第57話 黄金騎士と闇の戦士
SIDE:ギルベルト
オルタナで巻き起こった大事件の噂は、すぐに街全体へと広まった。
邪術使いたちの暗躍。
領主の裏切り。
低級聖水という名の魔薬で操られる住人たち。
そして極めつけは夜を切り裂いた巨大な光の柱の出現。
情報規制をしようにも、あまりにも騒動の規模がデカすぎて、今回の一件はオルタナだけでなくミストリア王国の歴史書に記されるような大事件となった。
そして騒動の翌日。
ギルドマスタールームで報告書を作成しながら、俺はこの事件を通して出会った3人の英雄たちについて考えを巡らせていた。
1人目は聖騎士アーサー・エストランド様。
エストランド領で生まれ育った彼は刻死樹海に潜む魔女ストレガを討伐し、そこで入手した情報を元にオルタナで暗躍する邪術使いたちの存在を暴いてくださった。
彼がいなければオルタナは邪神の贄として捧げられ、地図から消えていたかもしれないのだから、オルタナにとって彼は大恩人だ。
俺は邪術使いが呼び出した邪神をアーサー様が影ながら倒してくれていたと思っているのだが……あの後いくら訊いても「うむ! 俺様はまったく関係ないぞ!」と関与を否定されるばかりでお礼すら受け取ってもらえなかったのが、なんとも彼らしかった。
邪神を倒したともなれば王家から礼金と勲章が与えられるのだが、アーサー様はそういった世俗のしがらみを嫌っているのかもしれない。
2人目の英雄は王家の末裔、リドルリーナ・エミル・ミストリア様。
彼女は圧倒的な武力と観察力で俺たちを先導し、驚くべきことに鬼神様の技まで使いこなして、ロドリゲスと神聖教導国の邪神官どもをほとんど1人で倒してくださった。
邪術使いとの戦いでは多くの死者が出るのが当たり前なのだが、彼女がいてくれたおかげで今回の事件では1人の死者も出なかったのだから、その所業はまさしく英雄と呼ぶに相応しいだろう。
邪神が現れたにも関わらず全員が無事に帰還できたことは、もはや奇跡と言っても過言ではない。
彼女の活躍に関しては、邪神を討伐したことも含め、冒険者ギルドからきっちりミストリア王家へとお礼状を送っておいた。
いっしょに戦地へと赴いた戦士たちも彼女の強さと聡明さを酒場で高らかに語っていたので、リドルリーナ様の活躍が吟遊詩人たちに謳われるのも時間の問題だろう。
そして3人目……『彼女』に関しては英雄と言っていいのかすらわからないが、強力な剣技でロドリゲスを屠った謎の女戦士もまた、今回の事件の主要人物と言えた。
ある程度の武を修めた者なら誰でもわかる。
男のような恰好をしていたが、あれは間違いなく女だった。
男と女では骨格が違うため、剣の振り方も男と女では大きく違ってくる。
そしてあの戦士が見せた剣技は、どう見ても女の骨格から放たれるそれだった。
たったの一振りでロドリゲスを両断し、そしてオルタナを覆っていた影の結界すらも斬り裂いてみせた恐るべき女戦士。
いったい彼女は何者なのだろう?
中にはロドリゲスの口を封じて創世神の血を回収していった彼女こそが全ての黒幕なのではないかと予想する冒険者もいたが……ギルドマスターとして鍛えられた俺の直感は、今回の事件がそのように単純な話ではないと訴えていた。
あれほどの神聖気を操り、創世神の像を燃やしてみせた女戦士が、邪術使いたちの黒幕なんてことはあり得ない。
さらには目の前で創世神の血を攫われたにも関わらず、まったく動こうとしなかったリドルリーナ様の反応を見るに、彼女はアーサー様と関係があるように思えてならなかった。
……もしかするとアーサー様のお仲間なのか?
しかしそれだと創世神の血を回収しに来た理由がわからない。
あの女戦士がアーサー様の仲間ならば、リドルリーナ様が創世神の血を回収すればそれで済むはずだ。
そして俺が英雄たちの関係性がわからずに悶々としていると、ギルドマスタールームの扉がノックされてエレナが顔を出した。
「ギル、そろそろアーサー様がお戻りになるわよ! 出迎えの準備をしなさい!」
「……おう」
昨日の事件ではロドリゲスのみならず、多くの神官が邪術使いの共犯者として捕えられた。
邪術を用いた【不老の秘術】に目を眩ませてロドリゲスと神官たちは悪事に手を染めたらしいが、おかげでオルタナの街にいる神聖魔法を使える者が激減してしまったのだからいい迷惑だ。
特に今回の事件の被害者には神聖魔法でしか治せない邪気による呪いを受けたものが数多くいたため、けっきょく俺たちはまたアーサー様に頼ってしまった。
普通なら人を洗脳するような高度な呪いを払うためには多額の献金が必要となるのだが、アーサー様は「男に二言はないからな!」と二つ返事で治療を引き受けてくださり、今日は朝から低級聖水で洗脳された者たちを救ってくださっている。
間違いなく彼は最初からこうなることを予想していたのだろう。
全てを把握したうえで、彼は事前に治療を引き受ける約束までしてくれていたのだ。
そしてギルド前までアーサー様を出迎えに行くと、そこでは冒険者と騎士と街の住人によって集められた低級聖水の被害者たちが虚ろな表情で立っていた。
俺は彼女たちを集める顔見知りの冒険者に声をかける。
「おう、お疲れ。その人たちで最後か?」
「ああ! 街中くまなく探したが、他には見当たらなかったぜ!」
邪術使いたちが討伐されたあと。
オルタナの街にいた低級聖水の被害者たちは、まるで魂が抜けたように動かなくなった。
もちろん街は大騒ぎとなり、邪神の生贄として選ばれていたせいか美しい女ばかりが動かなくなったことで、事件解決の指揮を取っていたマーサ様はオルタナの一斉捜索を騎士と冒険者に命じた。
民家だろうが、商人の倉だろうが、領主の館だろうが、街の隅々まで捜索し、無防備になっている被害者の女性がいないかを確認するように、と。
最初こそ無防備な美人を前に悪さを働こうとする者が出たものの……なぜかそういったやつらの目玉がくり抜かれるという怪事件が多発したため、被害者の保護は順調に進んでいる。
新しい傷ならアーサー様が治してくださるからいいものの……余計な仕事を増やした連中には厳罰が必要だろう。
そして冒険者ギルドの前に最後の被害者たちが十数名集まったところで、朝から街を一周して治療を続けてくださっていたアーサー様が、リドルリーナ様と万を超えるオルタナの住人を背後に引き連れて戻ってきた。
「「「アーサーっ! アーサーっ! アーサーっ!」」」
低級聖水の被害者たちを前にしたアーサー様を見て、オルタナの住人たちがアーサー様の名前を叫ぶ。
アーサー様が片手を上げるとオルタナの住人たちはピタッと言葉を止めて、彼の行動を固唾を飲んで見守った。
「――【覇王の祝福】っ!」
そして放たれた聖なる魔法で低級聖水の呪いが解かれ、被害者の女性たちが一斉に泣き崩れる。
「「「アーサーっ!!! アーサーっ!!! アーサーっ!!!」」」
先ほどよりも声量を増した住人たちの絶叫が街中の空気を震わせる。
そしてリドルリーナ様が震える手で大きな袋から取り出した数枚の金貨を被害者の女性たちに配ると、今度は彼女の名前が叫ばれた。
「「「リドルリーナっ! リドルリーナっ! リドルリーナっ!」」」
あの金貨はロドリゲスと領主の私財を被害者たちに配るようにとマーサ様が指示されたもので、アーサー様とリドルリーナ様が治療と金配りを行ったことで、今日は朝からずっと街のどこかで2人の名前が叫ばれていた。
すべての治療を終えたアーサー様が、背後の住人たちへと振り返って再び右手を上げる。
ピタッと叫ぶのを止める群衆。
そんなオルタナの住人たちに、稀代の英雄は大声で言った。
「うむ! 応援ご苦労っ! おかげで俺様も気持ちよく治療することができたっ!」
わっ、と拍手が巻き起こり、再びアーサー様が右手を上げるとピタッと止まる。
「しかし! これだけは言っておきたいのだが! お前たちに配るほどの金貨を俺様は持っていないっ! 治療の後に金貨を配るのはこれで最後にするので、今後も金貨をもらえるとは思わないようにっ!」
アーサー様の冗談に今度は、どっ、と笑いと拍手が巻き起こる。
その光景にやれやれと首を振ったアーサー様は、リドルリーナ様が持つ大きな金貨袋を持ち上げて、また右手を上げた。
静まる聴衆たちに、そして彼は豪気な宣言をする。
「わかった、わかった! そんなに俺様をヨイショした報酬が欲しいなら、最後にこの金をくれてやろう! 流石に全員分の金貨はないから、みんなで酒でも買って仲良く飲むといい!」
わあああああああああああああああっ!
と歓声が上がり、再びアーサー様の名前が叫ばれる。
「「「アーサーっ!!! アーサーっ!!! アーサーっ!!!」」」
余ったロドリゲスと領主の私財はアーサー様にお礼としてお渡しすることになっていたのだが……どうやら彼は最後まで民のために行動するつもりらしい。
その高貴な魂に感涙したオルタナの騎士たちが、彼から金貨袋を受け取って、最敬礼をしながら街中に食事と酒を配ることを約束する。
今夜はきっと夜通し彼を称える祭りが行われるだろう。
そして深紅の外套を翻し、冒険者ギルドへと入ってきた英雄を、俺とエレナは感涙しながら出迎えた。
「「お疲れ様ですアーサー様! 依頼の完遂を確認しました!」」
どうにか彼にお礼ができないものかと思案した結果。
俺とエレナはアーサー様に頼みこんで、今回の治療を依頼として受けていただくようにお願いした。
できれば多額の報酬を支払いたかったのだが、いくらでも報酬を支払うと言った俺たちにアーサー様が望んだのは予想を超える金額だった。
『元はと言えば俺様が言い出したことだからな! ギルドで支払っている最安値の報酬でいいぞ!』
ギルドで支払っている最安値の報酬は、薬草採集の銅貨一枚。
百枚の金貨よりも重く感じるたった一枚の銅貨を、俺は赤い布を敷いた盆に載せてアーサー様へと差し出した。
「うむ! 確かに報酬を受け取った!」
そう言って銅貨を受け取ったアーサー様は、まるで子供のように銅貨をリドルリーナ様へと自慢する。
「見ろっ! 初任給をもらったぞ! 額縁に入れて壁にでも飾るかっ!?」
他愛もない銅貨をまるで宝物のように突き出すアーサー様に、リドルリーナ様は仮面の奥から呆れた声を出す。
「くっ……くくっ……貴様はいい加減、金の価値を覚えろ……どう考えても額縁のほうが高くなるだろう……」
「なに言ってんだリド! こういうのは気持ちが大事なんだぞ! たかが銅貨でも、この一枚には値千金の価値があるんだ!」
……俺たちの気持ちまで汲み取ってくださるその御言葉に、俺もエレナも涙が止まらない。
しかしギルド長として泣いてばかりもいられないので、俺はぐしぐしと服の袖で目元を拭うと、報酬を受け取ってギルドから立ち去ろうとする英雄を呼び止めた。
「アーサー様……ひとつだけ教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
ギルドの入口で振り返ったアーサー様に、俺は生唾を呑んで言葉を続ける。
「恥ずかしながらお願い致します。俺たちが地下で遭遇した謎の戦士について……ご存じならば少しでも情報をいただきたい!」
ここまでお世話になっておきながら図々しくも更なる情報提供をお願いする俺に、アーサー様は少し考え込んでから、真剣に答えてくださった。
ギルドの外に出て南の空を見上げた彼が、鎧の奥から重々しい声を出す。
「やつの名はファントム……闇から生まれ、闇に生きる者……そして秘密結社【新月教団】の――」
と、そこまで口にしたアーサー様の鎧をリドルリーナ様が殴って止めた。
それ以上はしゃべるな、ということだろう。
その情報は俺ごときでは知ることすら許されないような、世界の深淵へと繋がっているのかもしれない。
そして颯爽とギルドを去っていく恩人たちを見送って、俺は先ほどいただいた情報を口にした。
「……ファントム……闇から生まれ、闇に生きる者…………」
彼女ほどの実力者を擁し、ギルドマスターである俺が聞いたことすらない【新月教団】とは、どれほど巨大な組織だろうか?
そしてアーサー様と彼女の間には、どんな関係性があるのだろうか?
光の騎士と闇の戦士。
まるで正反対の2人だが、どこか似通った雰囲気を纏う英雄たちに、俺は大いなる運命を感じずにはいられなかった……。
次回が三章のエピローグです。