第41話 隠れ信者の陰謀
SIDE:イザベラ
私の中で喜悦の感情が駆け巡っておりました。
初めてお嬢様の血が吸われた時……初めてこの御方の『両目』を見た時から、私の中で燻っていたひとつの期待。
その期待が真実であることを確かめるため、私は畏れ多くも偉大なる使徒様に質問をします。
「ノエル様。ひとつ確認してもよろしいでしょうか?」
「うん、なんでも聞いて?」
先ほどの私が犯した失態を責めることもなく、使徒様は私に自由に質問する許可をくださいました。
普段は眼帯をして目を隠し幼子の姿を装っていらっしゃいますが、その気高く慈悲深き精神は隠しようがありません。
今すぐ跪いて祈りを捧げたくなりましたが……使徒様はそういった対応を好まれないことは承知しているので、私は心の中で平伏するだけに留めます。
そして直答のお許しをいただいた喜びに震えそうになる声を必死で諫め、私は使徒様の願いを叶えるために必要な情報を確認しました。
「300年間飲み続けられる量というお話ですが、1日あたりどれほどの量を飲むご予定でしょうか?」
使徒様は顎に指を当ててしばし考えてくださり、
「平均したら1日200mlくらいかな? 週に大きいの1本くらいは飲んでいたから」
「っ!!?」
後半のお言葉は私如きには理解できませんでしたが、1日200mlという的確な数字に私は使徒様の意図を理解しました。
それを300年間継続したとすれば……使徒様が飲む【創世神の血】の総量は、学術都市が発表した『地上に流出している創世神の血の総量』と、ほとんど同じになります。
常人が触れれば一滴で死に絶え魂を滅ぼされるような呪物を……飲み干すおつもりなのですね?
不滅の呪物を消すために、この世を救済するために、自ら人柱になろうとしているのですね?
お嬢様の血を吸って床の上をのたうち回る使徒様を幾度となく見てきた私は、使徒様には呪いが効かずとも、苦しみは感じていることを知っておりました。
それをお嬢様や周りの人を安心させるために我慢なさって……。
「……イザベラさん? なんで号泣しているんですか?」
「……いえ、少し両目に特大のゴミが入りまして」
小さな体で世界を支えようとする使徒様の偉大さに私は改めて敬意を抱き、その使命の一助となるべく全力で頭を働かせました。
世界中に点在する【創世神の血】を全て集めようと思ったら、それこそ世界規模で活動している組織のバックアップが必要となります。
その条件に当てはまる組織があるとすれば『冒険者ギルド』と『聖光騎士団』でしょう。
冒険者ギルドのほうはラウラ様が太いコネを持っているからいいとして……問題は聖光騎士団です。
聖光騎士団は双月神殿の預言者【星詠の巫女】を頂点に置く武装組織で、『世界の救済』という活動目的のために他の神々を信仰する教会組織とも手を組んで巨大化していった世界最大規模の騎士団です。
国や信仰の枠組みを超えて世界の敵と戦う必要がある時には必ず聖光騎士団が動きます。
特に【創世神の呪骸】に纏わる事件が起こった時には彼らが出動するのが通例なので……使徒様の目的を叶えるためには最も役立ちそうな組織でした。
あの組織に繋がりを持っていないことを後悔しつつ、私はクッキーをリスみたいに齧っているダークエルフへと訊ねます。
「セレス、聖光騎士団にコネはありますか?」
「? 敵対してるから特にないけど……なにを考えているの?」
「……ちょっと彼らを使えないかと思いまして」
セレスでも繋がりを持っていないとなると、他のアプローチを考えたほうが良さそうです。
聖騎士を買収するのは難しそうですし……ひとりずつ洗脳魔法を掛けていけばどうにかならないでしょうか?
そして私の思考が突拍子もないところへと逸れそうになった時。
「聖光騎士団って吸血鬼を狩る組織ですか? 前に父様からちょっとだけ聞いた気がします」
可愛らしく首を傾げた使徒様に、私は正しい情報を説明します。
「いえ、あの組織が吸血鬼たちと仲が悪いのは確かですが、吸血鬼狩りを活動目的にしているわけではありませんよ? 聖光騎士団と吸血鬼たちは同じ聖遺物を探しているせいで自然と対立するようになったのです」
「聖遺物?!」
その言葉を聞いた途端、瞳をキラキラさせて身を乗り出す使徒様。
「それってどんな物ですか!?」
こんな時だけ子供らしい顔をする使徒様に、私はその名前を告げました。
「【救世剣シャルティア】です」
すでに手の内にある聖遺物の名前を聞いた使徒様は、それを自慢するでもなく、静かに何度も頷きました。
「ああ……シャルさんの名前の元になったやつか……そんな物を組織ぐるみで探しているとかロマンだなぁ……」
使徒様は目立つことを嫌っているため、シャルティア様のこともあくまで『放浪剣』として扱う方針のようです。
前のめりになった身体をソファに戻した使徒様に、続けてセレスが追加の解説をしました。
「聖光騎士団が真面目に『聖剣』と『その担い手』を探していたのは大昔の話で、今となってはほとんどの聖騎士が金のために動く俗物と化しているのが現実……中には三番隊のように双月教の救世主伝説を信じ続ける狂信者も残っているけれど……やつらは特に厄介だから、ヘタに手を出さないほうがいい」
後半は私に向けた警告のようでしたが……それを聞いた私の脳裏にビビッと天啓が降りました。
なんだ……簡単な話ではありませんか。
彼らが双月教の敬虔な信者ならば、こちら側に引き込んでしまえばいいのです。
ああ……神の采配を感じます……。
聖光騎士団がこのタイミングで現れたことも、オルタナの街に【創世神の血】が存在していたことも……全てが偉大なる双月の女神様の思し召しのように思えてなりません。
きっと私は新たな神話の中に生きているのでしょう。
世界を救済する使徒様の聖なる任務をお手伝いしているという実感が、私の心を満たしていきます。
あとは彼らをどうやってこちら側に引き込むかですが……きっと大したことをする必要はありません。
彼らも私と同じ双月神を信仰する者ならば、使徒様に自ずと惹かれていくはずです。
私にやるべきことがあるとすれば……彼らと使徒様が巡り合うようにお手伝いをするくらいでしょう。
そして使徒様が求める答えを見つけた私は、まとまった考えを迷わず口にしました。
「ひとつ……【創世神の血】を大量に手に入れるアイデアを思いつきました」
「ほんとですか!?」
破顔される使徒様に、私は笑顔を返します。
「ええ、ですがそのためにはノエル様にお使いを頼むことになってしまうのですが……」
お使いを頼むなど不敬ですが、しかし使徒様は私を咎めることなく快く受け入れてくださいました。
「そんなのまったく問題ありませんよ! 元はと言えば僕が言い出したことですから!」
ああ……なんと懐の深い御方でしょう……。
祈りたくなる気持ちを必死で堪え、私は使徒様にお使いの内容を伝えます。
「それではノエル様。この魔法契約書をオルタナの冒険者ギルドまで届けていただけませんか?」
契約書に名前のあるロドリゲスは確かオルタナの神殿長ですし、領主に届けると管理不足の失態を隠蔽される恐れがありますから、この情報を公開して聖光騎士団を呼び寄せるためには冒険者ギルドに届けるのが適切でしょう。
「!? イザベ――むぐっ!?」
セレスが私を止めようとしましたが、その前に神速で移動したお嬢様が余計な口を塞ぎました。
「このクッキー美味しいわよ? もっとセレスも食べなさい?」
「もがっ!? もががっ!??」
ナイスですよお嬢様。
大きく膨らませた胸元でセレスをグリグリしているのが謎ですが、流石は使徒様の伴侶です。
彼が望むことを叶えるためなら、お嬢様は手段を選びません。
しかし聡明な使徒様は私の計画で起こる問題を想像されたのか、少しだけ顔を曇らせました。
「……だけどそんなことをしたら騒ぎになるのでは?」
ああ……貴方様はそんなことに心を痛める必要はないのです。
どうかオルタナの住人にまで気を使わないでくださいませ。
私は使徒様を励ますためにも、前向きな言葉を並べて説得します。
「大丈夫ですよ……違法な品を回収するのですから、オルタナの街にとってもそれが一番です。我々は正義の側として【創世神の血】を摘発し、あとはハルト様の権力でそれを回収すれば、みんなが幸せになれるでしょう?」
「!? その手があったか!」
たちまち笑顔を取り戻した使徒様に、私も笑顔を返しました。
そうです……貴方様が心を痛める必要なんて無いのです。
たとえそれで混乱が起こりオルタナの街が灰になろうとも【創世神の血】がこの世から消えることに比べれば些細な犠牲です。
もしもその行為が罪になるというのなら、全ての罪は使徒様の代わりに私が背負いましょう。
主の代わりに手を汚す。
それが影として生きる者にとって、最大の喜びなのですから。
「うふっ……うふふふふっ!」
そして偉大なる主人の前で恍惚とする私の耳に、師匠の呆れた声が届きました。
「……イザベラはノエル坊が絡むとダメになる…………」
……ダメとは失礼なっ!