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第50話  チェックイン







SIDE:ノエル



 冒険者ギルドを出た私たちは足早に宿屋への道を歩いていた。


 ある程度ギルドから離れたところで、私は念のため背後を確かめながら感想を零す。



「……すごい膝だったね、さっきの人…………」



 ハインリヒさんの凶行を思い出して青褪める私に、リドリーちゃんも青白い顔で頷いた。



「……いいですか、坊ちゃま? ああいうヤバい人に近づいてはいけませんよ?」


「……うん」



 そうだね……あれこそ本物のバーサーカーだよね?


 ……この街では貴族に対して平伏しないと本気の膝を決められてしまうらしい。


 怖ぇー……貴族社会ってマジで怖ぇー…………。


 ちょっと平民が貴族と対等に話しただけで、作法に厳しい誰かが膝蹴りを入れてくるとか恐怖である。


 そういうのって主に貴族が五月蝿いのかと思っていたけれど、この世界では平民の中にも『無礼は絶対に許さないおじさん』が存在しているらしい。


 どうりで街の人たちが必死で平伏するわけだよ……。


 住人の中にあんなモンスターが潜んでいたら、貴族相手に腰が低くなるのも納得である。


 そして余計に疲れた私たちが逃げるように歩き続けると、冒険者ギルドから10分くらい移動したところで、進行先にあるY字路の股の部分に一軒の宿屋が見えてきた。



「……あそこがエストランド家行きつけの宿ですぅ」



 声に疲れを滲ませるマーサさんが示した宿の看板には『鍋猫亭』とある。


 せっかく街まで来たのだから、今日は日帰りせずにお泊りする予定だ。



「猫を鍋にしてたりしませんよね?」



 にゃんこを食べる文化があったら悲しくなるので念のために確認すると、マーサさんはきっぱり否定してくれた。



「店主が猫獣人だからこの名前になったのかとぉ。ここは身内がやっている宿なので特別扱いされずに済みますよぉ」



 宿でも平伏されたらどうしようと思っていたので、気楽に過ごせそうなのは有難い。


 街に来た当初こそチヤホヤされることを喜んでいたけれど、たび重なるチップ攻勢や過剰な膝蹴りによる粛正を見て、私はもうお腹がいっぱいになっていた。


 アーサーとして楽しむのも月に1~2時間で十分かな……。


 あんまりやり過ぎると胸焼けしそうである。


 マーサさんの先導で宿の扉をくぐると一階部分は酒場になっており、左手にあるカウンターの内側でグラスを磨いていた猫獣人の男性が愛想の無い声で迎えてくれた。



「いらっしゃい」



 そうそう、こういう感じでいいんだよ。


 店員さんの普通な対応に私たちはホッコリした。



「リッツ、久しぶりですぅ。部屋は空いていますかぁ?」



 マーサさんが片手を上げながらカウンターに近づいて行くと、リッツと呼ばれた男性は4つのグラスに水を注いでくれる。



「ああ、鐘の音が聞こえたから、今日は貸し切りにしておいた。そっちのほうが落ち着いて滞在できるだろう?」


「ありがとうございますぅ」



 ……ほどよい特別扱いが心地良い。


 マーサさんによればリッツさんはエストランド領の住人の旦那さんらしく、うちの領の人がオルタナに泊まる時には、だいたいこの宿を使うのだとか。


 貸し切りと聞いたマーサさんが入口の鍵を閉めてくれたので、私たちは速攻で仮装を脱ぎ捨てる。



「メアリーちゃん! 『暗幕』をお願いします!」


 ぷるっ!



 メアリーの幕に包まれてリドリーちゃんとアイリスは男の視線を遮った。



「うわ……ほんとに肩が凝りました……大きいのって大変なんですね……そのうち重さを軽くする魔法をメアリーちゃんに覚えてもらったほうがいいかもしれません……」


「重力魔法とかいいんじゃないかしら? アリアが自分のお乳に使っていたわ」



 なにやら『偽乳』モードに新機能が実装されそうな気配だが……紳士な私は聞かなかったことにしておいた。


 ……アリアさんの無重力おっぱいって本当に無重力だったんだ…………。


 そして私も鎧の中から抜け出して、目立ちすぎた黄金騎士を影の中へと収納する。



「ああ、疲れたー……やっぱり貴族って大変だね? 僕は一生平民のままでいいかも」



 着替えを終えて黒髪ワンピース姿になったアイリスに話しかけると、出世欲の無い私に彼女は艶やかに微笑んでくれた。



「素敵ね。平民の男とお姫様の夫婦とか……まるで恋物語みたい」



 貴族令嬢なのに婚約者の身分を気にしないアイリスも、素敵な女の子だと思います。


 しかし恍惚とした表情を浮かべたアイリスはさらに妄想を続ける。



「その男をドロドロに甘やかしてお姫様なしでは生きていけないようにすれば……とっても背徳感のある関係になりそう……」


「……君はどんな恋物語を読んでいるのかな?」



 甘やかされすぎてダメ男になった平民が地下室で飼い慣らされるビジョンまで見えたよ……。


 アイリスに養ってもらうのはやめたほうがよさそうである。


 そんな雑談をしている間に着替えを終えたリドリーちゃんがメアリーの中から出てきて、いつものメイド服姿になった彼女といっしょに、私たちはリッツさんへと軽く自己紹介をした。



「ああ、よろしく」



 ひと通り紹介が終わったところでリッツさんはクールに頷いて、水の入ったグラスを配ってくれる。



「ありがとうございます……ところでリッツさんは平伏されたりしないんですか?」



 いただいた水を飲みながら気になって訊ねると、彼は少しだけ表情に影を落とした。



「……俺はもともとこの街の生まれだから……それほど酷くはない……」



 どうやら貴族の身内というだけでも敬われてしまうらしい。


 ……私が調子に乗ってお金配りと回復魔法を多用したせいで、さらに平伏ムーブがヒートアップする可能性があるけれど……そこらへんは伝えなくてもいいだろう。



「坊ちゃまが盛大にやらかしましたのでぇ、これから覚悟しておいたほうがいいですよぉ」


「!? どういうことだっ!?」



 ……このままだとリッツさんにお説教されそうなので、いち早く危機を察知した私は、逃走ついでに最も良い部屋を占拠するために行動を開始する。



「最上階の角部屋は僕のものっ!」



 この建物も冒険者ギルドと同じ3階建てだったので、3階の部屋を取ろうと走り出すと、ビュッ、と私の前に移動してきたリドリーちゃんに抱き止められた。



「街で目を離すと大変なことになりそうなので、坊ちゃまは個室禁止です! 今夜はみんなで同じ部屋に泊まりますよ!」


「ええ~っ!?」



 まあ、せっかくのお泊りだから大部屋でもいいか。


 修学旅行みたいでワクワクするしね!


 そんなわけで3階の大部屋を本日の宿とすることになった私たちは、リッツさんに鍵をもらって階段を上がった。



「いいですか坊ちゃま? こういった宿屋では店主に鍵をもらってから部屋に行くのが常識なのです! 鍵も持たずに階段を上がろうとするなんて、坊ちゃまはまだまだ子供ですねぇ!」



 リドリーちゃんがドヤ顔で部屋の鍵を振ってくるので、大部屋の前に到着した私はガチャリと鍵を開けてみせる。



「……【血液操作】で開けられるけど?」


「……それは犯罪の香りがするから禁止です」



 また禁止事項を増やされてしまったが、3階の大部屋は4つのベッドが並ぶとても居心地の良さそうな部屋だった。



「見て! 大通りが一望できるよ!」



 窓を開ければ、そこにはオルタナの大通りが真っ直ぐに伸びており、多くの人々が行き交っているのがよく見える。


 ようやく落ち着いて街を見れたことでハシャぐ私に、リドリーちゃんが苦笑した。



「少し休んだら観光にでも行きましょうか? ちょうどお昼の時間になりそうですし、美味しい物でも食べ歩きしましょう」


「いいねぇ!」



【創世神の血】を摘発する目処も立ったし、ここから先は観光タイムである。


 楽しそうな予定に疲れも吹き飛んで、さっそく外出の準備を始めようとすると、リドリーちゃんから何かを受け取ったマーサさんが近づいてきて……なぜか私の首にそれを装着した。



「……なんですかコレ?」


「首輪ですぅ」



 ……いや、それは見ればわかるけどさ…………。


 首輪から繋がった鎖の端をアイリスへと渡し、マーサさんはおっとり微笑む。



「私はこれからオルタナの領主に挨拶をしてきますのでぇ……アイリス様ぁ、ノエル坊ちゃまのことをお任せしましたよぉ」


「任せて!」



 瞳を輝かせて鎖を握り絞めるアイリス。



「……こういうのって人道的にどうなのかな?」



 ペットみたいな扱いに私が苦言を呈すると、リドリーちゃんが首を傾げた。



「? 落ち着きがない子供と外出する時にはよく使われますよ?」


「街で坊ちゃまが迷子になったら危険ですのでぇ…………街がぁ」


「ノエルは大人になってからも、これを使い続けたほうがいいと思うわ!」



 多数決の法則により私の首に首輪が装着されることが可決され、満足そうに頷いたマーサさんが部屋を出ようとする。



「それでは私はお仕事に行ってきますのでぇ、くれぐれも問題を起こさないようにお願いしますぅ」


「…………はい」



 そして私に釘を刺してから踵を返そうとしたマーサさんを、アイリスが呼び止めた。



「待ってマーサ。領主のところに行くなら、ついでにこの手紙を届けてくれないかしら」


「? なんの手紙ですかぁ?」



 アイリスから受け取った手紙の封蝋を眺めるマーサさん。



「イザベラから預かったの。オルタナの領主に渡してほしいんですって」


「ああ、この紋章はハルト様のぉ……そういうことならお届けしますぅ」



 そして領主の館へと旅立つマーサさんを見送ったところで、アイリスがリドリーちゃんに見られないように、こっそりウィンクを送ってくれる。


 どうやら【創世神の血(コーラ)】の摘発だけでなく、回収作戦のほうも順調に推移しているらしい。


 昨日の今日で手紙を用意したはずのアイリスがどうやってハルトおじさんの紋章を使ったのかは謎だけど……実に頼もしい婚約者だ。


 外出用の眼帯を着けている私は、ウィンクの代わりにアイリスの手を握り、リドリーちゃんへと振り返る。



「それじゃあ観光に行こうか!」


「はいっ!」



 そして私は全ての仕込みが終わったことに安堵して、心置きなくオルタナ観光を楽しむことにした。






2025.04.27 アイリスの台詞の一部を変更しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 首輪は、ヤバイ。 犬でもハーネス使っているんだから…。
[良い点] リドリーちゃん やらかす前につけとこ←わかる マーサさん リドリーちゃんだと逃げられるから、自分がつける←わかる アイリス ドロッドロに甘やかして、外にデれないようにしたい←わか…
[良い点] ハルトおじさん泣いちゃうですぅ? [一言] 月に1、2回はやる気なのねw
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