第42話 お出かけの準備
SIDE:ノエル
イザベラさんからコーラの完璧な回収計画を教わり、私は転生して初めて近くの街までおつかいに出かけることを決意した。
わざわざ私が魔法契約書を届ける意味があるのかは謎だけど、イザベラさんによれば直接それを手に入れた当事者の話は重要らしい。
まあ、おつかいの内容自体は契約書を1枚届けるだけの簡単なお仕事なので、気楽に考えておくことにしよう。
……剣士といい、メイドさんといい、異世界人はバケモノだらけだけど……無垢な子供をいきなり襲ってくるほどバーサーカーではないはずだ……。
そうしてアイリスの家のソファでお茶を飲みながら考えを纏めた私は、少しだけおつかいに行くのが不安になって、対面に座るイザベラさんへと声をかける。
「……いっしょに来てくれますよね?」
「ええ、もちろん――」
イザベラさんは快く了承してくれようとするが、
「――それはダメっ!」
しかし珍しく慌てた様子のセレスさんが鋭い声を出して遮った。
「ノエル坊が街に行くなら私が面倒を見る。イザベラはここで留守番しておいて!」
「……そういうわけには参りません。そもそもこれは私が言い出した計画なのですから、最後まで私がお手伝いをするべきです!」
ソファから立ち上がって睨み合うエルフとダークエルフ。
「「…………っ!」」
やがて2人は同時に手を出し、ガッ、ガッ、とやたらと見ごたえのあるキャットファイトを開始した。
おおー、すごい。
なんか二人とも映画に出てくる殺し屋みたいな動きをしている。
やっぱり異世界人って基本スペックが高いんだよなぁ……。
2人の高度な戦闘技術に感心していると、イザベラさんが放った投げ技でテーブルが破壊されそうになったので、私とアイリスは自分のティーカップとクッキーのお皿を回避させた。
バキィッ、と豪快な音を立ててセレスさんの背中が机を砕く。
「ぐっ…………らぁっ!」
お返しとイザベラさんの片腕に絡みついたセレスさんは、器用に長い両足でイザベラさんの首を締め上げて、呑気に観戦する私たちへと声を張り上げる。
「とにかくっ! 街は危険だからっ! どうしても行くというならせめて変装してっ! ……このっ! さっさと落ちろバカ弟子っ!」
「っ!? ……余計なっ……ことをっ!」
なるほど……確かにバケモノだらけの異世界人がたくさんいるところに備えもなく行くのはやめたほうがいいだろう。
アイリスも王女様が亡くなったことでデリケートな時期だろうし、変装するというのは良いアイデアかもしれない。
腕に絡みついたセレスさんを持ち上げて壁へと叩きつけ、今度は絞め技から解放されたイザベラさんが声を張り上げた。
「ノエル様っ! 私はこの女が邪魔をしないように押さえますのでっ! 申し訳ありませんが街への同行者は他の者をお探しくださいっ! ……ぐっ!? 大人しくしなさいっ、このバカ師匠っ!」
2人のキャットファイトは長くなりそうなので、アイリスと顔を見合わせた私はイザベラさんのアドバイス通りに保護者を探すことにした。
流石に7歳児が2人で街まで行くというのも危ないだろうし、リドリーちゃんあたりに同行をお願いするとしよう。
【創世神の血】の回収計画は魔法契約書をお偉いさんに渡して、あとは摘発された物を権力で横から掠め取るだけの簡単なものなので、私とアイリスだけでも実行できるから問題ない。
違法な品の情報を届け出るのは完全に合法な行為だし、権力の部分はアイリスの担当なので、同行者はイザベラさんじゃなくても大丈夫そうだった。
摘発した組織から【創世神の血】の流通ルートを辿っていけば、大量のブツを手に入れることもできるだろうし……こんなに簡単な方法があったなんて、流石はイザベラさんである。
「それじゃあリドリーを誘いに行こうか?」
「ええ、そうね。あの子ならちょうど休みを欲しがっているでしょうし、説得も簡単だと思うわ」
アイリスの言う通り修行漬けにされているリドリーちゃんなら飛びついてくるだろう。
リドリーちゃんは頭がちょっと残念なので【創世神の血】を回収する計画を隠しておくことも簡単である。
遊びに行くなら彼女がいないと寂しいし、そこらへんは上手いことやるとしよう。
「「ごちそうさまでした!」」
そしてクッキーを食べきった私とアイリスは、遂には殺気を漲らせて短剣を取り出した修羅たちから逃げ出すことにした。
この世界の住人の喧嘩はガチで激しいから、手を出してはいけないのだ。
◆◆◆
破壊の音が響く戦場から逃げ出して、アイリスといっしょに我が家の裏庭まで走ると、そこでは母様とマーサさんの前でリドリーちゃんが土下寝していた。
よほど修行の内容が辛かったのだろうか?
見事な五体投地を決める女の子のために私は声をかける。
「母様? マーサさん? いくら才能があるからって……そんなにリドリーをいじめちゃダメですよ」
専属メイドを庇おうとする私に、しかし母様は肩を竦めた。
「いや、いじめているわけではなく、単に空腹で動けなくなったらしい。再生系のスキルを使うと腹が減るからな……リドリーは食が細いから、まずは胃袋から鍛えてやる必要がありそうだ」
「そうですねぇ。やはり戦士たる者、ひとりでオークの1頭くらいは食べれるようになりませんとぉ」
2人の説明を肯定するように、ぎゅるるる~、とリドリーちゃんのお腹が盛大な音を立てる。
「なんだ……お腹が空いて倒れていただけですか……」
私が納得すると、地面とリドリーちゃんの顔の間から虫の鳴くような音が聞こえてきて……それに耳を近づけたアイリスが通訳してくれた。
「ふんふん……『私は戦士じゃなくて侍女です……』と言っているわ」
「戦士も侍女も似たようなものだろう」
「その通りですぅ」
この世界のメイドさんは戦闘職だからね。
さっきのセレスさんとイザベラさんも完璧に戦士の顔をしていたから間違いない。
しかし「あうぅ~……」と呻くリドリーちゃんが不憫に思えてきたので、私は主人として彼女のために動いてあげることにする。
「ところで母様、ちょっと街までこれを届けに行きたいのですが、外出の許可をいただけませんか?」
母様なら大丈夫だと思って懐から取り出した魔法契約書を見せると、母様はその内容に目を通してから顔を顰めた。
「……こんなものどこで手に入れた?」
「魔女の家から持ち帰った戦利品の中に紛れていまして……イザベラさんに訊いてみたところ、冒険者ギルドのギルドマスターに渡すのがいいだろうと教えてもらいました」
私が解説すると、母様は顎に手を当てて少し思案する。
「ふむ……それなら私が行ってもいいのだが…………自分で行きたいのか?」
探るように私の顔を見てくる母様に、私は悪戯っぽい笑顔で答えた。
「はい! 街にも興味があるので、どうか僕に行かせてください!」
表情で腹案があることを伝えると、寛容な母様は苦笑して、あっさり首を縦に振ってくれる。
「……死なないように気をつけろよ?」
「もちろんです!」
大丈夫、大丈夫。
イザベラさんにもらった完璧な計画もあるし、危険なことなんてまったく無いから。
子供の悪だくみに理解のある母様って素敵な大人だと思います。
そうして外出の許可を私が勝ち取ると、地面に伏せていたリドリーちゃんがホラー映画みたいな動きで私の元まで這い寄ってきた。
「坊ちゃまっ! 街に行くなら保護者が必要ですよねっ!? 私が立候補しますから、どうか連れて行ってください!」
簡単に釣られて腰に抱き着いてくるメイドさんに、私は快く同行を承諾する。
「そうだね。リドリーも毎日修行をがんばっているんだから、たまには遊びに出かけて羽を伸ばさないとね? ……安心して? 僕が休みを作ってあげるから」
そんな優しい言葉とともに頭を撫でてあげると、リドリーちゃんは感動して目元を潤ませ、私のお腹に顔を埋めてきた。
「坊ちゃま! 一生ついて行きますっ!」
なんともチョロいメイドさんである。
そうして私が最低限の保護者を確保すると、続けてマーサさんも同行を名乗り出てくれた。
「そういうことでしたらぁ。ちょうど私もオルタナに用事がありましたしぃ……ご一緒してもよろしいでしょうかぁ?」
マーサさんは母様からアイコンタクトを受けていたから、彼女が正式な保護者ということだろう。
まあ、リドリーちゃんだけだとちょっと不安だったので、ちゃんとした大人が付いてきてくれるのはありがたい。
「よろしくお願いします!」
これで街に行くメンバーは、私、アイリス、リドリーちゃん、マーサさんの四人になった。
メアリーは常にみんなの影の中にいるからいいとして、あとはシャルさんも誘ったほうがいいだろう。
ひとりだけ仲間外れにしたら絶対に拗ねるからね。
周囲を見渡すと、ちょうど家の軒先に生首が吊るしてあったので、私は腰にしがみつくリドリーちゃんを引きずりながら生首へと歩み寄って話しかけた。
「街まで出かけるけどシャルはどうする?」
「…………」
……返事がない。ただの生首のようだ。
軒先に吊るされたシャルさんは良い感じに乾いた生首になっていて……そのクオリティは夢に見そうなほどだった。
「どうしたの?」
背後からアイリスが覗き込んできたので、私はシャルさんの状態を伝える。
「いつもの修行だよ。今回はかなりガチっぽいから、丸一日以上は続けるんじゃないかな?」
生首のフリを生きがいにしているシャルさんは、ときどきこうして生首に成りきって、生首の修行をすることがあるのだ。
最初にこうなった時にはガチで死んだのかと思ってビビったけれど、週一くらいでやっているから、今ではすっかり慣れてしまった。
この状態のシャルさんは何をしても無反応になるので、そっと放置しておくのが正解である。
シャルさんの状態を見たアイリスも納得して、処置無しと判断を下す。
「これは見事な生首……新技かしら? まあ、修業に満足すればメアリーに乗って追いかけてくるでしょう」
「そうだね」
風に揺れる生首が少しだけ悲しそうだったが……ただの生首には感情が無いはずなので気のせいだろう。
これで街へ行く手はずも整ったし、あとは安全のために完璧な変装をするだけである。
「ねえ、僕とアイリスは変装しろって言われてるんだけど……ついでにリドリーも変装する?」
仲間外れにするのは可哀そうなので確認すると、リドリーちゃんは首を傾げた。
「……なんで変装なんてするんですか?」
……なんでだろうね?
まあ、そこらへんは知識人な先輩に従っておくのが吉というものだろう。
愚直にセレスさんを信じることにした私は、リドリーちゃんへと本音で答える。
「だって面白そうじゃん!」
ぶっちゃけ私は理由とかどうでもいいから、変装というものをしてみたかった。
「……坊ちゃまって普段は大人びているくせに……ときどき本当に子どもっぽくなりますよね?」
……いちおう身体は7歳児ですから。
それから私たちは明日のお出かけに向けて、細かな準備を進めていった。
◆◆◆
そして翌朝。
まだ朝日も昇らぬうちから、私たちは家の前に並んでいた。
「……本当にそんな恰好で街まで行くのかい?」
昨日の夜から心配しまくっている過保護な父様が、私たちが考えた完璧な変装を見て困惑した様子で訊ねてくる。
魔女の家から持ち帰った戦利品の中から最も派手な全身鎧を身に着けた私は、昨日の夜に考えた変装用のロールプレイを発動させた。
「おうっ! 行ってくるぜ親父! 英雄王に俺様はなるっ!」
今の私は男らしい豪放磊落な黄金騎士――未来の英雄『キング・アーサー』である。
黄金の全身鎧に真紅のマント。
パワーアーマーの力で身長2メートルを超える大男の姿をしていれば、誰も中身が幼児だとは思うまい。
たとえ街で異世界のバーサーカーに絡まれたとしても、遠隔操作で鎧だけ囮にして逃走することもできるし、これぞ私が考えた最強の変装だった。
ガシャンと胸を張る私の横で、髪に【変色】の魔法を使って黒髪になったアイリスが不満そうな声を出す。
「その口調は嫌いよ、元に戻して」
私のロールプレイが気に入らないらしくゴキゲン斜めなアイリス。
彼女は出会ったころを思い出す全身包帯姿で、その上から子供用のメイド服を纏っていた。
「おいおいアイリちゃん……昨日の夜にこれで行こうって相談しただろう?」
「……その呼ばれ方も嫌い!」
そして私とアイリスに『仕方なく』付き合って変装してくれたリドリーちゃんは……
「くっくっくっ……戯れはそれくらいにしておくのだ……貴様らのママゴトに付き合っていたら日が暮れてしまう……」
……なんかもうノリノリだった。
大きな三角帽子に父様から借りた仮面と外套。
彼女の胸元ではボインと突き出た乳袋が揺れていて……メアリーの新機能がさっそく大活躍しているみたいである。
「ああ……どうして我の胸はこうも重いのだ……こんなものがくっついていたところで……肩が凝るだけなのに……」
そんな台詞を言ってみたかったのか、腕に偽乳を乗せて嘆息するリドリーちゃん。
昨日はあんなに子供っぽいとか言っていたくせに……彼女は誰よりもノリノリだった。
ちなみにリドリーちゃんが変装するとき、魔女の家から持ち帰った『夜隠の外套』と『暗殺者の小手』を取られそうになったため、現在2つの装備はメアリーに保管してもらっている。
リドリーちゃんは不満気だったけれど……これは他ならぬ君のためなのだから理解してほしい。
こういうのは一歩間違えると黒歴史になるからね。
特に漆黒の外套は消えない心の傷をもたらす可能性が高いから、覚悟のある者しか身につけてはならないのだ。
そんなこんなで私たちの変装は深夜のテンションで試行錯誤した結果……『仮装』の領域まで踏み込んでいた。
私は巨漢黄金騎士の『キング・アーサー』。
アイリスは全身包帯黒髪メイドの『アイリ』。
リドリーちゃんは巨乳妖艶神秘魔女の『リドルリーナ・エミル・ミストリア』。
……リドリーちゃんのキャラはミストリア王家の落胤って設定らしいんだけど……それ王家にバレたら怒られない?
いちおう貴族令嬢のアイリスが大丈夫だと言ってたから採用したけれど……問題が発生しても知らないからね?
そして普段と同じメイド服のマーサさんを合わせた4人で家の前に並んだ私たちは、見送りに出てきた母様と父様に変装の出来映えを見せつけた。
「うむ、いいんじゃないか? その格好なら冒険者どもにも舐められないだろう」
元冒険者目線で太鼓判を押してくれる母様。
「……君たちは変装の方向性を間違えているんじゃないかな? 普通は目立たないようにするものなんだけど…………」
的確なツッコミを入れたあと、頭を抱えて過保護を発揮する父様。
「……ああ、心配だ……すごく心配だ…………」
母様を先に説得しておいたのは大正解だったらしく、今にも同行を願い出そうな父様の腕を母様がしっかりと捕まえてくれている。
そんな過保護すぎる父様へと鎧の親指を立てて、私は力強く宣言した。
「大丈夫だ親父! いざとなれば空間魔法で逃げ帰ってくるし、俺様にはメアリーもついているから!」
「…………………………いや、街のほうがね……………………」
そして最後まで心配する父様と笑顔の母様に見送られ、私たちはオルタナの街へと旅立った。
待っててね【創世神の血】ちゃん! 今ゲットしに行くから!