閑話 シャルティアの華麗なる1日 後編
主君を起こし、朝食をリドリーに食べさせてもらうと、妾はようやく自分の時間を過ごすことができる。
森から帰ったあとの主君は完成形の『ぱわーあーまー』を設計したいとかなんとかでセレスの家に入り浸っているから、本に興味がない妾とは別行動をすることが多いのじゃ。
「それじゃあ今日も行ってくるね」
「うむ、土産はいらんからな」
「……帰りに木の実でも捜してくるよ」
イカレ娘を片手にくっつけてセレスの家へと向かう主君を見送り、妾は庭に設置させたデッキチェアの上で二度寝を決意する。
「ふう……」
……最近の妾はちょっと働きすぎじゃな。
生首のフリをして、リドリーの修業を見てやって、主君を起こしに行く。
どう考えても完全に詰め込みすぎじゃ。
まあ、有能な者のところには勝手に仕事が舞い込んでくるのだから仕方ない……と、妾が世の中の不条理を嘆きつつウトウトしていると……今度は影の中からメアリーが顔を出して妾に何かを訴えてきた。
ぷるっ! ぷるっ!
「……なんじゃ? お前さんも妾の力を貸して欲しいのか?」
ぷるっ!
「しょーがないのー」
やれやれ、これだから仕事ができる女は辛いのじゃ。
ゆっくり二度寝する暇もない。
「とうっ!」
デッキチェアから飛び立って影の中に、トプン、と落ちた妾は、メアリーに掴まれてどこぞへと運ばれていく。
しばらく闇の中を進むと、そこでは大量のメアリーがタコのような邪神と格闘しており、食ったり食われたりを繰り返していた。
なるほど、な。
無限再生タイプか。
確かにこやつはメアリーとの相性が悪そうじゃ。
こういうやつは一撃でズドンとぶっ殺すのがコツじゃから、妾が手本を見せてやろう。
『行くぞ! メアリーっ!』
思念を飛ばして剣の姿に変身した妾をメアリーの触手が掴む。
そのまま器用に剣を操るメアリーによって、妾の刀身は邪神の頭へと突き刺さった。
はいっ、グサーッ!
邪神は死ぬ、慈悲は無い。
妾の身体から放たれた神気によって内部をズタボロにされたタコは動かなくなり、死滅したタコへとメアリーが群がる。
うむうむ、よく溶かして食べるのじゃぞ?
こんなやつ存在していても世界の害悪になるだけじゃからな。
それにしてもメアリーのやつは妾の扱い方が上手いわい。
……もしかしたら主君よりも上手いかもしれん。
主君は妾の刀身を敵に当てたことがないから、少しはメアリーを見習ってほしいのじゃ。
ぷるっ! ぷるっ!
礼を言うメアリーに妾は生首に戻って頷いておく。
まあ、主君の眷属ということは妾の下僕みたいなものじゃからな。
下の者が困っている時は上の者が助けるのが道理というものなのじゃ。
そしてタコの邪神に群がって消化しているメアリーを見ていると、そのイソギンチャクみたいな姿に妾はひとつのアイデアを閃いた。
……こやつを使えば主君の『モード・タタ◯ガミ』を再現できるのではないか?
試しに近くに漂うメアリーへとイメージを思念波にして送ってみると、小さなメアリーは、ぷるっ、と震えて妾の首の下にくっついた。
お、おおう……なんというフィット感!?
そのあまりの『しっくり』くる感じに、妾はこれが自分の奥義だと悟った。
「ひゃっはーっ!」
妾を乗せたメアリーは影から飛び出すやいなや、首の下の触手をワサワサ動かして高速移動を開始する。
は、速い……まるで風のようじゃ!
地面の上も、川の水面も、樹木のこずえも、メアリーは地形を気にせず妾の思うがままに疾走していく。
途中で爆走する生首の姿を見た行商人が腰を抜かす姿が目に入り、妾は最高に満ち足りた気分になった。
「良いぞ、メアリーっ! お前さんは凄く良いっ!」
ぷるるるっ!
メアリーもこの遊びを気に入ったのか、妾の下で機嫌良さそうにプルプルしておる。
そのまま勢いに乗った妾とメアリーは、かつて主君と出会った思い出の森へと突入した。
猛スピードで走り続けたせいか妾は血に飢えておるのじゃ!
森の中で魔物を見つけては、剣になった妾をメアリーに握らせて斬り刻んでいく。
グサーッ!
グサーッ!
グサーッ!
そうして狩った魔物を食べさせてメアリーを大きく育てる遊びに夢中になっていると、やがて森の奥から冷たい冷気が漂ってきた。
『……こ、こここ……こここここここ……殺、殺、殺す……』
なんじゃあれ?
現れたのは老婆みたいな姿をしたブヨブヨした皮の化け物。
黒いローブを身に纏い、冷気を漂わせながら宙に浮かぶそいつは、アンデッド特有の燐光を発しながら少しずつ妾たちのほうに近づいてきた。
どこかで見た覚えがある気がするのじゃが……どこじゃったかな?
『こここっ……ここここここっ……こぞおおおおおおおおおおっ!!!』
まあ、とりあえず五月蝿いので、
「はいっ、グサーッ!」
アンデッドは滅ぼす、慈悲はない。
たとえ非実体系の敵だろうとも、妾に斬れぬものは存在しないのじゃ!
妾ってば最強!
ブヨブヨした老婆のアンデッドは巨大な魔石を遺したので、栄養が豊富そうなそれはメアリーに食べさせてやる。
「たくさん食べて大きくなるのじゃぞ?」
ぷるっ! ぷるっ!
うんうん、これでまたメアリーの魂の位階が上がったのじゃ。
触手の動きのキレも向上しておる。
つまりそれは乗り物としての性能も向上しているということで……妾はメアリーが持つ無限の潜在能力にゾクゾクした。
ふっ……これからもメアリーは妾が育ててやるとするか。
他ならぬ主君の眷属じゃからな。
……べ、べつに光速を超えたメアリーに乗りたいとか、そんなことは考えてないのじゃぞ?
……ぷる?
「……いや、なんでもない……それよりもっと魔物を食べたいか?」
ぷるっ!
「うむ! たくさん食べて強くなるのじゃ!」
そして妾はさらにスピードを上げたメアリーと日が暮れるまで遊んでから家路に就いた。
◆◆◆
「もーっ! どこに行ってたんですかシャル様っ! 姿が見えないから心配してたんですよ!」
家に帰ると玄関でリドリーが待っていて、妾に向かってプンスカしてきた。
「メアリーの教育をしていたのじゃ、妾はこやつの上司じゃからな!」
ぷるっ!
そしてメアリーに乗ったままリドリーの横をワシャワシャ通り過ぎようとすると、リドリーが目を丸くして制止をかけてくる。
「……ちょっと待った!」
「なんじゃ?」
「……シャル様? なんですか、その気持ち悪い動きは?!」
ふっ……どうやら妾の新能力にようやく気付いたようじゃな。
「フハハハハハッ! 気づくのが遅いぞリドリーっ! これぞ妾とメアリーが合体して至った最新芸『動く生首』じゃ!」
妾は首の下のメアリーに命じて、廊下や壁や天井を走り回ってみせる。
「フハハッ! フハハハッ! フハハハハハハハハッ!」
カサカサと残像すら残して高速移動する妾たちを、しかしリドリーはあっさり捕まえてみせた。
――なんじゃとっ!?
「シャル様……その動きは気持ち悪いから禁止です」
「!? 横暴なっ!? これは妾とメアリーの努力の結晶なのじゃぞ!?」
まあ、実際に頑張っているのはメアリーだけなのじゃが……細かいことは気にしたら負けなのじゃ。
「……壁や天井を生首が這い回っていたら、またうちの領の変な噂が広まってしまうじゃないですか……ただでさえ『エストランド領を訪れた行商人は精神に異常を来たす』とか言われているのに……トラウマ要素を増やさないでくださいっ!」
「……それはマーサがボコして恐怖を刻み込んだあと、傷だけ回復させて追放しているのが原因ではないか?」
あんまり妾は関係無いと思うのじゃ……。
「とにかくダメなものはダメですっ! 禁止禁止禁止ですっ!」
お硬いリドリーの禁止攻勢に、妾は全力で抗った。
「嫌じゃ! 妾はもっとメアリーに乗りたいのじゃ! いずれ光速を超えるのじゃっ!!」
せっかく今日だけで音速くらいは超えられるようになったのに、こんなに面白い遊びをやめる選択肢など有り得ないじゃろ!
「禁止ですっ!!!」
「嫌じゃっ!!!」
そうして妾とリドリーが玄関でバチバチやり合っていると、セレスの家から主君とイカレ娘が帰ってきて、ほっぺたをムギュッとされる妾に首を傾げる。
「……どうしたの二人とも? ケンカ?」
「聞いてくださいよ坊ちゃま! シャル様ったら酷くてっ――」
さっそく小娘が小狡く主君を味方に付けようとするが、しかしその目論見はリドリーが振り返ったところで水泡に帰した。
「――【リコの実】じゃないですか! どうしたんですかそれ!?」
主君が手にした好物の果実を目にして、リドリーの頭から妾のことが消え去る。
ふっ、所詮はまだ子供じゃな……好物を前に尻尾と耳がピコピコしておるわ!
蔦に連なった一口サイズの赤い果実を主君が掲げれば、リドリーの丸い瞳が必死でそれを追いかける。
「帰り道に見つけたから採ってきたんだよ。夕食後にみんなで食べようか?」
主君の提案にリドリーは目を輝かせ、恭しく果実を受け取って回れ右した。
「ありがとうございます坊ちゃま! 井戸水で冷やしておきます!」
よほど嬉しいのか残像を残して消えるリドリー。
くっくっく……今ので貴様のトップスピードは見切ったのじゃ!
次こそ捕まらずに逃げ切ってくれるわ!
そうして妾が好敵手の実力を分析していると、主君の腕にくっついていたイカレ娘が妾とメアリーに声をかけてくる。
「? あなたたち……少し穢れているわよ? どこかで邪気にでも触れたの?」
そのままイカレ娘は妾の頭に手を置くと、妾を強制的に剣の姿へと変化させた。
「ぬおっ!? こ、小癪なっ!??」
勝手に変形させられたのが悔しくてムリヤリ生首に戻ろうとするが、イカレ娘の支配力が強すぎて生首に戻れない。
「こら! 抵抗するのはやめなさい! いま浄化してあげるから」
そして流れ込んできた大量の神気に、妾は不覚にも気持ち良くなった。
「ふぁああああああああああんっ!?」
く、悔しいのじゃっ!
身体が勝手にこやつの神気を受け入れてしまうっ!?
やがて剣の先端まで満ちたイカレ娘の神気は、刀身に纏わりついていた邪気を払って、妾をよりいっそう輝かせた。
「ほら、次はメアリーも」
ぷるっ! ぷるっ!
ときどき浄化してもらっているのか、メアリーは素直にイカレ娘の神気を受け入れている。
こやつはなぜか邪気を払う達人じゃからな……ま、まあ、偶には身体を許してやってもいいのじゃ……。
心までは許さないがなっ!
そうしてイカレ娘の手の中で蕩けていると、主君が妾の刀身を覗き込んできた。
「邪気に触れるなんて……シャルはなにをしていたの?」
妾はそれに心の中で胸を張って答える。
「うむ! 忘れたのじゃ!」
まったく……イカレ娘が馬鹿みたいな神気を流すから、どうして邪気に触れたのか忘れてしまったではないか!
「シャルは相変わらずだね」
しかし生首に戻って主君に抱えられた妾は、これだけは断言できることを主君に自慢した。
「楽しい1日だったことだけは確かじゃぞ?」
妾の笑顔につられて主君も笑顔になる。
「それはよかった!」
「うむ!」
その後、夕食後に出てきた赤い果実の最後の一粒を巡って、妾はリドリーと壮絶な激闘を繰り広げることになるのじゃが……それはまた別の機会に語るべきじゃろう。
とにかく今日も、良い1日だったのじゃ!