第62話 ホラーキャッスル
SIDE:ノエル
いやー……一瞬でお城を作ってしまうとは……私も異世界人らしくなったものである。
森の中に聳え立つ漆黒の古城。
背後から禍々しいオーラを放つその建造物はオルタナで見た要塞よりも硬そうな外殻に覆われており、しばらくその姿を呆然と眺めていた私は進化した秘密基地への感想を口にした。
「……うん、悪くないんじゃないかな?」
「……ええ、王都のお城よりも立派だけれど……悪くないんじゃないかしら?」
前向きに大きくなった秘密基地を肯定する私たちに、シャルさんも同意してくれる。
「むしろこっちのほうがかっこいいのじゃ! やはり妾が住む城は大きくなければな!」
うんうん。
そうだろう、そうだろう。
ちょっと魔力を込めすぎて巨大化しちゃった時はどうしようかと思ったけれど、大は小を兼ねると言うし、大きい分にはなんの問題もないと思う。
「わ、悪いに決まっているじゃないですか!? どうするんですかこれっ!??」
ただひとりリドリーちゃんだけが秘密基地の巨大化を前向きに受け止められていない様子だけど、しかし私には新たな眷属となった秘密基地に名前を付けるという重大任務があるため、ひとまずメイドさんの常識的な意見には耳を塞ぐことにした。
ま、まあ……ここはいちおうミストリア王国の国外だし……こちらの世界には固定資産税も存在しないから大丈夫だろう。
王都のお城よりも立派という婚約者の言葉には薄ら寒い物を感じるが、こんな森の中なら人の目に触れることも滅多に無いと思うし、未来で問題が起こった時のことなんてその時の私が考えればいいのだ。
元日本人らしく刹那的な思考で問題を後回しにし、私は『ボアアア……』と巨大な鳴き声を上げる秘密基地の名前を考える。
現実逃避をしているわけでは断じて無い。
眷属に名前を付けてあげるのは主人としての責務なのだ。
ええっと……カル○ファーはまずい気がするから……他に動くお城っぽい名前と言えば……。
「よし! 今日から君の名前はゴリアテだ!」
ボアアアアアアアッ!
どうやらゴリアテもこの名前を気に入ってくれたらしく、中腹の口から巨大な咆哮を発した。
わあ……すごい。
この子が本気で吠えると鼓膜が破れちゃう……地面もビリビリ震えているし、森の魔物も混乱しているし、声量はもう少し抑えさせたほうが良さそうだ。
ボ、ボア…………。
お願いすると申し訳なさそうに声量を落としてくれるゴリアテ。
大丈夫だよ?
私は普通に再生するし、アイリスたちも鼓膜が破れるのには慣れてるから。
朝練で耳から血を流すことはよくあることである。
アイリスの回復魔法で鼓膜を再生させたリドリーちゃんが、ゴリアテを見上げたあとで私に冷ややかな視線を向けてくる。
「……坊ちゃまって、やっぱりバカなんですか?」
馬鹿なことをした自覚はあるからその評価はともかく、
「……『やっぱり』ってなに?」
私は専属メイドさんからの普段の評価がとても気になった。
ねえ、リドリーちゃん? 視線を逸らしてないで答えてよ?
「……黙秘します」
しかしこの駄メイドさんは決して私の質問に答えようとしなかった。
「それにしてもずいぶん大きくなったわね……ここからでは木が邪魔で天辺が見えないわ」
「主君がアホみたいに魔力を注ぐからじゃぞ――のわっ!?」
ゴリアテを見上げて白い喉をさらすアイリスに、頂上を見上げようとして首が無いせいで地面に転がるシャルさん。
仲間たちからの意見に、私も眷属の大きさが気になって提案する。
「みんなで天辺まで登ってみようか? たぶん転移魔法で行けると思うから」
眷属との感覚共有を通してゴリアテに頂上の座標を送ってもらえば行けるだろうと試してみると、
ボアアァ!
すぐに最上階の座標が送られてきて、私はその場所へと【転移門】を開通させた。
元冒険者の母様に鍛えられているだけあって、異常事態に強い仲間たちは迷わずに空間魔法をくぐっていく。
最後に私も【転移門】をくぐると、そこは魔女の家を綺麗にしたような素敵なお家になっていた。
「……ほら、ちゃんと僕の要望が反映されていたでしょう?」
先に室内を見渡していた仲間たちへと言い訳をすると、リドリーちゃんから嘆息される。
「……全体の1%未満ですけどね」
そう……窓から外の様子を見た感じ、ゴリアテは元のサイズの100倍以上まで大きくなっていた。
この高さの感じからすると大きさは20階建てのビルくらいだろうか?
上からだと地面が遠くに見える。
この場所が森だけのド辺境で助かったよ……もしもこんなものがオルタナの近くに現れたならば、少なからず騒ぎになっていただろう。
そして窓から見える景色に森と山しかないことに私が胸を撫で下ろしていると、先に奥の部屋を探検しに行っていたシャルさんが声をかけてきた。
「こっちに来るのじゃ皆の者! なにやら凄まじいことになっておるぞ!」
その声に私とアイリスとリドリーちゃんは顔を見合わせて、
「なんだろう?」
「さあ? シャルのことだから骨の家具でも見つけたのではないかしら?」
「……私たちも行ってみましょうか?」
三人で台所のほうへと向かうと、もともと地下室への入口があった階段からシャルさんが頭を半分だけ出して、メアリーの触手で下を指差していた。
「こっちじゃ、こっち! この下がなんか凄いのじゃ!」
そう叫んで下へと降りて行くシャルさんを追うと、かつて地下室があった場所は巨大な吹き抜けになっており、円形のドームのような部屋の天井から螺旋階段が下まで続いていた。
「「「おお~……」」」
黒を基調としたゴシック様式の巨大空間に、誰ともなく感嘆の声を漏らす。
「……素敵ね。他では見たことが無いデザインだけれど、洗練された文化を感じるわ……」
「なんですかこれはっ!? なんなんですかっ!!?」
世界遺産級の建築物の出現に、目を白黒させるリドリーちゃん。
高貴な生まれのアイリスはこういうのも見慣れているみたいだが、庶民なリドリーちゃんには刺激が強かったらしい。
階段を下まで降りてみると、そこにはひときわ豪華なレッドカーペットが敷かれており、円形のドームにくっついた大きな廊下へと赤い道が伸びていた。
廊下の先には巨大な両開きの扉があって、反対側にある円形ドームの隅には3つの荘厳な椅子が置かれている。
「この部屋ってもしかして……」
映画やゲームで見覚えがある構造に私が唖然としていると、言葉の続きをアイリスが継いでくれた。
「……謁見の間、でしょうね」
子供の遊びで作った秘密基地にまったく相応しくない施設だが、巨大な空間というのはそれだけで心が踊るものである。
私の記憶を参照したのか、玉座の上にはフランスの大聖堂にあるようなステンドグラスまで飾られているし、動く城だけあって万華鏡のように形を変えるガラス窓に、私は自分の中で急速にテンションが上がっていくのを感じた。
漆黒の動く城という時点でゴリアテの秘密基地っぽさは爆上がりしていたが、予想以上にハイセンスな内装に自ずと口の端が上がってくる。
「これ……かなりかっこよくない?」
ニヤけてアイリスに訊ねると、彼女は頬を赤く染めて頷いてくれた。
「ええ……こんなお城に住んでみたかったかも…………」
頬を赤く染めて肩に頭を乗せてくる美少女に、私の自尊心も爆上がりである。
タワーマンションに住む金持ちの男ってこういう気分なのかな?
あんなもの金はかかるし、災害に弱いしで良いところなんて皆無だと思っていたけれど、今なら少しだけ豪華な家に住む男の気持ちがわかる気がした。
てゆうか8歳で別荘の城持ちとか……普通にヤバくね?
俗物な私がノリの良い美少女を侍らせて愉悦に浸っていると、シャルさんもニヤニヤして下からヨイショしてくれる。
「天下を取ったな、主君!」
「……やっぱり?」
「うむ! これぞ我らに相応しい城と言えよう!」
知らぬ間に私は大正解を掴み取っていたらしい。
「ふっ……どうやら僕たちの秘密基地計画は、大幅な修正が必要みたいだね!」
「いいわね! これだけの大きさがあれば何でもできそうだもの!」
「どうせならでっかく計画を立て直すのじゃ! メアリーとゴリアテがいれば、そこらの国を支配することも容易かろう!」
眷属が持つ無限の可能性にニマニマする私とアイリスとシャルさん。
「そうと決まればさっそく他のところも探検しなきゃ!」
「「賛成っ!」」
そしてゴリアテの他の施設も見学してみようと、テンションを爆上がりさせた私たちが走り出そうとすると、
「ちょっと待った!」
先ほどまで頭を抱えていたリドリーちゃんが再び立ち塞がった。
今度は本気の本気なのか、サボりモードを捨ててシャキッとしたメイドさんは毅然とした態度で宣言する。
「これ以上坊ちゃまを暴走させるわけにはいきません! ゴリアテちゃんの扱いに関してはメルキオル様に相談してから慎重に――」
と、リドリーちゃんが専属メイドの風格を見せようとしたところで、
「リドリー」
しかし彼女の肩に手が置かれた。
「――?」
呆けた顔をしたリドリーちゃんが振り返ると、そこにはイザベラさんとセレスさんとマーサさんがいて……三人のベテランメイドたちは全身から凄まじい怒気を発していた。
「あなたの所業はすべて見せてもらいましたよ」
監視用の精霊を肩に乗せて笑っていない目で微笑むイザベラさん。
「あ……」
優しくも厳しい師匠からサボりの事実を指摘され、ここ数週間、怠惰の秋を満喫していたリドリーちゃんは一気に青褪めた。
「ん、いつの間にかお城まで建っているし、最近のリドリーの緩みっぷりは目に余る」
完全な無表情で殺気を漲らせるセレスさんに、
「……あああ…………」
リドリーちゃんの顔色が土気色になる。
「まさかアレが愛玩人形だとは思わなかったわぁ……アリアとラウラ様も可愛がりに参加したがっていたけれどぉ……ポーションの在庫が足りるかしらぁ♪」
そして怒りながらもなぜか楽しそうなマーサさんの姿に、白目を剥いたリドリーちゃんは遂に膝から崩れ落ちた。
「いやっ……いやぁあああああああああああああああああああああああっ!!?」
どうやら彼女に審判の時が訪れたらしい。
真面目モードに戻るのが少しだけ遅かったようだ。
エストランド家の女性陣は鍛錬のサボりにだけはやたらと厳しいから、しばらく怠けていた彼女には地獄の特訓が待っていることだろう。
私が母様との剣術訓練で手を抜いた時なんて……いや、それを思い出すのはやめておこう。
発狂しながら引きずられて行くリドリーちゃんの姿に、アイリスと私は揃って合掌する。
「……あの子、生きて明日を迎えられるかしら?」
「……きっと大丈夫だよ。母様は9割9分殺しが上手いから」
専属メイドの生存を信じつつも、確実に心は殺されるだろうと冥福を祈る私たち。
そんな薄情な主人たちに、シャルさんが大切なことを告げてきた。
「しかしこれで好き勝手できるな!」
それな!
進化した秘密基地を調べるのはめちゃくちゃ楽しそうなので、今だけは父様の回し者であるリドリーちゃんがいないほうが都合がいい。
すまんなリドリーちゃん。
君と遊ぶのは楽しいけれど、今はパワーアップした秘密基地で遊ぶことに全力を尽くしたいのだ。
唯一のブレーキ役を失ったことで、アクセルを全開にした私は片手を突き上げて宣言する。
「それじゃあ今日からゴリアテにお泊りだ! みんなでお城の探検を頑張るぞーっ!」
「「おおーっ!」」
食料は森で獲れるし、お泊りの連絡はメアリー経由で母様にしておけば問題無いだろう。
まったく、異世界の子供の遊びはファンタジーすぎて困るぜ!
そして……その時の私たちは遊びに夢中になりすぎて……アイリスの伝手で呼び出してもらった商人さんが村に来ることを完全に忘れていた。
あけましておめでとうございます。
今年も本作をどうぞよろしくお願いします!