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第38話  空間魔法と戦利品





 お宝を回収したあと夕方くらいまで掃除すると、魔女の家は見違えるほど綺麗になった。


 内蔵や目玉が詰め込まれた瓶とか。


 右手のミイラとか。


 床に転がるシャレコウベとか。


 家の中に山積みされていたグロテスクなものを排除してしまえば、魔女の家はちょっと隠し部屋が多いだけの普通の家になった。


 いちおうここは多くの人が亡くなっている超事故物件ではあるのだが、前世でも今世でも霊感が皆無な私にとっては関係ない。


 地下室には魔女に食べられた犠牲者が遺したのか『冒険者ハインリヒ、ここに眠る』なんて文字が刻まれていたけれど、霊感ゼロだからノーカウントだ。


 タダで家が手に入るとか美味しいです。


 こんなことならもっと早く掃除にくればよかったのかもしれないが、私だけでは半日でこの家を綺麗にするのは不可能だから、仲間を募ったのは正解だったと思う。


 ちなみに午前中の掃除は間違いなくメアリーがMVPだったが、午後の部からはリドリーちゃんが大活躍してくれた。


 宝物庫で棚に並べられているお宝をひとつずつ回収していたリドリーちゃんに、思わず「棚ごと回収しちゃえば?」とアドバイスしてみたのだが、それをきっかけにハッとなったリドリーちゃんは『とりあえず【亜空間収納】にぶち込む』という荒業を覚えた。



「……こんなに楽な方法があったなんて!」



 と、目から鱗を落としたリドリーちゃんは、その後も次々に魔女の家に置かれた残置物を【亜空間収納】へとぶち込んでくれて、最終的には物がなくなった空き家を軽く掃除するだけで秘密基地を造る準備が整った。


 茜色に染まり始めた空の下。


 魔女の家の前に並んだ私たちは、達成感に包まれる。



「綺麗になったね」


「ええ、見違えたわ」



 来たばかりのころは死体だらけだったゴミ屋敷が、普通の家くらいまで綺麗になっている光景には感慨深いものがある。


 まあ、私は屋根に魔物の皮を被せて穴を塞ぐくらいしかやってないんだけど……それでもゴミ屋敷のビフォー・アフターを生で見るというのは気持ちがいいものだった。



「うむ、ここが妾たち【新月教団】の基地になるのか!」


「……シャル様、勝手に秘密結社の名前を付けるのはやめていただけますか?」



 勝手に命名したシャルさんにリドリーちゃんが苦言を呈するが、



「あら、悪くないんじゃないかしら?」


「うん、闇の組織って感じでかっこいいよ」



 アイリスと私はその名付けを気に入った。



「そうじゃろうとも! 妾はセンスがいいからな!」


「ええ~…………」



 リドリーちゃんは不満な様子だが、なかなか厨二っぽくていい名前だと思う。


 結社の名前も無事に決まって秘密基地計画のほうは順調だが、しかし問題はけっきょく魔女の家では見つからなかった【創世神の血】をどこで手に入れるかである。


 知ってそうな人は……父様かセレスさんだろうか?


 しかし最近の父様はやたらと過保護なので、訊くとしたらセレスさん一択だ。


 博識な彼女ならレアアイテムの入手先とかも知ってそうな気がするし、帰ったら時間を見つけて相談してみよう。


【創世神の血】は違法な品っぽいので協力を得るためには賄賂を渡す必要があるかもしれないけれど、幸い魔女の家から大量の本が見つかっているので贈答品には困らなかった。


 そうして私が密かにコーラの入手計画を煮詰めていると、キュルル、と横で可愛くお腹を鳴らしたアイリスが頬を赤く染める。



「……そろそろ帰りましょうか? もうすぐ夕食の時間よ?」


「うむ! 妾も腹が減ったのじゃ!」



 婚約者と愛剣からの提案に、私も頷いた。



「そうだね、それじゃあ【転移門】を設置するから、ちょっと待ってて」



 魔女の家まで来るときは、みんなに場所を教えるためにも徒歩で移動してきたが、帰りは空間魔法でエストランド領まで空間を繋げて帰宅する予定だった。


 ここから実家まで直線距離で150キロくらい。


 そんな距離をいちいち歩くのは大変だし、私たちには空間魔法を使える眷属がいるのだから、楽をするに越したことはない。


 そして私は庭の真ん中まで移動して眷属を呼び出し、あらかじめ仕込んでおいたキーワードを口にした。



「メアリー、『ゲート』『No.2』を設置、続けて『No.1』と接続」


 ぷるっ! ぷるっ!



 私の指示に従い、メアリーの赤い身体がフラフープみたいな形状へと代わり、直径2メートルくらいの大きさまで輪が広がったところで、その内側に空間魔法の【転移門】が発生する。


 ゲートの『No.1』はエストランド領にいるメアリーと繋がっているため、これでメアリーを使える人なら誰でもエストランド領と魔女の家を行き来できるようになった。



「これで良し!」


「坊ちゃまはまた……とんでもない機能を作って…………」



 ちゃんと指示通りにメアリーが【転移門】を設置してくれたことを確認し、私は接続先を確かめるため先陣を切ってゲートをくぐり抜ける。


 空間魔法を抜けた先は実家の庭へと繋がっていて、そこでは事前に待機してもらっていた『ゲートNo.1』用のメアリーが大きな輪っかになっていた。



「お疲れ様」


 ぷるっ!



 眷属を(ねぎら)うと『疲れてないよー』という感情が帰ってくる。


 どうやらメアリーにとってゲート業務はストレスにならないみたいなので、今後も使用を続けても大丈夫だろう。


 そんな考察をしていると、私に続いて仲間たちもゲートを潜ってくる。



「相変わらず便利ね」


「うむ! 流石はメアリーじゃ!」



 アイリスとシャルさんは口々にメアリーを褒めながらゲートをくぐってエストランド領へと帰宅し、そのまま食事の匂いに釣られて家の中へと入っていく。


 そして最後にやたらと静かなリドリーちゃんがゲートをくぐると、メアリーは元の形状に戻って私の足にぷるぷる擦り寄ってきた。



「よしよし」



 かわいい眷属を撫でて影へと戻し、私も夕食の香りが漂う家の中へと入ろうとする。


 しかし玄関を開ける直前に、冷たい気配を纏ったリドリーちゃんが私の肩を力強く掴んできた。



「……坊ちゃま? 私の【亜空間収納】に入れた大量の呪物のこと……忘れていませんよね? 後でちゃんと片付けるのを手伝ってくれますよね? これで掃除が終わったなんて思っていませんよね?」



 矢継ぎ早に聞いてくるメイドさんに、私は振り返らずに頷く。



「大丈夫だよ……ちゃんと明日やるから……」



 そんな当てにならない返答をすると、ときどき勘が鋭くなるメイドさんは私の前に回って冷たい笑顔で念押ししてきた。



「……約束ですよ? 破ったら酷いですよ? 本気で凹ませますからね?」



 どうやらこのまま放置すると、私の頭蓋骨が凹むらしい。


 できれば宝物と賄賂用の本だけ回収して、グロテスクな呪物は空間魔法の中に永久封印しておきたかったのだが……これはちゃんと片付けないと命が危ないやつかもしれない。


 よほど空間魔法に呪物を入れておくのが嫌なのか、リドリーちゃんは必死で視線を逸らす私の顔を粘着質に覗き込んでくる。



「……坊ちゃま、お返事は?」


「……明日の昼からでもいいかな?」


「朝からです」



 主人の予定を勝手に決めるとは……まったく強引なメイドさんだよ……。



「……お返事は?」


「………………はい」



 仕方ないから私はちゃんと空間魔法の中身を片付けることを、拳を硬く握ったリドリーちゃんと約束した。





     ◆◆◆





 そして翌朝。


 朝食を終えた私とリドリーちゃんは裏庭で荷物の整理をすることにした。


 アイリスは母様との特訓があるため不参加で、シャルさんはめんどくさそうな空気を敏感に察知して早々にメアリーと遊びに出かけている。


 しかし魔女の家の残置物を片付けると聞いた父様が手伝いを買って出てくれたため、私たちは3人でゴミの分別をすることになった。



「ありがとうございます、メルキオル様……坊ちゃまと2人だけで片付けをするのはちょっと不安で……」



 心強い戦力である父様が参加したことで、リドリーちゃんも安心した様子である。


 メイドさんの言葉に、父様は仮面を付けた顔で頷いた。



「そうだね。僕としてもノエルに危険なものを触らせたくないから事前に知れてよかったよ……まさか魔女の家から呪物を丸ごと持ち帰ってくるなんて……」



 実行犯は後ろで視線を逸らしたリドリーちゃんだけどね?



「もー、父様は相変わらず過保護なんですから!」



 父親からの愛情に私が照れると、なぜか2人に嘆息される。



「……ノエルはそこに引いたラインからこっちに来ないでね?」


「……確かにこうしたほうが安全ですね……坊ちゃまには書記をお願いしますから、絶対に余計な物には触らないでください」



 私の足元には白いラインが引かれ、魔女の家から持ち帰った物に触れることすら禁止されていた。


 ……そこまでする必要ある?


 まあ、書記をするだけならメアリーの『代筆モード』を使って簡単に書類を作成できるから、楽な仕事を割り振られた私としては構わないけどさ……。



「おーけー、2人とも頑張って!」



 大人しく影から呼び出したメアリーに座った私は、メアリーに書記用の羊皮紙をセットして、2人の仕事ぶりを見学することにする。


 そして私が大人しく座ったことを確認した父様とリドリーちゃんは、互いに顔を見合わせて重々しく頷いてから、父様が用意した手袋やマスクなどを装着していった。



「……それじゃあ始めようか」


「……はい」



 まるで手術に挑むような恰好で、ゴミの分別を始める2人。


 少し大げさなのではないかと思ったが……よくよく考えてみたらゴミ屋敷の清掃をする時には同じような装備をしているイメージがあるから、きっと昨日までの私たちが無防備すぎたのだろう。


 正しいゴミ処理の方法を心得ているらしい父様は地面に白いシートを広げて、リドリーちゃんにその上へと収納した物を出していくように指示を出す。



「呪いが籠った品物を置くと白い敷物が黒く変色するから、それにはリドリーさんも触っちゃダメだよ?」


「はい、心得ました」



 プロだ……本物のプロがいる。


 私は的確に指示を出す父様の仕事ぶりに感動した。


 たとえ呪われた物に触ってしまったとしても、アイリスか私の浄化魔法で吹っ飛ばせばいいやと考えていた私たちとは大違いである。


 そっか……普通はこうやって慎重に呪いの品を扱うのか……。


 そんな風に私が感心しながら作業を見つめていると、リドリーちゃんは次々と空間魔法に収納してある物を白いシートの上へと出していき、父様はシートを黒く染めた物から血液操作で持ち上げて分別していった。



「絞首刑にされた魔術師の右手、人食い蟲から生えた冬虫夏草、霊魂を封じた細工箱……」



 両目に【解析】の魔法をかけた父様が品物の情報を読み上げるたび、メアリーがペンを走らせて回収物のリストを作成する。


 なんとも気が遠くなるような作業だ。


 やっていることはとても単純なのだが、とにかく魔女の家から持ち帰った物の量が多いため、分別作業は昼食を食べたあとも延々と続いた。


 最初こそ父様が使う解析魔法や次々と現れる呪いの品を興味深く眺めていた私だが、それが何時間も続くと流石に飽きてきて……そのうち微かな眠気に襲われるようになってくる。



「ふあぁ……」



 湧き上がってきた欠伸を必死で抑えると、それを見たリドリーちゃんからジト目を向けられた。


 わかってるって……流石に2人を差し置いて眠ったりしないよ?


 しかしこのままでは眠気に負けてしまいそうなので、私は立ち上がって一度伸びをする。



「ん、ん~っ!」



 立ち上がった私に父様とリドリーちゃんが警戒の視線を向けてくるが、軽く両手を挙げて呪いの品が集められているのとは反対側――呪われていない品が並んでいるほうに足を向けると、2人の警戒心は薄れていった。


 ……私ってそんなに信頼されてないの?


 確かに魔女の呪物の中に【創世神の血(コーラ)】が紛れていないかと少しだけ気になったけれど……そんなに物欲しそうな顔をしていただろうか?


 いちおう紳士な吸血鬼を目指しているのに、2人からの悪ガキみたいな扱いにはがっかりである。


 そして軽く嘆息しながら呪われてない品を眺めていくと……私はその中に面白そうな本を見つけた。



「父様、こっちにある本は読んでも大丈夫ですか?」


「……どんな本だい?」



 確認された私は血液操作で使い古された一冊の本を持ち上げて父様へと見せる。


 その本は家の本棚にも置いてある有名な冒険小説シリーズの一冊で、私はその巻をまだ読んだことがなかったので、暇を潰すにはちょうど良さそうだった。



「冒険者が残した小説みたいです。家にもあるやつ」



 おおかた魔女に食べられた犠牲者の遺留品といったところだろう。


 タイトルまでしっかり見せると、父様はようやく許可を出してくれた。



「ああ、それなら読んでも構わないよ。だから大人しくしていてね?」


「はーい」



 私は素直に返事をしてメアリーのところまで戻る。


 途中でリドリーちゃんから『なにサボってんですか!』とアイコンタクトをもらったが、品物のリストはちゃんとメアリーが書いてくれているので『仕事はやってるよ?』と返しておいた。



「ぐぬぬぅ……っ!」



 眷属は私の能力の一部みたいなものだから、メアリーがやった仕事は私がやった仕事と言っても過言ではないのだ。



「よ~しよしよしっ! メアリー、君はほんとに良い子だねぇ!」


 ぷるっ! ぷるっ!



 優秀な眷属、バンザイ!


 そして読書モードにしたメアリーに座って、本の最初のページを開けてもらうと、そこに現れた文字を見て私は首を傾げた。



『死霊魔術入門』



 ……表紙に書かれていたタイトルと中身が違う。


 しかもページをめくってみると本文の内容に細かく手書きの情報が書き加えられていて……私はその書き込みが魔女の研究記録であることを瞬時に把握した。


 完全にアウトっぽいタイトルに、私は作業する2人へと視線を向けるが……父様もリドリーちゃんも呪物の整理に夢中でこの本のことには気づいていない……。



「…………」



 ……言うべきか、言わざるべきか……それが問題である。


 ここで紳士な良い子なら正直に話すのだろうが……しかし私はこの本に素晴らしい可能性を感じていた。


 ……これ、セレスさんへの賄賂にちょうどよくね?


 おそらくこの本はもともと表紙を偽装して作られた本なのだろう。


 内容はともかく、こういった本は間違いなく貴重だろうから、本好きなセレスさんなら喜んでくれるに違いない。


 おまけに死霊魔術の研究をしていたらしい魔女の書き込みまでついているとなれば……この本は『世界に一冊だけの本』とも言えた。


 まあ、これは私の戦利品だし……そもそも書物に罪はないよね?


 仮にこの本が過保護な保護者2人に見つかると燃やされる運命は不可避だと思うので、私はチラリと書記をするメアリーに視線を送る。



 …………ぷる。



 私の意図を察して本当のタイトルを書こうか迷っていたメアリーは、スラスラ冒険小説のタイトルを記入してくれた。



 よ~しよしよしっ! 君はほんとに良い子だねぇ!




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― 新着の感想 ―
[一言] 順調に悪ガキレベルアップw
[良い点] セレスさん「GJ」
[良い点] あれ?一番の常識人がメアリーちゃんにみえる? [気になる点] バージョン702恐るべし 自動めくり機能までついてるのか。 セレスさんの趣味の極みですね。
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