第35話 みんなで森へ
SIDE:ノエル
仲良しメンバーで集まった私たちは、さっそく魔女の家がある近所の森へと向かった。
パタパタと駆け足で田舎道を進んで行くと、ちょうど解体場の前を通りかかったので、仕事をしている母様に昼食のことを伝えておく。
「母様っ! 森へ遊びに行ってきます! 昼食は不要ですが、夕食までには帰ります!」
掃除には時間がかかりそうだし、昼は適当に森で食べればいいだろう。
ゴッ、ゴッ、と骨を砕く音に負けないように声を張り上げると、血まみれの母様は振り返ってニヒルな笑顔とともに手にした内臓を掲げた。
「美味い土産を期待しているぞ?」
「はいっ!」
「……またラウラ様は坊ちゃまを放任して…………」
真面目なリドリーちゃんは不満気だったが、あっさり最高権力者の許可を取ることもできたので、私たちは意気揚々と近所の森まで走った。
「アイリスは剣とか持たなくていいの?」
「いざとなったらシャルを貸してもらうから大丈夫よ」
「ぬ!? わ、妾は主君一筋なのじゃ!」
「そんなこと言って、あなた私やメアリーに使われるの、けっこう好きじゃない」
「っ!? それは秘密にすると約束したじゃろ!」
「……そーなんだー……シャルは僕専用とか言っておきながら……こっそりアイリスやメアリーと浮気してたんだー……」
「ちちち違うのじゃっ!? あれはちょっとした遊びで……主君以外には心まで許していないのじゃ!?」
「……シャル? 私のノエルとどういう関係なのか……もう一度説明してもらってもいいかしら?」
「!? ただの愛剣だと言っておるじゃろっ!!?」
「はいはい、アイリス様。殺気を垂れ流すのはやめましょうね~。大地が震えて近所迷惑ですから」
剣になったシャルさんを背負って先頭を走る私と、お嬢様ファッションのアイリスと、それを後ろから見守るリドリーちゃん。
私たちは元気良く真夏の太陽が照り付ける草原を駆け抜けて、セミの声が鳴る森の中へと突入する。
久しぶりに入った近所の森は、相変わらず新鮮な空気で満たされていた。
日光が遮断されたことと葉っぱから湧き立つ水蒸気のせいか、夏場は特に森の冷たい空気を心地良く感じる。
流石のメアリーも走りながら『冷んやりモード』を維持するのは難しいため、ここまで暑さを我慢してきた私は森の涼しさに頬を緩めた。
「はあ~、気持ち良い~……前から思ってたけど、この森って避暑地には最適だよね……」
相変わらず吸血鬼と相性の良い森を褒めると、リドリーちゃんに呆れた顔をされる。
「涼しいの種類がまったく違いますよっ! これはアンデッドが出る時のやつじゃないですかっ!?」
見事な鳥肌を立てて耳をピクピク動かすリドリーちゃん。
「……もしかしてリドリーって霊感とかあるタイプ?! この森ってそういう場所だったの?」
「そういう場所もなにも……」
呆れた顔で嘆息したリドリーちゃんは、近くの木の根元から何かを拾い上げて私に見せてくれる。
「……ここではたくさん人が亡くなっているんですよ?」
そう言ったメイドさんの手には、人間の頭蓋骨が乗せられていた。
……リドリーちゃんってそういうの平気で触れるんだね?
私が知る普通の女の子なら泣き叫びそうなものなのに、内側からムカデが湧いてきた頭蓋骨を「うげっ!」と投げ捨てて、平然と手を叩くリドリーちゃん。
「……そこはもっと怖がったほうがモテるんじゃないかな?」
「!?」
私の指摘に、最近年齢が20歳を超えたせいで『出会いが少ない』と悩んでいるメイドさんは愕然とした。
そんなリドリーちゃんの恋愛事情を気にすることもなく、シャルさんが放り投げられた頭蓋骨に注目して不思議そうな声を出す。
「ふむ……こやつはアンデッドにならないのじゃな? これだけ【燐気】が濃ければすぐに転じてもおかしくないのじゃが……?」
「りんき?」
「燐気というのはじゃなー……なんかこう、こう……死者の魂からアレするやつじゃよ……」
聞き慣れない言葉に私が反応すると、ド忘れしたシャルさんに代わってアイリスが教えてくれた。
「燐気というのは死者の魂から湧き出した魔素のことよ。これが濃いと魂を失ったはずの死体がアンデッドに転じたり、呪いを帯びた道具が生まれやすくなるらしいわ。竜巣山脈の地下には冥府への入口があると言われているから、そこから流れてくるんじゃないかしら?」
「うむ! それのことじゃ!」
「へー」
近所に冥府への入口があるなんて相変わらずこの世界はファンタジーである。
続けてアイリスは私たちから少し離れた場所にある1本の木を指差した。
「このあたりでアンデッドが生じないのは、定期的に【浄化】されているからでしょう」
その木の幹には見覚えのある魔法陣が刻まれていて、誰がそれを刻んだのかはすぐにわかった。
「! 流石はセレスさん!」
かつてセレスさんの家で見たものと同じクセのある魔法陣だから、これをやったのは彼女で間違いないだろう。
相変わらず尊敬できる先輩である。
こうして実際に田舎で生活してみると、様々な地元住人の優しさの上に生活が成り立っていることがわかるんだよね……。
私もいつかはセレスさんみたいな田舎者になろう。
と、またひとつ私が大人になったところで、背中のシャルさんから催促される。
「まあ、アンデッドが出てきたところで妾がグサーッとしてやるから問題ないのじゃ! それより早く冒険に行こうぞ! 今宵の妾は血に餓えているのじゃ!」
「まだ昼だけどね?」
ノリで話すシャルさんに突っ込んで、私は一緒に冒険をするパーティーメンバーを振り返る。
「? どうしたの?」
「なんですか坊ちゃま?」
そこには手ぶらの貴族令嬢とメイドさんがいて……私は『自分がしっかりしなくては』と気合いを入れた。
女子2人に緊張感が無いせいで、私たちのパーティーは完全に『貴族の子供の遊び』みたいな感じになっている。
「2人とも森を舐めすぎだよ……いくら近所だからって手ぶらは無いでしょ……」
「そう? むしろ過剰戦力だと思うけれど?」
「……5歳で森に遊びに行った坊ちゃまにだけは言われたくありません」
「やれやれだぜ……」
「「だぜ?」」
まったくこれだから素人さんは!
このままヤンチャ盛りのバカ貴族みたいな格好で私たちが森へと冒険に行けば、調子に乗った誰かが怪我をするのがお約束というものだが……しかし最強の兵器を操る私がいる限り、そんな悲劇が起こる可能性はゼロだから安心してほしい。
7歳になったことで石橋を叩いて渡ることを覚えた私は、ちゃんと今回の冒険にパワーアーマーを持ってきているのだ。
「さあ、主君っ! アレを出すのじゃ!」
「うんっ!」
元気よく返事をした私は男心を理解する素晴らしい愛剣を頭上へと放り投げ、血液操作で影の中に待機させておいた自慢の兵器を引っ張り出す。
「――出でよっ!【鉄人1号】!」
呼びかけに応じて影から飛び出してきた鋼の全身鎧は、まるで獲物を捕食するように胸部装甲を開いて私の身体を丸呑みにした。
鎧の内側を満たす大量の血液に包まれて、真夏の熱気で疲弊していた吸血鬼の身体が癒されていく。
んんっ……気持ちぃいいいいいいいいいいっ!!!
そして全身鎧を取り出した勢いで5メートルくらいの高さまで飛び上がった私は、空中で先ほど放り投げたシャルさんをキャッチして、膝と拳を大地に叩きつけるヒーロー着地を披露した。
ふっ…………決まった!
ここ数カ月シャルさんと密かに練習してきた『最もかっこいい装着方法』が完璧に決まった手ごたえを感じ、私はメアリーに目玉をひとつ貸してもらって、影から飛ばしたイビルアイで自分の勇姿を確認する。
送信されてきた視界に映るのは、片膝を突いて右手で剣を担ぎ、舞い上がった土埃を背にする重戦士。
うむ! 完璧だ!
この一年ちょっとの地道な訓練で、私はパワーアーマーに人間らしい動きをさせることに成功していた。
あとはこれを魔道具化してオートマチックにできれば完璧なのだが……兵器を造りたいと言ったら父様から全力で止められてしまったため、現在はただの鎧を完全なマニュアル操作で動かしているだけである。
いちおうセレスさんの図書館に通い詰めて勉強して初号機の設計図までは完成させているのだが、単純な資材不足もあってパワーアーマーの魔道具化は遅れていた。
「ふっ……見事な変身なのじゃ……」
装着する演出のアドバイザーを頼んでいるシャルさんも私の仕事に満足してくれたのか、剣の身体を嬉しそうに輝かせている。
そしてガシャリと重い金属音を響かせながら立ち上がった私は、背後を振り返って準備が足りない女性陣へと親指を立てた。
「――前衛は俺に任せろ、何が来ても護ってやる!」
重騎士らしく強そうなセリフをチョイスすると、しかし女性陣からはかつてないほど冷たい反応が返ってきた。
「……その口調はノエルらしくないから嫌いよ、元に戻して」
「けほっ、けほっ……ちょっと! 無駄に埃っぽくしないでくださいよ! 服が汚れたら洗うのは私なんですから!」
「ええー……」
まさかの大不評に私が鎧の肩を落とすと、シャルさんから冷静に突っ込まれる。
「……こやつらは特に護る必要とかないじゃろ」
……そんなことないんじゃない?
2人とも見た目は完全に非戦闘員だし……。
「まあ……まずは適当に戦ってみようか?」
そしてパワーアーマーの自慢は不発に終わったものの、冒険の準備を整えた私は仲間たちの先陣を切って森の奥へと移動を開始した。
◆◆◆
「……なあ、主君? さっきから妾たち、なにもしてない気がするのじゃが……」
「……い、いや……そのうち出番がくるって……」
結論から言うと……パワーアーマーを使う必要性はまったく無かった。
かなり距離のある目的地まで迅速に向かうため、時速80キロくらいでガシャガシャ走る私たちのところには大量の魔物が集まってくるのだが……その全てが私とシャルさんの間合いに入る前に屠られていく……。
目にも留まらぬ速さで移動し、魔物の群れのド真ん中へと飛び込んで、手の中に光の魔法剣を発生させるアイリス。
「――【閃光円月斬】!」
くるりと美少女が回転すると彼女の周りにいる魔物は問答無用で頭を落とされ、残された首から血液が噴出する。
いちおう頂点捕食者だった魔女がいなくなったせいか以前に来た時よりも魔物の密度は上がっているのだが……全方位から魔物が迫ってこようが、巨大な魔物が襲ってこようが、アイリスの振るう魔法剣の前には無意味だった。
「ノエルに敵対する者は死になさい」
「グギャアアアアアアッ!??」
「ゲェエエエエエエエエッ!!?」
「ゴアァアアアアアアアアッ!??」
運悪く即死しなかった魔物たちが断末魔の叫びを上げる。
この調子なら母様へのお土産も選び放題だ。
肉の回収をメアリーに頼んでおこう。
「…………弱いわね」
手応えが無さすぎるのか、不満そうなアイリス。
涼しい顔でパワーアーマーの横へと戻って来た婚約者様は、あれだけ魔物を斬殺しておきながら返り血ひとつ浴びていない。
いや、もともと強いのは知ってたけどさ……異世界の貴族令嬢は通常攻撃が全体攻撃で2回行動がデフォなの?
さらにアイリスの刃を掻い潜って奇跡的に私たちへと近づいてくる魔物は、爆走するパワーアーマーの後ろを余裕でついてくるリドリーちゃんに仕留められていた。
「まったくアイリス様は坊ちゃまが一緒だからってハシャいじゃって……それに合わせる私の身にもなってくださいよ……」
ブツブツ文句を言いながらも、汗ひとつかかずに森の中を進むリドリーちゃん。
彼女が親指で何かを弾く動作をするたびに、進路上にいるゴブリンの頭が45口径で撃たれたスイカみたいに弾け飛んでいる。
「ねえ、リドリー」
「なんですか、坊ちゃま」
「……それはさっきから何を飛ばしているの? 弾がまったく見えないんだけど?」
おそらくリドリーちゃんが使っているのは、俗に【指弾】と呼ばれる技術だと思うのだが……手元から放たれる弾丸がまったく視認できなかった。
光学迷彩でも付与した特殊な暗器でも使っているのかと考察する私に、しかしリドリーちゃんは平然と想像を超える種明かしをしてくれる。
「? べつに弾なんて使っていませんよ? この森の魔物くらいなら空気を飛ばすだけで倒せますから……『王都の侍女はこれくらいできて当然』なのです」
最近この言葉をよく使うリドリーちゃん。
なんでも彼女には都会で失敗した経験があるようで、王都で働くメイドさんにコンプレックスを抱いているらしい。
そして私から見えやすいように握り拳を突き出したリドリーちゃんは、指先でビッと空気を弾いてゴブリンの頭を粉砕してみせる。
まったく魔力を使わず純粋な筋力と技術だけで放たれた空気弾に、私は今日1番の戦慄を覚えた。
……リドリーちゃんの筋力って戸愚◯クラスだったの?
どうりで彼女の拳骨は痛いわけである。
私の脳裏にパンプアップしたメイドさんのイメージが湧いてくる。
……本気で力んだらメイド服が弾け飛んだりして…………。
そして筋肉ダルマになったリドリーちゃんを想像していると、こういう時だけ勘の鋭いメイドさんは小さな拳を掲げてきた。
「……坊ちゃま? 今なにか失礼な想像をしませんでしたか?」
硬く握られたその拳に巨大な鉄球の幻影を見た私は、慌てて脳裏に浮かんでいた筋肉ダルマを霧散させる。
「……気のせいだと思うよ?」
それで殴られたらパワーアーマーの上からでも頭が破裂しちゃうから止めてください……。
私の心の声を受信したリドリーちゃんはニッコリ微笑む。
「次はありませんからね?」
「…………はい」
そしてメイドさんから教育を受けながら、私たちは昼前までに魔女の家へと到着した。
……うん、まあ、二人ともパワーアーマーを装着した私よりも強いからね…………。
こうなるのは当然の結果だったのだ。
「主君っ!? 妾の出番はっ!??」
……血に飢えたシャルさんには、あとで昼食用のお肉でもスライスしてもらおう。