第44話 はじめての街
城壁の前には人と馬車の行列が出来ていた。
入門チェックの順番待ちをしているのか、行商人や冒険者っぽい格好をした人たちが馬車の作る影の中に逃げ込んで、夏の強烈な日差しから身を守っている。
私たちは騒ぎにならないように日傘メアリーを仕舞ってから、マーサさんの先導でその列へと近づいて行った。
そのまま行列に並ぶのかと思ったのだが、マーサさんは行列の最後尾を素通りして、そのまま入門チェックを行う門番のひとりに声をかける。
「エストランド家の者ですぅ」
瞬間、城門にいた全ての門番たちが一斉に右拳を胸に当てて敬礼した。
「「「ようこそいらっしゃいました! オルタナは貴方たちの来訪を、いついかなる時でも歓迎しますっ!」」」
まるで普段から練習しているように声を揃え、門番たちは入門チェックを受けている商人の一行を力ずくでどかしていく。
いちおう馬車も停まっていたのだが「「「押せ押せ押せ~っ!!!」」」と気合いを入れた門番たちによって排除された。
同時に入門チェックを受けていた冒険者たちは自主的に脇に避けて道を開けてくれる。
なるほど……これが貴族の力か。
うちのような最下級の騎士爵家にもこれほどの特別扱いをしなければならないとは、封建社会というのは大変である。
王族なんて来た時にはどうなるのだろうか?
街を挙げてパレードでもするのかな?
私がそんなことを考えている間にも民間人が排除され、全開にされた城門の間に門番たちが二列に整列する。
ザザッ、と再び敬礼した彼らの間を、マーサさんは慣れた様子で歩き出した。
「ご苦労さまですぅ」
その後ろをギクシャクした動きでリドリーちゃんが続き、私も『アーサー』のロールプレイを発動させながら城門を通過した。
「うむ! 歓迎感謝する!」
ガシャン、ガシャン、と偉そうに門番たちの列を抜けていくアーサーの肩で、アイリスは平然と周囲の様子を眺めている。
流石に高位貴族の令嬢ともなると、これくらいの歓待は慣れっこらしい。
そしてこれといったトラブルもなく城門をくぐり抜けると、そこは活気溢れる広場になっていた。
石畳で舗装された広場の隅には、木製の屋台が並べられて商人たちが道行く人に威勢のいい声をかけている。
アイリスに教わった通り、この街は駆け出し冒険者の街らしく、広場にはそれっぽい格好をした人たちが多かった。
軽装鎧に身を包んだ兎耳の戦士とか。
大きな盾を担いだサイ獣人とか。
背中から鷹のような羽を生やした弓使いとか。
わりと獣人種が多い印象である。
母様とかマーサさんとか、うちの領にも獣人種は多いし、このあたりの地域はそういう傾向があるのかもしれない。
そうして私が広場を観察していると、カラーン、カラーン、カラーン、と城門上に取り付けられた鐘が3回鳴らされて、広場にいたオルタナの住民たちが次々と跪いていった。
……貴族の相手って本当に大変なんだな…………。
やがて広場にいた者たちがひとり残らず跪き、そんな中をマーサさんは気にせずに進んで行く。
「それでは坊ちゃまぁ、まずは冒険者ギルドに行く感じでよろしいでしょうかぁ?」
ざわっ!
マーサさんがそう言った途端に群衆がざわめいたんだけど……貴族が冒険者ギルドに行くのはそんなに珍しいのだろうか?
まあ、今の私は『アーサー』様なので、自信満々に頷いておく。
「ああ! まずは例の件から済ませてしまおうか!」
ざわわっ!
……私が答えた途端に獣人たちから熱烈な視線が送られてきたんだけど……なんか今のやり取りにおかしな点とかあった?
それともこの鎧が格好良すぎて注目されているのだろうか?
まあ、この鎧が魔女の家から回収した中で最もカッコイイ鎧だったのは認めるけれど……ここまで見つめられると流石に恥ずかしい。
「――控えなさい」
しかしアイリスが周囲に対して軽く殺気を飛ばすと、私へと向けられた熱烈な視線は霧散した。
たった一言で群衆を鎮めるとか流石は貴族令嬢である。
ガタガタ震えて地面に額を擦り付ける群衆たち。
大丈夫、大丈夫。
アイリスは口調こそクールな感じだけど、無礼討ちとかするタイプじゃないから。
……しかしここまで貴族に対する反応が激しいと、性格と趣味の悪い私は、逆に慈悲深い感じで対応したらどうなるのかと気になってしまう。
そんな不謹慎なことを考えながら広場を進んで行くと、その途中で私は甘い香りがする少女を発見した。
「ん? そこのお前! その足はどうした?」
「!??」
アーサーっぽく偉そうに言うと、左足の太ももに包帯を巻いた少女がビクリと震える。
駆け出しの冒険者だろうか?
丈夫で動きやすそうな服装をしてるが、ろくな装備も身に付けていない15、6才くらいのイヌ耳少女は、恐る恐る顔を上げると私の視線が自分に注がれているのを見て、もともと青白かった顔色を更に青褪めさせた。
「……あ、あの……ご、ゴブリンの呪矢に撃たれて…………」
あー……油断してたら運悪く当たっちゃった感じ?
甘い香りがするから【創世神の血】を持っているのではないかと期待したのだが……どうやら呪い違いだったらしい。
「そうか! ついてなかったな! 次からは気をつけろよ!」
5歳のころから元冒険者の母様に稽古をつけてもらっている私は、先輩風を吹かせて少女を励ました。
たとえ雑魚が相手でも現実で舐めプしたらダメなのだ。
「……は、はひっ…………」
腕や足を斬り飛ばされても平然と戦い続ける異世界の戦士からしたら、弓で撃たれたくらいの傷はかすり傷だから、きっと面倒くさくて治さなかったのだろう。
呪いもアイリスの呪いに比べたらチリみたいなものだしね。
しかしよく見ると傷が腐ってきているので、そろそろ治療したほうがいいと思う。
ズボラな少女を励ました私は続けて回復魔法を無詠唱で準備し、『アーサー』の設定を考える時に思いついた技名を唱えた。
「――【覇王の祝福】!」
少女の傷は極小の呪いを帯びていたので、浄化の力も混ぜ込んだ回復魔法を適当にかけてみる。
……べつにせっかく考えた技名を披露したくて使ったわけではないよ?
もちろん慈悲深い感じの行動をした時の群衆の反応が見たかったわけでもない。
人助けって大事だと思うし、これは完璧な善意なのだ。
聖句を唱えなかったのが良かったのか。
それとも燐気という外部バッテリーが接続されていなかったのが良かったのか。
たったの10メートルくらいの高さまでしか上がらなかった聖なる光に包まれて、少女の足は綺麗な肌色を取り戻していった。
「……あ……き、傷が…………」
神聖気に包まれて気持ちよさそうにしていた少女は、包帯をずらして傷口を確かめると、私に害意がないことを悟ったのかポロポロ涙を零し始める。
「どうだ? 楽になったか?」
「…………はいっ!」
なんかもの凄く号泣してるんだけど……貴族に詰め寄られるのってそんなに怖かった?
もしかしたら手籠めにされるのではないかと怖がっていたのかもしれない。
「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
軽症を治しただけなのに大げさなほど感謝してくれる少女。
泣きながら頭を下げてくるイヌ耳冒険者に、私はちょっとだけ罪悪感を抱いた。
……技名の披露に利用してごめんね?
よく見たらこの子、病的なまでに痩せているし……ちょっとくらいお金を握らせてもバチは当たらないだろう。
「おい! リド! 金を寄越せ!」
罪悪感を払拭したい私は鎧を操作して黄金の腕をリドリーちゃんへと伸ばす。
「くっ……くくっ……ほどほどにしておけよ? アーサー」
巨乳妖艶神秘魔女のロールプレイを思い出したリドリーちゃんは、マントの中から数枚の金貨を取り出して鎧の手へと渡してくれた。
このお金にどれだけの価値があるのかは知らないけれど……金貨はたくさんあったから渡しちゃっても大丈夫だろう。
「ほら! これで美味い物でも食え! お前はちょっと痩せすぎだ!」
「えっ!? ええっ!?」
膝をつき、遠慮しようとする少女の手にムリヤリ金貨を握らせて、心の中で謝罪した私は真紅のマントを翻して立ち上がる。
「それでは皆の者! 騒がせてすまなかったな! 我々は先に行くから楽にしてくれ!」
そして再び歩き出した私たちの背後で『わっ!』と歓声が湧き上がった。
「「「アーサーッ! アーサーッ! アーサーッ!」」」
……いや、貴族が相手だから過剰に喜んでくれているのはわかっているんだけどさ……これはけっこうクセになるかもしれない……。
そして群衆からの心地良いアーサーコールを受けながら、広場が見えなくなるところまで歩いた私は、リドリーちゃんとアイリスから鎧を叩かれた。
「調子に乗りすぎですよ! なにやってんですか!? 慌てて金貨まで出しちゃったじゃないですか!?」
「……あの女を側室にするつもりかしら?」
いや、べつに側室を作る気はないんだけどさ……。
「……みんなもやってみたらいいんじゃないかな? これ、けっこう気持ちいいよ?」
「……坊ちゃまぁ……そういうことは言わないほうがカッコイイですぅ……」
アーサーのキャラとヒーロームーブの相性が良いと知った私は、『人助け』という趣味に目覚めてしまったかもしれない。
せっかく貴族の家に生まれたんだから……ちょっとくらいチヤホヤされてもいいよね?