第40話 悪戯小僧と協力者
秘密基地の下見と掃除を終えた翌日。
泣き叫ぶリドリーちゃんが母様との修行に「いやっ!? いやぁあああああああっ!?」とドナドナされていったあと。
先に朝練を終えたアイリスと私は2人で悪だくみをしていた。
家から少し離れたところにある木陰でメアリーソファに座り、私たちは【創世神の血】を手に入れるための計画を練る。
「……どう考えても普通に買うのは得策じゃないと思うわ。そもそも【創世神の血】は違法な品だし、仮にこのロドリゲスという人物に辿り着けたところで、かなり吹っ掛けられるんじゃないかしら?」
貴族のお姫様なのに世間の常識を知っているアイリスの意見に、無知な私は彼女がいてくれてよかったと心の底から思った。
いや、なんとなく違法な品だとはわかっていたんだけどね?
私にとってはただのコーラだから……最初は購入するためにオルタナの街で聞き込みをしようと思っていたのだ……。
どなたか【創世神の血】を売っているロドリゲスさんを知りませんか、って。
アイリス曰く、そんなことをすれば普通に捕まるか、違法な品を売買しているロドリゲスさんを敵に回してしまうらしい。
日本で違法な品なんて買ったことがないから、そういった物をどこでどうやって手に入れたらいいのか、私にはさっぱりわからなかった。
「それじゃあどうしたらいいのかな?」
自分の非才を認めて素直に助けを求めると、アイリスは少し考えてから口を開いた。
「私も実際に違法な品を取り扱った経験はないから、ここはひとつ、その道のプロに聞いてみたらいいんじゃないかしら」
「……その道のプロって?」
違法な品の売買に詳しいとかヤバい人だと思うのだが……長閑な田舎町でしかないエストランド領にそんな人物がいるのだろうか?
該当する人物がわからず首を傾げる私にアイリスが教えてくれる。
「イザベラよ」
そっか……考えてみたらイザベラさんって高位貴族のお屋敷で働いていたんだから、違法な品の取引に詳しくてもおかしくないのか……。
「……アイリスの実家ってヤバい品とか扱っているの?」
恐る恐る確認すると、アイリスは軽い調子で答えた。
「扱っているというか、取り締まっているのよ。イザベラはもともとそういった部署で働いていたから、違法な品にも詳しいの」
「ああ、なるほど」
ハルトおじさんがまともな貴族だったことに胸を撫で下ろし、私はメアリーから立ち上がる。
イザベラさんなら私が【創世神の血】を欲していることも知っているし、アイリスの呪いを吸っているおかげか、彼女は私に激甘なので問題ないだろう。
前に精霊を使って私を監視していたとカミングアウトされた時には驚いたけれど、貴族の娘の婚約者を調査するのは当然だろうし、彼女は私に隠したいことがあれば調査報告書を書き換えるとまで言ってくれたのだから、激甘なのは間違いない。
なによりイザベラさんは冗談半分に『ハルト様を裏切ったことは内緒ですよ?』とかウィンクしてくれるお茶目な人なので、私は彼女のことを信頼していた。
「それならさっそく会いに行こうか? イザベラさんはアイリスの家にいるよね?」
「ええ、今日は特に予定がないと言っていたから、ゆっくりお菓子でも作っているのではないかしら?」
「! それは今すぐ食べに行かないと!」
そんなわけで私たちは急ぎ足でアイリスの家へと向かった。
◆◆◆
エストランド領の西の外れ。
かつては空き家だったアイリスの家は、イザベラさんとアイリスが住み始めたことで、庭に美しい花々が咲き誇るオシャレな一軒家へと変貌を遂げていた。
アイリスと手を繋いで近づいて行くと、家の中からは甘いお菓子の香りが漂ってきて、私たちは目を見合わせてから玄関を開けて家の中へと駆け込む。
香ばしい匂いに導かれて「お邪魔します」も言わずにリビングまで走ると、そこでは先客がメアリーに寝そべって焼き立てのクッキーを齧っていた。
「よっ」
軽い調子でこちらに手を上げたのは、褐色の肌と美しい白髪を持つダークエルフの美少女。
ビキニ姿でくつろぐ先輩に、私は頬を赤く染めてジト目を向けた。
「なんて格好してるんですか、セレスさん……」
……というかあなた着痩せするタイプだったんですね?
ビキニ姿を見たことでようやく気付いたのだが、セレスさんの双丘は母様よりも大きかった。
流石にマーサさんやアリアさんほどではないけれど、細身の身体にそびえる褐色の丘が凄まじい存在感を放っている。
尊敬する先輩のストライクな艶姿にショックを受けていると、セレスさんはメアリーから起き上がってビキニ姿を見せつけてきた。
「ん、暑かったからアリアに借りた……似合う?」
「……結構なお点前です」
仕事中はきっちりしているメイドさんが、プライベートになると気さくで巨乳な黒ギャルになるのは反則だと思います……。
私がセレスさんの素肌を凝視してしまったせいか、アイリスと手を繋いでいる右手が砕けそうなほど強く握られた。
「見すぎよ、ノエル」
……いや、確かにセレスさんは魅力的な人だけど、父様ラブの母様が父様の秘書を任せている時点で男に興味とかないんじゃないかな?
そんな言い訳を心の中でしながら婚約者のほうを恐る恐る振り返ると、そこではアイリスが、ぷくーっ、とほっぺたを膨らませていて……。
「……アイリス?」
彼女は足音荒くセレスさんのほうに歩み寄ると「おっ!? やるかっ!??」と身構えるセレスさんの下から、メアリーを2つ千切って廊下へと姿を消した。
そしてガサゴソと衣擦れの音が響いたあと。
すぐに帰ってきたアイリスは白いワンピースの胸元を不自然なほど膨らませていて……ゆっさ、ゆっさ、と近づいてきた彼女はむくれたまま私の腕に抱きついてくる。
「……大きくなったね?」
「急に成長したの!」
……どうやらメアリーに新たな機能が追加されたらしい。
そんなかわいい美少女の行動を見て、セレスさんが苦笑する。
「アイリスは母親に似ているから焦る必要はないと思う。あいつは私よりも大きかったし、たぶんアイリスも大きくなる」
「……セレスはお母様を知っているの?」
優しい目をしたセレスさんにアイリスが訊ねると、ダークエルフの美少女は綺麗に笑って頷いた。
「ん、あいつと私は幼馴染」
これまでアイリスの母親について聞いたことがなかったので、私はここぞとばかりに質問してみた。
「……アイリスのお母さんってどんな人?」
なんか貴族の家族事情って複雑そうだから、こういった機会がないと聞きづらかったんだよね。
これまで1度もエストランド領に顔を見せたことのない母親のことを訊ねると、2人は完璧に声を揃えた。
「「魔法バカ」」
……ああ、うん。
その一言でどんな人なのかなんとなくわかったよ。
アイリスに会いに来ないのも魔法の研究に夢中になっているからなのね……。
今までアイリスと母親の関係を心配していた自分がアホらしく思えてきたわ。
そうして2人からアイリスの母親について話しを聞いていると、台所へと続く扉が勢いよく開いて、そこから焼き立てのクッキーが入ったお皿を持ったイザベラさんが入室してきた。
「――ほらっ! ご要望通り、この破廉恥な服を着てやりましたよ! これで【鈍牛】を襲おうとした失態は帳消しにして、今から入念なお肌のケアをやらせてもらいますからね!」
珍しく顔を真っ赤にして落ち着かない様子で入室してきたイザベラさんは、セレスさんと同じビキニ姿をしていて……。
「――っ!!?」
ようやく私とアイリスが帰ってきていたことに気付いたらしい彼女は、顔を青白くして静かに扉を閉めた。
その光景をニヤニヤと眺めていたセレスさんに、アイリスが首を傾げる。
「前から気になっていたのだけれど……イザベラとセレスってどういう関係なのかしら?」
子供からの素直な疑問に、ビキニ姿のセレスさんは艶やかに微笑んだ。
「大人の関係」
……この人……どこまで本気かわからないんだよな……。
さらに首を傾げるアイリスの姿に満足したのか、セレスさんは空間魔法から取り出した服を羽織り、まるで何事も無かったかのように私たちの分のお茶を用意してくれる。
そうこうしているうちに頬を少しだけ赤らめた普段と同じメイド服姿のイザベラさんが戻ってきて、焼き立てのクッキーが入った器をテーブルの上に置いてくれた。
「入念なお肌のケアは?」
「っ!? 黙りなさい!」
セレスさんの茶々にイザベラさんは再び耳まで真っ赤にして、オホンッ、と咳払いしてから私たちへと上品に微笑んだ。
「おかえりなさいませ、ノエル様、お嬢様……本日はお早いお帰りでしたね?」
なんだか邪魔しちゃったみたいで申し訳ない。
しかし大人の関係についてまったく理解していない純真無垢なアイリスは、イザベラさんの様子を気にすることなく話を進めた。
「ええ、ノエルがイザベラに相談があるらしくて……」
言いながら私のほうを見たアイリスは、チラッ、とセレスさんのほうに目を向けるが、彼女にも意見を聞きたいからむしろちょうど良い。
「席を外す?」
アイリスのアイコンタクトに気付いたセレスさんが退室を申し出てくれたが、私は影から取り出した一冊の本をテーブルの上に置いて、含みのある笑顔をセレスさんに向けた。
「いえ、できればおふたりに力を貸していただきたいです」
「……なんでも言って? 私は常にノエル坊の味方だから」
流石は本の虫である。
偽装された表紙に気付いたのか、セレスさんはそっと机の上の本を回収すると、背筋を伸ばして真面目モードになった。
後ろ暗いやり取りをしたセレスさんにイザベラさんがジト目を向けているが、すぐに彼女もソファへと腰を下ろして話を聞く姿勢を整えてくれる。
「……私にできることならば、なんなりと」
相変わらず私とアイリスに激甘なイザベラさんにホッとして、私は影から取り出した例の売買契約書をテーブルの上へと置いた。
「へぇ……」
「これは……っ!」
羊皮紙を覗き込んだセレスさんは面白そうに細い指で顎を擦り、イザベラさんのほうは目を見開いて驚いている。
それぞれの反応をする大人たちに、そして私は相談内容を告げた。
「できれば【創世神の血】を300年くらい飲み続けられるほど欲しいんですけど……どうやったら手に入りますか?」
ちなみに300年以内には炭酸飲料を世に広めて、代わりとなる飲み物を開発する予定である。