第33話 秘密の計画
2024.08.22 一部修正しました。
2024.08.23 ラスト部分を変更しました。
パワーアーマーや魔女から受け継いだ【多眼血操】の研究をしているうちに、気がつけば私は7歳になっていた。
転生してから7年の歳月が経ってもエストランド領は相変わらずド田舎で、地平の向こうまで広がる草原と、青空の下でゆっくり草を食む【重肉竜】が、牧歌的でファンタジーな雰囲気を生み出している。
季節は夏。
一年の中で吸血鬼が最も苦手とする季節である。
血の滲むような努力の果てに太陽光を克服したものの……流石に夏の暑さは日光耐性でもどうにもならないらしく、蒸し暑い木陰で私はダウンしていた。
外では装着が義務付けられている眼帯をパタパタして空気を送り込みながら、木の幹に寄りかかって切実な声を出す。
「あぁ~……こ~らぁ~…………」
……森へと冒険に行ったとき。
たまたま【創世神の血】を口にしてからというもの、私はとある炭酸飲料が飲みたくてたまらなくなっていた。
そう……黒くてシュワシュワした魅惑の飲み物――コーラである。
……創世神の血の味は、前世で私が愛飲していた飲み物の味とそっくりだったのだ。
まさかあのシュワシュワした口当たりと歯が溶けそうな甘さを再び味わうことができるとは……。
もう二度と味わえないと思っていた飲み物がこの世界にも存在していると知ってしまった私は完全にコーラの魅力に取り憑かれていた。
ああ、ダメだ……こう暑いと余計にコーラが飲みたくなってくる……。
日本にいた時はいつも冷房で乾いた喉をコーラで潤していたから、逆に暑い中にいれば飲みたい気持ちが落ち着くと思っていたのだが……普通に考えたら暑い中で飲むキンキンに冷えたコーラのほうが最高だよね?
暑さを我慢する苦行は煩悩を消すためには逆効果だとわかったので、私は影から呼び出した眷属――ブラッディスライムのメアリーの上に寝転がって、最近覚えさせた新機能を使うように命じた。
「メアリー、『冷んやりモード』」
ぷるっ!
私の命令に応じて周囲の『熱』だけを吸収し、冷んやり快適空間を作ってくれるメアリー。
相変わらず便利な眷属様である。
どういう原理で周囲の熱を吸収しているのかは不明だが、エアコンみたいなことができないものかと試しに命じてみたら、できてしまったのだから仕方がない。
メアリーによれば森で『ブヨブヨの幽霊』を食べてからできるようになったらしいのだが……ちょっと何を言ってるのかよくわからなかったので気にしないことにしている。
ちなみに今ではあまりにもメアリーが便利になりすぎて、エストランド領の家庭では1家に1メアリーを置くのが当たり前になっていた。
「あ~……涼しい~……」
……こう快適だと前世の自室を思い出して余計にコーラが飲みたくなってくる。
しかし手元に無い物のことを考えても虚しくなるだけなので、私は黒くてシュワシュワした炭酸飲料のことを頭の中から追い出して、気分転換にメアリーを撫で撫でした。
「よ~しよしよし、良い子だね~。そのままなんでもできるようになるんだよ~?」
ぷるっ! ぷるっ!
そして眷属を適当に激励した私は、木陰で青空を流れる真っ白な入道雲を眺めながら、コーラ以外のことを考えてのんびりする。
実を言うと7歳になった私はけっこう暇なのだ。
母様の剣術訓練は5日に1度しかないし、父様に習っていた薬学と錬金術も「これでノエルはどこの王宮でも筆頭薬師か筆頭錬金術師として務められるよ?」といつものリップサービスとともに卒業認定をもらったため、義務教育のないこの世界では本気でやることがなかった。
パワーアーマーも地道な練習のお陰で人間らしい動きができるようになったし、血液操作に関しても今では影の中を利用してほとんど無意識下で練習を行うことができるようになってしまったため、現在の私は宿題を終わらせた夏休みの子供状態だ。
頑張って7月中に宿題を終わらせたのはいいものの、やることがなさすぎてゴロゴロしているだけ……みたいな。
前世ではどちらかと言えば最後の数日で泣きながら宿題をするタイプだったのに、私も勤勉になったものである。
まあ、田舎の人間はマメな人が多い印象があるからね。
私も立派な田舎者に近づいているということだろう。
ちなみに魔女から受け継いで研究していた血怪秘術【多眼血操】に関しては、とても使い辛いハズレスキルであることが判明していた。
【多眼血操】は『自分の血液に触れた眼球を眷属化できる』という変わった秘術なのだが、眷属にした眼球から常に視覚情報が送られてくるため、使用すると大量の情報で脳ミソがパンクしそうになるのだ。
しかも試しに森の魔物から眼球を奪って眷属化させてみたところ、魔物によって眼球が拾ってくる情報が違っていたから大変である。
映像が白黒だったり、サーモグラフィーみたいな視界だったり、色の見え方が自分の眼で見るのとまったく異なっていたりと……ちょっとクセが強すぎてまともに運用するのは無理だと判断した。
今なら森の魔女が自分の目を外していた気持ちがなんとなくわかるよ……複数の眼球を操ろうとした時、一人称視点と三人称視点が混ざっていると脳ミソが混乱するのだ……。
だからより多くの眼球を操ろうと思ったら自分の眼を外して三人称視点だけで見ることがベストなんだけど……しかし私の場合はそれをするとリドリーちゃんに「気持ち悪いからやめてください!」と怒られるため、せっかく手に入れた血怪秘術は死にスキルとなっていた。
まったく世の中とは上手くいかないものである。
とはいえ完全に使えなかったわけではなく……
ぷるっ! ぷるっ!
「――ん? どうしたの?」
噂をすれば影が差すというやつで、多眼血操について考える私の影の中からメアリーの触手が伸びてくる。
そして器のような形に変形した触手の先端に、大量の新鮮な眼球が現れた。
ぷるっ! ぷるるるっ!
「ああ、また目玉を増やしてほしいのか……メアリーは僕よりも秘術を扱うのが上手いねぇ」
こんな感じで【多眼血操】はメアリーにとても気に入られていた。
どうも眷属化した眼球を体内で共生させることでメアリーは初めて視覚の確保に成功したらしく、こうしてときどき目玉を持参して眷属を増やしてほしいとおねだりしてくるのだ。
私には情報過多で使えない秘術だが、メアリーとは相性が良いらしい。
ぷるる……っ!
秘術の扱いが上手いと褒められて照れるメアリーが可愛い。
そんな癒し系の眷属から求められるがまま、私は山盛りになった眼球に自分の血液を振りかけて血怪秘術を発動させる。
「【多眼血操】――はい、できたよ。面倒はちゃんとメアリーが見るんだよ?」
ぷるっ! ぷるっ!
触手の先端に積み上げられていた目玉の山は、私が秘術をかけると勝手に浮かび上がって視神経をフワフワさせながら空中浮遊した。
この子たちはメアリーよりも思考能力が低く、そのまま放置しておくと勝手にどこかへ飛んで行って視覚情報をスパムの如く送ってくるようになるため、私はあらかじめ周囲を飛び交う目玉の群れに命令を出しておく。
「君たちの上司はメアリーだからね? ちゃんと言うことを聞くんだよ?」
キョロッ! キョロッ!
ちなみにこの目玉の眷属は【イビルアイ】と名付けている。
ちょっと可愛くない名前だが、見た目が完全に邪悪な目玉だから仕方ない。
命令を受けたイビルアイたちは、さっそくメアリーの身体に飛び込んで行き、その赤い触手の表面に浮かび上がってキョロキョロ周囲の監視を始めた。
これがほんとの『目ありー』つってな!
ぷるっ! ぷるっ!
キョロ! キョロ!
「ふふっ……さっそく仲良しさんだね?」
そして戯れる眷属たちの姿に癒やされていると、不意に寝転んでいた私の頭が持ち上げられて、柔らかい枕に乗せられるのを感じた。
メアリーがいる限り敵襲がある可能性は限りなくゼロに近いので、私は頭上に視線を送って枕の正体を突き止める。
「――お待たせ、約束の時間に遅れちゃったかしら?」
そこには白いワンピースを着たアイリスがいて、膝枕の姿勢になって私の顔を覗き込んでいた。
私はここで婚約者と待ち合わせをしていたのだ。
7歳になったアイリスは女神の先祖返りだけあって神秘的な美少女へと成長していた。
整った顔立ちに蒼い瞳。
木漏れ日を浴びて輝く艷やかな銀髪。
7歳になったことで手足もスラリと伸びてきて、毎日私が呪いをオヤツ代わりに吸っているせいか、かつては腐っていた肌も現在は処女雪のように滑らかである。
「……ううん、ちょっと早いくらいだよ」
やたらと白いワンピースが似合う美少女の姿にドキドキしながら答えると、彼女は優しく微笑んで私の髪の毛を撫でてくれた。
一時期はキス魔になって大変だったアイリスだが、流石に見かねた母様が「不老種は100年に1度子供ができれば良いほうだぞ?」と説得してくれたおかげで、最近では言動も落ち着いてきている。
数ヶ月前まで振り返ったらアイリスの顔があるみたいな状態が続いていたから、現在のボディタッチが少し多いくらいの距離感は非常に安心できた。
うちの領に住むサキュバスの教育によるものか、どんどん男心を掴むのが上手くなっているアイリスは、丁寧に私の髪を手ぐしで整えながら早く着いた理由を教えてくれる。
「ノエルと遊ぶのが楽しみで修行を頑張ったの。義母様が1本取れたら早く終わりにしていいって言うから、死ぬ気で戦って左腕を斬り飛ばしたのよ?」
「それは凄い!」
あの母様から1本取るなんてアイリスも強くなったものである。
というか異世界の剣士は相変わらずバーサーカーだ。
1本の基準が『手足を斬り飛ばす』なんだから……。
よほど母様の腕を斬り飛ばせたことが嬉しかったのか、珍しくアイリスは膨らみ始めた胸を張って自慢した。
「義母様にもお褒めの言葉をいただいたわ! 私になら安心してノエルを任せられるって!」
頬を染めて喜ぶアイリスに、まだまだ子供だと私は苦笑した。
「それじゃあ僕の面倒はアイリスにお任せしようかな? おはようからお休みまでお世話してくれる?」
「!!?」
そんな軽口にアイリスは破顔し、とてもいい笑顔を浮かべた。
「ええっ! ええっ! ノエルの面倒は私が全部見てあげるわ! 2人で愛の巣を作って、指を動かすのも、息をするのも、ぜんぶ私がお世話してあげる!」
いや、私は吸血鬼だから呼吸する必要がないし、そこまで行くとただの介護になっちゃうと思うねん。
しかし止める間もなくアイリスの顔が近づいてきて……さっそく呼吸介助をされるのかと思ったところで、私たちの足元から「オホンッ!」とわざとらしい咳払いが響く。
動きを止めたアイリスと私がそちらに視線を向けると、そこには生首を抱えたリス獣人のメイドさんが立っていて、彼女は背筋を伸ばしてお嬢様へと苦言を呈した。
「僭越ながらアイリス様、お外で破廉恥な真似をするのはやめてくださいませ」
こちらにジト目を向けるリドリーちゃんの姿は不思議と小さい頃からぜんぜん変わらず、変化と言えば栄養満点な食事と適度な運動で健康的になっているくらいである。
ここ数年で完全に私とアイリスの専属みたいになったリドリーちゃんの小言に、アイリスはしぶしぶ従った。
「……もうちょっとだったのに…………」
まあ、リドリーちゃんの拳骨は痛いからね。
最近ではアイリスが相手でも容赦なく鉄拳制裁してくるから、私たちはリドリーちゃんにだけは逆らえないのだ。
アイリスが大人しく身を引くと、それを見た生首が楽しそうに口を開く。
「主君は相変わらず危険な綱渡りをしておるのう! 森に行くなら、ちゃんと愛剣である妾を持って行くのじゃ! 主君の保護者としてきっちり監督してやろう!」
そう言ってリドリーちゃんの腕の中から飛び上がった生首――シャルティアは空中で剣に変身して、私の上へと落ちてくる。
「わっ!?」
慌ててキャッチした私は、黄金の装飾が施された魔法の愛剣に確認した。
「シャルもいっしょに秘密基地を造りたいの?」
「うむっ! 面白そうだから付き合ってやるのじゃ!」
まあ、シャルさんは男心を理解できるタイプだから、秘密基地とか言えばついて来ると思ってたよ。
私としてはロマンを理解してくれる友人がいるのは嬉しいので、シャルさんの参加はウェルカムである。
「もちろん私もご一緒しますからね! 坊ちゃまを一人にするのは危険ですから!」
シャルさんに続いて頬を赤く染めて宣言するリドリーちゃんに、私は少しだけ意地悪をした。
「アイリスもいっしょだけど?」
「……それは別の意味で危険なので、ちゃんとした保護者は必須です!」
そんなこと言って……本当はリドリーちゃんも一緒に遊びたいだけだってことはわかっているんだよ?
尻尾と耳をソワソワさせるメイドさんに苦笑して、私は先に約束していた婚約者に確認をした。
「そんなわけでアイリス……秘密基地計画に2人を参加させてもいいかな?」
二人きりのデートを邪魔されたアイリスは唇を尖らせてそっぽを向いたが、仲間が増えるのは楽しそうだと思ったのか、あっさりシャルさんとリドリーちゃんの加入を許可してくれた。
「しょうがないわね……」
子供が少ない田舎でいっしょに遊ぶメンバーなんてだいたい固定になるのだから、薄々アイリスもこうなることは予想していたのだろう。
私、アイリス、リドリーちゃんにシャルさんとメアリー。
最近の私たちが遊ぶ時はだいたいこのメンバーだった。
……実を言うと、私も最初からみんなが参加してくれることを期待していたのだ。
せっかく田舎の子供として生まれたのだから森の中に秘密基地を作ってみたいとは前から思っていたんだけど……我ながら秘密基地の候補地を魔女の家にしたのは賢いアイデアだった。
……あの家ってもの凄いゴミ屋敷だったから一人で【創世神の血】を探すのは大変だと思ってたんだよね……。
特に掃除に慣れているリドリーちゃんを仲間に引き込めたのがデカい。
きっと頑張り屋さんで優秀な彼女なら、嫌な顔ひとつせず掃除してくれるだろう。
『ゴミ屋敷、みんなで片せば、辛くない』……つってな!
またコーラが飲みたくなってきた私はそんな秘密の計画を笑顔の下に隠し、頼れる仲間たちを暗黒面へと誘う。
「それじゃあ、まずはみんなで秘密結社の名前でも決めようか?」
「秘密結社……」
「ほう……なにやら面白そうな響きじゃな……」
そうでしょう? 面白そうでしょう?
……だからみんなも掃除を手伝ってね?
下心満載な提案をする私に、リドリーちゃんがジト目を向けてくる。
「……坊ちゃま? なにかろくでもないことを考えていませんか?」
「……そんなことないよ?」
吸血鬼が美味しい血液を求めることは、この上なく健全だと思います。
ちゃんと愛用のドリンクを見つけたら秘密基地も作る予定だし、私は一石二鳥を狙っているだけなのだ。
「さあさあ、リドリーもいっしょに秘密結社の名前を考えよう! 総帥の座は譲ってあげるから!」
「いりませんよそんなもの!」
そして私たちは仲良く結社の名前を考えつつ、【創世神の血】を探す冒険へと旅立った。
投稿再開します。
3章の終わりまで毎日1話ずつ20時に投稿する予定です。