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閑話  時代の変わり目





SIDE:ノエル



 街へと遊びに行ったことで私は新しい趣味を見つけた。


 それは黄金の鎧に入って『アーサー』のロールプレイをする貴族の遊び。


 ケガをした道行く人に辻ヒールをかけて称賛され、承認欲求を満たす人助けという名の悪趣味である。



 ……人様のケガを勝手に治して自己満足するのは趣味が良いとは言えないけれど、べつに誰かを不幸にするわけではないから問題ないよね?



 ギルベルトさんに聞いた話によれば、現在のオルタナは聖職者不足で回復魔法の使い手に難儀しているらしく、私の悪趣味とオルタナの需要はベストマッチしているのだ。


 しかし辻ヒールを行うには色々と事前に考えなければいけないことがあり、私は自室で黄金鎧を眺めながら頭を悩ませていた。



「う~む……すべてを救うか、気が向いた時だけヒールしに行くか……そこが問題だ……」



 辻ヒールをするならその頻度が問題となる。


 メアリーの監視網を使えばオルタナにいる全てのケガ人や病人にヒールを届けることができるのだが、流石に趣味でそんなことをするのはめんどくさい。


 これがただのオンラインゲームなら他人の楽しみを邪魔しない程度にやればいいのだが、現実となると人様の命が関わる可能性があるため、事前に行動計画を立てておく必要があった。



 というか私は月に一回くらい大衆からチヤホヤされたいだけで、慈善事業を行おうという気持ちはまったくないのだ(最低)。



 だけどそんなことをしていたら回復魔法を受けられなかった人が『どうして俺だけ……』となるのは確実なので、その問題を解決するための手段を私は求めていた。



「メアリー、ちょっと鎧を動かしてみて」


 ぷるっ!



 指示に従って黄金の鎧を中から動かし、アーサーっぽいポーズを決めてくれるメアリー。



「はいっ! そこで看板!」


 ぷるっ!



 かっこよくサイドチェストが決まったところで新しい指示を出すと、メアリーは水をかけると変身するパンダのように文字が書かれた看板を取り出した。



『――俺様っ! 見参っ!』



 うむ、これならメアリーでも問題なく街の人とコミュニケーションが取れるだろう。


 看板の文字もメアリーの身体を使えば自由に変化させることができるし、どうして声を出さないのかと訊かれたら『風邪気味でな!』とか答えておけば大丈夫だと思う。



 オルタナの住民から「先に自分を治せよ!」とか突っ込まれる光景まで見えた。


 あとはメアリーが回復魔法を使えれば完璧なのだが……。



「はいっ! そこでヒールっ!」


 ぷ、ぷるっ!



 私の無茶ぶりに頑張ってヒールを出してくれようとするが、なにも出なくて落ち込むメアリー。


 ああ……ごめんごめん。


 今のはノリで言っただけだから。


 念話を使って励まして黄金鎧から出てきたメアリーを撫でながら、私は最後のピースである回復魔法について考える。


 空間魔法の転移門を使えばエストランド領から回復魔法だけ私が飛ばすこともできるけれど、夜中に叩き起こされるのも嫌だし、前世で救急医療に携わっていた人たちはガチで凄いと思う。


 そしてやっぱりこの悪趣味はお蔵入りかなと私が諦めかけたところで、部屋の扉を開けてアイリスとシャルさんが入ってきた。



「部屋の外まで声が聞こえていたけれど、今度はなにをやっていたの?」


「また新しい悪だくみか?」



 今日のアイリスは母様の希望でシャルさんを装備した状態で朝練をしていたので、きっと激しい攻防を行ってきたのだろう。


 アイリスの身体からは母様の血の匂いが微かに漂っているため、何本か(手足を)取ったことがわかった。



「お疲れ様、今日の戦績はどうだった?」



 いつものように私が訊ねると、アイリスは手の平を裏返して二本の指を立てる。


 七本か……シャルさんを装備しているとはいえ母様からそれだけ手足をもぎ取るとは、私の婚約者も強くなったものである。


 彼女と喧嘩するのだけは絶対にやめておこう。


 ベッドに腰掛ける私のとなりにアイリスも座ってきたので、私は目の前に立つサイドチェストで看板を掲げる黄金鎧を指差して、現在行っている実験について説明した。



「メアリーにアーサー役をやってもらうために練習していたんだ。オルタナの街には回復魔法の使い手が不足しているみたいだから、僕の代わりに派遣しようかと思って」



 それっぽい理由をつけて悪趣味については誤魔化しておく。


 月に一回くらいメアリーと入れ代わって大衆からチヤホヤされたいとは愛する婚約者には口が裂けても言えなかった。


 私の説明を聞いたアイリスは、その崇高な志に瞳を輝かせる。



「素敵! それならアーサーの影響力をさらに高められるわね!」



 これだけ聞くと権力に執着する貴族令嬢のように聞こえるが、アイリスは時間があればオルタナの街まで回復魔法のボランティアに行くような本物の良い子である。


 最近の彼女はメアリーの転移門で街まで行って、無償で怪我人や病人に回復魔法をかけて回っているらしい。


 それも認識阻害の効果がある【夜陰の外套】まで使い、ガチで姿を隠して騒ぎにならないようにこっそりと。


 こうして私が全ての人民を救うことに頭を悩ませているのもアイリスが行っている慈善活動がきっかけだった。


 私自身には赤の他人のためにボランティアを続ける慈悲の心は無いけれど、身近な誰かがやっていれば手伝ってあげたくなるものである。


 まあ、婚約者の負担を減らすついでに人助けして承認欲求まで満たせるのだから、一石三鳥というやつだろう。


 根が優しい婚約者の言動にほっこりしていると、シャルさんが私が悩んでいた問題点を指摘してくれる。



「ふむ……しかしそれならばメアリーが回復魔法を使えるようにならんと不便じゃな」


「そうなんだよ! ちょうどそのことで悩んでいたんだけど……なにか良いアイデアとかないかな?」



 基本的にシャルさんは頭の中が空っぽだが、たまに意外な知識を披露してくれるため、私は解決策をアイリスが抱える生首へと訊ねた。



「う~む……」



 目を閉じて記憶を探るシャルさんに、私とアイリスとメアリーの視線が集まる。


 そして今回は何か思い当たることがあったのか、シャルさんは、クワッ、と目を見開いて叫んだ。



「そうじゃ! メアリーに特大の回復魔法をぶちこめばいいのじゃ! それで神聖属性に目覚めたやつを見た気がする!」


「……回復魔法を?」


「……ぶち込む?」



 なんとも面白そうなアイデアに、私とアイリスはキラリと瞳を輝かせて赤いプルプルへと目を向ける。



 …………ぷ、ぷるっ。



 子供たちからの怪しい視線に、メアリーは怯えたように後ずさった。



「回復魔法なら害はないよね……最近のメアリーは太陽光も吸収できるし」


「そうね。害が無いなら試してみる価値はあると思うわ」


「うむ、何事もまずは行動してみることが肝心なのじゃ! 失敗は成功の母と言うからな!」



 詰め寄る私たちにメアリーは決意を固めたように震える。



 ……………………ぷるっ。


「えっ!? 実験に協力してくれるの!? 無理しなくてもいいのに!」



 こんなことまで快諾してくれるとは流石はメアリーである。


 そして眷属の快い了承を得た私は、好奇心の赴くままに一抱えのメアリーを持ち上げて、アイリスといっしょに全力で回復魔法をぶち込んでみた。




 ぷるううううううううううううううううううっ!!?




 バチバチと紫電を散らしてメアリーが光り輝く。


 そして次の瞬間。


 ひときわ眩い光がメアリーから発せられ、光が収まったそこには微かに発光するメアリーが残されていた。



 ……ぷっ……ぷるっ…………。


「うん……なんか上手くいったみたいだね」



 微かに発光するメアリーは神聖気を迸らせるスーパーメアリーって感じになっている。


 実験を見物しにきた他のメアリーは光っていないから、どうやら私とアイリスに魔法をぶち込まれた細胞だけが神聖属性に目覚めたらしい。


 試しに光り輝くメアリーを黄金鎧の中に入れて、私は指示を出してみる。



「行けっ、メアリー! 回復魔法だっ!」



 ポケットなモンスターみたいに命令すると、ちゃんと看板に『覇王の祝福(キングス・ヒール)!』と技名を記載した黄金鎧から聖なる波動が放たれる。



 ピカーッ、と室内が光で満たされて、私とアイリスは実験の成功を喜んだ。



「やった! これで勝つる!」


「ええ、もっと神聖属性を使えるメアリーを増やしましょう!」


「主君の【錬金術】で鎧も増やせばアーサー軍団の誕生じゃな!」


「! いいねえ!」



 某テーマパークのマスコットみたいに同時に出現することを避ける必要はありそうだけど、アーサーの数を増やせば治療の効率も上がりそうである。


 面白そうなアイデアに、それから私たちは拳骨を握り締めたリドリーちゃんが室内に突入してくるまでスーパーメアリーの量産に勤しんだ。



「こらーっ! なにをピカピカやってんですかーっ!」



 もちろん私とアイリスとシャルさんは特大のタンコブを作ることになったけれど、すぐにメアリーが治してくれたから大満足である。






     ◆◆◆






 それから数日後。


 複数の黄金鎧を持たせたスーパーメアリーたちをオルタナの街へと解き放ち、趣味の準備を万全に整えた私が優雅に朝食を取っていると、横から父様に声を掛けられた。



「……ねえ、ノエル? 昨日からアーサー・エストランド宛てに届くお見舞いの品が急増しているんだけど……君はなにか知らないかな?」



 机の上に山と置かれた感謝の手紙には『無理をしないで!』とか『ご自愛ください!』とかアーサーの体調を本気で心配する内容が綴られており、その手紙には必ず風邪薬やお見舞いの品が添えられていた。



「あー…………」



 となりで怒気を噴出させる父様から目を逸らすため、私はリビングの窓から南の空を眺める。


 ……心配して薬を贈ってくれるのは嬉しいんだけどさ……風邪くらい回復魔法で治せるとは思わなかったのかな?


 どうやらオルタナの住民には冗談が通じないらしい。


 そしてつい先日、アーサーとしてハシャいだことで雷を落とされたばかりの私は、怒れる父様へと乾いた笑顔を向けた。



「…………季節の変わり目だからじゃない?」



次回から毎週月曜20時に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
スーパーメアリーゴッドやん。
毎日月曜日なら毎日読めるのにね、残念。 あっ、でも、毎日が日曜日も捨てがたいな。 メアリーちゃんと、パパンが一番の大人だと思うの。 パパンも特殊スキル「怒る」をおぼえたので、ノエル坊は多少は言う事…
題名が「季節」ならいつもの風景でしたが、 題名が「世界」はそこはかとなくホラーな、、、 ハルト様の胃や財布に穴が空く未来しか見えないのですが・・・
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