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第39話  死霊魔術と戦利品分配





 ヒマ潰しも兼ねて『死霊魔術入門』にざっと目を通してみたのだが、魔女が遺したこの本にはとても興味深い情報が記されていた。


 なんでも死霊魔術というのは死者の魂から生まれる【燐気】を制御することでアンデッドを操ったり死者と契約したりする魔術で、いちおう死霊魔術そのものは、この世に未練を残して死んでいった魂を慰めることを目的に作られているらしい。


 執着に心を捉われて成仏できない霊魂と魔術を用いてコンタクトを取り、未練を晴らして真っ当に成仏させてあげる。


 死霊魔術自体はそんなコンセプトを元に創られた優しい魔術なのだが、しかしこれを悪用すると色々と悪いことができてしまうため、多くの国で禁術に指定され、この本もそんな事情があって表紙を偽装する形で発行されたそうだ。


 実際、森の魔女は【燐気】が持つエネルギーで【創世神の血】を制御する研究を行っていた形跡がある。


 燐気が持つエネルギーの規模でいったら火山とか自然災害のレベルだろうから、そんな力を利用した魔法で攻撃されたら流石にMINDが高い私でも消し飛んでいただろう。


 魔女の研究が完成していなくて本当に良かった。


 この本の著者はそうやって死霊魔術が悪用されることに憤慨しているらしく、やたらと死霊魔術を擁護する内容が見られたが……少なくとも真っ当な魔術として見られたいなら、本の冒頭に『死霊魔術を極めたいなら、まずは一度死んでみることをオススメする』とか書かないほうがいいと思う。



 ……そんなことを書くから死んだ経験がある者として、思わず読破しちゃったじゃないか!



 内容があまりにもアレだったから触りだけにしようと思っていたのに……まったく困った著者である。


 そんな事故もあって、うっかり死霊魔術の知識を得てしまったのだが、おかげで私には死霊魔術の才能があることが判明した。


 いや、普通は【燐気】を死霊魔術で操るんだけどさ……なんか死んだ経験があると【燐気】の本質を掴んで魔術を使わなくても自由に操れるようになるらしくて……あの森に行くとやたらと調子が良かったのは、そこらへんが関係していたのかもしれない。


 魔女は『一度死んでみる』というところで苦戦していたみたいだけど、生まれつき死んだ記憶のある私は普通に【燐気】を操れてしまうのだ。


 相変わらず霊感はゼロだから幽霊とかまったく見えないんだけど、森の中限定なら母様やアイリスともいい勝負ができるんじゃないかな?


 まさかヒマ潰しで読書していたら力に目覚めるとは思わなかったよ……。


 もしかしたらこの世界の剣士やメイドさんはこうやって強くなっていくのだろうか?


 アイリスもリドリーちゃんもちょっと目を離すと新しい能力に目覚めているからね。


 まあ、そんなかわいい覚醒体験はさて置き。


『死霊魔術入門』を最後まで読破したところで、私はとんでもないお宝を見つけてしまった。




『売買契約書――品名:創世神の血』




 なんか最後のページと裏表紙の間に魔法契約書が挟まってたんだけどさ……注目してほしいのは品名の部分である。



『品名:創世神の血』



 ……コーラ売ってんじゃん。


 今更になって思い出したけれど、私ってば未来視の魔眼を持っているから無意識のうちにコーラへと至る未来を見ていたのかもしれない。


 見つけた時に本が赤く光っていた気がするし、ちょうどコーラのことを考えていたせいで発動していたのだろう。


 残念ながらこの魔法契約書には販売している店の名前が記載されていなかったが、販売者は『オルタナのロドリゲス』さんという人だった。


 オルタナというのはうちの村から最寄りの街の名前なので、その街に住むロドリゲスさんがコーラを販売しているらしい。


 コーラが売られているなら秘密基地計画は後回しである。


 まずは先に黒いシュワシュワを手に入れなくては!


 いちおう【創世神の血】はレアアイテムっぽいんだけど……いくらくらいで売られているのだろうか?


 契約書には対価が『若返りの秘薬』としか書かれていないから値段がわからない。


 若返りの秘薬は父様にレシピを教わったことがあるから作れるとは思うんだけど、材料である『世界樹の若葉』が入手困難という理由で実際に調薬したことはなかった。


 ……これはコーラを手に入れるために『世界樹の若葉』を手に入れる必要があるおつかいクエストなのだろうか?


 ……いや、この世界はゲームではないのだから、適正な報酬を払うことができればコーラを買うこともできるはずだ!


 つまり必要なのは、大量の金貨である。


 本の中から売買契約書だけ引き抜いて眺めながら、読書を終えた私は嘆息した。



「……いくらくらい必要になるのかな?」


「ノエルはそれが欲しいの?」



 独り言で呟いたはずの言葉に返答があって、驚いて声の方へと視線を向けると、そこではメアリーの上で添い寝したアイリスが売買契約書を覗き込んでいた。


 ……どうやら読書に夢中になりすぎて、婚約者の接近に気づかなかったらしい。


 チラリと父様とリドリーちゃんに視線を向けると、2人は相変わらず残置物の整理を続けていて、いつの間にか裏庭には呪物の山が出来上がっている。



「め、メルキオル様っ! これで最後ですっ!」


「よく頑張ってくれたねリドリーさん……僕は君を誇りに思うよ!」


「いえっ! メルキオル様が力を貸してくださったおかげです! これからも坊ちゃまが変な方向へと進まないように……2人で力を合わせて見守っていきましょう!」


「っ! ありがとう! 同志よ!」



 夕焼けに照らされて涙を流しながら、熱い握手を交わす2人。


 そんな2人の姿がやけに眩しくて……私はそっと読み終えた本と魔法契約書を影の中に隠して、蒼い瞳でこちらを見つめる婚約者へと囁く。



「……僕たちだけの秘密だよ?」



 私の囁きにアイリスはとても嬉しそうに微笑んだ。



「ええ、リドリーにバレたら頭を割られてしまうものね?」



 ……やっぱりコーラ買ったら殴られるかな?






     ◆◆◆






 それから夕食を食べたあと。


 まったりと食後のティータイムを楽しんでいると、父様が私に一枚の羊皮紙を手渡してきた。



「はいこれ、ここに書いてあるものはノエルの好きにしていいよ? 危険な物と価値が無い物は、僕の方で処理しておくから」


「! ありがとうございます!」



 お礼を言って羊皮紙を受け取ると、そこには父様が安全と判断した魔女の家の残置物が纏められていて、冒険で手に入れた宝物リストに私は目を輝かせた。




・夜隠の外套

・暗殺者の小手

・ミスリル鉱石

・精霊結晶・火

・精霊結晶・水

・精霊結晶・土

・精霊結晶・風

・『高速再生』のスキルオーブ

・破れた絵画

・未鑑定の大槌×6

・未鑑定の棍棒×1545

・未鑑定の大剣×4

・未鑑定の剣×316

・未鑑定の小剣×207

・未鑑定の斧×26

・未鑑定の槍×47

・未鑑定の短槍×14

・未鑑定の斧槍×3

・未鑑定の弓×32

・未鑑定の杖×7

・未鑑定の盾×4

・未鑑定の兜×3

・未鑑定の軽鎧×21

・未鑑定の重鎧×4

・未鑑定のローブ×5

・未鑑定のネックレス×3

・未鑑定の耳飾り×2

・未鑑定の腕輪×5

・未鑑定の指輪×11

・ナベリウス金貨×224

・キマリス金貨×128

・ベリト金貨×48

・オリアス金貨×6

・リオネル銀貨×348

・オセ銀貨×187

・ストラス銀貨×75

・ザガン銅貨×2313

・アラト銅貨×478

・セオル銅貨×218

・名も無き金貨×3

・名も無き銀貨×12

・名も無き銅貨×4

・名も無き鉄貨×2

・名も無き石貨×3




「ふぉおおお~っ! すごいっ! これだけお金があったら『世界樹の若葉』が買えますかね!?」



 リストの後半に載っていた大量の貨幣に私が目を輝かせると、優雅にお茶を嗜む父様が首を傾げる。



「……ノエルは特殊な魔法薬でも作りたいのかい?」


「はい! まだ扱ったことのない素材なので使ってみたくて!」



 9割9分は本当なので正直に答えると、父様は少し考えてから首を横に振る。



「世界樹のある西大陸で買い付ければ購入できるかもしれないけれど、このあたりで『世界樹の若葉』を買おうと思ったらぜんぜん足りないよ」


「そうなんですか……」



 予想を裏切られた私はこちらの世界の物価に対する自信を完全に喪失する。


 転生して7年も経っているから、私は両親が行商人と取り引きするところも何度か見ているのだが……どうも私の頭と相性が悪いのか異世界の貨幣制度を理解することはできなかった。


 単純に銅貨1枚がパン1個分の値段で、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚みたいなシステムなら良かったのだが、実際に流通している貨幣の価値は複雑怪奇すぎて覚えるのが面倒臭い。


 転生してから目にした貨幣は金貨だけでも複数の種類があるし、同じ種類の金貨でも発行年数によって価値が変わるうえに、欠けたり擦り減ったりしていても価値が変わってしまう。


 父様なんかは金貨を使うたびに時間をかけて重さを計って、丁寧に行商人と交渉を重ねて取り引きを成立させているけれど……私にそれを真似することは難しそうだった。


 まずは互いの貨幣知識を披露しあって、好敵手と認め合ってから根気強く値段交渉をするとか、絶対に無理である。


 そういう理解不能なやり取りをするくらいなら、私も母様みたいにとりあえず金貨を出して、足りないと言われたら更に金貨を積み上げて、悪意を持って騙されたとわかったら商人をボコしてケジメを付けるスタイルのほうが合っていると思う。


 メアリーにお願いすれば捕まえてくれるし、母様によればほとんどの冒険者はそんな感じで生活しているらしいから、私もそんな感じで生きても大丈夫だろう。


 そしてワイルドスタイルをリスペクトして『お金は足りない』と脳内にメモした私は、リストに載っている他の宝物にも意識を向けてみた。


 未鑑定の武器や防具シリーズは魔女に食べられた冒険者たちが遺した物のようで、いちおう呪いがかかってないことだけは鑑定してあるけれど、たいした品質の武具じゃなかったから詳細までは鑑定していないらしい。


 初心者用の森で見つけた武具だから、これらも初心者用の安物なのだろう。


 片付けの時にちょっとだけ見たけど、シャルさんのほうが切れ味良さそうだったし。


 他にリストの中で気になる物といえば……



「……父様、このスキルオーブというのはなんですか?」



 どんな物なのかは名称でだいたい想像がつくが、念のために確認すると、父様からは予想通りの答えが返ってきた。



「神々の祝福が宿った宝珠のことだよ。それを使用すると特殊な技能を身につけることができるんだ」



 やはりゲームでよくある強化アイテムのようだ。



「へー……どうして魔女はこれを使わなかったんだろう……ダブってたのかな?」


「森にいた魔女は邪術使いだったから、神気の塊である宝珠を使えなかったんだよ」



 父様が追加で説明してくれた情報によれば、今回持ち帰った物の中で、これが最も高価なアイテムらしい。



「父様はこれとか他のお宝とかで欲しい物はありますか? 片付けをしてもらったお礼にどれでも譲りますよ?」



 私が丸一日手伝ってもらったお礼に、お宝を譲ることを提案すると、紳士な父様は優雅に微笑んで首を横に振った。



「ありがとう。気持ちだけもらっておくよ」



 うむ、これは本当に欲しい物がないパターンだな。


 それなら遠慮なくお宝は我々で使わせてもらうとしよう。



「リドリー、宝珠をここに出してもらえる?」


「かしこまりました」



 宝物を保管しているリドリーちゃんに依頼すると、テーブルの上に握りこぶし大くらいの虹色に輝く宝珠が現れて、それをしばらく眺めた私はひとつの提案を出した。



「アイリス、シャル……これはリドリーにプレゼントしてもいいかな?」


「…………坊ちゃま?」



 唐突な提案にリドリーちゃんが困惑しているが、これは面倒な片付けを押し付けてしまった彼女にプレゼントするのが妥当だと思う。


 私は『高速再生』を生まれつき持ってるからいらないし……だからと言ってお金に換えるよりは日頃からお世話になっているリドリーちゃんに感謝の気持ちを示したほうが有意義だろう。


 まあ、所詮は初心者用の森で手に入れたお宝だから、売ってもそこまで高くないと思うしね。


 修行と洗濯を毎日しているリドリーちゃんは手の怪我と肌荒れに悩んでいたから、このスキルをあげれば喜んでくれると思う。


 特に怪我のほうは魔法で治すと拳が硬くならないとかで自然治癒させることを強いられていたから、高速再生は彼女にピッタリだろう。


 母様も静観してくれているので一緒に冒険した仲間たちに許可を求めると、アイリスもシャルさんも快く頷いてくれた。



「ええ、べつに構わないわよ? 最近は常に高純度の神聖気を体内で巡らせるのがクセになっているから、高速再生を獲得しても意味が無いもの」



 オートリジェネを使ってるからいらないというアイリス。



「うむ、妾も【不滅】の特性を持ってるからいらんのじゃ! 傷なんてくっつければ治るからな!」



 相変わらず不思議生物(?)なシャルさん。


 念のためメアリーにも思念で確認してみるが『無限に再生できるからいらないよ?』と優しい気持ちが返ってきた。


 みんなの許可を得た私は、日頃の感謝を込めてリドリーちゃんに宝珠を手渡す。



「……いつもありがとう、リドリー。これからもいっぱい迷惑を掛けると思うけどよろしくね?」



 父様や母様に他のメイドさんたちもこの選択には賛同してくれるらしく、リビングが自然と拍手に包まれる。


 そして私から宝珠を受け取ったリドリーちゃんは、目尻に涙を浮かべながら微笑んでくれた。



「……坊ちゃま……皆様……このように貴重な物をありがとうございますっ! できれば迷惑をかけるのはやめていただきたいですが……この力でもっともっと皆様のお役に立てるように頑張りますっ!」



 ちょっとしたお誕生日みたいになった雰囲気の中。


 リドリーちゃんが宝珠を使用して虹色の光が彼女の胸元へと吸い込まれていく。


 ここでプレゼントを売ろうとか考えないところが彼女の美点だろう。


 そして神気の光が完全にリドリーちゃんの体内へと収まったところで、無音で彼女の後ろに回り込んでいたマーサさんが、リドリーちゃんの両肩をガシッと掴んだ。



「そういうことでしたらぁ……今日から新たな格闘術の修行を始めましょうかぁ?」


「え…………?」



 青ざめて振り返ったリドリーちゃんに、マーサさんは瞳孔の開いた鮮烈な笑顔を向ける。



「これまでは安全第一で力の制御に重きを置いた【仙理闘法】を教えて来ましたがぁ……『高速再生』を獲得した今なら肉体の限界を超えて放つ破壊の拳――【鬼怪闘法】も教えることができますぅ! これでリドリーちゃんの拳の威力は100倍以上に跳ね上がりますよぉ!」



 それを聞いたリドリーちゃんの顔色は急速に青褪めていった。



「…………そんな拳が侍女に必要でしょうか?」


「必要ですぅ」



 尻尾を高速で振るマーサさんに、涙目になったリドリーちゃんがドナドナされていく。



「ああああああああっ……まってくださいマーサ師匠っ!? 必要とはっ!?? 侍女に必要な能力とはなんなのですかっ!??」


「主人を完璧にお世話できるだけの能力ですぅ」


「それっぽい!?」


「さあさあ行きますよぉ!『王都の侍女はこれくらいできて当然』なのですからぁ!」


「っ!? ……や、やってやりますっ!」



 そんな2人の様子を眺めて、これまで成り行きを静観していた母様が嬉しそうに口を開いた。



「明日からは私も稽古を付けてやるとするか」



 遂には母様からも認められてしまったメイドさんのポテンシャルに、彼女の主人である私とアイリスは青ざめた顔で見つめ合う。



「……威力が100倍以上だってさ…………」


「……ええ、あの拳骨はもう受けられないわね…………」



 剣士だけでなくメイドさんまで戦闘能力が超人レベルとか……もしかしたら私はクリプトン星に転生してしまったのかもしれない……。








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― 新着の感想 ―
[良い点] >……コーラ売ってんじゃん。 う〜ん、このおやつ感覚w [一言] リドリーちゃんの苦行は10000倍くらいなりそう。
[一言] 王都の侍女恐るべし!
[気になる点] 現在のノエルの性能 創造神の燐気使える 創造神の血を吸収できる 影からごっつい眷属を召喚できる 13な機関のローブ持ってる ラストダンジョンの前に鎮座めされてる。 ・・・立派なラス…
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