第46話 初めての冒険者ギルド
「――【覇王の祝福】!」
「――【覇王の祝福】!」
「――【覇王の祝福】!」
貴族が特別扱いされることに味を占めた私は、手当たり次第に回復魔法が必要と判断した人を治療しながら冒険者ギルドへと向かった。
回復魔法をかけるたびに、治療を終えた美人な女性が過剰なまでに感謝してくれて、私はどんどん心地よくなっていく。
「いや~、やっぱり良いことするのって気分がいいよね!」
チヤホヤされて私も幸せ、治療を受けて女性も幸せ、これぞウィンウィンの関係というやつである。
これからも貴族として街に出る時は『慈悲深い光の騎士アーサー』としてロールプレイを続けるのがいいかもしれない。
影に潜んで表には顔を出さないほうが吸血鬼っぽいし、なによりアーサーとして慈善活動をすることは、刺激が少ない田舎暮らしの良いスパイスになりそうだった。
「――【覇王の祝福】!」
そしてまた治療した女性に感謝されたところで、巨乳妖艶神秘魔女さんから鎧を叩かれる。
「……坊ちゃまはハーレムでも作りたいのですか? さっきから綺麗な女性ばかりがターゲットになっている気がするんですが?」
治療した女性たちがあまりにも過剰にヨイショしてくれるものだから、毎回数枚の金貨をチップとして握らせていたため、こちらにジト目を向けてくるリドリーちゃんの視線が痛い。
……いや、だって最初の女性には金貨を握らせたのに、他の人には銀貨とか銅貨を渡したら不公平になっちゃうじゃん。
貴族特権を利用してお大臣遊びをさせてもらっているのだから、質の良いサービスには正当な報酬で応えたいというのもある。
しかしハーレムに関してはまったくの冤罪なので、そこらへんはちゃんと否定しておいた。
「いや、それに関しては本当に見た目で判断したわけじゃなくて……なぜかこの街って綺麗な女性ばかりが呪いを治さずに放置してるんだよね……呪いを使った美容法でも流行っているのかな?」
もしも呪いダイエットとかだったら私の治療は完全に余計なお世話になってしまうのだが……勝手に解呪するのはマズかっただろうか?
「そんな美容法なんてあるわけないじゃないですか……普通に彼女たちは呪われていただけですよ」
そうだよね? 普通に呪いを放置していただけだよね?
リドリーちゃんからの指摘に私は胸を撫でおろす。
「……ところでアイリス、僕の顔を覗き込むのはやめてくれる? さっきから君の顔で前が見えないんだけど……」
全身鎧の肩に乗ったアイリスが、フェイスガードの隙間から私の顔をガン見してくるせいで、前が見えなくてちょっと危ない。
「……他の女とキスしたくなったら私に相談して? 埋めても問題ない子を見繕ってあげるから」
私が浮気をすると、浮気相手は埋められるらしい。
「……僕は君一筋だよ?」
きっちり断言すると満足したのか、アイリスは顔をどかしてくれた。
彼女はとても勘が鋭いから、私に性的な下心が無かったことには気付いているだろう。
ハーレムなんて作ったところで人間関係が面倒くさくなるだけだからね。
硬派な私としては女性関係を複雑化させる予定はまったく無い。
この街で回復魔法をかけた人たちも、あの程度の呪いなら簡単に解呪できるだろうし、貴族に治療されたからリップサービスで過剰に喜んで見せてくれていたのだろう。
そんなので勘違いするほど私はお子様ではないのだ。
まあ、身体は7歳児だけどね。
あっ! また呪われた人がいる!
「――【覇王の祝福】!」
回復魔法を連発していたおかげで私も力加減が上手くなったものである。
最初こそ10メートルくらいの光の柱が上がっていたが、今では対象の身体がポワッと光るだけで全ての状態異常を解除できるようになっていた。
どうだいお嬢さん、もう悪いところはないだろう?
え? なに? 私に一生を捧げたいって?
ハハハッ、お嬢さんも口が上手いねぇ!
リドリーちゃん! こちらの女性にも金貨袋をひとつ!
そして貴族の遊びを楽しみながら大通りを進んで行くと、街の人たちを平伏させながら先頭を歩くマーサさんが口を開いた。
「坊ちゃまぁ、あちらに見えるのがこの街の冒険者ギルドですぅ」
「おおっ! ここがっ!」
マーサさんが指さした先にあったのは石と木で作られた3階建ての立派な建物。
入口の脇には交差させた2本の剣と竜をモチーフにした紋章が飾られており、開けっぱなしにされた扉からは剣や弓を携えた人々が盛んに出入りしている。
その光景を前に私は内心で気を引き締めた。
今までは貴族特権でチヤホヤされていたけれど、ここから先にいるのは権力に靡くことのない異世界のバーサーカーたちである。
元冒険者であるうちの母様がダース単位でいると思えば……トラブルを起こしたら死ぬくらいの気持ちで入ったほうがいいだろう。
マーサさんがいるから大丈夫だとは思うけれど、コメツキバッタのごとく腰を低くしてこの試練を乗り越えるのだ。
愛しの【創世神の血】を手に入れるためにも、ここから先が正念場である。
そして気合いを入れた私がマーサさんに続いて冒険者ギルドの正面入口をくぐると、強面の獣人冒険者たちがこちらへと振り返り……そのまま流れるように土下座した。
「「「ようこそいらっしゃいましたっ! エストランド家の皆様っ!」」」
……なるほど……ここでも貴族特権が通用するのね…………。
バーサーカーたちに絡まれる心配が減って嬉しいような……冒険者たちのイメージが崩れて悲しいような……。
まあ、おつかいクエストの難易度がベリーイージーになったからいいんだけどさ……。
「どーもぉ」
そんな微妙な気持ちになりながら気にせずカウンターに向かうマーサさんの後に着いていくと、カウンターに立ってる受付嬢さんも呪いにかかっていたので、私は反射的に回復魔法を発動させた。
「――【覇王の祝福】!」
この街の周りには美人を呪矢で狙うゴブリンでも大量発生しているのだろうか?
「「「!?」」」
冒険者たちがビクッとする中、気持ちよさそうに聖光を浴びる受付嬢さん。
……ただの回復魔法だから害はないよ?
だからいきなり襲ってきたりしないでね?
やがて呪いを解呪された受付嬢さんは涙を流しながらペコペコした。
「あ……あああ……あああああああ……ありがとうございますっ! 頭ではおかしいってわかっていたのにっ……自分の意思ではどうにもできなくてっ! 聖水を飲むたび私が私じゃなくなって……っ!?」
「うむ! 混乱しているようだな! 普通は聖水を飲んだら呪いが解けると思うぞ!」
いきなり貴族に回復魔法を掛けられたから、お礼の言葉を整理できなかったのだろう。
「っ!? ありがとうございますっ! ありがとうございますっ! この御恩は一生をかけてでもお返し致しますっ!」
うん、でも接待しようという気持ちは伝わってくるから、こちらも貴族らしく現ナマで返すとしよう。
サッとリドリーちゃんへと手を差し伸べれば、すかさず数枚の金貨を渡してくれる。
「まあ、恩なんて返す必要はないから、まずはこれで美味い物でも食べて英気を養うといい! また君が呪われた時は俺様がいつでも治してやるからな!」
「ふぇっ……!??」
そして呆然とした受付嬢さんは、他のギルド職員たちに介助されて奥へと運ばれていく。
ざっとギルドホールを見渡すと、他にも数人の女性冒険者が呪いを放置したままでいたので、私はついでに回復させた。
「――【覇王の祝福】!」
カッ、とホール全体に回復魔法をかけると、呪われていた女性冒険者たちが泣き崩れる。
ううむ……彼女たちもなかなかの役者である。
呪いの強さで言ったらアイリスの100万分の1以下のとても軽微な呪いだから、単に治すのが面倒くさくて放置していただけだろう。
しかし治した相手が貴族だからとオーバーアクションで感謝の気持ちを示してくれる彼女たちには、是非ともお金を払いたくなってしまう。
わかりやすいヨイショへのチップとして再びリドリーちゃんへと手を向けると、今度はペシッと鎧の手を叩き落とされた。
「くくっ……調子に乗りすぎだ、アーサー」
……これで最後にするから!
そうしてリドリーちゃんとにらめっこすることしばし、最後には金貨を勝ち取った私は、主演女優賞ばりの気迫で泣き崩れる女性冒険者たちへとチップを配って回る。
ほらほら泣かないで。
君たちの気持ちならちゃんと私に伝わっているから。
……この黄金に光るコインが欲しかったんだろう?
そして逞しい女性たちにチップを配り終えた私がカウンターまで戻ると、そこでは代わりに入ったベテランっぽい受付嬢さんがマーサさんへと頭を下げているところだった。
「どうした? なにか問題発生か?」
いつでも逃げられるように転移魔法を準備しながらカウンターに近づくと、マーサさんが困ったように頬に手を当てる。
「ああ、いえ……どうもギルドマスターと面会してほしいそうでしてぇ……」
まあ、ここまで貴族を丁重に扱う文化があるなら、いきなりトップと面会するというのも納得である。
冒険者の皆さんも平伏したままだし、受付嬢さんでは荷が重いよね?
しかし渡りに船とはこのことである。
どうやってギルドマスターと面会するのかが一番の難問だと思っていた私としては、むしろイージーモードすぎて怖いくらいだ。
「ちょうどこちらも用事があったからいいのではないか?」
偉そうなアーサー口調で言うと、マーサさんは本格的に困った顔をした。
「……坊ちゃまがこの街に来るとぉ、エストランド家の特別扱いが深刻化してしまいそうですぅ」
……確かに街に来るたびにお金の無心をされても困るから、金貨をバラ撒くのはほどほどにしておこう。
そして貴族としての遊び方を少しだけ学んだ私は、ベテラン受付嬢さんに先導されて冒険者ギルドの三階まで案内される。
すれ違ったギルド職員も呪われていたから回復魔法を掛けたが、今度は心を鬼にしてお金を渡さなかった。
激しいお礼攻撃に会う前に立ち去ってしまえば、どうということはない。
背後で女性職員が泣き崩れたけれど……フィーバータイムは終了したのだ!
チップを渡せないことに申し訳なくなりながら私が歩み続けると、後ろにいたリドリーちゃんが泣き崩れる女性へと声を掛けてくれる。
「くっ……くくっ……これで美味い飯でも食べるといい」
渡したのは金貨じゃなくて銀貨だったけれど、主人の意を汲んでくれるメイドさんのファインプレイに私はこっそり親指を立てた。
「ふっ……」
こっそり親指を立て返してくれる巨乳妖艶神秘魔女さんがかっこいい。
……というかアレは自分もやってみたかっただけだな。
尻尾の動きを見ればリドリーちゃんの感情なんて丸わかりである。
そんなに気持ち良かったなら次からはリドリーちゃんにチップを配ってもらおう。
「……あなたたちって本当に仲が良いわよね」
そんなやり取りを見ていたアイリスからペシッと兜を叩かれたが、今度は嫉妬ではなく、本気で呆れているだけみたいだった。
まあ、私とリドリーちゃんは姉弟みたいなものだからね。
そうこうしているうちに受付嬢さんが3階の奥にある部屋へと到着し、ノックをしてから部屋の中へと案内される。
頑丈で質の良い執務机が置かれたその部屋では、【鬼人族】の中年男性が床に膝を突いた姿勢で待っていて……マーサさんが部屋に入ると、ギルドマスターらしきその人は見事な土下座を決めた。
「お会いできて光栄です! エストランド家の皆様!」
……この街の人って腰が低すぎない?