じていた。


 以前ならば太陽光で部屋の中が少し明るくなったくらいで身体が燃え上がっていたのだが、現在の私はその程度の光では肌から煙が出る程度である。


 効果があるのか不明だった全身炎上トレーニングだったが、ちゃんと欲する耐性を獲得できていたらしい。


 そしてそんな成果を実感できたこともあり、血液を染み込ませたカーテンを持ち上げて全身炎上を続けていた私は、ガチャリと扉を開けて入ってきたリドリーちゃんの姿に凍りついた。



「ぼ、坊ちゃまあああああああああああああああっ!?」



 燃え上がる赤子に、絶叫するリドリーちゃん。


 慌てて血液操作でカーテンを下ろすと、すでにこの程度の火傷は血液がなくても治せるようになった私の肉体は瞬時に回復し、普段の健やかな姿を取り戻した。


「だ!」


「…………あ、あれ!?」


 何事もなかったかのように私がリドリーちゃんに笑顔を向けると、狐に摘まれたような顔をした我が専属メイドちゃんは大きな目をパチパチさせる。


 指で目元を擦り、二度見、三度見をするリドリーちゃん。


「つ、疲れているのでしょうか……? やっぱり修行の時間を減らしてもらいましょう……だいたい武術と魔法を同時に習うなんて無理があるんですよ……なんですか【魔装闘法】って、あの二人は私をどうしたいんですか……」


 ブツブツ言いながら回れ右して部屋から出ていくリドリーちゃんは、このごろ習い事が忙しくて大変らしい。


 以前はガリガリだったリドリーちゃんがふっくらしてきて私は健康的でよろしいと思っていたのだが、どうも彼女は頑張りすぎる傾向があるらしく、最近では目の下にクマを作っていたり、筋肉痛に苦しむ様子がよく見られるようになった。


 まったく見上げた若者である。


 働きながら勉強と肉体トレーニングに勤しむ彼女は、きっと素晴らしいメイドさんになるだろう。


 がんばれ若人……と私は心の中でリドリーちゃんにエールを送り、彼女より若人である自分も日光浴を再開する。



 ――ガチャリ。



 その途端に戻って来るリドリーちゃん。


 速攻でカーテンを下ろした私は再び彼女を欺くために、可愛く挨拶をした。


「だ!」


 ベビーベッドで煙を上げながら挨拶をする私にリドリーちゃんは嘆息する。


「もう騙されませんよ……」


 まったくこの娘は……賢いメイドさんだよ……。


 ゆらりとベビーベッドを覗き込む少女の顔からは表情が抜け落ちていた。


「最近やたらと血液の減りが早いと思ったら……ノエル様が再生に使っていたんですね? なんでこんな危ない遊びを覚えているんですかっ!!」


「……う?」


「とぼけたってダメですっ! ネタは上がってんですよっ!」


 どうやらリドリーちゃんは私が身体を燃やす遊びにハマっていると判断してしまったらしい。


 これは遊びではなく、将来のために行っている崇高なトレーニングなのだが、彼女からしたら子供がスリルを楽しんでいるように見えたのだろう。


「まったくもー……この領の人は赤ちゃんまで非常識なんですから……どうせラウラ様に報告しても『死ななければ問題ない』で終わりですし……私がしっかりしないと!」


 そして何かを決意したリドリーちゃんは再び部屋を出て行き、今度は大工道具と木の板を何枚も抱えて戻ってくる。


「窓には板を打ち付けますからね!」


 その宣言に私は号泣した。


「あびゃああああああああああああっ!??」


 どうかご慈悲をリドリーちゃんっ!

 日光浴は私の充実した田舎暮らしを実現するために必要なトレーニングなのだ!


「泣いたってダメなものはダメです! 炎上禁止です!」


 しかし常識的な感性を持ったリドリーちゃんは、赤子が全身を燃やすなんてとんでもないと、窓枠に木の板を打ち付けていく。


「だっ! だっ!? だあああああああああっ!??」


 私はどうにかそれを妨害しようと血球をリドリーちゃんに向かって飛ばすが、彼女はそれを拳に発生させた水球で撃ち落としてみせた。


「せいっ! せいっ! せやあああああああっ!」


 おのれ生意気なっ!?


 意外といい動きをするリドリーちゃんに私は驚愕し、次なる策を考える。


 数少ない攻撃手段は効果がなく、説得しようにも乳歯すら生えていない私は呂律が回らない。


 ならば残された手段はひとつだろう。


 私はリドリーちゃんが窓枠に板を打ち付けることに夢中になっているうちに、周囲の壺から血液を集めて自分の身体を覆っていく。


 そして大きな血球を全身に纏わりつかせた私は、気合いとともに自分の身体を持ち上げた。


「だあっ!」


 ふわり、と赤子の身体が宙に浮く。


 くっくっく……血球を同時に30個以上も操れるようになった私は、血液に入って空を飛ぶこともできるのだ!


 子供部屋での日光浴が無理なら他の部屋まで行けばいい。


 そんな理論で開けっ放しになっている部屋の扉へと私が飛び始めると、背後でトンカチを落とす音がした。


 どうやらリドリーちゃんに気づかれたらしい。


「……ぼ、坊ちゃま!? なんで飛んでいるのですかっ!??」


 ふっ、私は常に進化しているのだよ。


 なにせ天才ですから!


 そして血液の翼を得た私はリドリーちゃんに捕獲される前に、ベビールームから逃走する。


「だあ~~~っ!」

「あっ!? こ、こらっ! 待ちなさーいっ!」


 待てと言われて待つ子供はいない。


 私の心は大人だが、肉体に知性が引っ張られているのだ。


 流石のリドリーちゃんも空を飛ぶ私には追い付けまい。



「――【水流走法】!」



 しかし余裕を抱きながら廊下を飛翔していた私は、ゾクリと背筋に悪寒を感じて緊急回避する。


「っ!?」


 先ほどまで私がいた場所をリドリーちゃんの手の平が通り抜け、水流に乗って高速で空を走ったメイドさんが廊下の先へと着地した。


「チッ……避けられましたか……」


 廊下の先で空振りした手をニギニギするリドリーちゃん。


 こやつ……できる……っ!


 睨み合う赤子とメイド。


 しばし私とリドリーちゃんはお互いの視線で火花を散らし、次の瞬間、二人で高速戦闘を開始した。


 縦横無尽に空中を飛び回る私と、時には廊下や壁を蹴って鋭く、時には水流に乗って柔らかく高速移動するリドリーちゃん。


 私たちの攻防は空中にいくつもの血液と水の軌跡を生み出し、そして廊下に飾られた花瓶に近づいたところで呆気なく幕切れとなった。


「きゃっ!?」


 小さい悲鳴とともにリドリーちゃんは空中で自分の足に躓くという器用なマネをして、真っ直ぐ花瓶へと特攻する。


 そして鬼神のごときチョップで花瓶を両断するリドリーちゃん。


「あああああああっ!? 新しい花瓶があああああ~~~っ!?」


 ムンクの叫びのような顔になったリドリーちゃんは、しかし花瓶の断面を見て今度は冷静な声を出した。


「あ……でもこれ偽物だ。隣国から流れてくる模造品」


 鑑定能力まで持っているとは有能なメイドさんである。


 そしてリドリーちゃんが大きな隙を作っている間に、屋敷の玄関まで到達した私は憧れの大自然の中へと飛び出そうとして、


「――待て」


 なぜか血まみれなママンに片手でキャッチされた。


 おおう? なに今の動き!?


 遠くにいたはずのママンが一瞬で私のとこまで近づいてきたんですけど!?


 リドリーちゃんも凄い動きしてたけど、やっぱりこの世界の住人は異常な身体能力を持っているのが普通なのだろうか?


 もはや超常的とすら言えるママンの身体能力に私が硬直していると、背後から割れた花瓶を持ったリドリーちゃんが駆けつけてくる。


「ラウラ様! この花瓶ニセモノでした! きのう来た行商人に騙されたんですよ!」


 プンスカ怒って腕まくりしながら行商人を追いかけようとするリドリーちゃんをママンは冷静に止めた。


「落ち着け、リドリー。そいつは私とマーサでちょうど処分したところだ。それよりどうしてノエルが飛んでいるのか説明しろ」


 うん……私はママンが血まみれな理由が気になるよ……。


 指摘されたリドリーちゃんはハッと我に返る。


「そうなんですよ! ノエル坊ちゃまったら日光に焼かれて燃える危ない遊びを覚えてしまって……私が窓に板を打ち付けていたら、飛んで逃げ出しちゃったんです!」

「ほう……」


 ママンの黄金の瞳が私へと向けられて、全てを見通すようなその金色に、私は背中に冷や汗を流した。


 ヤバい……。


 ちょっと調子に乗りすぎただろうか?


 よくよく考えてみたら生後半年の赤子が空を飛ぶとか異常すぎるし、もしかしたら悪魔憑きだとか思われてしまうかもしれない。


 ダラダラ冷や汗を流す私をママンはじっと見つめ、続けて口元にかっこいい微笑を浮かべた。


「ふっ……流石は私の子だな。その年でもう太陽光に打ち勝とうとしているのか……」


 正鵠を射るママンの発言に、私は小さい手を挙げて肯定する。


「だっ!」


 そうなんですよ!


 私は遊びじゃなくて真剣に全身を燃やしているのです。


 理想の田舎暮らしを実現するためにね。


 そんな私の真心をアイコンタクトで感じ取ってくれたのか、ママンは捕まえていた私の身体をリリースしてくれる。


「ノエルの好きにさせてやれ、死ななければ問題ない」


 男らしく指示を出すママンに、リドリーちゃんは憤慨した。


「もーっ! ラウラ様はいつもそれなんですから! 普通の赤ちゃんは飛んだりしないんですからね! 子供の異変をもっと気にしてください!」


 荒ぶるリドリーちゃんに、ママンは苦笑する。


「なに……私も小さい頃は毒草で腹を壊したのが悔しくて、毎日毒草を口にしては耐えられるようになるまで修行をしたものだ。この子も私と同じで負けず嫌いなのだろう」


 昔を懐かしがるママンに、リドリーちゃんは頭を抱えた。


「……これだから御伽噺の住人はっ!?」


 リドリーちゃんの説得を終えたママンは、続けて私に向き直って人差し指を立てる。


「ただし、修行はリドリーの監視下で行いなさい。日光の耐性訓練は吸血鬼の貴種も行っていると聞くが、だいたい3割くらいは加減を間違えて焼け死ぬらしいからな」


 へえ……あれってそんなに危険な訓練だったんだ。


 優秀なマネージャーが付いてくれるのは嬉しいため、私は元気良く右手を上げる。


「だ!」


 しかし死亡率3割な修行の監視を命令されたメイドさんは青ざめた。


「あの……それって私の責任が重すぎませんか?」


 頑張れリドリーちゃん。

 このごろ自分がポンコツだと自覚してきた私の命は君の双肩にかかっている!


「お前なら大丈夫だ。頼んだぞ、リドリー」

「だっ!」


「ええ…………」


 そして我が家の司令塔であるママンの許可を得た私は、その日から思う存分に全身炎上トレーニングができるようになった。



 というか赤子が飛んだことが普通に受け入れられたんだけど……この世界ではこれが普通なのかね?







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