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第6話  創世神話





 吸血鬼に転生してから三ヶ月が経った。


 本当に手がかかると評判の健康優良児である私は、毎日ママンとマーサの母乳をゴクゴク飲んでいるおかげか、早くも首が座ってきている。


 さらには血液操作能力の方も順調に成長しており、今では12個の血球を同時にビュンビュンできるようになった。


 8個くらいの血球を操れるようになったころから床やカーテンに付いた血液も回収できるようになったため、リドリーちゃんに迷惑をかけることも減っている。



 もちろん陽光耐性訓練のほうも順調だ。



 血液操作能力が向上したおかげでカーテンを丸ごとめくり上げるという荒技が可能になった私に死角はない。


 おまけに吸血鬼が日光で燃えてもベッドのシーツや服は燃えないことまでわかったので、私は気兼ねなく炎上と血液を使った再生を繰り返していた。


 この耐性訓練に効果があるのかどうかはわからないが、少なくとも全身炎上する痛みには慣れてきているので、無駄ではないことだけは確かである。


 痛みに強い男ってかっこいいからね。


 唯一の懸念点は最近になってリドリーちゃんが「血液の減りが早いような……?」と疑問を抱き始めたことだが、あの様子ではまだ私の修行に気付くまで時間がかかるだろう。


 ふっふっふ……リドリーちゃん。


 君が知らないうちに私はどんどん進化しているぞ?


 我が専属メイドとして置いて行かれないように頑張りたまえ。


 なんてことを考えていたらガチャリとベビールームの扉を開けてリドリーちゃんが入ってきた。


「坊ちゃま~、今日はいっしょに神話のお勉強をしましょうね~♪」


 そう言うメイドさんは一冊の立派な装飾が施された絵本を抱えている。


 最近のリドリーちゃんは私に絵本の読み聞かせをするのがブームなのだ。


 おかげで私はこの世界の文字がだいたい読めるようになった。


 相変わらず高性能な頭脳である。


 そしてリドリーちゃんの後ろからはママンもくっついてきて、無表情のまま尻尾をフリフリしているお母様は、無言で私を抱えてリドリーちゃんの横に陣取った。


 ……最近のママンはリドリーちゃんに絵本を読み聞かせてもらうのがブームなのだ。


 我が母親ながら可愛らしい趣味である。


 最初は恐縮していたリドリーちゃんも回を重ねるごとにママンの扱いに慣れてきたらしく、今ではすっかり仲良しさんになっていた。


「静かに聞くのだぞ、ノエル」

「だ!」


 真剣なママンに私は元気に返事をする。


 言われなくとも静聴するってばよ!


 リドリーちゃんの読み聞かせは、外界の情報を知るための貴重な時間なのだ。


「ふふっ……それでは物語のはじまり、はじまり~」


 そして絨毯の上に正座したリドリーちゃんは絵本を開いて、綺麗な声で語り始めた。


「太古の昔、まだ世界が闇に包まれていたころ、創世神は闇の中に大地と星を創りました……」


 話の内容はよくある創世神話だった。


 最も偉い神様が世界を創って、子供の神々を創って、子供の神々が多くの命を生み出していく物語。


「神々の叡智によって文明は繁栄を極め、天高くそびえ立つ塔で大地は満たされます」


 リドリーちゃんの語りにママンが注釈を入れる。


「うむ、いわゆる【神古紀】と呼ばれる時代だな。人と神々が共生していた時代だ」


 絵本の挿絵には黄金都市が描かれ、自動車っぽい物や空に浮かぶ船まで描かれている。


 しかしページをめくると絵本の雰囲気はガラリと変わり、冒頭に出てきた創世神が黄金都市を破壊する挿絵が現れた。


「裂ける大地、押し寄せる大波……創世神の乱心によって世界は破滅へと向かいます」


 そして次のページでは創世神と闘う神々の姿が描かれていた。


「7年にわたって続いた戦争は全てを燃やし尽くし、灰に覆われた空が星明かりを消して世界は暗闇に包まれました」


 リドリーちゃんの朗読に、再びママンが解説を入れる。


「これが【神戦紀】だ。この時代を経験したやつとは絶対に戦うな、やつらは生粋のバケモノだからな」


 やけに実感が籠もったママンの解説に、リドリーちゃんはジト目を向けた。


「……それってどんな伝説の存在ですか?」


 そして「普通は出会いませんから」とメイドさんが突っ込みながらめくられた次のページには、創世神と戦う三柱の神が描かれていた。


「激闘の末、荒ぶる創世神は討たれました。鬼神が頭を潰し、蒼月神が心臓を抉り取り、金月神が魂を消滅させたことで、ようやく創世神は息絶えたのです」


 どうやらこの世界の神話は北欧神話に似ているらしく、神々は親殺しを成し遂げていた。


 挿絵がやけに生々しくてグロい。


 そんな血まみれの挿絵を眺めながら、瞳を輝かせたママンが語る。


「私はこの戦いの光景を金月神ラグナリカに見せてもらったことがあってな! それはもう凄まじい激闘だったのだ! ノエルも月の女神たちと出会うことがあったら、お願いして見せてもらうといい」

「う?」


 ……この世界の神様ってそんなにフランクなの?


「あの……ラウラ様? それが本当なら、あなたは教会で聖人認定してもらうべきだと思うのですが……?」

「……冗談だ」


 ついっ、と視線を逸らすママンと、冷や汗を流すリドリーちゃん。


 ママンのよくわからないジョークはともかく、私は絵本の続きが気になったので、リドリーちゃんの腕を叩いて続きを催促する。


「だ! だ!」

「ああ、はいはい……次のページは……え? なにこれ!??」


 そして次のページに描かれていたのは禍々しい心臓を飲み込む女神の絵だった。


「……戦いの末に鬼神は死に、力を使い果たした金月神は眠りにつき、残された蒼月神は他の神々へと向けて言いました……『創世神の骸を大地に付けてはならない。世界を滅ぼさんとする父神の呪いは、世界の代わりに我らが背負うべきだ』……そして抉り出した心臓を呑み込んだ女神は、創世神の呪いに蝕まれ、金月神のとなりで眠りにつきました」


 再びページがめくられ、最後のページとなるそこには氷の大地に横たわる創世神の死体と太陽の絵が描かれている。


「しかし他の神々は賢明な女神の言葉に耳を貸さず、北の大地に創世神の死体を封じたのです。そしてそこから染み出した呪いで死者が蘇るようになり、慌てた神々は空に太陽を浮かべて死者を焼き殺そうとします……だけどその光は多くの罪無き種族まで焼き殺し、愚かな神々もまた、信仰を失って眠りにつきました……」


 そしてパタンと絵本を閉じて、ふーっ、と嘆息するリドリーちゃん。

 朗読を終えた彼女は絵本を見つめて感想を零す。


「なんか……私が知っている神話と最後が違いました……『こうして狂乱の創世神は消え、世界に平和が訪れました』と孤児院で習ったのですが……?」


 困惑するリドリーちゃんに、ママンは頷いた。


「ああ、そちらは大衆向けの神話だ。不安を煽るのはよろしくないからな、こういった本当の神話は、貴族階級にいる一部の者たちだけが知っている」


 貴族向けの教育を受けたリドリーちゃんは、死んだ魚のような目になって質問をする。


「……この話が本当なら、私たちが信仰している神様って……みんな眠りについているんですか?」

「うむ、ラグナリカもミストリアも基本的には眠っているぞ、だからその子孫である王族がときどき使いっ走りになるのだ」

「……それで邪神とかが現れた時に、選ばれし勇者様が使命を受けるのですね……」


 最後のリドリーちゃんの呟きは脳が理解を拒んだが、おかげでこの世界の神話がおおよそ理解できた。



 要約すると『鬼神と双月神は偉いけど、他の神々はクソ』って感じだろう。



 まあ、私が生まれたのは双月神信仰が盛んな地域みたいだから、これがどこまで本当の史実なのかは不明だが、少なくとも神様が実在しているというのは本当らしい。


 実際、これまでに読んでもらった絵本の中にも、この国の王族は蒼月神ミストリアの血を引く【半神(デミゴッド)】だという記述が数多く出てきたから、そのあたりは常識なのだろう。


 なんともファンタジーな話である。


 そしてこの神話の内容を聞き終えたとき、私の頭にはひとつの仮説が浮かび上がった。


 夜空に浮かぶ金と青の月。

 そして私の瞳の色も金と青。


 これらの情報から推察するに……もしかして私を転生させたのって金月神と蒼月神なんじゃね?


 まあ……会ったこともないし、特に使命とかももらってないので、ただの自意識過剰かもしれないけれど……本当に神様がいるならば私を転生させた理由を聞いてみたいものである。


 ……なお、クエストの受付けはしていないので、魔王や邪神の討伐依頼は他の人にお願いします。


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― 新着の感想 ―
リドリーの性格の描写がぐっと来ますね。読んで気持ちのいい人です。
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